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「雛苺…すぐに戻るから、良い子にしててね? 」
小さな女の子にそう言い聞かせ、巴は体育館の薄暗い通路を歩いていく。

夏休みを利用して行われた、全国規模の剣道大会。その開会式で行われる、真剣を使っての演武。
教師という人格者であり、また、剣道の実力者でもある柏葉巴氏に白羽の矢が立った訳だ。


そして……
「ふぇぇ~… 」
会場の席まで移動し、最前列の席で身を乗り出しながら、雛苺はため息をついていた。

清水が流れるような、一点の澱みも無い巴の演武。
巻き藁は切られた事にも気づかず、一瞬遅れて地面に落ちる。
もはや剣術と言うより、優雅なダンスと言って良いほどに美しい剣舞。

剣道の心得の無い雛苺にも、巴の純粋な強さと、そこから生まれる美しさだけは伝わってきた。

「トモエ……すごいのー… 」
感動と憧れと放心と。その全てが混ざった感想が、無意識に雛苺の口から漏れた。


だが…この時、雛苺は気付いてなかった……

「あら?あの子は確か……ふふふ… 」
本当は心優しい、だけど(勘違いした)雛苺にとっては悪魔のような存在…――― 雪華綺晶の姿に…… 




◆ ◇ ◆ ◇ ◆  この町大好き! ☆ 増刊号12 ☆  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 




雪華綺晶は思い出していた。以前出会った時の雛苺を…。
「確かあの時は…突然気絶されてしまって、ろくにお話もできませんでしたわね… 」
せっかく一緒に遊んであげようと思ったのに、残念な結果に終わってしまった。

でも、ここで出会ったのも何かの縁。
私の事、覚えてくれてるでしょうか?と、考えながら、そっと雛苺の背後に近づき……

「うふふ……だーれだ? 」
と言いながら、背後から雛苺の目元にそっと手を伸ばした…―――

◇ ◇ ◇

「だァれだ……? 」
背後から突然聞こえた声。
忘れるわけが無い。私を食べようとした悪魔だ!

雛苺は、頭で理解するより早く、体が反応した。
つまり…深層心理にまでギチギチと刻み付けられた恐怖により、その場にしゃがみ込んだ。

同時に、先ほどまで自分の頭があった場所を…弧を描き、抉るように、白い手が宙を裂いた。

(この女…この前、ヒナの事を食べようと狙ってきた白い悪魔なの……
 背後からいきなり、ヒナの目を潰そうとしてたのよ…! )
ガクガク震え、もはや歩く事すら出来そうにない足を引き摺り、雛苺は人喰い悪魔を見上げる。

雪華綺晶はというと、ニタァ…と笑みを浮かべ……
「あら?そんなに震えて…どうかなさいましたか…? 」
と言いながら、再び手を伸ばしてくる。


実際は『熱でもあるのかしら?』と考えた雪華綺晶が、おでこに手を当てようとしただけなのだが…
雛苺には、そんな事など知る由も無い。 


(今度こそ…確実に目をえぐるつもりなの…… )
ガタガタ震えながら、徐々に近づく雪華綺晶の指先を見つめる事しか、雛苺には出来なかった。

雛苺はまだまだ子供だ。
それでも子供なりに、サンタクロースや天使の存在なんてフィクションだと理解している。
だが、この時の雛苺には……
人間には抗う事さえ出来ない圧倒的な存在。悪魔の存在だけは、信じざるをえなかった…。

(さよなら人生…なの……トモエ…せめてもう一度…舞い散る桜の木の下で…お話がしたかったの……… )
心の中で、姉のように優しかった巴の姿を思い描き……

「……きゅぅ 」
雛苺は、気を失った。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「………ふぅ… 」
巻き藁を全て斬り倒し、演武を終了した巴は、小さく息を吐くと観客席で待つ雛苺へと視線を向けた。

だが、どれだけ探しても雛苺の姿が見えない…。

私を姉のように慕ってくれる雛苺。可愛い可愛い、私の雛苺。
その姿が、どこにも見えない…。

巴は一抹の不安を胸に、薄暗い通路へと早足で向かって行った。


◇ ◇ ◇

雪華綺晶は……

突然、気を失った雛苺。彼女を虚弱体質か何かと思い込み、体育館の医務室まで運ぼうとしていた。

これだけの大きな大会が開かれる町立の体育館。どこかに医務室があるはず。
その予想は当たってはいた。
問題は、お医者様どころか、中に誰も居ない事。
きっと当番の医師も、大会の本部に詰めているのだろう。

「…仕方ありませんわね… 」
雪華綺晶はそう呟くと、とりあえずベッドを借りるために医務室の中へと雛苺を抱きながら入っていった。

◇ ◇ ◇

巴は一刻も早く雛苺を探す為に、廊下を早足で移動する。
すると…その雛苺を抱きながら医務室へと入る誰かを発見した。

「あの子は…確か…… 」
自分が教師をしている学園の生徒、雪華綺晶。
いつだったか雛苺が彼女を指し、「悪魔に食べられる所だった」と泣きながら怯えていた。

その時は冗談と聞き流していたが……
何故、その雪華綺晶が、雛苺を抱き抱えながら医務室へ行くのか?

「まさか……『食べられる』って……そんな…! 」
何だかアブノーマルな妄想が巴の脳内にピンク色に広がる。

「それは…ダメ!ダメよ!! 」
そう言いながらも、気配を殺しながら医務室の扉へと張り付く巴。

こっそり開けたドアの隙間から、観察の時間が始まった。

◇ ◇ ◇

とりあえずベッドに雛苺を横にして…と、それからどうしたものかと、雪華綺晶は途方にくれた。

とりあえず……よく分からないけど、こんな時は脈拍が基本だろう。
そう考えた雪華綺晶は、雛苺の手首に触ってみる。
「……シロウトがした所で…あまり良く分かりませんわね… 」
ちょっと苦笑いを浮かべながら、今度はシロウトでも分かりやすい場所。胸へと手を置いてみた。

◇ ◇ ◇

「! 」
ドアの隙間から中を窺っていた巴は、思わず興奮した。

ベッドに眠る雛苺。まるで眠り姫にたいに可愛い。
そして…そんな雛苺の胸をまさぐり始めた雪華綺晶。

誰も居ない医務室のベッドの上。眠る少女と、イケナイ悪戯を始めた女学生。
巴の目には、そんなピンクな世界にしか見えなかった。

口元を押さえながら、巴は充血した目を離そうとしない…。

◇ ◇ ◇

「…どうやら、大丈夫そうですわね… 」
胸に手を当てる事で直接心音を確かめた雪華綺晶は、安心したように呟いた。

でも…やっぱり、これからどうしよう?

とりあえず…よく分からないながらも、呼吸を確認する事にした。
身をかがめ、ベッドで眠る雛苺の口元に耳を近づける。

「……ぅ…ぅぅ……しろい…あくま…が…… 」
何だか怖い夢でも見てるのか、大層うなされてはいるが…それでもちゃんと息もしている。
ちょっと安心して、雪華綺晶は優しく微笑みを浮かべた。

◇ ◇ ◇

「!! 」
ドアの隙間から覗き込んでいた巴は、思わず顔を赤らめた。

まるで花のように可愛い雛苺に…雪華綺晶が…その……キ…キ、キ、キs………接吻をしていたのだ。
実際はどうかは分からないが、この位置から見る限りでは間違い無いだろう。

「何て事を……私の雛苺に…! 」
気取られぬように小さな声で呟き、嫉妬とも怒りともとれぬ感情の炎をたぎらせる。

それでも巴は、ドアに噛り付いて離れない。
「…あと5分……そうよ、あと5分だけ……様子を見ましょう… 」
少しだけ、巴の呼吸が荒くなってきた。

◇ ◇ ◇

「……それにしても…全然目を覚ましませんわ… 」
雪華綺晶は困り果てて、そう呟く。

脈拍、呼吸、共に正常。
でも起きない。

「まあ…子供は寝るのがお仕事だと言いますしね… 」
困惑を通り過ぎ、少し微笑ましい気持ちになりながら、雪華綺晶はベッドの上で眠る雛苺を見下ろした。

「あら? 」
そこで、はたと気が付いた。
私とした事が、平静を装ってはいたけど…慌てていたのかしら?
よくよく見ると、靴を履かせたままで、雛苺をベッドに横たわらせていた。

「ふふふ……これはいけませんわね 」
自分に言い聞かせながら、雪華綺晶は雛苺の靴を脱がせ始める。

◇ ◇ ◇

「!!! 」
ドアの隙間から覗き込んでいた巴は、思わずハァハァした。

医務室の中では、雪華綺晶が雛苺の靴を脱がせ始めている。
ついに…ついに、おっぱじめる気か!!

「…私の雛苺に……雛苺は…私のなのに…!……私が雛苺で…雛苺が私で…… 」
変な電波も受信しだして、なにやらブツブツ言い出した巴。

いつでも踏み込める体勢だけはとり始めた。

◇ ◇ ◇

「えい!えい!…まだお目覚めになりませんか? 」
雪華綺晶はベッドの上に横たわる雛苺の頬を、ペチペチ叩いてみる。
もちろん、心優しい彼女の事。十二分に手加減をして。

それでも雛苺は、うんうんうなされるばかりで一向に目を覚ましてはくれない。

「……ダメですわね……こうなったら…… 」
こうなったら、最後の手段。

雪華綺晶はポケットからおもむろにコショウの小瓶を取り出し…
ちなみに彼女は、ご飯が大好きなので常に調味料を持ち歩いている。
とにかく、コショウの瓶を取り出し、雛苺の顔にパラパラとかけ始めた。

くしゃみをした拍子に起きるかも。
そんな風に、どこかズレた事を考えていた雪華綺晶さんだった。

◇ ◇ ◇

「!? 」
ドアの隙間から中の様子を窺っていた巴は、目を見張った。

「まさか…『食べる』って……そういう意味だったの!? 」
自分の考えが、全く間違っていた事に気が付いた。

部屋の中では…何と!雪華綺晶が雛苺にコショウを振りかけて、調理の下ごしらえを始めているではないか!

何故、もっと早く気が付かなかったのか。
巴は歯噛みしながら、剣舞に使用した真剣の柄に手を伸ばす。

(あの雪華綺晶の皮を被った悪魔!私の雛苺を食べようですって?…そんな事は…させないわ! )
音も無く刀を抜き放つと、そのまま気配を殺して部屋へと忍び込む。

正面から戦うのは、流石に不利だろう……だったら…背後から一撃で…その首を…―――刎ねる!!

◇ ◇ ◇

「…早く起きないと、焼き苺にして食べてしまいますわよ? 」
軽く冗談を飛ばしながら、雪華綺晶は楽しそうに雛苺にコショウをパラパラ。

すると……
「――― くしゅん!! 」
雛苺より先に、自分がくしゃみをした。

くしゃみをして、頭が下がった瞬間 ――!
雪華綺晶のちょうど頭上を、日本刀がなぎ払った!!

◇ ◇ ◇

(避けられた!? )
背後から、決して悟られないよう放った必殺の一撃。
それを容易く避けてみせた雪華綺晶の姿をした悪魔(仮)に…巴は戦慄した。

そして、空振りに終わった一撃は…体重を乗せた一撃は、そのまま近くにあった棚に突き刺さり……
薬品やガラスの破片が、バラバラと巴に降り注ぐ!

(くッ…!避けるだけじゃあなくって、そのままカウンターに呪いを発動してくるだなんて…! )
薬品でも入ったのか、激痛の走る片目を押さえながら…巴は残った片手で刀を構える。

「…どうやら…並みの悪魔ではなさそうね…… 」
「はい? 」
「とぼけないで!あなたの正体は分かっているのよ! 」

◇ ◇ ◇

突然やって来たかと思えば、随分と錯乱しているご様子の巴先生。
おもちゃの刀を片手に、剣豪ごっこでもしてるのでしょうか?

(教師というのも…ストレスが溜まるものなのですね… )
きっと疲れているのだろう。
そう考え、雪華綺晶は、優しく微笑みながら巴に声をかけた。

「…さあ…そんなおもちゃは置いて……気分を楽にして下さいませ… 」

◇ ◇ ◇

(おもちゃ!?この名刀が…おもちゃですって…!? )
だがそれも、悪魔の価値観ではそうなのだろう。
巴は、言い知れぬ恐怖を感じる。底知れぬ恐怖を、感じる。

体が震えて、言う事を聞かない。
(雛苺…私に…あなたを守る勇気と強さを…! )
ベッドの上で、今まさに悪魔の餌食とならんとしている雛苺に視線を向ける。

ここで退く訳にはいかない。
全ては…私の雛苺の為に…。

「あなたに…雛苺を食べさせてたまるもんですか! 」
これは、ただの虚勢。
それでも、巴はそう叫ばずにはいられなかった。

すると雪華綺晶は…一瞬キョトンとして…それから思い出したのか、可笑しそうに少し目を細めた。
「あら、聞いてましたの?…ふふ…あれは軽い冗談ですわ… 」

最近の悪魔は冗談も言うのか。たちが悪い。
いや、そもそも悪魔は、昔からこんな風に…戯言を言い、人を翻弄するモノと相場が決まっている。

「…となると…あなたは余程の名のある悪魔と見たわ 」
巴は刀を握りなおし、いつでも斬り込める体勢を整える…。

◇ ◇ ◇

人を指して『悪魔』だなんて、失礼にも程がありますわね!
プンプン怒りながら、雪華綺晶は巴を睨み付け……

だけれど、育ちの良い彼女は、すぐに考えを改めた。

何も喧嘩をする事は無い。
聖母のような優しさと誠実さで話をすれば、きっと巴先生も落ち着いてくれる。

そして雪華綺晶は……

両手を広げ、抱きしめてあげると言わんばかりの微笑で巴に歩み寄る。
歌に国境は無い。誰の心にも届く、楽しい歌。それを口ずさみながら。

「だァれが…殺した…駒鳥さん…… 」

正直、この歌の選択はかなりおかしかったが…
雪華綺晶にとってこれは、懐かしの童謡にすぎないから仕方が無い。

◇ ◇ ◇

両手を広げ、謎の呪文(歌)を呟きながら近づいてくる雪華綺晶…。
巴は、斬り込む事ができず……ジリジリと後退りながら、距離を開ける一方だった。

雪華綺晶の、この微笑。達人が明らかな格下を相手にした時の余裕そのもの…。
彼女の呟く謎の呪文。肌を通して、空気が震えるような威圧感を放っている…。
そして、広げた両手…。
これが一番、厄介だった。

(…正面から斬りかかっても…あの不意打ちですら避ける程の相手…恐らく、返り討ちになる……
 かといって、左右どちらかから斬りかかっても…片手で止めて、残った片手で私を仕留めに来るでしょうね…
 ……そもそも、悪魔の皮膚に刀が通るの!? )

絶望が全身を支配しかける。だが…――――

『武士道とは、死ぬ事と見つけたり』
巴の脳裏に、その言葉が浮かんだ。

(そうよ…この命に代えても……雛苺だけは守ってみせるわ…!! )
まだ薬品が残っているのか、視界の滲む片目から手を放し、刀を両手で上段に構える。

相討ちすら覚悟した構えであった。

◇ ◇ ◇

どこか懐かしくって、素敵な歌。
それを口ずさみながら巴に近づいていた雪華綺晶は…ふと気が付いた。

見ると、先程の騒ぎで割れた瓶が、鋭い破片となって目の前に落ちている。
(誰かが踏んだりしたら…大変ですわ! )
それを拾おうと、身をかがめて…――――

◇ ◇ ◇

(――ッ!勝機!! )
巴は一瞬、雪華綺晶が視線を地面に向けた瞬間を見逃さなかった。
地面を蹴り、持てる全ての力を込めた一撃で、悪魔を両断せんと刀を振り下ろす!

その瞬間!悪魔はゆらりと体を揺らすと、煙のように掻き消えたではないか!?
……実際は、雪華綺晶はしゃがんだだけなのだが……
完全に頭に血が上り、片目も霞む巴には、消えたように見えた。

「まさか!幻術!? ―――― ハッ!? 」
そして刀を振った勢いのまま、再び薬品棚に……今度は頭から突っ込んだ!

バラバラと降り注ぐ破片の中に倒れる、満身創痍の巴。
それを見下ろし、微笑み(本当は苦笑い)を浮かべている悪魔(雪華綺晶)。


「私の…負けね………お願い…私はどうなってもいいから…雛苺だけは…! 」
涙を流しながら、巴は懇願する。

結局、私では悪魔の手から雛苺を守りきるどころか…一矢報いる事すら出来なかった…。


哀しみと絶望が巴の心を支配し…最早、立ち上がる事すら叶わない…。

だがしかし!運命はまだ彼女を見放してはいなかった!!
その時巴の目は…騒ぎを聞きつけたのか、こちらへと駆け寄る警察官の姿を発見した!

最後の希望にすがりつく一心で、巴が叫ぶ!
「助けて!!悪魔が私の雛苺を!! 」

走り寄って来た警官は無言で、巴の手に握られていた刀を奪い取る。
「え? 」
巴の両手に、カチャリと手錠が嵌められる。
「え? 」
器物破損の現行犯で、巴容疑者がドナドナと連行される。
「えぇーー!? 」



「私じゃない!私じゃなくて、あの悪魔が!私の雛苺を!! 」

太陽の沈みかけた町並みに、一人の女性の慟哭が響き渡った…。 





   
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