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「おお!?見るですよ!今、学校がチラッと見えたですぅ!! 」
電車の4人掛けのボックスシートに腰掛け、窓に噛り付いていた翠星石が嬉しそうにはしゃぐ。

「他の乗客がいないとは言え、騒ぐのはみっともないわよ。翠星石 」
同じように窓に張り付きながらも、真紅は翠星石をたしなめる。
「…全く、二人とも子供ねぇ… 」
窓際の席を取られ、ちょっと拗ねた水銀燈がぼやく。
「はは……でも、僕も今から楽しみだよ 」
今日ばかりは、蒼星石の笑顔も苦笑いじゃあなかった。

学園生活。部活。夏休み。
彼女達は今、合宿という名の旅行の真っ只中。ちなみに顧問の先生は置いてきた。

予算の都合で普通電車。
それでも目的地に近づくにつれ、彼女達の顔にも笑顔が溢れはじめる。


「だが……
  この時は、誰も予想だにしてなかった……
    まさか…楽しい旅行が『あんな事』になるなんて………ですぅ。…… 」


「……翠星石、妙なナレーションをはさむのは止めて頂戴 」
不吉な事を言いだした翠星石に、真紅がすかさずつっこんだ。 




◆ ◇ ◆ ◇ ◆  この町大好き! ☆ 増刊号5 ☆  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

  


「真紅の考えは甘いですよ!
 夏。旅行。海。とくれば……遭難。無人島。と続くに決まってるですぅ~! 」
翠星石は座ったまま足をブンブン振り、(何故か)満面の笑みで声を上げた。

「いや…普通は『素敵な恋の思い出』とかじゃあないかな…? 」
「一般的には、そっちよねぇ…… 」
蒼星石と水銀燈が苦笑いを浮かべた。

「私はそんなハレンチな事は姉として許さんですよ!!
 蒼星石に近づく悪い虫は、全部この翠星石がコテンパンにしてやるですぅ!! 」
翠星石は横に座った蒼星石の腕をとりながらジタバタする。

「じゃあ、どんな相手なら、お姉さんとして認めてあげるの? 」
向かいに座った真紅が楽しそうに微笑む。
「あらぁ?それは私も聞きたいわねぇ…? 」
真紅の横に座る水銀燈も、ニヤニヤしながら翠星石を見る。

「う~ん……そうですねぇ……こう…優しい感じがする人が良いですぅ。
 あと、おちょくり甲斐がある方が、私は楽しいと思うですよ。
 で、そんな人と休日二人でのんびりデートとかしたり……その内、どうしてもと頭を下げるなら…
 そんな時には翠星石も、しゃーなしで手くらいは繋いでやらん事も……きゃーー! 」
暴走しはじめた脳と夢見がちな瞳。いつの間にか、自分の理想について喋っている翠星石。

「って、何言わせるですか!! 」
少し赤くなった顔で我に返り、翠星石は足をジタバタさせる。

「……翠星石に近づく悪い虫は全部…僕がやっつけないとね… 」

何だか今しがた聞いたようなセリフが、今度は蒼星石の口からボソリと漏れた。
 
◆ ◇ ◆

 カタン コトン… カタン コトン…

電車はゆっくり、目的地に向かう。
のんびりとした時間の流れる車内には、4人の乗客だけ。


「そう言えばこの前、良いリーフを手に入れたのだわ。
 せっかくだし、お茶にしましょうか 」
真紅がそう言い、網棚から鞄を下ろして、そこから魔法瓶を取り出す。

「おお!それは良いですね!こんな時こそ、翠星石の出番ですよ! 」
そう言い翠星石も自分の鞄を下ろし、皆の前でバッと開く。

中には、お菓子がギッシリ詰まっていた。

「…って、翠星石…あなた、着替え持って来てないじゃないのよぉ 」
水銀燈が可哀想な子を見る目を翠星石に向ける。
「……いや…僕の鞄に…無理やり…ね…… 」
蒼星石が遠い目をしていた。

◆ ◇ ◆

 カタン コトン… カタン コトン…

電車はゆっくり、目的地へ向かう。
クーラーの効いた車内に居るのは4人だけ。
温かな湯気の上がる紅茶が、冷房で冷えた体に心地よかった。
  
 
向かい合わせの二人掛けの椅子。
4人がそこで、のんびり過ごす。と……

「そう言えば…確か蒼星石がトランプ持ってきてたですよ! 」
そう叫ぶや否や、翠星石は蒼星石の鞄を勝手に物色し始めた。

「え…いや…確かに持ってきたけど…何で知ってるの?って、何で勝手に僕の鞄開けてるの!? 」
ちょっと慌てる蒼星石の声は「見つけたですぅ~!」という翠星石の声にかき消された。

…という訳で、ボックス席でトランプ遊び。ゲームはオーソドックスに、『ババ抜き』

暫く、キャッキャとゲームは続き…そして、終盤に差し掛かった。

翠星石は、二枚だけ残ったカードを水銀燈に向け…ニヤリとしながら、足を組む。
「さ…て。水銀燈…もし私が…『右のカードがジョーカー』と言ったら…信じるですか…? 」

「……さぁ?……どうかしらねぇ……? 」
水銀燈も、そんな翠星石に挑むように笑みを浮かべる。
(翠星石の性格を考えると……彼女は…絶対に、正直に言ったりしない……だったら…! )
そして水銀燈は…自分の考えを信じ、『左』のカードに手を伸ばした…。

翠星石の手から一枚のカードを取り…水銀燈はそれを手元に引き寄せた。
そして、そのカードの柄を確認しようとした瞬間―――!

「ヒッヒッヒ……これを見るですぅ… 」
翠星石はそう言いながら、残った一枚のカードの柄を…ハートが3コ散りばめられたカードの柄を見せてきた!
  
「嘘でしょぉ!? 」
自らの予想が外れた事に驚きの声を上げながら、水銀燈が引き寄せた一枚の絵を確認する。

……普通にジョーカーなんかじゃあなく、スペードのA。
「………え? 」
素っ頓狂な声を上げる水銀燈。

「ジョーカーなんて始めから持ってないですぅ!
 いやー、ハッタリに引っかかって本気で考える水銀燈の顔、そりゃあ見ものでしたよ!! 」
お腹を抱えて転げまわる翠星石。

数分後…

綺麗に箱にしまわれたトランプを、頭の上にタンコブが出来た翠星石が鞄に戻していた。

◆ ◇ ◆

 カタン コトン… カタン コトン…

4人以外、誰も居ない車内。
優しく揺れるリズムに合わせて、静かな寝息だけが聞こえてきた。


コトン、と電車が揺れ、その拍子に真紅は目を覚ます。

隣に座る水銀燈も、斜め向かいの蒼星石も、座りながらスヤスヤとお昼寝中。
年齢より随分幼く見えるあどけない二人の寝顔に、真紅は思わず目を細める。

そして、向かいに座り、流れ行く景色を見つめている翠星石に気が付いた。 

 
彼女の目は、どこか遠い所を見つめるようで…真紅は思わず、声をかけた。

「どうしたの、翠星石。考え事? 」

真紅の言葉に翠星石は肩をピクッと反応させ…そして、窓の外を見つめたまま答えた。

「…いや……ちょうど今、忍者を飛ばしてる所ですぅ…… 」
「忍者? 」
「そうです。忍者ですぅ。こう…流れる町の、ビルの上を…ピョーン、ピョーンと……
 テレビゲームみたいで、案外これが楽しいんですよ? 」
じっと景色を見つめたまま、翠星石が答える。

「そう…… 」
悩み事でもあるのかしら?そう考えていた自分の空回りっぷりが恥ずかしい。
真紅は短く答えると、翠星石と同じように窓の外の景色へと視線を向けた。

過ぎ去る景色を見つめる真紅の目には……
ビルの上をピョーン、ピョーンと渡る『くんくん探偵』の姿が見えたり見えなかったり……

◆ ◇ ◆
   
 カタン コトン… カタン コトン…

電車はゆっくり進み。やがて郊外へ。
見える景色も、ビルから民家へ。そして、山へと変わっていく。

 
「むにゃ……むにゃ……もう食べれんですぅ……………ハッ!? 」
いつの間にかまどろんでいた翠星石は、自分の寝言でビクッと目を覚ました。

正直、こんな寝言を聞かれていたらと思うと…恥ずかしい。
モジモジしながら上目遣いに皆の様子を見てみると…全員、窓の外の景色に釘付けだった。

はて?何かあるんですかね?
翠星石もつられて窓の外へと視線を移すと……

どこまでも広がる、空の青。
それを映して静かに揺れる、水の青。

これは……
「海ですぅ!! 」
一気にテンションが上がる。
  

 
翠星石は揺れる電車の中で思いっきり立ち上がった。
「真紅!!浮き輪の準備をするですよ!! 」
「落ち着きなさい、翠星石。まだ早すぎるのだわ 」

「水銀燈!!早速、水着に着替えるですよ!! 」
「……何で電車の中で着替えなくちゃいけないのよぉ… 」

「蒼星石!!さっさと準備するですぅ!早くしないと、海が逃げるかもしれねーですよ!? 」
「いや…それは無いと思うよ? 」


電車の中で、少女の叫びとそれをたしなめる声だけが楽しげに響く。


旅行はまだ、始まったばかり。 





     
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