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「じゃあとりあえず、後から参加のひとにはこっちねー」

 にこやかにめぐさんが促す。楽しみすぎだよこのひと。
 最初に用意していたショットグラスは、三つだった。二つはゲームに使っていて、残りのひとつは?
 ゲームが始まる前、グラスへ並々と注いでおいて、机の端っこあたりにおいておいた例のもの。
 これは『お酒の神様』が怒らないように、『おまじない』として、とっておかれるもの、らしい。
 それはまさに今、こういった場合に使用される虎の子。言い換えると、呑みたいやつが呑め。

「じゃ、代表して私が頂くわぁ」

 くぃっ、とグラスを傾けて、カツンとテーブルに置く水銀燈だ。
 あんまりマナーとしては良くないのかもしれないが、本当に見てて良い呑みっぷり、もとい呑み慣れすぎ。大学のサークル新歓、渡り歩いたりしてなかっただろうな?

「私と真紅は最強のコンビだったわよぉ」
「詳しく聞きたくない。ちっとも詳細を知りたくない」

 とにかく。
 か、柏葉は参加しようとしてないぞ、助けてくれ!

「……」
「……」
「……(ギュッ)」
「僕が悪かった……とらない、とらないから。その一升瓶……」
「追加のショットグラス、もってきたわよぅ」
「空気読みすぎだよ姉ちゃん!」
「じゃあこれで勝負しないとねぇ(スッ)」
「やっぱりスピリタス持ってたのか水銀燈! どこ隠してたんだそれ! ……脱がなくていい!!」

 だめだ。突っ込みが独りじゃ追いつかない。
 だめだ。僕はこのまま……

「あらあらぁ。しょうがないわねぇ、ジュン君ったら」
「へ?」

 耳を疑う。
 まさか。
 いつも裏方に徹している、パーティの影の功労者――

 一瞬、姉ちゃんの眼に、
 光が映ったようで、

「私も、参加しちゃおうかなぁ?」

 ――ザァッ!

 空気が。
 変わった。

「そう……のりさん、来るんだね」
「成る程、成る程。――僭越ながら。僕も些か、本気を出さねばならないようです」
「の、のり……」
「ここからが、本当の修羅場なようだね」
「ちょっと間が悪かった――いえ、むしろ良いわねえ。私の本気を見せてやるわぁ!」
「ばらしーちゃん、一時休戦です。全力で挑まねば、狩られてしまいますわ」
「……そうだね、お姉ちゃん」

 ごくり、と。僕が唾を飲み込んだ音は、きっと僕にしか聴こえていない筈なのに、とても大きく響いていたような気がする。

「はいはーい。それじゃ、特別ルールを提案してもいいかしら?」

 ……来た!

「微笑ましいのもこの辺にしておいてー」

 姉ちゃん、結構瀕死だよ僕ら。

「席を変えるのも面倒だし。そしてねえ……罰ゲームは、指名制にしましょう?」

 こんな横暴な提案もないだろうに、『仕方ない』みたいな雰囲気になるところが恐ろしい。むしろこれだったらまだ良い方だという空気が流れている。
 それより怖いのは、『誰かが決めたらそのひと以外全員巻き添え』のルールだ。
 確実に。みんな、倒れる。席順もへったくれもない。
 むしろ早々にみんなで潰れたほうがいいんじゃないかなってちょっと考えてしまう。
 ちなみに、去年。水銀燈がぶっ倒れたあと、そのルールが適応された。
 信じられるかい?
 僕は信じたくないよ。

「それでね?」
「まだあるの!?」
「うふふ。指名されたひとに、もうひとつ権利を適用しましょう! これじゃひとりが指名されたら、早々に潰れちゃうでしょう? 指名されたひとは――成功したひと以外のひとを誰かひとり、巻き込めるようにするのはいかが?」

 自分が指名され続けるかもしれないことを見越したのか、果たして。
 ……いや、ないな。このひと、我が姉ながら天然過ぎる。みんなが呑めばみんなでハッピー、って割と信じてる。それで去年はあんなことに。というか、さっきの追加のショットグラスって、これが目的か。
 だから姉ちゃん、裏で何か弱みとか握ってそういうこと言ってるわけじゃないよな。

「ジュン君がこないだ買って来たものならわかるわよぅ? ベッドの下なんて安直よねぇ。いい加減隠し場所くらい変えないt」
「やめてくれえええ!」


 さあ。
 デスマーチを、はじめよう。

 とりあえず、リアルに人死にが出る可能性があるため、水銀燈が隠し持っていたスピリタスは却下。引き続き、テキーラでゲームを進めることにする。

 そして、次が肝心。

「ええと……じゃあ最初はばらしーちゃん? 時計回り? それとも反対?」
「……勿論、反対で……」

 最早席順は関係無いとはいえ、薔薇水晶はちょうど、姉ちゃんの左隣に位置している。そうなれば。

「くっ、外した……!」

 いかに最高率でコインをグラスに入れ、いかに最高率で、姉ちゃん(を指名して)酒を呑ませるか。それが勝負の分かれ目となってくる……

「任せとけです薔薇水晶、ここは!」

 チャリン。

「さあのり、呑みやがれです!」

 ――筈だった。だが今は、絶対権限による新しいルールが適用されている。つまり、――

「あらあらぁ……それじゃ私に付き合ってくれるひとは――蒼星石ちゃん!」
「くっ……!」

 ――身内を攻められる可能性も、出てくるわけだ。

 タァン!

 グラスを叩きつける音が、きれいにふたつ重なる。

「いい呑みっぷりよぅ~」
「ふぅ……きついね。さあ、次はめぐさん?」
「結構呑んだねえ。私、最近長生きしてもいいかなって思ってきたんだよねー」

 チャリン。

「どうしよっかなー。……うん。ごめんね白崎君。お願いできるかな?」
「――致し方、ありませんね。それではのりさん、僕と杯を共にしていただけますか?」
「もちろんですよぅ」

 これが最高率か。姉ちゃんに指名させると、反対にこちらの陣営がピンポイント爆撃を受ける可能性がある。ならば追加指名で、姉ちゃんを狙うしかない――が。
 ほぼノーガードの、殴り合いだ。というか、これ結局何も解決してないよね?

「長生きって言葉が聴けて嬉しいわぁ、めぐ。それに倣ってここは決めさせて貰うわよぉ!」

 チャリン。

「やったわぁ! ……ジュン……私の(お酒)、呑んでぇ?」
「誤解を与えるような言い方をするな! ……全く。ええと――じゃあ、やっぱり姉ちゃん。折角だから呑もうよ」
「ジュ、ジュン君が私を指名してくれるなんて……! お姉ちゃん心の準備が」
「頭に春がきたか。いいから早く呑め」

 ――デスマーチは、続く。

「食べ物がないと調子が出ませんわ……」
「まだ食うつもりか」
「みそおにぎり持ってきたわよぅ」
「米持ってくるなよ!」
「大丈夫! じゃじゃーん、こんなところにきゅうりが! おみそつけて食べてねえ、きらきーちゃん」
「ふぉれでひゃふはんはりひふぇふわ!(※これで百万馬力ですわ!)」
「食ってから喋れ!」

 チャリーン。

「決めるのかよ……」

 ゆっきーこえ……じゃなかった。雪華綺晶すげー。

「むぐむぐ……ん。どうしましょうかねえ。ええと、では水銀燈さん、お願いしますね」

 もうおにぎりが三つも減ってる……

「やっと来たわねえ。うーん……そうねぇ。たまにはこっちに振ろうかしらぁ。翠星石、付き合ってぇ?」
「しゃーねぇですねぇ。ここでやらにゃー乙女が廃るってもんですよ!」

 流石に毎回姉ちゃんを指名するのもかわいそう、という僕たちの間に甘い思考が流れてしまうくらいには酔っ払っていた。

「やたっ、入った……! んー……めぐさん、お願いします……」
「おっけー。じゃあ私の指名はねー。桜田くん……――!?」

 淀んだオーラが僕たちを包んでいる。

『このプレッシャーは……!?』
『さてもさても……これは夢か現か』

 脂汗流しながらいっても締まりがないですよ白崎さん。
 僕はこのプレッシャーの正体がなんとなくわかってるので落ち着けるけどね。
 姉ちゃん……

 すごーく恨めしそうにグラスと僕とめぐさんを見回してる。えーと、めぐさん?

「桜田くんー、桜田くんーの……お姉さん! のりさん! お願いしていい!?」

 その瞬間、情念にも似た重苦しい雰囲気が消え去る。
 ああ、姉ちゃんの顔、すごく晴れやか。

「あっ、なんか薄いんで……私の分、お酒たしてもいいかしら?」
「……」
『めぐがプレッシャー負けしてるとこ、初めて見たわぁ』
『無理よあれは』
『流石ですね』
『想像の斜め上を行き過ぎてるんだから仕方ないです』

 既に、ゲームが始まり二周半。僕らは互いに潰しあい。死屍累々とは、まさにこのこと。

「ばらしーちゃん、私、……もう、駄目です」
「お姉ちゃん……!」
「外しちゃった……ごめん、姉さん……僕は、ここまでみたい……」
「そ、蒼星石ぃ!」
「お酒って美味しいわねぇ? ジュン君」

 こんのバカのりめ……!
 ここで。この時に決めなければ、男じゃない!

「姉ちゃん。もう――終わりに、しよう」

 ――チャリン。

「ルール、修正してもいい?」
「いいわよぅ。なになに?」
「僕が、呑む。僕は僕を指名する。それに姉ちゃんも付き合ってくれ。……これで」

 炭酸、なし。

「ジュン、これがラストゲームってことぉ……?」

 恐ろしく酒の強い筈の面子が揃ってこの有様。水銀燈ですら、言葉だけ聞けば正常の類だが、顔色が大分危うい。彼女だけではなく、他のひとたちも同様。

「……よし!」

 くっ、と。一気に嚥下。うわ、あっつ……
 姉ちゃんは手を顔にやって、ほぅ、と溜息をついている。

「は~……楽しかったわぁ。そうねぇ、みなさんも程よい感じだし」
「程よいの定義を教えてくれよ姉ちゃん」
「みなさんありがとうございますっ。ゲームはこの辺でお開きにしましょうかぁ」

 その言葉で、生き残った面々に安堵の息が漏れた。

「あ、でも。私はお片付けと、あと寝ちゃったひとの毛布はとってこないといけないから。引き続きパーティを楽しんでくださいね?」

 にこやかに、かつ軽やかに、姉ちゃんはその場をあとにする。

「なんだかんだで、白熱したねー。楽しんでもらえて何より、うんうん」
「まあ、そうですね。その楽しみ方による被害が割と大きいのにも目を瞑りましょう」

 年上ふたりは笑っているが、生き残れなかったら出せない台詞なんだよなあ。
 それでも、まあ。

「のりってば、働き者すぎるからぁ……遊ぶときは、本気でお相手しないとねぇ?」
「おこらしたら、こえーですけどね」
「……今回は私も残れたよ……ばんざーい……」

 ゲームが終わった後。嫌な顔をしてるひとが誰も居ないって、多分素敵なことなんだ。
 みんな、笑顔。

 ふむ、酔ってるな。普段ならこんなこと思いもしないのかもしれない。

「さて、もう少し……ふぁ……って言いたいところなんだけどぉ。ちょっとこれ以上いくと、危ないわねぇ」
「そうですねー。パーティはこれだけじゃないでしょうし……料理もこれ以上、作らんでよさそうです」
「……私もそろそろ寝ようかな……」

 生き残り三人がそんな台詞を口にしたころ、トタトタと足早に姉ちゃんが戻ってくる。

「これから眠るひとたちの毛布は、こちらでぇす。あ、でも。寝る前に歯を磨かないと、めっめっよぅ?」
「はぁい……じゃあのり、洗面所借りるわねぇ……」
「お、おめーの……ひざまくらは……くぁ……また次回にとっとくです。覚えてやがれですよー……」
「ジュン……私割と平気」
「うーん。いや、寝とけ。殆ど閉じてるぞ、眼」
「ジュンは平気なの……?」

 あんまり平気ではない、が。

「もうちょっとだけ」
「ジュン、間違いなくあなた、のりの弟だわぁ……」

 のこのこ連れ立って洗面所へ。ちなみに洗面所には、異常な数のハブラシがささっていて、しかも全部に名前が入ってる。どんな大家族かと疑うほどの。
 もう既に潰れてしまった面々の歯を無理矢理磨くことは出来ない。とりあえず、毛布かけとくか。

 で。
 さっきゲームに参加しなかった柏葉は……

「すー……」

 ころんと横になってる。一升瓶を抱いたまま。このままにしとくのも何かなあ。

「おーい、柏葉」
「……」
「せめてそれ、こっちに渡してくれ」

 呑むから。
 瓶に手をかけると、がっちり腕でホールドされたそれはちっとも外れる気配を見せない。
 起きないかな、と思って、頬をつついてみる。

「……」

 引っ張ってみる。むいー……おお、やわらかい。

「……んん」

 僕は気付いていなかった。

「っ!」

 それは、眠れる獅子であったということに。

 風が、吹いたのだと思った。いやほんと、シパッって音がなった。
 気付くと、眼の前で確かに横に転がっていた筈の彼女は、一升瓶を床に立て置き、僕の眼の前で居住まいを正している。こんな背筋の伸びた正座なんぞ見たことない。

「さくらだくん」
「あ、ああ……ごめん、起こしちゃったな」

 ぴぃん。空気が、張り詰める。

「さくらだくん……あなた、おとめのやわはだを、もてあそぶのがごしゅみ?」
「えー、えっと……」
「はかってくれた喃」

 柏葉の脳内に別な先生が宿ったぞー!

「のりさん、こっちこっち」
「はい?」
「あとは若い方たちに任せましょう。良いもの、こっそり持ってきてますから」
「ほんとですかぁ? じゃあ、お言葉に甘えますね」

 うわっ、本当に嬉しそうだ。やっぱり彼らに敵う気がしない。それにしても、それ僕も呑みたいんですけど。白崎さんが手にしている、リベットのアメリカンオークを見逃さない。というか僕もう柏葉の死閃から逃れたいんだけど。

「駄目よぅ、ジュン君はそっち! これ、グラスねぇ」

 はい、と渡される小奇麗な硝子。我が家に常備、大吟醸グラス。数があってないが……? とりあえず素敵だ。こういうのマエストロの仕事だよなー。というかやっぱり僕を連れて行ってはくれないんだね。まあ一升瓶で知らない間に頭吹っ飛ばされることはなさそう。

 とりあえず一升瓶内の液体を注ぐ。

「さくらだくん。つぎ」

 ぷはぁ、と。口元を拭いながら大吟醸グラスを眼の前に差し出してくる柏葉だ。

「お美事! お美事にござりまする!」
「ちょっと黙ってて姉ちゃん」

 そうして、年上三人は、キッチンへ。
 僕は果たしてどうしたもんかとまごまごしていると、歯を磨き終わったらしい三人が、戻ってくる。

「結構楽しんだからぁ。今度はあなたに任せないと、フェアじゃないわねぇ?」
「しゃーねぇですね。しっかり巴の相手するですよ?」
「お花畑がきれい……」

 言ってることが(薔薇水晶をのぞいて)割とまともそうに見えるが、三人揃って千鳥足なのが非常に危うい。勢いがついている内はテンションでのりきれるが、少しでも間があくと途端に酔いの自覚がはっきりしてくる、らしい。僕も姉ちゃんを相手にするとそうなる。

 三人が固まって、毛布にくるまった頃。
 裾を引っ張られる、感覚。

「さくらだくん?」
「はい逆らいません」

 そうか。
 僕はようやくあるきはじめたばかりだからな。
 この果てしなく遠い死の行進をよ……

 あー、未完で終わってくれればいいのに。無理か。
 僕の闘いは、まだ終わらない――







  
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