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うららかな初夏の陽射し。
空に薄く広がった雲が、太陽の光を穏やかなものに変えてくれていた。

「もうすぐ夏休みですねぇ… 」
のんびりと窓辺に腰掛けながら、翠星石が小さく息をついた。

「そうね…今年はどこだったかしら… 」
真紅がポットで紅茶を淹れながら、のんびりとした声を上げる。
「ふふふ…気が早いけど…今から楽しみねぇ…? 」
水銀燈は真紅の横に座り、紅茶を受け取り、それを口に運ぶ。


これから訪れる夏休み。
その、合宿という名目で行われる楽しい旅行について、早くも夢を膨らませる。

のんびり、ゆっくり。
新聞部の部室には、珍しくそんな時間が流れていた。

「その前に、しないといけない事があるだろ?……さあ、合宿費を集めるよ 」
蒼星石がそう言い、自分の鞄から一枚の封筒を取り出す。
そして顔を上げると…部室の中には、誰も居なくなってた。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ~ この町大好き! vol.10 ~ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 
開け放たれた扉から、ドタバタと遠ざかる足音が聞こえる。
真紅が淹れた紅茶からは、まだ湯気が立ち昇っていた。

「……そう……そんなに…合宿費、払いたくないんだ…… 」
蒼星石がうつむき、小さな声で呟く。

「でもね…… 」
そう言うと ――― 鞄の中から巨大な鋏(模造品、切れません)を取り出した。
「……僕から…本当に逃げられると思ってるのかな……?ふふふ…… 」


前回(第九話)無理やり男装させられた恨みもあり……
今日の蒼星石は、かなりぶっ飛んでいた。

さあ…狩りの始まりだ…!


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


ハァ……ハァ……

3人の少女が廊下を走る息遣いだけが、学園の中に存在する音の全てだった。

「ハァ…ハァ……と…咄嗟に逃げちまったですぅ… 」
翠星石が呼吸を整えながら言う。
「…こればかりは本能のようなものなのだわ。仕方の無い事よ 」
真紅が乱れた髪を直しながら、そう答える。

「でぇ…これからどうするぅ…? 」
水銀燈がドンヨリとした表情で呟いた。

そう。問題は、そこだった。

咄嗟に逃げた為、彼女たちの鞄は未だに部室の中。
このままでは、帰宅する事は出来そうに無い。

「何とか、部室の中から私たちの鞄を持ち出して… 」
「そのまま、とんずらするですぅ! 」

そんなに合宿費を払いたくないのか。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「それなら…私が囮になるのだわ。……その間に、二人で鞄を回収して頂戴 」
真紅が強い覚悟を秘めた瞳で翠星石と水銀燈を見た。

「そんな!真紅!まさか…!? 」
翠星石が大きな声を上げる。
だが…その言葉は水銀燈に遮られ、最後まで続かなかった。

「……生きて、一緒に帰りましょうねぇ… 」
水銀燈はそう言い、固めた拳を真紅へと突き出す。
「ええ……あなた達も、気を付けてね… 」
真紅が水銀燈の手に、そっと自分の拳を合わせた。
 
 
二人の少女の、無言の友情の唄。
確実に存在する、信頼という絆。


だが…
それを切り裂く巨大な鋏の存在が…その足音が、遠く廊下から響いてきた…。

 カツーン……… カツーン………

背筋を凍らせる、取り立て人の靴音…


3人は力強く目で頷くと……再び走りだした……。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


廊下を足音を殺しながら、静かに走る。
そして、丁字路に差し掛かり…そこで翠星石と水銀燈、真紅の二手に別れた。

「こっちよ!追って来なさい!! 」
真紅がそう叫び、足音をたてて走り出す。

 カツーン……… カツーン………

追跡者・蒼星石の足音は…真紅の曲がった方向へと向かっていった。

 
「チャンスよぉ…!今の内に皆の鞄を…! 」
水銀燈は走りながら学園の地図を頭に思い浮かべ、部室へ向かって走り出す。

「…真紅ならきっと…蒼星石から逃げ切れるですよ!でも…急ぐに越した事は無いですぅ! 」
翠星石も一生懸命、廊下を走る。

そして二人の手が新聞部の部室の扉にかかった瞬間 ――――


「だわーーーーーーッ!!! 」

廊下の遠くから……誰かの断末魔の叫びが響いた……。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「今の声………真紅!! 」
翠星石が青い顔をして叫ぶ。

だが…
水銀燈は、そのまま部室の中に入ると、鞄を3つ取り、そして出てきた。
そして翠星石の鞄を、彼女へ投げ渡す。

水銀燈は自分の手に残る2つの鞄に視線を向けた。
一つは自分の鞄。そしてもう一つは……

「…せめて…鞄だけでも脱出させてあげるわぁ……真紅…… 」
水銀燈はうつむき、小さく呟いた。
 
 
 カツーン……… カツーン………

と…蒼星石の足音が、こちらに近づいてくる音が聞こえる…。
どうやら、感傷に浸ってる時間は無さそうだ。

「…今は…逃げるわよぉ…… 」
水銀燈は乱暴に自分の目の端を擦ると、そう言って駆け出した。


二人で学園の廊下を走り続ける。

背後から聞こえる足音は、決して二人を見失う気配は無かったが…
それでも徐々に距離が開いていくのが分かる。

「もうすぐですよ!あの廊下を曲がれば…! 」
見えてきた曲がり角目掛けて、翠星石は全力疾走しようとして…
「むぎゅぅ!? 」
突然、水銀燈によって乱暴に首根っこを捕まれた。

「何するですか!?ふざけるなら逃げ切ってから――― 」

逃げ切ってからにしろ。そう言おうとして……曲がり角の先から聞こえる音に耳を疑った。

 カツーン……… カツーン………

まさか、先回りされた!?
そう考え、来た道を戻ろうとすると…そこには徐々にこちらへと迫る蒼星石の姿…
 

では、正面から迫ってきているのは誰なのか……

翠星石と水銀燈が、曲がり角を睨みつける……そして……そこから出てきたのは……―――


「…合宿費をちゃんと払って、気が付いたのだわ……あなた達も…ちゃんと払うべきだと…ね 」
「そ…そんな! 」
「真紅ぅ…!? 」

皮肉な形で…友との再会は成った。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「…絶対に、払わないわよぉ…… 」
踏み倒す気満々の水銀燈が、真紅を睨みつける。
「『合宿費は払わない』『合宿には行く』両方しなきゃならねーのが部長の辛い所ですよ…… 」
最早、倫理観など宇宙の彼方な翠星石が自分の財布を握り締める。

「…いい事、翠星石、それに水銀燈。
 あなた達が合宿費をちゃんと払ってくれないと、合宿は…旅行は出来なくなってしまうのよ? 」
すっかり目が醒めた真紅が、正論を言ってくる。

「…どうやら…完全に敵にまわったみたいねぇ…? 」
水銀燈はそう呟くと…一歩、足を踏み出した。
 
「翠星石…あなただけでも…逃げなさい…… 」
「そんな!水銀燈!てめぇまで…! 」
翠星石が声を荒げる。
だが、水銀燈は落ち着いた声で、翠星石に言って聞かせた。

「…もちろん、合宿費なんて払うつもりなんて、ちゃんちゃら無いわぁ。でもね…… 」
水銀燈はそう言い、背後から迫る蒼星石を一瞥した。
「……あなたが居たら、派手な大立ち回りが出来ないでしょぉ?……私は…負けないわぁ… 」

「……水銀燈……正門で…待ってるです…… 」
翠星石はそう言うと…真紅の脇を走り抜ける。

真紅は翠星石を捕まえようと手を伸ばす!
だが…その間に割って入った水銀燈にその手を止められた。

「真紅ぅ…あなたの相手は…この水銀燈よぉ…… 」
水銀燈が真紅を睨みつける。

「…この状況で…まだ踏み倒せると思ってるのかい? 」
不意に、背後から声が聞こえた。

いつの間に!?
振り返り、水銀燈が見たのは…片目を赤々と輝かせた蒼星石の姿。
正直、怖かった。

水銀燈は……静かに、覚悟を決めた。
「じょ…冗談よぉ…始めから、ちゃぁんと払うつもりだったのよぉ…? 」
そう言い、ポケットから財布を取り出す。

 
◆ ◇ ◆ ◇ ◆


学園の正門に一人辿り着いた翠星石は…沈む夕日を見つめていた。
結局、いくら待っても水銀燈が来る事は無かった。

このまま帰れば…
合宿費を払わず帰れば…夢の『毎日買い食い生活』が現実となる。

だが…真紅に水銀燈。
その為に支払った代償は、彼女にとってあまりに大きすぎた。


「……きっと…合宿費を取り返せば…二人とも元に戻るですよ…! 」
自分に言い聞かせるように、呟く。

そして翠星石は立ち上がり…再び、学園の中へと戻っていった……。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


正直、一人では不安すぎた。
恐る恐る、廊下を進む。
ちいさな物音にも体を強張らせ、地面を伏せながらカサカサと進む。

学園内で匍匐全身なんて目立って仕方が無いが、本人は全く目立つつもりは無い。
 

「あれ?やっと払う気になってくれたの?翠星石 」
不意に、頭上から声が聞こえた。

(ヤバイですぅ!!いきなり見つかっちまったですよ!! )
冷や汗が滝のように流れ出る。
(こんな時は…そうです!死んだフリですぅ!!
 きっと、おバカな蒼星石には死んだフリと見抜けないハズですよ!! )
自分以上に頭がアレな人間が居ない事にも気が付かず、翠星石は死んだフリを始める。

「…あれ?どうしたんだい、翠星石 」
頭上から蒼星石の声が聞こえるが、無視。ピクリとも動かない。

「ねえ…翠星石……ねえ……起きてよ…… 」
蒼星石が心配そうに声をかけてくるが、それでも死んだフリを続ける。

「……死んでる……!早く先生を呼んでこないと! 」
蒼星石の驚く声と、タッタッタ…と廊下を走る音。

(ふぅ…どうやら…上手くいったみたですぅ… )
安堵のため息を漏らし、再び地面を這いながら移動しようと顔を上げると……


蒼星石がジト目でこちらを見つめている。

「…って、騙せると思ったの? 」
呆れたような小さな声が、廊下に虚しく響いた。

  
………


「ですぅぅぅぅぅぅーーーーーー!!! 」


学園中に…翠星石の断末魔が響き渡った……。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「…で、何の話だったっけ? 」
蒼星石が全員分の紅茶をポットで淹れながら、そう声をかける。

喉元過ぎれば何とやら。
払うものを払って、すっかりいつものペースに戻った部員一同が、合宿について夢を膨らましていた。


「やっぱり、温泉が有る、ってのは楽しみねぇ… 」
「そうね。海の近くというのもポイントが高いのだわ 」
「ごはんの美味しい所だと良いですねぇ 」
「ははは…皆、気が早いなあ…… 」

のんびりと、ゆっくりと、紅茶を片手に。そんな時間が部室の中に広がる。


学園は…今日も、おおむね平和だった。 





 
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