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それは、とある少女と、たくさんの少女達の物語。とある一夏のお話し。



-SCHOOL-



別に、特別な事がしたかった訳ではない。
別に、特別なモノが欲しかった訳ではない。
私はただ、普通に生きるつもりだった。普通に生きているつもりだった。

だが、私には周りと違う所がある。ここで、周りから散々言われている私の容姿について述べる気は無い。私から見て、私に並ぶ美貌を持つものだっている。…まあ、少ないにせよねぇ。
私が言いたいのは、この髪と瞳。(スタイルについても、ここでは明言を避ける)この、銀糸のきめ細やかな髪と、ルビーの…いや、血のような輝きを持つ瞳。
…そうか、目つきの悪さも加えねばならないのか。これを持つ者は比較的多いが、私が持っていることが問題なのである。

私は生粋の日本人ではない。だが、私自身は日本人のつもりでいる。
白米に味噌汁?あら、今朝の朝食ねぇ。納豆?ええ、食べれるわ。…くさやぁ?ちょっと、アナタ食べてみなさいよ。まったく…
しかし、この私の髪と瞳は日本人のそれではない。また、日本人が好む茶髪や金髪でもない。それどころか、世界的に見ても、数少ない種類に入るだろう。
和と協調を重んじる日本人(私を含む)にとって、なる程それは目立つに仕方なく、注目を受けるのは当たり前の事なのだろう。それを責めるのは少々無理があると思っている。今、では。

ところで、私は綺麗なモノが好きだ。理由は特に無い。あえて言うなら、美しいモノを見た時のあの高揚感とでも言おうか。人はそれを美醜と呼ぶのかもしれない。
だから…というか、その、私も自分の顔立ちに自信はある。これは周りがそう言うから徐々にそう思うようになったのかもしれないが、客観的に観察しても…悪くはないだろう。と言うか、自分の顔を客観的に見れるものなのかしらねぇ?だって自分の顔よぉ?
…で、そう、私だって、一応女の子なのだ。…無いし、有るから、そのはずである。間違いない。
別にメイクが好きという事でもないが、この銀糸の髪は長い方が美しいと思うし、マスカラやファンデ等も…なる程、見栄えは…するわねぇ。
こうして出来あがったのがこの姿である。服装は主に黒色を着る。昔は好みで。今は…別の理由で。
さて鏡を見て見ましょうかしら。ふむ、私の感覚を外れるものではなし。いいでしょう、合格。
そして外に出てみれば…みれば…なる程、私のそれは、確かに、稀有なモノらしかった。私が、望んだものでないにせよ。
するとどうなるか。周りは私を外見で判断し、そう扱うわけである。俗に言う第一印象。私にとってそれは、大して意味の無いモノとなった。何故なら、皆が皆、同じ事を思うから。

さてここで話を戻すが、私は日本人のつもりだ。生まれは違うが、育ちは日本だからだろう。コタツにみかんは日本の心ねぇ。
つまり、和と言うか、秩序と言うか。私もそれを幼心に取ろうとしたのだ。が、私の外見を周りに合わせるのは無理だった。いささか無念である。
だから、周りに私を合わせた。
口調、表情、性格。もろもろすべて、周りが望むように。願うように振る舞った。普通であろう、そう思っていたから。みんなそうだと考えていたから。
私とて人間である。これを否定する材料は無い…ハズだ。いや、間違いない。私は人間、私は人間。
だから、小さい時は…その、周りの子供達と、普通に遊びたかった。おはじきとか、縄跳びでもいい。おままごとにも興味があるし、かくれんぼについては一日の長があると自負している。遊びとして行った事は無いにせよ、だ。
だから断じて…周りに男の子を侍らせて高い椅子に足を組んで座り、適当に命令していたかった訳じゃない。周りが、私をそう扱ったからだ。私が、それに合わせたからだ。

その甲斐あってか、今ではそれも板につき、すっかり私自身その色に染まったようだ。オーラすら出ているらしい。貫禄と言うヤツだ。箔が付いたわねぇ私もぉ…
だから、もう言えない。もう無理だ。私に友達を、友達という存在が欲しいなどと欲するのは。私はそんな事望まないのだから。
あらぁ?私って、何なのかしらねぇ。ふふふっ、くだらなぁい。

あ、もう一つ。私は醜いモノが嫌いだ。愚かしいモノも嫌悪する。哀れなモノなど滅んでしまえ!
そして、醜いモノ、愚かしいモノ、哀れなモノが、私は気になって仕方ないのである。
その思いは…その心は…なる程、親近感らしかった。はぁ…くだらなぁい。


「ちょっと水銀燈!いい加減謝ったらどうなの!?」
ここは学校の裏庭。時間は放課後で、後2日で夏休みを迎えるという時期である。その暑苦しい日にこの娘の声は良く響くこと…
「びえぇえぇえ!!」
「ほら、雛苺も、泣き止もう?ね?」
ああ、このおチビちゃんの声も耳にくるわぁ…日差しと相まって熱中症になりそう…
「さっきから聞いているの水銀燈!」
「聞いてるわよぉ…うっさいわねぇ」
私ほど他人の話を聞く人間も少ないだろう。他人の望む事を知る術はそれが手っ取り早い。噂、雑談、陰口などを。
さて…今どうしてこの暑い裏庭でおチビちゃんが泣きわめき、私が断罪されているかと言えば…
「貴女が雛苺を小突いたから肥料入りの水をひっくり返してあんな事になってるのよ!?」
知ってるわよ、見てたもの。ついでに目にも入ったからさぞ痛いでしょうねぇ。
「さっさと雛苺に謝りなさいよ!」
「真紅ぅ?あんまりガなるとお肌が荒れるわよぉ?」
これは事実。忠告といったところね。
「なーんで私がそんなどんくさいお子様に謝らなきゃならないワケぇ?私別に悪い事してないじゃなぁい。バッカみたぁい」
「ッ!!」
…これも、見方によっては事実となる。あんな大量の肥料液を一度に運ぼうとする雛苺はもう少し自分の力量を知った方がいい。あれでは遅かれ早かれ倒れていただろう。
そして、それを見ていられず手を伸ばした時に雛苺が大きくよろめき、結果、私が伸ばした手に当たり、倒したように見えてしまったのだ。
そう、私にも非が全く無いとは言えない。だからといって、これしきの非で頭を下げるのは『水銀燈』ではない。
弁明しようにも…雛苺を手伝おうとするなんて、みんなの『水銀燈』ではないのだ。私の意志に関わらず。
だからー
「言いたい事は全部言ったぁ?それでしゃあ私は帰るわねぇ」
水銀燈は平気でも、私はこういうのが非常に辛い。私に敵意を剥き出しにする真紅も、泣き叫ぶ雛苺も、それを取り巻く仲間達も…もう見ていたくなかった。
「私は貴女達とは違って忙しいの。じゃあねぇ」
嘘。だから…なのに。
「ま、待ちなさいよ水銀燈…!まだ話は…」
遠ざかる真紅の声。雛苺の泣き声。周りの女の子の声。
すると同時に強くなる、太陽の視線と、蝉の合唱。
体感温度は上がる一方のアスファルトの道を、半ば、凍える気持ちで歩いて行く。
その横を、無粋な音を立てて喧しくトラックが通りかかる。
早くどっかに行ってくれる?ついでに私の意識も、どっか行ってしまえばいいのに。


「ただいまぁ…」
暑い通学路を一人歩き抜き、家へとたどり着いた。
別に返事が来る事はない。親は仕事だ。今日は帰らないハズである。それでも日本人の意地と私の意志で言っておく。一人になれば…私は私になれるから。
そのまま階段を登って、自分の部屋へ。
整頓された、私の部屋。唯一の、『私』の居場所。ようやく来れた…だから私は、鞄を振り上げ、壁に叩きつけた。
「なんでよ…どうしてこうなるの!?」
次に近くにあった置物を床に振り下ろす。派手な音を立てて砕け散った。それはお父様から貰った大切なモノだったが…もう、どうでもよかった。
「頑張ったのに!ちゃんとしてきたのに!なんで…なんであんな偶然なんかでぇ!!」
投げる、割れる。倒す、折れる。ぶつける、砕ける。踏む…足から血が出た。
「ここまで…今日までやってきたのに…後少しだったのに…もう、今年の夏しか無いのにぃ…」
力を使い果たし、その場にうなだれた。
その際足にさらに傷が付いたが、これもどうでもよかった。

『フランスに引っ越す事になったから』
久しぶりの家族揃っての夕食かと思いきや、それはただの報告会に過ぎず、私への説得の場として用意されたモノだった。
理解した時、まず笑った。
一体、今日を楽しみにしていた私は何だったんだろう。別に高価な料理に惹かれたりしない。でも、良い雰囲気のレストランでお父様、お母様との食事。本当に久しぶりだった。
普段は遠慮がちなお父様の好きな白いドレスも着た。お母様が喜ぶ笑い方も久々に練習しておいた。前日は、期待と興奮と緊張で寝れなかった。クマを隠しきるメイクは苦労した。…本当に、ばかみたぁい。
少し経つと、苛立ってきた。
今まで散々共働きの仕事に振り回しておきながら、いきなりコレか。何度も転校させられて、その場所場所で『水銀燈』を作って。それでもお仕事の大切さは理解しているつもりだから頑張れた。
それが、何?海外?フランス?言葉も通じない場所へ行く?そこで私は、一体どんな『水銀燈』でいればいいと言うの!?どうやって生きればいいのよ!!
食事が終わると、怖くなってきた。
行かねばならない外国の地に。そして何より、この別れねばならない日本に。私は、日本は嫌いではない。むしろ好きだ。愛国心では無いだろうが、これでもそう思うのだ。
でも…怖かった。外国へ行ったら、好きでいられる自信が無かった。もしフランスでそれなりの暮らしが出来てしまったら…日本より良いと思えてしまったら。
私と水銀燈が生きた今までは、全て、辛い思い出となってしまではないか。私の全てが、否定されてしまうではないか。
逆にフランスでの生活が今より悪くなれば…今の私には、水銀燈を失った私では、生きて逝ける自信がなかった。耐えられる自信はなかった。
ははっ、どっちにしたって、最悪しかまっていないんだもの。大した喜劇じゃないの水銀燈。お似合いよぉ?精々踊り狂って消えるがいいわぁ!
…………
…………
…………
………………怖い。誰か、助けて。


臆病者。
私をそう表するのにいささかの躊躇いもない。私はどこまでも臆病なのだ。だから水銀燈を捨てることも、ましてや、死ぬ事なんて…恐くて仕方ないのだ。
学校とは不思議な場所である。もう水銀燈が意味を成さない今でも、私は継続して水銀燈であった。高校の生活が、私を水銀燈として支えた。無意識に委ねても、周りが私を水銀燈に彩った。
思い出。
誰かが人は思い出があるから生きていける。でも人は思い出だけでは生きていけない、とか言っていた。まったく人とはけったいな生き物だ。でも…なる程、そうらしい。
思い出が欲しい。私は水銀燈の思い出だけでは生きていけない。私の思い出が欲しい。
強さが欲しい。例え思い出を手に入れても、水銀燈でない私は弱すぎる。私が生きていける強さが欲しい。
しかしその2つは自分では手に入らないようだった。一人では得られないようだった。
………友達が、欲しかった。 

「う…」
痛みを覚える体を起こすと、すっかり日は暮れていた。
随分泣いていたらしく、床のカーペットがぐっしょり濡れていた。喉もカラカラだ。
昔、このまま渇きと倦怠感に身を任せていれば消えてしまえるかと思ったのでやってみた。怖くなって止めた。つくづくバカらしい。
「あぁ…」
月明かりだけが差し込む部屋で漏れた声は何を意味するのだろう。
嘆き、諦め、憔悴。
どれでも何でも幾つでもいい。全て当たりだった。
こうして夜にまみれていると、不思議と安心できた。私自信を黒で染めていれば、尚更に。この時くらいかしら。黒髪と黒目に憧れたのは。私のそれでは、夜になりきることすら許されなかった。

こうして放心した日々を過ごしていた時、最後の日本での転校があった。高校一年の冬、日本を離れるのは、二年の秋。
私は、動いた。
臆病者だったけど、臆病者だったから。怖かったけど、怖かったから。
今までの経験を全て使い、この一年に満たない時を全力で過ごす。
そして、夏を。夏休みに、共に過ごせる友達を。思い出と強さをくれる友達を。

初めの数ヶ月で私は今までと同じく水銀燈になった。これはいい。構わない。これは避けれないのは身に染みているし、初めの自己紹介で『水銀燈でぇ~す♪キラッ☆』などとやるのは無謀の極みだ。失敗は許されないのだから。
それから選んだ。友達になれる人を。友達となるべき人を。これが居なければ練炭でも買おうか真剣に考えるところだが、幸い直ぐに見つかった。

『私は真紅よ。どうぞよろしく』

彼女は初めにそう言った。私は直ぐにわかった。今までの人間観察のスキルが直ぐに答えを出した。
この子は、強い。
私より、遥かに。
私としては正直、抱き付いてその(小さな)胸の中で泣きたいくらいだったが、水銀燈はただ、『そ』と言うにとどまった。『うるさい』でないだけ素晴らしい進歩だ。
また、真紅の取り巻きも、一見の価値がある粒揃いだった。翠星石、蒼星石、雛苺、金糸雀、雪華綺晶、薔薇水晶…かなり奇人も含まれていたが、この際気にしない事にする。
二年時になって私は行動を開始した。それぞれに対し、アプローチをかけたのである。
ただし、ここでの水銀燈の手枷足枷口枷はかなり強固だ。だから、とにかくさりげなく。無関心を装って。文句の一つも愚痴りながら、ほんの少し、助けたり、親切をしたり。
それは、何とか上手くいっていた。昔から人の視線を気にして人の顔色を見て生きてきた私にとって、目の前の人が何を考え、欲っしているのかは大体わかるのだ。読心術とは言えないが、まあ、渡世術と言ったところか。
私に対し、どの様な印象を持ったか、また持っているかを探った時、私は彼女達からそれなりのモノは作り上げられたようだった。
嬉しい。良かった。助かった。後は、後はもうじき始まる夏休みを過ごし、遊んで、思い出と強さを手にする事ができる。
誘うのは恥ずかしいし、緊張するし、困惑の極みと言えたが、何といっても文字通り命懸けなのだ。そこは乗り越えなければ。
現に、夏休みが近づくにつれ、その話題も盛んに話されるようになっていた。その中に、私という存在の可能性を作る事は…出来た、らしかった。
なのに―
「最後の最後で…」
運に、見放された。
水銀燈を演じながらも、彼女達に対しては一線を越える敵意や悪意は向けないよう必死にコントロールしていた。(この大切な時期に群がる虫共は全力で排除したが)
それはまるで、じゃれるように。ちょっかいを出すように。からかうように、彼女達と接した。
雛苺を押し倒してしまい、肥料液にまみれ苦しみ叫ぶのを見た時、私は愕然とし、頭が真っ白になった。
からかい半分にひっかけてやったのなら、まだ何かしらの対処が出来たハズだったのに。だが、ちょっと露骨かもしれないけれど、きちんと親切をしてやりたいと伸ばした手だったから…私は、動けなかった。
その後はもう…水銀燈の後ろで覗く私は目を覆わんばかりの悪循環だった。水銀燈は…水銀燈は、人に心から謝る術を知らなかったから。私も、解らなかったから。

明日は終業式。予定と流れでは、私はその後彼女達の夏の計画に加わるハズだった。夏休み祝として雪華綺晶と薔薇水晶の家でパーティーを開くらしい。私もそこにさりげなく、だけど確かに居るはずだった。そこから始めるはずだった。
「うぅ…」
夏休みが始まれば、部活をしていない私には彼女達と会う機会は殆ど無い。自分から会いに行かねばならない。だが、その方法が、解らない。
何をして、何を言って、どんな顔をすればいいのか。まったく、解らない。
仮に謝れたとして、許してくれるかは疑問だ。さらに許してくれたとしても、夏休み中共に過ごしてくれるかなんて…
「うっ…!」
ふらつく足で跳ね起きて、洗面台へ走る。途中転んで体をぶつけた。痛かったが、急ぐ。洗面台にすがるように顔を近付け、出した。
一体、何が出たんだろう。もう、何も残って無いのに…
それでも何度も噎せながら、涙と嗚咽に塗れながら、何度も出した。
足が震えて立てなくなった頃に、しばしの慟哭を挟み、私は倒れて気を失った。


「ゲホッ、カハッ…!」
目覚めは最悪だった。密閉された暑さで汗にまみれ、喉はただれたように痛み、体は所々血を流し。
これが、水銀燈の末路か。いや…私の、が正しい。水銀燈はこんなに弱くないし、汚くない。水銀燈に頼り続けた、私の現実がこれなのだ。
「ん、くっ…」
よろめきながら立ち上がる。時計があった。朝の五時半。
「………」
終業式、行こうか?
最後に、行こうか?
最後くらい、私として行こうか?
これだけ落ちぶれれば、水銀燈の方から私を見捨てるだろう。なら、私は私として動く事ができる。
「………」
学校に、行こう。
支度をして、行こう。
私として、行こう。
最後に、行こう。


「暑っ…」
玄関から出た途端、照りつける太陽が肌を焼く。
歩く。通学路を。いつものように。
いつも?
いつもって…いつ?
「…なるほどねぇ」
さっきから周りに対して妙に緊張したり、太陽に敏感になってるのはそういうわけか。
私は、ほとんど初めてに近い行動をしているのだ。
いつもは、水銀燈がやるから。
「とすると、私は引きこもりね…」
水銀燈の引きこもり。周りが作ったモノに、私も逃げ隠れていたのだ。
「…くだらなぁい」
何が?
世界が?
水銀燈が?
それとも、私が?

それでも何とか学校へたどり着いた。途中何があったか良く覚えていない。
誰かに声をかけられた気もすれば、いない気もする。転んだ気もすれば、いない気もする。空を飛んだ気も…いや、それは無いか。
ダルい終業式が終わり、いつもより長いホームルーム。
教師が何か話して色々と配っていたが、良く覚えていない。
…それにしても、どうにも落ち着かなかった。私が学校でこうしているというのは、強い違和感がつきまとった。
普段の生活と異なる日だったから、周りが私を水銀燈にする事もない。私はずっと私のまま過ごしていた。
「それで、夏休みの生活態度については二枚目のプリントの…」
「………」
椅子の座り方、プリントの回し方、話の聞き方。
全てたどたどしい。良く解らない。水銀燈はどうやっていただろう。思い出せない。あるいは、どうでもいいのか。
最後と決めた学校生活は、そんな感じで終わってしまった。なる程、私らしかった。どこまでも、ばかみたぁい。
「………」
ホームルームが終わり皆が喜々として教室から出て行く中、私はずっと自分の机の前で座っていた。
そうしたかったわけじゃないが、他にしたい事がないから動かなかっただけだ。
…いや、私はわかってる。わかってるわよぉ…
私はただ、未練にすがっているだけだ。
今日ここに来たのだって、結局は棄てきれなかっただけの話。
水銀燈ではなく、私が残したモノがあるのはここぐらいだから。
帰ってしまえば、もう、来る事も無いだろうから。
未練がましい、バカな女。
「………帰りましょうか」
もうこれ以上、水銀燈を汚すのは止めよう。今私は周りからは水銀燈。私は私でも、皆は水銀燈だと思っている。ならば、あまり下手な事はせずに去るのが…
ポンポンポンポーン。
校内放送のチャイム。既に校内にはまばらにしか生徒はいないから、先生か誰かの呼び出しだろう。
『あー、えー、二年B組水銀燈さん。二年B組水銀燈さん。居ましたら…』
…は?私?私の呼び出し?何で今?だって皆とっくに帰った頃なのに?
放送の声は蒼星石だった。が、途端に別の声に変わった。マイクを奪い取られたらしい。
『居るのはわかっているのよ水銀燈。だから、そのままそこで聞いていなさい。いいわね?』
真紅の声だ。…と言うか、呼び出しではなく、連絡なのか?いや、だったら直接言えばいいわけで。私はずっと教室にいたのだし、下校していないのを知っているなら、私がここに居ることくらいわかりそうな…
私はいつになくパニクっていると、また声の主が変わった。
『え~と、水銀燈。カナが理科の実験で失敗した時助けてくれたかしら!体育でカナが不利にならないようにプレイしてくれたかしら!鼻紙が無くて慌ててた時に机の中に入れてくれたかしら!』
「なあ!?」
声の主は金糸雀だった。いや、そんな事よりも!あの娘はあろうことか校内放送で私がひっそりとしてきたアプローチの内容を暴露し始めたのだ!!てかアナタ気付いてたのぉ!?
『えー、水銀燈。翠星石が黒板の問題が解らず焦ってた時に先生に質問して時間稼いでくれましたね。翠星石に絡んできた男子が来なくなったのもオメーのおかげですね?なんだかんだで花壇整理をしてくれたのも感謝してるですぅ』
「あ…あ…!」
次々と暴かれていく私の行動。水銀燈ではなく、私の意志で行った事。
『蒼星石だよ。僕はやっぱり姉さんを助けてくれたことにかぎるね。僕ですら気付かない段階で防いでくれた事には感謝の気持ちでいっぱいだよ。
あとリサイクル委員として言うなら、アルミ缶入れにスチール入れちゃって、ゴミ箱の前で手を伸ばしながら10分近く悩んでくれたのは嬉しかったな』
「~~~ッ!」
もはや、ただの暴露大会である。アプローチ関係ない。
続く雪華綺晶、薔薇水晶もただ私がいかに素晴らしい存在であるかを朗々と語っていた。その言葉にはお世辞や妬みなど今まで聞いてきたものは微塵もなく、ただ…愛が、濃い愛が込められていたような気がした。
あの二人はヤバいと控えていたのだが、どうやら無駄だったらしい。
そして―
『うぃ…水銀燈。ヒナよ』
「雛、苺…」
息を呑んだ。神経が耳に集中した。
『ごめんなさい…ヒナ、ちゃんとわかってたのに…ヒナがよろけて水銀燈にぶつかっちゃっただけだって。水銀燈は悪くないってわかってたのよ。でも目が痛くて泣いちゃったから説明出来なかったの…本当にごめんなさいなの!』
昨日の事だ。雛苺は、わかっていた。雛苺は、謝った。これが見本と言わんばかりに。
『ヒナ知ってるもの!水銀燈、ヒナにいっつも優しくしてくれた事知ってるもの!口じゃ言ってくれないけど…難しい事わかんないけど、水銀燈が居てくれた時はみんな上手くいったから!』
「………」
私はうつむいていた。顔を上げられなかった。
あの子達には伝わっていた。私の気持ちが伝わっていた。わかってくれていた。雛苺も…
「はっ!?」
ここでようやく、私は私に降り注ぐ数多の視線に気が付いた。今、一体何があった?そう、校内放送ででかでかと私の積み重ねた行動が暴露されてしまったのだ!水銀燈のイメージとはかけ離れた、“友達になってください”という私の行動が!!
「ひぃ!」
私は教室を飛び出した。とてもじゃないがここに居られない!早く、早く学校から…!
『あ、そうそう』
再び放送。真紅の声だ。私はその口調に、全身で言いようの無い悪寒を感じた。
『今貴女の家に向かう通学路へは行かない方が賢明ね。ちょうどこの放送を聞いた野球部員がランニングに行ったから、鉢合わせすることになるわよ?』
「し、真紅ぅううう!!」
とりあえず、叫んでみた。さらに注目を集めただけだった。墓穴。でも、墓穴でいいから入りたい。
『もし学校から離れたければ、逆側へ向かう事をオススメするのだわ。そっちにはサッカー部がいるけれど、近くの知っている家に飛び込めば済むことよ』
「あ…」
私は気付いた。私の家と逆方向で、かつ学校に近い私の知っている家。
それは、今日パーティーのある、雪華綺晶と薔薇水晶の家だった。
『私からも言いたい事は多々あるのだけど…とりあえず、ごめんなさい。他の事は、その時に話しましょう』
放送が、切れた。
私は、駆けた。
「はあ、はあ、はあ!」
泣きたいくらい恥ずかしいし、情けないし、悔しいし、ついでに頭にきている。
でも、走って学校から逃げる私が笑っているのに気付くのに時間はいらなかった。
私は確信した。
私は、強くなれる。
「だって…だって、こんな事する奴らよぉ!?」
強くならない訳がないじゃないか。
思い出だっていくらでも出来るだろう。既に出来たものもある。
「まったく…!」
どうしてこんな目に合っているのか。皆に注目されながら、時に笑われながらの全力疾走。まったく、本当に。
「おばかさぁん!!」
誰が?
私が?
水銀燈が?
彼女達が?
そうだ。みんなみんな、おばかさぁん。

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