『校庭の隅にある桜の木の下で結ばれたカップルは、幸せになれる 』
どこにでもありそうな、それでいて無さそうな。
そんな、とってもロマンティックな伝説。
この学園に居る、恋する乙女でそれを知らない者は誰も居ない。
これについて、某・新聞部の部長はこうコメントした。
「いや~…もし、そうだったら素敵ですぅ、と思って私が創作した伝説でしたけど…
ここまで噂が広がると、逆にありがたみが湧いてくるから不思議ですねぇ 」
何とも、知りたくなかった実情だ。
さて、今回の始まりの舞台は…そんな校庭の隅の桜の木の下。
一人の女生徒が、緊張した面持ちで一人の人物を待つ所から始まる……
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ この町大好き! ☆ 増刊号2 ☆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
女生徒は、小さく震える手の中に持った手紙を、改めて見つめた。
未だに来ない待ち人へ、ほのかな恋心を募らせながら、待つ。
その時間は永遠とも思える長さで…
緊張に心臓の音がドキドキと、時計より早く脈打つ音に耳を傾ける。
待つこと、ほんの数分。
女生徒の待ち人は…愛の告白の相手は…
初夏の日差しを忘れる程に、涼しげな表情で。
風が無くても、サラサラと揺れる髪で。
少しの憂いを秘めたような、でも、どこか優しい眼差しで…桜の木の下にやってきた。
「…僕に…話があるんだって? 」
サッ―――と、一陣の風が吹き、女生徒のスカートを揺らす。
そして彼女は……やって来た人物、蒼星石へと、愛の言葉をしたためた手紙を渡した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「とゆー訳ですよ!!!これは一大事ですぅ!!! 」
『部長』と書かれた三角コーンの置かれた机を、翠星石はドン!と叩いた。
それはもう、叩き割らんばかりの勢いで叩いた。
「…覗き見なんて、悪趣味ね 」
紅茶片手に、真紅が呟く。
「なーに悠長な事ほざいてやがるですか!!
蒼星石がアブノーマルな百合百合ワールドに行っちまってからでは、手遅れなんですよ!! 」
顔を真っ赤にして、翠星石がジタバタと暴れまわる。
血圧も急上昇だ。
だが…今、それに対して何かを言うべき人間…水銀燈の姿は無い。
急な召集だった為、真紅だけしか来てくれなかった、という訳だった。
いつもより翠星石の暴走を止める人間が少ない。
さらに困ったことに…ここに居る真紅も、どちらかと言うと………
そもそも、新聞部の面々で真人間と言えるのは蒼星石くらいで……と、それはまた、別のお話。
ともかく、ギリギリまともな真紅は、紅茶片手に、至って無難な答えを導き出した。
「…これ以上、新聞部が変人の巣窟と思われるのも嫌だし…水銀燈も呼んで、対策を練りましょう 」
翠星石は、ガックリと首を横に振る。
「それが…水銀燈のやつ、電話が繋がらないですぅ… 」
「そう…でも、学校には居るはずよね?…だったら探しに行きましょう 」
真紅は立ち上がり、「ふふ…人探しと言えば、コレよね」と呟きながら、探偵のようなベレー帽を取り出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『僕は女の子には興味が無いんだ…だから……ごめん… 』
そう断ったものの…蒼星石は悲しそうな顔をしていた。
振る方も、振られる方も辛い。
昔からよく使われる言葉が、今の蒼星石の心情にはピッタリだった。
ともあれ…こんな表情で翠星石に会えば、余計な心配をかけてしまう。
気分を変える為にも顔でも洗おうかな、と考え、テクテク歩く内に…
廊下の真ん中でドンヨリとしている水銀燈に出くわした。
「あれ?水銀燈じゃないか…どうしたんだい? 」
周囲の景色を歪める程に暗いオーラを放った水銀燈に、思わず蒼星石は声をかける。
すると水銀燈は…目の端に涙を浮かべながら、ボロボロの携帯電話を見せてきた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
探偵のような格好をした真紅と翠星石がテクテクと廊下を歩く。
水銀燈を探して、廊下を曲がろうとして…蒼星石と話す水銀燈の姿を発見した。
今回のそもそもの発端は、蒼星石の事。
それ故に…二人は咄嗟に、廊下の角に身を隠してしまった。
「……って、何も隠れる事はないですよ 」
「何を言ってるの…今の私たちは、生徒じゃなくって探偵なのよ?
そんな素人じみた考えは、この際捨てるべきね…… 」
何だか目的から外れ始め、ノリノリな真紅。
翠星石も、とりあえずその言葉に従い、廊下の角から顔を出して二人を観察する事にした。
◆ ◇ ◆
水銀燈は…
どうも、翠星石からかかってきた電話をとろうとして、誤って携帯を落っことしてしまったらしかった。
そして、どこか壊れたのか、電源が入らない。
涙目で水銀燈は事情を話し、ウンともスンとも言わない携帯電話を悲しそうに手に取った。
蒼星石は、水銀燈の携帯電話を暫く見つめ…
「貸してみてよ。ひょっとしたら、電池を抜いたら元に戻るかも… 」
そう言い、水銀燈の手から壊れた携帯を受け取る。
◆ ◇ ◆
コソコソと廊下の角から二人の様子を窺っていた翠星石。
そんな彼女が突然、バッ!と顔を引っ込めた。
「…どうしたの?翠星石… 」
真紅がそう尋ねるも…当の翠星石は顔を青くしたまま。
「そ…そそ…蒼星石と水銀燈が……… 」
ブルブル震えながら翠星石は、呻くように声を絞り出す。
「蒼星石と水銀燈が、どうかしたの? 」
真紅も尋常じゃない気配を察して、声を殺し問い詰める
「お…お互い見つめあって……手を取り合ってたですぅ…… 」
「そんな!まさか!? 」
思わず、声が大きくなりかける真紅。
真昼間の学園で、そんな百合百合しい世界を展開するだなんて!?
驚きを通り越して、パニックの前兆が浮かび始める。
信じられないと言った表情の真紅は、翠星石を押しのけ、今度は自分で二人の姿を観察する事にした。
◆ ◇ ◆
水銀燈の携帯電話の電池をカチャカチャ外したり戻したり。
そんな事を繰り返してから、蒼星石は携帯電話の電源ボタンをギュっと押してみた。
………待つこと…ほんの数秒。
やがて…『チャラ~ン』という音がして、水銀燈の携帯電話に光が灯った!!
「!! きゃー!ありがとう蒼星石ぃ!買いなおさなきゃ、って心配したのよぉ!! 」
よっぽど嬉しかったのだろう。
水銀燈にしては珍しく、喜色満面の笑みを浮かべ、感極まったのか、そのまま蒼星石に抱きついた。
◆ ◇ ◆
「!!!!! 」
こっそりと二人の様子を窺っていた真紅は、声無き悲鳴と共に顔を引っ込めた。
「…そんな……ああ……なんて…なんて事…… 」
うなされたように、呟く。
「どどどどーしたですか!?真紅!何を見たですか!!? 」
翠星石が往復ビンタを虚ろな目の真紅に叩き込む!
「二人が………抱き合っていたのだわ…… 」
静かに涙を流しながら、真紅はやがてそう口を開いた。
「んなぁ!?!?!!?? 」
翠星石がピシッ!と固まる。
「水銀燈は…心配した、と言ってたわ……
恐らく…蒼星石が告白された事を心配してたと思われるわ…… 」
石化した翠星石に同情の目を向けながら、真紅は勝手な予想を話し始める。
「そこから考えうるに……あの二人は…私たちの知らない間に…もう…… 」
ポロポロと涙を零しながら、真紅は勝手な妄想を語りだす。
そして…固まったままの翠星石の代わりに…再び、蒼星石と水銀燈の観察をと、廊下に顔だけをヒョッコリ出した。
◆ ◇ ◆
「もう…落ち着きなよ… 」
蒼星石はそう言いながら、抱きついてきた水銀燈を引き離す。
「多分、大丈夫だと思うけど…一応、ちゃんと繋がるか試してみたら? 」
水銀燈は、見事な復活を果たした携帯電話を受け取り、とりあえず蒼星石の番号に電話をかけてみる事に。
ボタンを操作し、電話を自分の耳に当てる。
事の顛末が気になる蒼星石も、水銀燈の電話に耳を近づける。
つまり……二人の顔が大接近!という訳だった。
◆ ◇ ◆
廊下の角から二人の様子を窺っていた真紅のベレー帽が、パサッ…と地面に落ちた。
真紅はそれを拾い上げると…目元を隠すように、目深に被りなおした。
「因果なものね……こんな所を見てしまう位なら……探偵になんてならなければよかったわ… 」
流れる涙を止めようともせず、真紅は小さな声で呟く。
依頼人への報告が終わったら…この仕事から引退すべきね……
知りすぎた者の哀しみと共に、そう決意した。
そして…プルプル震えたまま固まっている翠星石の肩に手を置き、真紅は『最後の仕事』にとりかかる。
「翠星石…残念な結果だわ……本当に、心から残念だと思うわ…… 」
プロとして、ちゃんと伝えなくては…
そう思うが、真紅は翠星石の目を見て話す事が出来なかった。
「落ち着いて聞いて頂戴。蒼星石は………水銀燈に…キスをしていたわ…… 」
そう伝えると、真紅はそのまま歩き去る。
後ろで誰かが倒れた音がしたが…振り向く事はしなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「―――せいせき…翠星石!! 」
蒼星石の呼びかける声で、翠星石は目を覚ました。どうやら知らない内に気を失っていたみたいだ。
翠星石はゆっくりと立ち上がると…蒼星石と並んで、心配そうな視線を向けてくる水銀燈を見つめた。
そして…静かに目を瞑り…やがて、覚悟を固めた。
「…不束者の妹ですが……姉として、お願いするですよ……蒼星石を…幸せにしてやってくれですぅ… 」
泣き笑いのような表情で、そう搾り出す。
「え? 」
水銀燈が、顔を引き攣らせた。
「二人の関係を…全部知ってしまったですぅ…… 」
うつむきながら、翠星石は勘違いを続ける。
「え? 」
蒼星石も、顔を引き攣らせた。
「ただ…こんな真昼間から……その……ちゅ…ちゅーをするのは……どうかと…思うですぅ……
もうちょっと…人目を気にするべきですよ……? 」
顔を真っ赤にしながら、翠星石がモジモジする。
「ええーーーーー!??!??! 」
水銀燈と蒼星石が、仲良く同時に叫びを上げた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
真紅は一人で部室に戻ると、ベレー帽をそっと机の上に置いた。
「くんくん……私は…貴方のような探偵にはなれなかったわ…… 」
呟く。
そして窓辺に移動すると、すっかり冷たくなった紅茶のカップを手に取った。
温かい紅茶を用意する事もできるが…今は、これでいい。
くんくん探偵に届かない自分には、事件後の一杯を飲む資格など無いようにも思えた。
初夏の、まだ沈まない太陽に視線を向ける。
これが夕日なら、きっと泣いていただろう。
悲しみを飲み干すように、カップに残った琥珀色の液体を流し込む。
風味の消えた紅茶は、どこか虚しい味がした。
と、そんな風に雰囲気に浸りまくりの真紅は、気付かなかった。
鬼神のようなオーラを身にまとった3人が、いつの間にか背後に立っていた事に……。