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―――


 キッチンにて。
 年上衆が、めいめい大人の酒の愉しみ方を展開している。

「あ、桜田君。しっかり巴ちゃんの相手してる?」
「ええ、まあ……ぼちぼち」
「巴ちゃん、いい娘だからねぇ。私結婚するなら、あんなタイプだなあ」
「酒乱がいいってことですか、めぐさん」
「そういうこと言わないのー。それに貴方の相手をするなら、呑めた方がいいじゃない」

 呑めるだけなら大概僕の知り合いは当てはまるような……

「まあ……そこは置いといて。姉ちゃん、冷蔵庫からアレ持ってくよ」
「巴ちゃんがお望みならば、仕方ないわねぇ。お姉ちゃん、がまんするねっ」

 アレ、で通じるんだね。

「もう無かったって言ったらそれで諦めがつくと思うんだけど」
「ジュン君、それはだめよぅ! はいはい、持って行きなさい」

 新聞紙にくるまれた一升瓶を手渡される。ん、よく冷えてる。

「なんだかんだ言いつつも、穏やかな顔になっていますね」
「そうですか?」

 氷をアイスピックでまるく削りながら、白崎さんは言う。
 いつもながら、見事な手さばき。僕もバイト時代にやってみたことがあるが、やっぱりどうにも上手くいかなかった。
 削り終わって、新しいグラスへまるい氷をあてがう。この時点で、氷はグラスには完全に入りきらず、途中でひっかかって底につかない状態になっている。

「まだ残っていますから、桜田君もどうぞ。量はどのような感じで?」
「あ、シングルでお願いします。向こうでもまだ呑むんで」
「畏まりました」

 白崎さんのカクテル作りといったらそれは見事なものだが、ウィスキーを注ぐときは、メジャーカップを使わない。ボトルの口の下辺りに人差し指をあてがって、絶妙なバランスで傾けながらグラスへ中身を注ぐ。これがぴったりシングルの量になっているのだから、頭が下がる。
 まるい氷に琥珀色が這う頃、カチン、と氷が爆ぜる。その後すぐに『こぉん』と音が響いて、氷がすっかりグラスに納まる様は、何度見ても職人の業として見とれてしまう。

「お待たせしました。グレンリベット、アメリカン・オークフィニッシュ、シングルロックとなります」

 つぃ、と。グラスとともに、チェイサーの水が差し出された。

「ありがとうございます」

 まずは水の方を一口含んで、口の中を落ち着かせる。
 そして、甘い香りを放つ琥珀色を流し込んで、静かに味わう。

「『静かな河』の名を冠しているにしては、少々甘みが立っているようですが……河も様々、というところでしょうか」
「なるほど……」

 僕は何かお酒を呑んだとき、専門家のようなこと細かい言葉を用いた感想を述べることができない。
 それでも、なんとなくこういうものを呑んだとき、しあわせだな、と。そんな感慨を抱くのだ。
 大学生に成りたてで、こんな呑みなれちゃってて大丈夫かなあ僕。

「時期がちょっと前倒しにシフトしただけでしょ?」
「日本ではあんまりシフトしちゃいけないんじゃないですかね」

 まあ、外の店で呑んだりすることは――あるか。白崎さんのところで、たまに。それ以外の所ではとっ捕まってしまうからしないけど。というか、家呑みで充分すぎる。

「ジュン君もそうやって独り酒を覚えていくのねえ……」
「しみじみ言われても何一つ感動的な要素がない」
「あら、桜田君。大勢で呑んでるとわからない味があるかもしれないよ? 多分、その経験はこれからだと思うけど。多分、大事なこと」
「そうなんですか?」
「うん。かなしいときがあったらね――お酒に溺れちゃだめよ? ――ゆっくり、ゆっくりと呑んでごらん。それだけで、自分のためだけの、涙が零せるかもしれない。愉しかったり、嬉しかったりしたとき。たった一杯のグラス――それが、さらに喜びを噛み締めさせてくれるかもしれない」
「……」
「ま、そういう呑み方はまだ先でいいかなー。若い頃はやっぱり青春を謳歌すべきだね。大勢ならそれもまたよし」」
「その意見には同意したいですね。僕の店ではまあ、大勢の人数に対応できるというわけでもないですけれど。お知り合いの方を集めて、貸切にすることはいつでも出来ますよ?」
「白崎君はもっと別の集客力を強めた方がいいと思うんだけどなあ」
「う……」

 ああ、折角いい話になりかけてたのに。白崎さんはなんとも微妙な苦笑いを浮かべている。
 白崎さんの店は、流行っているようであんまり流行っていないのだ。バーテンダーの腕は良し、店の雰囲気もまたもの静かな感じで。どちらかと言うと、ふらっと来たお客さんがリピーターになってくれることが多いものの、新規のお客さんはなかなか増えていなかった――というのが、僕のバイト時代の印象である。

「白崎さんのお店は、あの雰囲気だからこそいいんですよぅ。知るひとぞ知る穴場、ってやつですねぇ」
「そう言っていただければ幸いなのですが」

 姉ちゃんは意識してフォローしたつもりはないのだろうけど、僕もその意見には賛成だった。
 大学に受かった暁には、どこか良い感じのバーに訪れてみたいなんて、ちょっと気取ったことも考えたりしたこともあったけれど。そもそも白崎さんの店が、それそのものだから。多分僕は、恵まれている。

「じゃあ、とりあえずまた闘いに戻ります」
「あ、がんばってねー」
「ご武運を」
「お姉ちゃん、吉報待ってるから!」

 なんのだよ。


――


「乙女をほっぽって手酌させるのはかんしんしないわ、さくらだくん」
「悪い。ちょっと話し込んでた」
「向うもたのしそうだった?」
「ん。相変わらず」

 一升瓶を眼一杯傾けてグラスに注ごうとする柏葉の姿に執念を感じる。さすがに呑みきってはいないか。結構残ってたし。もしこれを瓶が干されていたとしたら、僕は即効洗面所に眼の前の酔っ払いを連れて行って無理矢理戻させるところだった。しんでしまう。

「それにしても呑みすぎだ。大丈夫か?」
「しんぱいしてくれてるの?」
「そりゃ……まあ」

 僕は正直、自分が酒が強い方とは思うけれど、例えば姉ちゃんのような『真の強キャラ』には成りえない。それでもお酒はすきだし、なんというかまあ。呑み始めたら、しぶとい。
 それに柏葉を付き合わせるのは、なんとなく酷だとも思ったのだ。

「だいじょうぶ。わたし、心意気だけならさくらだくんにまけない」
「それが厄介なんだって」

 それを受けて、柏葉はやわらかい笑みを浮かべた。

「でも、これなら。ゆっくりおはなしできるから……ありがと」

 頬が紅く染めながら、足を流し、舌足らずな様子で言う。
 柏葉は所謂日本的な美人であることも相まって、なんだか艶っぽくみえる。

「礼を言われるほどのことなのかな……」
「そうだよ」
「本当?」
「うん。いつだって、『ありがとう』なの。だれかに伝えたいことが起きるときって、思うことは、だいたい、そうだよ」

 変わったな、と思う。
 振り返ってみると随分長い付き合いで、そこから思い出される柏葉は、どちらかというと自己の内面に深く落ち込んでいく――そんなパーソナリティを保っていた。

 それでもやはり、変わったのだろう。
 それはきっと僕も同じ事で。
 こうしてお互い変わっていったのは。僕と彼女を含めた、かけがえのない繋がりの輪を作り上げていたもの。今はもう散々な有様で酔いつぶれている彼女たち、そして今も現在進行形で呑み続ける姉ちゃんたち、そんな存在のお陰のような気がしている。
 まあ。本人達の眼の前では、絶対口にしないことではあるけれど。その辺だけは、僕は変わらないな。

「さて。持ってきたぞ」

 とりあえず、新しい(大吟醸)グラスを手渡す。

「わ、待ってました」

 はい、本日最高の笑みを頂きました。酒の強さランキングの見直しが必要かもしれない。
 清酒、というほど澄んではいない。グラスは、曖昧な透明で満たされている。

「ね、ほら」
「どうした?」
「いつだって、そうだよ。こうして杯を手にとったなら」

 ああ、なるほど。

「「乾杯」」

 かちん、という音が小さく響いた。きれいだ。この音は、きっといつだってきれいだった。
 それをあおり、ほぅ、という息をついたのは、二人同時だったように思う。

「はぁ……たまらない」

 お酒を呑むとき、『芳醇』という言葉をあまり使いたくない。芳醇な香り、という表現がよくあるものの、その言葉が使われるときは、その漢字二文字よりももっと多くのものを感じている筈だろう、と思うからだ。これは僕が捻くれているからだろうけれど。言葉が足りないな、と思う。ソムリエって凄いな。なりたいとは思わないけどね。酒の旨さを詩的なレベルで表現するまでの必要性は、今のところ感じない。

「うん、美味しいよね」
「なんで呑みながら回復できるんだ?」

 口調が戻ってきている。覚醒したんだろうか。いやそれ自体おかしいんだけどね。

「またまた桜田君。あせらないで。めくるめく夜は長いんだから」

 だめだ。ちっとも回復してないぞこいつ。主に頭。

「これで潰れたら勿体ないわ、桜田君。ぬるい、ぬるいの! この程度で潰れてしまうなんて! 近頃のゲーマーくらいに姿勢がぬるいの!」

 先ほどから発言が色々と危ない。僕自身は、酒の呑めない人物をそれだけで「ぬるい」という評価は下せない。

「それは違うわ、桜田君。誤解よ。そう……例えば考えてみて。近頃のロールプレイングゲームは、それはそれはヒントで溢れかえっているでしょう。もしくは何処かで詰まったとして、発売当日には既に攻略サイトが立ち上げられているの!」
「ネット社会だからな」
「そういう問題ではなくて!」

 ええー。

「情報過多による親切を当然と思ってはいけないの。詰まったら街の民家に全部総当りで入ってみればいいじゃない! ダンジョンのなんの変哲も無い一マスを調べてみればいいじゃない! それだけで重要なアイテムは見つかるんだから!」
「無茶いうな」

 それ何のゲームだよ、という突っ込みは面倒だからしない。そういえば、柏葉は随分アレなゲーマーだ、ということを薔薇水晶から聞いたことがある。自分を棚上げすること甚だしい。

「グラディウスⅢの高速ステージがクリア出来ないの……どうしても無理なの……」

 なんでいきなりシューティングに話題がすりかわったのだろうという思考はほっといて、僕は呑むことにする。



―――



 ぽつぽつと、言葉をお互い零している。
 会話の中身といえば、そりゃあ実になるとは言いがたいものだったのかもしれないけれど、なんだか楽しい気分だった。

「ちょっとね、感慨深いな、って思う」
「ん?」
「昔から桜田君はしってるひとで……こうやってお酒が呑めるって。なにか不思議だし、――多分素敵なことだよね」
「んー、まあ、そうかも」

 言われて見ればそうなのだ。こうして、昔馴染みと酒を呑むということ。
 それは僕らが、それだけ年をとったという証でもある。
 なんでこれほどの呑兵衛が揃ってしまったのかはあまり考えたくない。

「雛苺と金糸雀は、かわいいほうじゃない?」
「あいつらはいいんだよ。むしろあれで酒乱になられたら手に負えない」

 そう、あれでいい。酒に強くない、という事実を。お子様である、と同義にするほど僕は幼くない。
 こういった空間を、共有できるということ。その場の空気を楽しんでくれること、それが大切なことだと思う。本人が居て苦痛な空間は、何も酒の席に限らず、良い結果をうむとは思えないし。何より、すすんで足を運んでくれることなど、ないはずなのだから。

「ちょっと、羨ましいかな」
「何が?」

 一言二言交わす間に注がれる液体に狂気を感じる。

「私、ひとりっ子だから。家族と呑むこともあるけど、両親は下戸だし」

 じゃあなんでお前はそんな有様なんだ、という言葉をぐっとこらえる。

「こんなパーティまで開けるなんて。のりさん、勉強家だから……お料理も、すごく上手だしね。本を見てよく勉強してるの、知ってる。でもそれだけじゃ駄目だっていって、新しいレシピに挑戦して、失敗を繰り返して……私も、翠星石もそれに付き合って勉強させてもらってるけど。桜田君のお姉さんは、本当にすごいひとだよ。気もよく利くんだから」

 ……
 姉ちゃんが料理を失敗するところなんて、ちょっと想像がつかない。気が利きすぎてるというのは、同意できるが、
 ……
 杯が乾いた瞬間に次を注ごうとするお前も相当なものだと思う。インターバルなしか。

「多分姉ちゃんは、居心地のいい場所を『パーティ』と称して作り出したいんじゃないかな」

 それは多分、間違っていない筈。実際の場で、死の行進を発動させるのはとりあえず置いとくとして、だ。

「……そうね。あれほど世話焼きで、気の利くパーティホストは、見たことがないわ」
「真紅。酔いは冷めた?」

 そこには、足元が割としっかりしている真紅が居た。
 欠伸をかみ殺してはいるものの、酔いによる眠気ではないと感じられる。

「お陰様で。毛布ありがとう、ジュン」
「どういたしまして」
「さぁ、私の相手もして頂戴?」
「はい、グラス」

 手際よく柏葉が杯を渡す。
 はじめに姉ちゃんの渡したグラスの数があってなかったのはこのためか……

「じゃあ改めまして」

 乾杯。
 なんだか、大分いい気分になってきた。多分天国が近い。

「呑んでる最中に頭が痛くならないのは僥倖ね」

 確かに。僕も呑み合わせが悪かったりするとたまに痛くなるが、そうなるととてもじゃないがまともに酒に手をつけられる気がしない。
 僕はそれを、俗に「身体が酒を裏切った」と称している。

「お酒があなたを裏切ったんじゃないの?」
「馬鹿言うな。酒は絶対に僕を裏切らない。僕の身体が耐えられなかっただけだ」
「重症ね……」

 はあ、と溜息をつく真紅。
 失礼なやつだな。

「真紅も大分、酒に強くなったんじゃないか?」
「そりゃあ、これだけの面子に囲まれればね……でも、『酒に強くなる』という表現には、若干の間違いがあるわ」
「そうなの?」
「そう。一般的に『弱かったひとが強くなる』のは、単に『お酒に慣れた』だけなの。呑んでも潰れないような、上手い具合の呑み方や、間の取り方。そういったものを学んで、それが結果的に『強くなった』と周囲に言わしめるのね。呑める許容量、その限界値はそうそう変わらないわ。それこそ、体内酵素が突然変異でも起こさない限り」

 そんなものか。でもまあ、実際あまり量自体は多く摂れなくても、うまく酒に付き合えることが出来るひとって居るのだろう。眼の前に居る人物が、その好例となる。

「雪華綺晶は、下戸とも呼べないけど、私と同じくらいかしら。まあ沢山食べるわね。お腹にものを入れておくと酔いを和らげると言うし」

 あいつの胃袋は宇宙だからいつも満たされていない気もするが。

「薔薇水晶の強さも同じくらい……庭師のふたりは、回復力に目を見張るものがあるわ。雛苺と金糸雀はかわいらしいもので、水銀燈は元々呑めるほう。まあともかく、そうした点を考慮すると」

 真紅が僕らふたりに視線を投げる。

「異常なのはあなた達の方ね」
「失礼な」
「失礼ね」


――――


「宴も酣かしら?」

 真紅の一言だった。

「残念ながら、それは少し相応しい言葉ではない」
「あら、どうして?」
「参加者の大多数が眠っている状況に、『たけなわ』なんて表現は似合わないから」

 言いつつ、僕もかなり眠いのだ。宴自体は、もう既に収束しているような、そんな雰囲気。
 しかしながら目の前に美味しいお酒が残っている限り、もうちょっと続いてもいいかなと考えてしまうあたりは自分でも異常だと思う。

「またこれからも、ずっと続くといいわね」

 ふと、そんなことを言い出した彼女に、柏葉が言を返す。

「それは今、の話ではなく?」
「そう。今だけ、の話ではなく」

 杯にちみりちみり口をつけつつ語る眼の前の彼女は、今まで話をしてきた経験から知り得る限り、現実を見るパーソナリティの持ち主だった。そんな彼女が、希望的観測に近い言葉を零している。

「それは、私の願い」

 視線が、どこか遠い向うを漂っている。虚ろな、空気の向う。未来は、たとえ一秒先のものでも、いつだってそんな空気の向うにあるんだ。それは、望む望まないに関わらず、ひっそりと近付いてくる。ひっそりと僕らは、それを通り過ぎる。大きな目立つ出来事が発生しなければ、まるでその時間は無かったことのようになる。僕らは大概、そういう時間を過ごしている。

「少し違うわ、真紅」

 杯に透明を注ぎながら柏葉が言う。もうここに居るメンバーはみんな手酌だ。逞しいことこの上ない。

「きっとそれは、私『たち』の、願いだと思う」

 ……僕「たち」か。確かに、それも良い。何だかんだ言いながら、僕は姉ちゃんの開く「パーティ」を楽しんで居る。
 いつまで続くかは、杳として知れない。知ることが出来ないのなら。ぼんやりとした映像として、空気の向う側にある未来を、僕たちは描こうとする。

「悪くない」

 僕も杯を傾けながら、言う。

「本当、悪くないわね」
「うん、本当に」

 二人はそう返して。また僕らは、グラスを付き合わせる。
 そう、悪くない。不確定の未来のことだからこそ、不覚に酔っ払っている今だからこそ、出来る思考。

「お姉さんを、大事にしなさい」

 姉ちゃんか。酒好きで、物好きで、いつもパーティを開きたがる姉ちゃん。もう、向うの宴は酣になったのだろうか。

「努力はする」
「殊勝な心がけね」

 お互い、にやりとした笑みを口元に浮かべる。
 浪人していた一年間、仲間たちにも随分助けられたけれど。一番世話になったといったら、やっぱり姉ちゃんだと思う。

「……」

 ちょっとだけ距離をおいて、柏葉がこっちを見ている。

「ん、どうした?」
「負けないわ……!」

 くぃー、と杯を一気に煽って唐突な宣言。ああ勿体無い……

「あら。別に勝負にもっていく必要があるのかしら?」

 すす、と。真紅は柏葉の隣へ移動。即新しい酒を注ぐ。鬼か。

「うう……、だって……」
「そういうことを気にしている内はまだまだね、巴。これから、まだ時間はあるのだから」
「そうかな……」
「ええ。これからめくるめく、キャンパス案内もできることだし」

 あー、あの大学、無駄に広いからな。案内してもらうとかなり体力を消耗しそうだけど、ありがたいかもしれない。

「目一杯連れまわすから覚悟しなさいな」
「うーん……順番考えないとね」

 不穏ながら嬉しいかもしれない真紅の発言に、思案顔の柏葉が加わる。

「案内してもらう場所の?」
「ううん。エスコート役の」


―――


 時間がゆっくり流れることって、きっと本当にあることなんだと思う。
 楽しい時ほど早く過ぎ去るなんて、勿体無い。本当に、勿体無い話だ。

 だからさ。
 地獄変とかそういうのって、なるべく早く過ぎ去るに越したことないと思うんだよね。

「そこは譲れないわ……! もう眠っちゃってるみんなは後でどうにかするとしても……!」
「ふふ。酒で決着が着かないなら、あとは拳で語り合うしかないようね!」

 あーあー。無濾過原酒、あんまり呑めなかった……勝負にもってく必要はないとか、誰かさん言ってなかったっけ?
 空き瓶が空しく、床に転がっている。
 なんかこう、僕の案内する役割の順番決めをするのに争いが起こった。説明するのめんどくさい。

「そう。私は遠慮なく獲物を使わせてもらうけれど」

 柏葉、どっから持ってきたその竹刀。

「傍ら」
「答えになってるようでなってない」
「剣道三倍段、とか言われるわね。しかしそれを以てして、私の拳が止められるとでも?」

 ファイティングポーズをとりつつ、相対する柏葉の姿を見るや否や、真紅は驚愕の表情を浮かべた。

「☆流れ……!」

 ぎりっ、と歯を食いしばる。うるさい。僕は秘奥義見ても悉く周りの人間の目を潰そうとか思わないからさ。あ、僕しかいないじゃないか。もっと駄目だ。



  
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