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それは、とある青年と少女の物語。とある夏の日のお話し。



- FIREWORK -



「はぁ…」
疲れた…とにかく疲れた。やっぱり僕には肉体労働は向いて無いな。が、バイト代の為には頑張らねばならない。
それに、兎に角体を動かしていたかった事もあった。だが、バイトが終わり夜になり、ついでに疲労困憊となれば動き回るわけにもいかず。
「かと言って…じっとしているのもな…」
ドパーン!
「ん…?」
一人暮らしのボロアパートの窓から外を覗くと、近くで花火が上がっていた。
ああ…そうか。今は夏休みだから、夏祭りがあるのか。そう言えば、そんなチラシが入っていたっけ。
「祭り、か」
縁のない事だ。行った記憶など殆ど無い。精々近所の通りでやってた小さな祭りもどきに姉ちゃんに手を引かれ…
「ぐ…」
やめた。回想終了。
…つっても、次にやることが思い付かない。
大学の宿題をやる気もしないし、本やテレビに興じるのも…この気分では無理そうだ。
何かないかな…こう、疲れずに、現実から少しの間解放してくれるような…
ドパーン!
「………」
ああ、あったな。
別に何をするでもないが、祭りや花火を遠目に眺めるのも一興か。
そう、眺めるだけ。眺めるだけでいい。
それ以上は、したくない。

そのお祭りは近くの神社を備えた山の近くで模様されていた。
なので真っ正面から攻め込むなどの愚行は犯さず、裏山から神社を抜けてこっそりと賑わいに近付いた。
が、
「花火、終わってるし…」
まあ、僕のアパートからここまではそれなりに時間がかかったが…まさかフィナーレすら拝めないとは。
さっき、裏山を登っている間に轟いたヤツがそうだったのだろう。茂った木のせいでまったく見えなかった。
これなら、いっそアパートで見ていた方がましだったかも知れない。
「こんなもんだよなぁ…僕って」
境内の階段にポツンと座る。見れば祭り自体は続いているようだったが、ここからではよく見えない。見るためには、かなり近くまで行かねばならないだろう。
僕がみたいのはあくまでも祭りというムードであって、そこで楽しむ家族とか友達とかカップルとかは…
「…はぁ。帰ろ」
階段から立ち上がって今来た道に体を向けた。
その時、
「何してるの?こんな所で」
「え?」
女の子の声がした。それもどうやら、僕にかけられているらしい。
声の主を探して視線をさまよわせると、それはほどなく見つかった。
境内の横にある社の通路の手すりに一人、女の子が腰掛けてこちらを見ていた。
(さっきまで誰も居なかったのに…)
月明かりと松明のぼんやりとした光の中、昼の暑さの名残が漂う暗がりで、その女の子は足をぶらぶらとさせながらひじを足に顔を手に乗せて微笑んでいる。
最初はただの祭りに来た娘かと思っていたが、よくよく見ると服装がおかしい。
(あれ…入院患者とかが着てる服だよな。靴もサンダルだし…)
やや生暖かいそよ風に黒く長い髪をそよがせる少女。その儚げな顔立ちが見せる美しさとその服装は、何かシンパシーを感じさせるものがあった。
「おーい、聞こえてるんでしょ。キミよキミ」
「あ、ああ…」
一応答えてはみたものの、なんだか夢を見てるようで頭がぼんやりとしている。薄暗い神社に一人白服の発光の少女はどこか幻想的だった。…たとえ足のサンダルにトイレのマークが付いていようと。
「何じっと見てるの?そんなに見つめられると素直におしゃべり出来ないじゃない」
…サザン?
「あ、うん、悪かった。で…えと、何の話だっけ?」
「まだ会話なんてしてないわ。キミが何でこんな所に来たか聞いただけ」
「そうだったっけ。えっと、花火見ようと思って」
「花火?でも、キミが来た時には終わってたわよね?」
てことは、この娘は僕が来る前から居たのか。全然気付かなかった。
「それに裏山の方から来てたし。花火見たいならお祭り会場の方から来れば途中でも見れたのに」
「わかってるよ。さっき後悔してたとこだ」
後悔の対象は道の選択ではなかったが。
「明日からはそうするよ。じゃあな」
花火は今日だけでなく何日か続くそうだ。ならそう気落ちする事でもないだろう。
それより、もうこんな場所に用は無いからとっとと帰ってシャワー浴びて寝よう。じっとしていられなかったのは事実だが、疲れているのも本当の事なのだ。
「嘘ね」
一歩目を歩き出した僕に、口調を強めた少女の声が飛んで来た。
「キミは明日だろうが明後日だろうが、表の祭り会場に行くことはない。そうでしょ?」
僕は動けなかった。振り向くことも出来ず、ただ立ち尽くして後ろからくる少女の声だけを聞いていた。
まったく姿は見えないけれど、その少女が薄い笑みを浮かべていることだけは何故か確信できた。
「あそこはねぇ…明るい場所だから。今のキミだと、眩しすぎるのよね」
「………」
別にとっとと歩きだして帰ればいい。振り向いて言葉の一つも返せばいい。なのに、どうしても僕はただ立ち尽くす以外の選択肢を取ることができない。
まるで、金縛りにでもあっているかのような。胸の奥を握りしめられているような…
大粒の汗が、頬を伝って流れ落ちた。
「ふふっ、ちょっとイジメ過ぎたかしら?まあ今日はこの位にしといてあげる。積もる話は、また明日ね」
話?明日?
「明日またココに来てね。待ってるわ。それじゃあさようなら。明日は花火、見られるといいわね」
「…ッ!」
少したった頃急に体に力が入るようになり、素早く後ろを振り返った。
だが、既にその少女の姿はどこにも無かった。
頭の中で、彼女の声が響いている。
『明日またココに来てね。待ってるわ』
「………」
一瞬自分は幻覚でも見ていたんじゃないかと思ったが、それにしてはあの娘の声や姿の記憶がはっきりしているし、体の軽い痺れみたいなものも未だにある。
「何なんだアイツ…」
少なくとも、人畜無害ではない。むしろ非常に危険な部類に入るはずだ。もしかしたら、あれが噂に高き魔女とやらか?
「トイレサンダルを履いた魔女…」
嫌すぎた。激しく居てほしくない。
とにかく、もう関わらないのが吉だろう。承諾もしてない約束を律儀に守ることもあるまい。明日はアパートから花火を眺める事にする。
「帰ろ…」
なんか、疲労だけが増えた気がした。


翌朝も朝からバイトに向かう。
ただひたすらに体を動かし続ける。余計な事は考えずにただ働く。こうしていれば勝手に時間は過ぎてくれるし、ついでにお金も入るなら言うこと無しだ。
夕方バイトが終わるとコンビニで夕飯を買ってアパートに帰る。
自分にしてはかなり力仕事を入れたのでくたくただ。部屋に入るなりぶっ倒れてしばし休憩。
「…あじい」
クーラーのリモコンは、手を伸ばすだけでは届かなかった。

簡単な夕飯を済ませてシャワーを浴び、適当なテレビを眺める。
「………」
確かにテレビを見ているはずなのに、その内容がまったく伝わってこない。
何を言っているのか、何をやっているのか。目と耳は機能しているはずだが、肝心の脳が働いてくれていない。
…いや、脳は別の事で手一杯なのだ。
「くそっ」
こうやってじっとしているとすぐこれだ。同じ事をただぐるぐると考え続けてしまう。思い続けてしまう。
それは嫌な事だったのに。早く捨てたいと思っていたのに。
今は―
「あ~~!!」
頭を抱えて転げ回ってみた。端からみれば発狂した化学者のごときだが、僕では発狂するほど頭なんか使えないか。
何をしていれば、紛れるんだろうか。
誰かといれば、紛れるんだろうか。
誰といれば、紛れるんだろうか。
いつから僕は、こんなに弱くなってしまったんだろう。
いや、弱くなったんじゃない。弱かったんだ。
だだ今までは、それを自覚してなかっただけの事。
僕はずっと、弱かった。
アイツの方が、はるかに強かったんだ。
弱くてバカなヤツと見下してたけど、アイツはどんだけ強かったんだ?
僕は、どれだけ弱いんだ?
「………姉ちゃん」
今まで、ありがとう。
あなたの弟は、こんなにも愚かです。


『…今年の夏祭りは去年よりも賑わいをみせ、恒例の花火も…』
「ん…」
ちょっと寝てただろうか。ぼーっとする頭を叩きながら体を起こす。どうやらテレビを付けっぱなしでいたため、それに起こされたようだ。
その画面に映るもを見て、僕は頭を抱えた。
「あー…思い出しちまった」
上手いこと忘れてたのに。あのトイレサンダルの娘との約束。
『積もる話は、また明日ね』
話、か。一体、何の話を聞かされるのやら。
…何の話を、してくれるのか。
「…僕はあくまでも、花火を見たいんだ。あの人のいないベストスポットで花火が見たいから行くんだ。断じてアイツに会いに行くわけじゃないぞ」
精神武装完了。この武装の半分は自嘲で出来ています。


「…この展開は予想外だったな…」
昨日と同じ場所にたどり着いて花火を見た。昨日より早めに来たので途中からだったが最後まで見ることが出来た。
ただし、一人で。
トイレサンダルのアイツは居なかった。
「いや、僕は花火を見にきたんだから、何の不都合もありませんよ?」
だったら何でそんなに落ち込んでいるのですか?自前の精神武装はどうしたのですか?
いや、あれは音と光と熱と衝撃に弱いので花火を見ると壊れてしまうんです。
…とんでもなくもろい武装でした。
僕には虚勢すらはる力もないらしい。
「…帰ろ」
「あー、もう花火終わっちゃったかー」
「うおあっ!?」
いた。アイツがいた。それも僕の真横に。え?私ずっといましたよ的に当たり前のごとく座っていらっしゃった。
「うーん、佐原さんが見回りだと抜け出すのに苦労するのよね。ごめんなさい」
「…呼んどいて遅れるとはいいご身分だな」
動揺を沈めるためにちょっとイジメておくことにしよう。
「あら、じゃあやっぱり待っててくれたんだ?」
しまったぁ!墓穴掘ったぁ!
「べ、別にお前の為に来てやったんじゃないぞ!花火を見るためだ!勘違いすんなよな!」
「ツンデレサービス?」
「なんだそのいかがわしいサービスは!僕はホストかぁ!!」
イカン。とりあえず、このまま勢いで話しているとどんな事を口走るかわからないので一先ず落ち着こう。クールに、クールなれ。桜田ジュン。
「ふーん、桜田ジュンっていうんだ」
「ぎぃやぁー!読心されたぁー!?」
やっぱりこいつはトイレサンダルの魔女だったのかー!?
「なによ、今自分から言ったでしょ?クールになれとか何とかと一緒に」
どうやら僕は思った事を口走るほど動揺していたらしい。
「はい、ヤクルト。これでも飲んで落ち着いて」
「お、おお、悪いな…って、物凄く生温いんだが…」
「そうね。二週間くらい炎天下にさらされてたヤツだから」
「んなもん飲ますなー!!」
容器を空へぶん投げた。乳酸菌の花火が夜空に散った。ああ、風流なり。

それからしばらくぜいぜい言っていた僕だが、昨日より涼しい夜風が頭を冷やすのに貢献してくれた。騒ぐ体力が尽きたとも言うが。
「はぁー。ったく…で?僕に何か用か?」
「ん?用って?」
「そっちが昨日言ったんだろうが。明日も来いって」
「あ、そーだったわね。ごめんなさい。…でも、用があるのはキミの方かもしれないわ」
人呼んでおいてさっきから何なんだコイツは。
「まあとりあえず自己紹介ね。私、柿崎めぐ。毒殺絞殺撲殺刺殺、何でもござれのハイパー美少女よ」
「さて、明日のバイトも頑張るかー」
「あ!待って待って。嘘よ嘘。どんなお悩み解決するニャンのスーパー美少女よ」
「どっちにしろ美少女なんだな…」
つーかなんだよニャンって。萌えるだろ。
「あ、そうだ。自己紹介ついでに聞きだいんだが、お前その格好は何だよ。ついでにさっき抜け出すとか言ってなかったか?」
「へえ、良く覚えてたわね。そうよ、私いつもはこの麓にある総合病院にいるの」
「いつもって…お前入院してるのか?」
「うん。だけど抜け出してきた」
「おい」
何患者が逃げ出してんだ。患者は元気に入院してなさい。
「玄関は使えないから一階のトイレの窓から出るの。私くらいになれば病院の脱出なんて赤子の手を切り落とすより簡単なのよ」
「切るなよ!痛いだろ!?」
「大丈夫よ。麻酔と止血はきちんとするから。傷跡も滑らかなにするし」
「その前に腕を切るな!赤子は大切に扱いなさい!!」
「子供に試練を与えるのも教育の一環だと思わない?」
「教育にもっとゆとりをー!」
げほっ。ただでさえ疲れてんのにツッコミ過ぎてむせた…。コイツと話してると体力の消耗が激しいぜ。
「…ま、とにかくだ。大丈夫なのか?入院中なんだろ?」
「別に平気よ。寝てて治るもんじゃないし。あんな狭苦しい場所にいるより花火の一つでも見にきた方がよっぽど健康的」
うーん、そんなんだろうか。
ただ、見た目怪我をしている風ではないし、自分の事は一番自分が知っているという風なので問題は無いのかもしれない。多分。
「僕は疲れてるし明日もバイトがあるから早く起きないといけない。話があるなら手短にな」
「バイト?何してるの?」
「派遣のヤツ。言われた通りの事してりゃいいバイトだ。なかなか疲れてるが」
「いいんじゃない?別にお金が欲しいわけじゃないんだもの」
「いや、お金は…欲しいけど…」
それを、何でコイツがそれを知ってるんだ?つかさっき言い切ったよな。まるで、自分の事みたいに…
「バイトは楽しい?」
「いや…まあ嫌いじゃないけど、楽しくもないな」
「バイト先で知り合いできた?」
「全然。毎回働く場所違うしな。たまに経験者の人が厄介かけてくれるくらいだよ」
「大学の知り合いは?」
「いない…わけじゃないけど…夏休み遊ぶような知り合いは…いない、かな」
「そう。私と同じね」
彼女の方を見る。薄目を開けて、前を眺めていた。
私くらいになれば、とか言ってたよな。じゃあ、ずっと入院しているのだろうか?
ずっと一人で、生きてきたのだろうか?
「桜田クン、兄弟はいる?」
「あ、うん…姉ちゃんがいる」
なんか呼び名が変わっていたが、とくに触れずに答えておいた。
「ふぅん…お姉さんの事、好き?」
「………」
いつもなら『嫌いだ』の一言で済ませられたのに。今まではそう答えていたのに。今そう答えるのに、なんでこんなに…
僕が解答にためらっていると、めぐは興味が無かったのかさっさと次の質問に移ってしまった。
「桜田クン、一人暮らしみたいだけど、親は?」
「さあね。もういない」
小さい頃に海外に行ったっきりだ。今はどこほっつき歩いているのかも知れない。姉ちゃんはなんかメールでやりとりしてたけど、僕は興味なかった。
「…私も。私も、もう、会えない」
…あれ?なんか、この等号は間違ってないか?
口調も弱くなったし、表情も心なしか暗くなったし…
「あ、えと、ごめん。僕の親、別に死んだわけじゃないんだ。だからその…」
「?私の親も健在よ?引っ越してもうここにはいないけど」
紛らわしいなぁおい!
「ん?でもお前が入院してるのに引っ越したのか?」
「仕方ない事よ。気にしないで」
少し強めに言われた。この話題はもう止めにした方がいいようだ。
つーか、さっきから僕質問ばっかされてるんだが。これじゃ会話じゃなくて質疑応答じゃないか。
そもそもさっきから何のアンケートだよ。近況報告会でも開催したのか?これじゃあまるで…まるで。
「さて、疲れてきたし、今日はこのくらいにしときましょうか」
「…聞くだけ聞いて終わりかよ、とか言う前に、明日もあるのか?この応答尋問は」
「ん?スリーサイズでも聞きたかった?」
「期待できそうにないから聞かない。それより明日も…」
「失礼ね。これでも着痩せするんだから。私脱ぐと凄いのよ?男性に興味ないけど」
「………」
えっと…あれ?最後の一言が無ければジョークの一つも飛んだんだけど…あるぇー?
いや、別に、期待とかそんなんじゃなしにさ。だけどこれは…え?フラグじゃなくて残念だったね?でっかいお世話だコノヤロウ。
「今日は桜田クンの事聞いたから、明日は私の事話してあげる。楽しみにしててね」
それだけ言い残して、めぐはさっさと帰っていってしまった。
残される僕。いや、別に帰ればいいんだけどさ。
「別に、明日もう来なくていいんじゃないか?」
オチでも付けようかと、そんな戯言を宣ってみた。
まあそれは、来る事が既に前提となっているわけだけれど。


「それで本当に行かないと僕が本当にめぐを意識していた事になりかねないので、素直に裏山を登る僕」
バイトで疲れてんのに三日連続で何やってんだろうな、僕は。
「別にアイツに会いに行くわけじゃないぞ。昨日こっちの事教えたからそれだけだと不公平だろ」
でもそれって、めぐに会いに行くって事ですよね?
でもあいつ、百合だそうですよ?
………勝った。
「精神武装完了」
この武装の半分は、お花で出来てます。

「お、今日は先に居るんだな」
「いらっしゃい、ジュン君」
また呼び名が変わった。この分だと一週間くらい経てば東方不敗くらいになってるかもしれないな。覚悟しておこう。嘘だよ。
「花火、もうすぐ始まるわ」
「そっか」
どかっ、と境内の階段、めぐの横に座り込む。…下手に意識しない分、自然に振る舞えるのはいいことだ。悲しいぐらいにな。
しばらくして、花火が始まる。夜空を光の玉が突き抜け、破裂。自身の亡骸を発光現象と共に空中に四散させ、その骸で造形を楽しむという呪術的行為を大衆が崇めている。
ちなみに僕は無宗教だったため、その神下ろしの儀式は遠慮した。あ、でも隣に魔女がいるから強制参加か。携帯はどこにいったかな?
そんな事しか考えられない事を反省しつつ、僕は花火を観察していた。途中買ってきた飲み物をめぐに『飲むか?』とジェスチャー付きで差し出したところ、ポケットからヤクルトを取り出す事で拒否られた。
これには医学的見地からの深刻な問題が生じた故の行動であったと自分に言い聞かせる。たとえ相手が百合でも女の子にモノを買うなんて初めてだったのに。ぐすん。
「綺麗だな」
何となく、言った方がいいかと気を利かせて言ってみる。
「嘘でももう少し上手に言って」
「………」
怒られた。慣れない事はするもんじゃない。そろそろ僕のハートが保たない。
…花火か。そう言えば、こうしっかりと見るのは初めてかもしれない。ちっこい花火ならやった事もあるが、打ち上げる花火は記憶に無い。もちろんテレビとかではあるけども。
まあ祭りも殆ど行ってないんだから当たり前か。小さい頃に行ったかもしれないが、忘れた。
花火がフィナーレを迎え、終わる。感想としては、一体いくらくらい金が夜空へ消えたのかという心配と、あれだけ打ち上げるのだから準備する人は大変だろうなという心配をした。他人を心配することができる僕はいい子だ。

さて、花火が終われば辺りは随分と静かになった。遠くで祭りの音が聞こえていたが、せの喧騒はむしろこちらの静けさを際立たせているようで。
「………」
二人して無言で時を過ごす。昨日、自分の事を話すと言っていたのだからそれを待った。少しして、それは訪れた。
「私ね…」
残り少なくなったペットボトルに口をつける。
「子供ができたの」
「ブー!!」
全部噴いた。
「あ、間違い。好きな人がいるの」
「それをどう間違えたら生命が誕生するんだよ!!つーかその人って女だろ!?」
「うん、水銀燈って言うの。欲しいなぁ、水銀燈の赤ちゃん」
「明日保健の教科書持ってきてやるから良く読め!そして生き物の心理を知れ!」
「………薄々気付いてはいたわッ!!」
「その間はなんだ!そして何故僕が怒られる!?」
「ところでジュン君。こういう場合、種をどこから仕入れて、どっちが産むべきなのかしら」
「お前さては知ってるな!?その上で僕をからかってるだろ!?」
今日も相も変わらず疲れる…一体いつまで続くんだと思ったところで気が付いた。…そうか、花火祭りは今日で終わりか。
「水銀燈はね、私の天使様なの。私の救世主で、今の私の全て」
「ふぅん…随分入れ込んでるんだな」
「いっそ突き抜けたいわ」
「死ぬぞその人!」
まったく、恐ろしい光景を想像してしまったじゃないか。
その後も、朗々とその女性についての美辞麗句が並べられた。時折その人の身を案じる台詞が混ぜられていたが、僕には関係ないので丁重に放置をした。
「…でね、その時の彼女はまるで…」
「よし、ちょいまて」
そろそろ飽きてきたので制止を試みる。成功するか微妙であったが上手くいったようだ。
「ん、なによ。まださわりしか話してないのに」
「僕の記憶が確かなら、お前は昨日、自分の事を話すとか言ってなかったか?」
これじゃあ水銀燈という人の賛辞会だ。
「え?だから、今話してるじゃない」
「は?」
「今の私は、水銀燈が作ったようなモノ。つまり、水銀燈の事を話すことは私の事を話すのと同じなのよ」
それは、一見すれば恋する乙女の妄言に過ぎなかった。だが、その時は何故だか、酷く当たり前の事をごく自然に話されているような気がして。
「だからね、水銀燈との最後の約束も、果たさないと」
最後の約束。
最後の。
どうして、そんな事を言うのか。
「ジュン君。これから、私の家に来ない?」
「ひゃ?」
ひゃ、て。余りに突拍子がなかったので声が裏がえってしまったじゃないか。
「お前の家って…だってお前入院中だし、そもそも引っ越したんじゃないのか?」
それに、僕達まだそんな関係じゃ…!ドキドキ☆
…いっそ笑え。
「んふ、来れば解るわ」
そう言って昨日と同じくまた立ち去ってしまう。しかしついて来いと言われた以上ついて行かねばならない。
めぐは速いんだか遅いんだか良くわからない速さで歩いていた。だがどういうわけか、僕はそれに追い付けない。加えるなら、離されない。不思議な感覚。
そのまま二人は、神社裏の墓地へと入って行った。
「アノ、めぐサン?本当二コンナトコ通ラネバナラヌノデスカ?」
「ならぬのよ。近道だしね」
花火の後は肝試しか。風情があるじゃねぇかちくしょー。
僕の怯えをよそにずんずんと墓地をすすむめぐ様。女の子との肝試しは腕を組んでがデフォだろちくしょー。
すると突然、めぐの足が止まった。
「着いたわ」
そう言って、指を示した。
「私のお家」
まず、ヤクルトが目に付いた。次に、お花。そして、『柿崎めぐ』と、刻まれた文字。
めぐを見たら、恥ずかしそうに笑っていた。
「だから言ったでしょ?もうパパとママには会えないの。だって、私が死んじゃってるんだもん。入院の為にこっちに来たから、引っ越すのも当たり前ね」
めぐは供えてあるヤクルトをひとつ掴んで、
「水銀燈もお参りは嬉しいけど、コレはどうなのかしら。でもいいもの。水銀燈が好きなら、私も好きになるんだから」
蓋を開けて、飲み干した。
「ん~…まだまだ鍛錬が必要ね。恋は壁があるほど燃えるんだから」
そこで僕を見て、言った。
「でも、生死の壁は越えられるかしら?」
「………」
僕は黙る。立ち尽くす。いや、違う。
喋れないし、動けないのだ。
ちょうどめぐに会った日の別れ際みたく。
「一人になって、寂しい?」
その言葉は、刃物のように僕に突き刺さる。
「一人になって、つらい?」
その刃はぐりぐりと傷跡を広げていく。
「親代わりで、友達代わりで、いじめ相手の代わりで、外の世界の代わりで、強さの代わりだったお姉さんが居なくなって、どうなった?」
その傷は僕が今まで付けてきた傷跡すら開かせる。とっくに致命傷は越えていそうだ。
だが、倒れない。動けないから。
「びっくりしたでしょ?守られてたのは自分の方だって気付いた時」
汗腺と鼓膜だけが機能する。瞼はダメだった。
「そんな君は、今、何をしているの?ただ逃げてるだけの君は何がしたいの?」
もう、やめてくれ。これ以上、僕を傷付けないでくれ。
「君が祭りの場に行けないのは当然ね。だってそこにいる人達が、君の傷そのものだもの。痛くて、見れるわけないわ」
めぐの手が僕の頬に触れる。恐怖だけが増した。
「人は痛みから目をそらす生き物だから。別に、それでも構わないのよ?そうやって生きていけるならね。でも、君は無理そう。だって、こんなにも弱い」
その手が動き、頬を撫でる。背筋も撫でられた気がした。
「そんな君に、私からプレゼントがあります」
途端に、体の緊張が抜けた。体が動かせるようになった。だから僕はその場にくずれ…
「甘えるな」
スパァン!
しばらく、何をされたのか解らなかった。自分とめぐの姿勢、響いた音、頬の痛みで、自分がぶたれたのを理解した。
「…だけど、」
視界が消えた。否、めぐに正面から抱きしめられ、顔を胸元に押し付けられたのだ。
「今日だけ。今だけは、甘えていいわ。その胸のわだかまり、全部私に話して。私が持っていってあげるから」
風がそよぐ。それだけが支配する静寂な墓地に、かすれたような声がした。
めぐの胸元の布が濡れた。月明かりが、それに光った。
「みんな…どんどんに大人になっていっちゃって…僕もそうさせらたけど、いきなり大人になんて、なれるわけないじゃないか…」
めぐの手が僕の頭を撫でた。今度は暖かかった。
「あんな一人の部屋で…狭い部屋で…どうやって頑張ればいいんだよ…僕はそこしか知らないのに…」
僕の手が、めぐの服の裾を握りしめていた。久々のすがるモノ。
「一人は楽さ…一人は快適だよ…でも、今は一人じゃ生きるのが辛いんだよ…!」
しばらくすると、めぐの体が僕から離れた。視界が生まれ、滲んだめぐの笑顔が写った。
スパァン!
「…はい、これでおしまい。あー、痛かった。人を殴るって大変ね、水銀燈」
叩かれたのは逆の頬。僕も痛かった。それ以上に熱かった。それが、妙におかしくて。
「くっ…うくく、」
笑った。泣きながら、笑った。
「頑張りなさいよ、もう。君はまだ生きてるんだから」
「く、ぷっ…お前が言うと、説得力あるな」
めぐが笑った。僕も笑った。
「じゃあ、そろそろいくわ。楽しかったわよ、アレでも一応。いいお土産ができたわ。花火も見れたし」
「ああ…しっかり成仏しろよ。出来なくても僕に祟るなよ」
「あ、それ名案。乗っ取って、水銀燈に迫っちゃお」
「人の体を使うなよ!」
腕で体を抱える。乙女か僕は。
めぐが笑いながら体を回す。黒髪が体を纏い、闇夜に溶けて、
「ッ…!」
一瞬光ったような気がして目を閉じた。開けた時には、もう彼女はいなかった。
「………」
なんだか、胸の奥がぽっかり穴が開いた気がする。でもまあ、元々悪いモノしか入ってなかったんだからいいか。ここに何を詰めるかは、今から決めればいい。
「約束ついでなんだから、礼はいらないよな?」
苦学生はいたわるものであって、物をねだる相手ではない。
「あ、でも訓練するんだよな。今度ヤクルトくらいなら持ってきてやるよ。じゃあな」
気持ちはすっきりしても、ここは墓場で墓場なのだ。怖くてかなわない。今祟られて死んだりしたらカッコ悪過ぎるぞ、僕。
「…なんか別のアルバイトでもしようかな。定員同士で少しは喋れるようなの」
別に、そこに可愛くて優しい女の子がいるなんて期待しちゃいないけどさ。
「ま、念の為、な」
何かあるかもしれないし。
念の為、休み中は出歩いてみるか。
念の為、休み終わったらサークルでも入ってみるか。
念の為、生きてみよう。

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