学園の中心に立つ塔は、楽園(女子更衣室)へ通じているという……。
数多の猛者たちが、その秘密の花園へと挑み……そして消えていった…。

そんな楽園(更衣室)で…
翠星石は今まさに、自らのブラウスのボタンに手を伸ばしていた…。

ゆっくり、上から順に、白い指先がボタンを外す。
夏の暑さにしっとりと濡れた肌が、薄暗い更衣室の中で妖しさを引き立てる。
どこか恥らうような動作で翠星石は、はだけたブラウスを脱ぎ、そっと畳んでロッカーの中へとしまい込んだ。
そして次に、自分のスカートへと手を伸ばす。
スルスルと、音も無く翠星石のスカートが……


     ―※―※―※―※―

         中略

     ―※―※―※―※―


「さーさー!待ちに待った水泳の授業ですぅ!! 」
元気な声と共に、水着に着替えた翠星石が更衣室の扉を開いた。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆  この町大好き! ☆ 増刊号3 ☆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 

「やっぱり、夏と言えばコレよねぇ 」
学園の一角に造られた50メートルのプールを前に、水銀燈はうんと体を伸ばした。
「いやー、授業とは分かっていても、心躍るですねぇ 」
翠星石も満面の笑みで相槌を打つ。

「…真紅は…泳げるようになったのかい? 」
体育が得意な筈の蒼星石が、元気無く真紅に尋ねる。
「……大丈夫よ…きっと…浮く位は出来るはずだわ… 」
真紅は自分に言い聞かせるように、そう呟いた。

と…
そんな風にプールサイドで待ち受けるものの…肝心の、体育の柿崎めぐ先生がやって来ない。

どうしたんだろう。と、生徒達がざわざわし始めた時…

『♪かーらーたちーの朝が来たー♪希望の朝ーだー♪ 』
突然、重低音の効いた音楽が空高く響き渡った!!

「そんな…まさか!! 」
翠星石が叫びを上げ、遥か彼方に立つ体育館の屋上に目を見張る。
真紅も、水銀燈も、蒼星石も、クラスの全員が釣られて屋上へと視線を向ける。そこには……―――

「……そんな所に居るわけ無いでしょ 」
苦笑いを浮かべながら、めぐが普通に階段を上ってプールサイドまでやってきた。


「計画通り…」と、ニヤリとほくそ笑む翠星石。
翠星石に釣られた事に気付いて、微妙な顔をするクラス一同。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「さて、今日は念願の水泳の授業よ。たまには先生らしく、真面目に注意点を説明するけど… 」
何だか妙な前置きをして、めぐは真っ直ぐに水銀燈の目を見ながら注意を始めた。

「プールに飛び込む際の注意だけど…しっかり、頭から飛び込むように。
 怖いからってお腹から飛び込むのはダメよ。お腹から飛び込んで、真っ二つになってからじゃあ手遅れよ 」
水銀燈も、教師らしい一面を見せためぐの言葉に、うんうんと頷く。

皆、何故それを水銀燈を見ながら言うのかと疑問に思ったが…
何だか触れてはいけない気がして、そっと視線を泳がせた。

それから、帽子(水泳キャップ)を投げるな、とか、塩素の塊を拾うな、とか。
普通に注意点を挙げ、それから最後にこう締めくくった。
「それじゃ、泳げない子は端で練習しましょうか。後はそうね…自由…かな? 」

結局、今日も投げっぱなしだった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


真紅と蒼星石が、プールの端でビート板を持ちながらパシャパシャとバタ足の練習に励んでいた。

「……僕ら…何で浮かないんだろうね… 」
悲しそうに蒼星石が、真紅にそっと尋ねた。
「……筋肉は水より重いから沈むそうよ… 」
ストイックな表情でビート板にしがみ付きながら、真紅が呟く。
 

「つまり…私達は、引き締まったスレンダーで美しい体の持ち主。泳げないのは…その代価ね… 」
「…やっぱり…胸…なのかな… 」
蒼星石は俯き、小さく呟いた。
「それは関係無いわ。例え関係あったとしても、関係無いわ 」
ビート板のみを見つめながら、禅問答のような言葉を返す真紅。

まな板を装備した人間の悲しみが満ち溢れていた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「あらぁ?真紅じゃなぁい 」
猫なで声で話す水銀燈の声が、不意に背後から聞こえてきた。

「…何なの?私は今、泳ぎの練習で忙しいの 」
苛立ちを隠しながら、真紅が答え振り返ると…

水銀燈はニヤニヤしながら、ビート板に話しかけていた。

そう…そういう事ね…
つまり貴方は、この真紅と『まったいら』なビート板の区別がつかない、と言いたいのね…

そう理解すると、真紅は素早かった。
持っていたビート板を真っ二つに叩き折り、叫ぶ。
「このジャンク!貴方だけは許さない!! 」
 
「何ですってぇ!! 」
水銀燈も負けじと叫ぶ。
 
 
飛沫を巻き上げながら、二人の乙女が水中で殴りあう!

二人の戦いは、蒼星石がめぐを呼んでくるまで繰り広げられた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「それならいっそ、水泳で勝負する、ってのも面白そうじゃない? 」
めぐの、教師として決定的な何かを欠いた采配により…
プールの一角にコースが引かれ、そこで決着をつける運びとなった。

第一コース。魅惑の天使、水銀燈!
「ふふ…私に勝てると本気で思ってるのぉ?このおバカさぁん… 」

第二コース。水の抵抗は皆無、真紅!
「…ビート板が使えるんですもの。負ける理由が見つからないわね 」

第三コース。我らが新聞部の部長、翠星石!
「はて……何だかよく分からねーですけど……私も負けんですよ!! 」

何だかよく分からない内に、翠星石まで参加してる。

でも、まあいいか。みたいな感じで、レースは幕を開いた!


◆ ◇ ◆ ◇ ◆

  
スタートの合図を告げるピストルの音が鳴り…
各人、一斉に飛び出した!!

真紅はビート板にしがみ付いたまま、バタ足で進む。
翠星石は何だかよく分からない泳ぎ方で、がむしゃらに水を掻き分ける。

二人とも、とっても遅かった。

対して水銀燈は…
水泳部顔負けのキレの有る動きで、水中を華麗に横切る!

5メートルも進まない内に、勝負は歴然だった。

(ふふ…圧勝じゃなぁい…あっけなぁい…ふふふ )
水銀燈は余裕の笑みを浮かべ、それでも手を緩める気配も無く、グングンと進んでいく。
プールの端にタッチし、華麗にターン。
二人が50メートルを泳ぎきる前に、100メートルのゴールをするつもりでいた。

そのまま速度を緩めず、折り返し泳いでいると……不意に、視界が何かに塞がれた!

◆ ◇ ◆ 

真紅は…どんどん遠ざかる水銀燈を恨めしげに見つめていた。

まな板同然と言ってきた相手に負けるのは、悔しい。
かといって、勝ち目は無い。
 
なら、どうするか…。
そう考えた矢先、不意に名案が思い浮かんだ。

(そうよ…これは事故よ。事故なら…ふふ…仕方ないわね )
妖しげな笑みを浮かべると…
真紅は持っていたビート板を、水中に深く沈める。

そして、隣のコースで折り返し、こちらに向かってくる水銀燈めがけて…手を離した。

浮力により、ビート板は凄まじい勢いで、さながら弾丸のように水銀燈に迫り…
スコーン!と、水銀燈の顔面に命中した!

「やったわ! 」
思わず真紅は叫びを上げる。

そして…
すぐに、自分がカナヅチである事を…思い出す間もなく、ブクブクと沈んでいった。

◆ ◇ ◆ 

二人(実質3人だったけど)の勝負を見守っていためぐは…流石に驚いた。

ビート板が顔面に直撃し、プカプカと水面を漂う水銀燈。
頼みの綱のビート板を失い、ブクブクと沈む真紅。

「天使さん!今助けるわ!! 」
そう叫ぶや否や、めぐはプールへと飛び込んだ!

自分が最初に言った注意も忘れて。
  

めぐは…思いっきりお腹からプールに飛び込み…水面でお腹を強打し……
グッタリと、水面に漂う結果となった。

朦朧とする意識で…めぐは、辞表を書いてる夢を見たとか見なかったとか……

◆ ◇ ◆ 

「ぷはぁ!! 」
大きく息を吸い込み、翠星石は50メートルの折り返し地点の壁にタッチした。

はてさて、勝負は50メートルだったか、100メートルだったか…
そんな風に考えながら振り返ると…

水面にプカリと浮かぶ、水銀燈とめぐの姿。
水中でブクブクしてる、真紅の姿。

それらの救援に駆けつけてる、クラスメイト達。


何が何やら、サッパリ理解できなかったが…一つだけ、ハッキリしていた。

「翠星石が一着ですぅ!! 」
満面の笑みで、高々と拳を突き上げる。

誰も見てなかった。 





     

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最終更新:2008年07月18日 23:32