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「ん~~~!」
目覚めて一番、体を伸ばしてあくびを一つ。
「ふわぁあああ…」
ああ、なんと気持ちよいのでしょう…こんな毎日の動作に幸せを感じてしまうなんて、人間は簡単に出来ているものです。感謝しなくてはなりません。
「さて、と」
時計を見れば6時前。久々のベッドでの休息に体も心も万全でございます。きっとマジック・ポイントあたりも満タンなはず。MAXが0かもしれませんけど。
さあ、お仕事をしましょう。
それは人に与えられた責務であり、日常に充実感を与えてくれる大切なモノ。そして、今のわたくしの夢でもあります。
その夢をING系で邁進しているわたくしは、自分のベッドの横にあるもう一つのベッドから漏れ出す腐敗したオーラを一瞥してから、朝の支度を開始するのでした。



第一階層『雪ら薔らとみっちゃん亭』

第一階「仕事始めと愛の運び屋」



「おはようございます」
顔を洗い、髪をとかし、支給された制服に腕を通してから仕事場へと足を運んだわたくし。ですがその朝一の挨拶は誰の耳にも届くことなく、酒場の空気に薄れてゆきます。
「まあ、朝ですしね」
朝から酒場が栄えている町はいただけません。ですが、仮にも軽食をメニューに控える店としては、日も登り外も賑わいを見せる中でこう閑散としているのも…うーん。
「それは追々交渉するとして…とりあえず、お掃除でもしましょうか」
そう呟いてから、わたくしはバケツ、モップ、雑巾をフル装備してから、主人すら居ない酒場の清掃に取りかかりました。

これは一昨日、ばらしーちゃんが真っ白なジョーと化した後の事です。
『へー、それでこの町に住み込みの仕事をねぇ』
『あらあら!おばあ様の夢を継いで仕事に来るなんて、なんて誠実で健気で素晴らしいのぅ!お姉ちゃん感動しちゃった!』
『でもそのおばあ様だって結局勘違いしたまま死んゴブホォッ!?』
『ジュン君?そういう事言うのはめっめよぅ?』
『なんだよ!僕はただ事実を述べギャハァッ!!』
『そうそう、お客様用の新しいお紅茶をもらったから、沸れてきてね?お姉ちゃんは雪華綺晶さんとお話してるから』
『了解…』
いきなり押しかけて来たにも関わらず、ばらしーちゃんにベッドを貸していただき、わたくし達の就職相談にも乗っていただけるお心使いに感動しつつ、目の前で繰り広げられるしつけ(調教とも言います)を眺めます。
なるほど…妹や弟を教育するにはムエタイ技を駆使する方法もあるのですか…さすが都会は違います。ですが、わたくしより妹の方が肉体的強者である我々姉妹には厳しいようですので、今まで通り愛でて伸ばす方針でいきましょう。
『えっとそれじゃあ…雪華綺晶さんは住み込みで働ける、キャラバンを探しているのね?』
『はい。やはりこの町に来た以上はキャラバンに就職したいと考えております』
さっきまでキャラバンの正解な意味さえ知りませんでしたが。
『それに…やはり妹の事を考えても…出来る限り世界樹に通じた仕事が良いと思うのです』
『そうよねぇ。あれじゃああんまりにも不憫だものねぇ…』
二人揃って二階で寝ているであろう妹を見上げます。どことなく、その天井すら黒い何かが染み渡っているような気さえしました。…溶けてないですわよね?ばらしーちゃん?
『うーんそうねぇ…このキャラバン募集の中から選ぶとすると…』
『難しいでしょうか?』
『ギルドに募集するのはうちみたいに小さい店が多いのよぅ。大きい所は町に定住した人を欲しがるから』
『定住ですか…』
確かにこの町には貸しアパートなどもあるようですが、やはり賑わう町に無理やり建てただけあって家賃の程はかなりのモノだそうで。
わたくし達もそれなりの手持ち(一部ばらしーちゃんが武器や何やらに変えてしまいましたが)はあるのですが、出来れば節約したいところ。いえ、やはりアパートを一年借りるのはかなり無理がありそうでした。
『そうすると…あ、この“処理屋さん”なんかどう?』
『処理、ですか?それはどの様な事を?』
『うーんと、簡単に言えば世界樹でできる死体とか死骸を片付けるのよぅ!』
『ぐッ…!』
すんごい笑顔で説明されてしまいました。この人が言うとなんだか幸せな仕事に感じられるのが恐ろしい…
『…えっと、出来れば別のを…』
『あらそう?残念ねぇ』
一体何が残念なのですか?そんな疑問が頭をよぎりましたが天国のおばあ様の影がちらついたので全力で保留します。
『それじゃあ…この、精肉屋さんとか』
『凄く…ご遠慮したいです…』
『こっちの埋葬屋さんはどうかしら?』
『生きた方々とお付き合いしたいのですけれど…』
『あ、ペット関係があるわよぅ!でもなんで精肉屋さんの隣りにあるのかしら?』
『それは一般市民として越えてはならない一線を大きく踏み外してしまう気がします…!』
ていうかこの方、優しい顔をしてなんてモノをチョイスなさるのでしょう!はっきり言って怖いですわ!助けてくださいばらしーちゃん!お姉ちゃんはピンチです!
『おい、そこら辺にしとけよ…怖がってるだろ』
ああ、弟さん!紅茶共々ナイスタイミング!
『え?お姉ちゃん何かしたかしら?』
『お前の趣味は人前に出すなって言ったろ。ほら、ちょっとその紙貸してみろって』
そう言ってキャラバンの資料をお姉さんからひったくる弟さん。今わたくしの脳内で彼には騎士十字章が贈呈されました。ちなみに、お姉さんは特別警戒対象に登録しておきます。
『んーそうだな…魔物とかとも関われるとすると…』
どうやら弟さんはばらしーちゃんの事も気にかけてくれているよう。見かけと口によらず随分気配りの出来る方とお見受けしました。…ああ、外見によらないのはお姉さん譲りですか。
『あ、そうだ。そこの酒場はどーだ?』
『あらそうねぇ!ジュン君ナイスよぅ!』
『酒場…?』
はて?酒場と言えば…きっとウエイトレスさんのような仕事なのでしょうが、弟さんの言った魔物との関連が…
『あのね、雪華綺晶さん。あの“みっちゃん亭”は酒場はもちろんだけど、キャラバンや個人の人が仕事の依頼を募る場所でもあるのよぅ』
『ギルドに正式に要請するんじゃなくて、アルバイト感覚だな。酒場で働きながらいいのがあったら妹さんにやらせてみたらいいんじゃないのか?』
『まあ!』
あらあらあら、素晴らしいじゃありませんか!酒場の仕事は家事をやってきたわたくし達にも出来るでしょうし、町の看板娘と酒場は切っても切れない関係であることは宇宙的真理でしょう。
さすれば後々“ローゼンメイデンの雪ら薔ら姉妹”と唄われることにも…!
『ぬふふっ』
『お…おい?どうし、た…?』
ああ、笑みがこぼれるのを抑えきれません…見れば、給料もよろしく住み込み可とまで…!対象が“若い娘”とあるのが少々気になりますが、女主人であると聞けば安心です。きっとこの方も酒場と町娘の絆を感じておられるのでしょう!
さらに、妹のストレス発散(?)の場まで用意されているとなれば!どうして行かない理由がありましょうか?いいえ、あるはずがないのです!
『是非!是非ともご紹介いただけないでしょうか!!』
『お、おお…てか、要面接ってあるから自分達で行ったほうが早いんじゃ…』
『では今すぐ行ってまいりますわ!ばらしーちゃん!準備なさいませー!』
カモシカのような俊敏さで二階へ飛び込み、妹の眠る寝室へ入りました。
しかし―
『ばらしー、ちゃん…?』
ベッドの上にはあるはずの妹の姿は無く、彼女が残した残留思念が薄暗く漂うのみで…
『まさか、まさか本当に溶けて…?』
そんな…せっかく素晴らしい仕事を見つけられたと言うのに…彼女の心は肉体を維持出来ない程に傷付いていたと…?
『にぎゅ』
『おや?』
ふらふらとベッドに近寄ると、足下に柔らかい感触と奇妙な声が。あらいやですわ、妹の可愛いヒップをふんずけてしまいました。とても気持ちいいです。
『もう、いつまでもスライムになっていないでくださいな。さあばらしーちゃん?ここからが本当の勝負ですわよ!!』
わたくしは素早く妹をつまみ上げ、これまた素早く背負ってから件の酒場へと直行したのでした。


「ふう…こんなものでしょうかね?」
清掃開始から30分後、床やテーブル、お酒の並ぶ棚を一通り拭き終わりました。
あれからみっちゃん亭へと乗り込んだわたくし達は、女主人である草笛みつさんにその旨を伝えると、いかなる神の御加護があったのか瞬時にOKをもらうことが出来たのです。
もう少し正確に言えば抱きつかれて喜ばれたのですが…まぁ、あまり深く考えないようにしましょう。
…と、したのが誤りでしたわね。今にして思えば。
そもそも不信に思うべきだったのです。フツーに考えれば、こんな良い条件の仕事が未だに空いているワケはないのですよ。
しかし、まあそれでもこの仕事がわたくし達にとって最適であったのも事実なわけで。ギブアンドテイクと言われればそれまでですが、自分の思慮の浅さに後悔したのはもう少し後の事でした。

「うい~…お~?私の店に転がり込んでる輩はだぁれぇ?」
掃除用具を片付けようとしたところで、わたくし達を雇ってくださった酒場の女主人であるみつさんが半分眠りながらのご出勤。
「おはようございますマスター。わたくしは一昨日貴女に雇っていただいた雪華綺晶ですわ。ちなみに、今は10時前です」
挨拶ついでに、ささやかにご忠告をしておきました。
「あーあー!きらきーちゃんか~。早いね~」
「それはどうも。ならびに、今は10時です」
「それでぇ?朝早くから何してんの?」
「ええ、開店前のお掃除をと。それと、先程10時を過ぎました」
「ほへぇ~えらいね~じゃあちょっと早いけど開店しちゃおっか~」
「…あの、普段は何時頃に開店を?」
「ん~?正午くらい?」
わたくしの忠告は無駄だったようです。
「あの…厚かましいようですが、せっかく軽食も用意している事ですし、もう少し早めに開店してはいかがでしょう」
「そうね~そうしたいんだけどね~」
「どうしてなさらないのです?」
「眠いんだも~ん」
女性一人で酒場を経営するのは大変なのです。そう考えておきました。
その後『まぁ今はばらしーちゃん達も居るしねぇ~』と呟きつつカウンターで水を飲み、エプロンをピシッとしめて覚醒したご様子のみつさん。その姿を見れば溌剌とした立派な酒場の女主人でした。その切り替えは流石と言わざるをえません。
「さあて、今日もビシバシ働きますか。いやぁ、それにしてもその服似合うねーきらきーちゃん」
「ありがとうございます」
今現在、わたくしはみつさんから支給された制服に身を纏っていました。
「ところで…この制服なんですが、珍しい形をしていますよね?」
「え!?いやいや、この町ではそれがフツーなの!トレンドなの!コモン・センスなのよ!!」
「はあ」
わたくしが纏う制服、それは長めのスカートにフリル付きのエプロン、そしてカチューシャという給仕の格好をしております。
なかなか可愛いらしく、それでいて露出少な目でわたくしは結構気に入ってました。(この時点でわたくしはまだ“コスプレ”という単語を知らなかった事をここに明記しておきます)
「それで?ばらしーちゃんは?」
「ええと…申し訳ないのですが再起動にはもうしばらくかかるようです…妹の分までわたくしが働きますので…」
「あそー。大変だねぇ」
妹はその後丸一日以上眠り込み、起きてからもふさぎ込んでしまっています。食事はしてくれるのですが、ベッドから降りようとはせず、完全にヒッキーになってしまいました。
原因はわかりきっているので、恐らく何か冒険的な依頼が寄せられれば立ち直れると思うのですが…
「そっかぁ~残念だな~…今はきらきーちゃんだけで我慢するか…」
「何か?」
「ん!?ん~?ナンデモナイヨ?じゃあ開店するから、表の標識変えてきてくれる?」
「はい、畏まりましたわマスター」
お店の入り口に掛けられている札をopenに変え、足下にマットを敷けば開店準備完了です。
やはりお掃除や片付けなどは自分達のためにするより、他の人のための方が気合いも充実感も違いますね。わたくしが準備したお店にお客が入るとなると少々ワクワクしてしまいます。
そんな静かな高揚を楽しんでいると、中からマスターの呼び声が。わたくしは返事をして、みっちゃん亭へと戻ります。
こうして、わたくしの世界樹の町での仕事が始まったのでした。


夜になり、人工の街灯と火の灯りが優しく照らす世界樹の町。
“火の車”と言う言葉がありますが、今やみっちゃん亭は“酒の車”と言うに等しく。
「きらきーちゃん!コレ三番テーブルね!」
「は、はいっ!」
「娘さ~ん!この酒のお代わりだ~!!」
「た、ただいまっ!」
い、忙しい!とんでもなく忙しいです!
次から次への来客や注文や品物運びや質問や…酒場の仕事がここまでの重労働とはっ!
「い…何時もこんなに繁盛を…?」
お盆をカウンターに返す際、みつマスターに小声で尋ねます。
「ん?んん~、まぁ、初めは何時もこんなだよ?それでも多い方だけど…いやぁ、私の目に狂いはなかったな!」
「はあ」
「しばらくしたら落ち着くと思うから、それまで頑張ってね。はい、これ向こうに持って行って!」
「は、はひぃ!」
マスターの言い方に少々疑問を抱きつつも、余りの忙しさに深く考えるヒマもなく、その激動の夜はふけてゆくのでした。
…後に、わたくしの写真(ギルド提出用として撮られたものです。給仕服で撮られた時点で気付くべきでした)とばらしーちゃん(写真は非公開で、“この妹の姿を最初に拝むのは誰だ!?”と一筆あります)が紹介されたチラシが町中に配られていた事が発覚します。
そこでわたくしはマスターの本性とこの仕事の意味を真に理解するのですが、それはまだ、先のお話なのでした。


そんな夜でも終えれば朝が来ます。
流石にどこぞの探検隊のように1時間寝ただけで体力が完全に戻るタフさはわたくしには無く、フラフラとあくびを噛み締めての朝のお掃除。
「これは…ばらしーちゃんに早めに復活していただかないと…マズい気がしますわ…」
ばらしーちゃんが店に出たら出たで、また大変な事になるのですが、この時は切に願うばかりで。
そんな事を呪詛のように呟いていると、開店前だと言うのに(既に10時前ですが)カラカラと店の扉の開く音が聞こえました。
「あの、すみませんがお店はまだ…あら、貴方は弟さんではありませんか」
そこに居たのはなんと桜田キャラバンの弟さんでした。
「あ~、うん。わかってはいたんだけどさ」
「どうなさいました?あ、わたくしにご用とか?」
「ん、まあ、そんなトコ。あのさ、妹さんはまだ…?」
弟さんが店内を見渡します。そこにはやはり妹の姿は無く。
「そうですね…まだ難しいようです」
「そっか…依頼とかは?」
わたくしは弟さんに昨日の状況を説明します。とても依頼に耳をかす余裕などありませんでした。
「あー、やっぱりそうなんのか…悪かったな」
「え?ええ…」
「でさ、要件なんだけど…ほら、うちギルドに要望出してただろ?アレをこっちでも出そうかと思ってな」
「はあ」
「んでさ…その、世界樹に入ってやる仕事だから…妹さんにどうかなって…」
ああ、ようやく彼の意図が見えてきました。なので、
「あげませんわよ」
「へ?」
釘を刺しておきます。グサリと。ぶっすりと。
「いや、そーじゃなくて!だから…その、お詫びと言うか…」
「お詫び?」
「確かに誤解してたのはそっちだけどさ…もう少し言い方があったかなって…今も寝込んでるみたいだし…」
「ああ…」
どうやら彼の意図を誤解していたようです。きっとこの気配りの出来る弟さんは妹の事を気に病んでいる、ということでしょうか。
「まあいきなりは無理だろうし、基本的には安全だけど結構疲れるから。でももし妹さんが乗り気になってくれたらお願いしたいんだけど」
「………」
しばらく彼の目を見つめます。
「…えと…どう、かな…?」
「…薔薇水晶」
「え?」
「妹の事は薔薇水晶と読んでもらって構いませんわ。依頼の方は妹とマスターに相談してみますね」
「あ、ああ!よろしくな。じゃあ雪華綺晶さん…えと、薔薇水晶さんにも宜しく」
「はい。伝えておきますわ」
わたくしのにこやかな笑顔に見送られ、弟さんは帰ってゆきました。
「さて…」
わたくしは笑顔を消し、ゆっくりと考え初めます。
なるほど…ふむ、それでは…やはり…でも…すると…だったら…
「…危険度Cマイナス、友好度B、想定R-2-7。しかし緊急度はSマイナス…」
わたくしの脳内ばらしーちゃんマニュアルを久々に展開、思考に励むこと15分。
結論が、弾き出されました。
「…仕方ありませんわね」

みつマスターが店に入ってきた時に先程の事をかいつまんで話すと、
「あ~なるほど~。ん~確かにちゃんと動けるようになってくれないと困るし…じゃあ、忙しくなる夜には帰ってきてくれるならいいよ」
条件付きでも了承していただけました。第一関門はクリアです。それでは…
「でも、そんなに働いてばらしーちゃんは大丈夫?…って、大丈夫みたいだね…」
お察しいただき誠に有り難く存じます。今のわたくしは、ちょっと普段のわたくしとは違いますの。ですのですのよでしますの。 
「ねえ、ばらしーちゃん?今日もお客さんがたくさん来てくれましたわ。やりがいのある仕事ですね」
昨日に続いての激務をこなした夜更け。寝間着姿で横たわる妹に話しかけます。
「ばらしーちゃんの制服もありますから、着ればとても愛らしく、直ぐに人気者になれそうですわ。ちょっと寂しい気もしますけれど」
「………」
わたくしの本音を混ぜた言葉にも反応はありません。ですがいいのです。これは言わば耳慣らし。ここからが本番です。
「そうそう、今度わたくし世界樹に登る事になりましたのよ」
「………え?」
反応あり。ですが焦らず続けます。
「最初に訪ねた桜田キャラバン覚えてますか?あそこの依頼で世界樹の植物や鉱物などの探索と採集です」
「………そう」
「でも探す場所は安全とのことなので、魔物と遭遇する危険はありません」
「………」
反応がなくなりました。しかし、効果は歴然。表情に愁いがにじみ出てます。
夢とは、捨てたところで美しいもの。泥に塗れて光沢を失っているのなら、洗い落とせばいいのです。でも、それすら叶わぬなら、
「話しは変わりますが、最近世界樹の下位層で認知されていない魔物が観測されていると酒場での話しから聞いたのですが」
「………ん」
「何でも、舗装された安全地帯にまでにまで飛び出してくるとか」
「………え?」
「でもきっと恐がりの見間違いでしょうから、護衛も要らないでしょう。わたくしと弟さんだけで行ってまいります」
「え…でも……」
「何ですか?ばらしーちゃんが付いてきても面白い事は無さそうですわよ?ただ…」
目線をそらし、声は大きめ、口調は曖昧に、されど一気に素早く。
「もしばらしーちゃんが付いてきたときにその新種が現れてばらしーちゃんが撃退したらきっと騒がれるでしょうね。生態や戦闘方式の解析にばらしーちゃんが引っ張りだこになったりばらしーちゃんを中心としたキャラバンが組まれるかもしれませんね。
そのうち上層部でも同じような事が起きた時にばらしーちゃんの経験は重要視されるでしょうね。上層部は町の生活との関わりが薄いので探索は終わってますがあくまでそれは最上階までのルートを見つけ出しただけであり、未開拓の場所が無いわけでは無いそうで。
新種の調査となればそんな場所も調査しなくてはいけませんし、ばらしーちゃんが先導するキャラバンがもしかしたらそこで新しい魔物や宝物や、あるいは洞穴、異世界、天空の城なんてことも…
あらあら、そんなことになったらばらしーちゃんはこの世界樹の国に名を残す英雄として語りつがれてその後」
がしっ。
ばらしーちゃんの手が、わたくしの腕を掴みました。
「…お姉ちゃん」
「何ですか?」
「私も…私も連れて行って」
「お体の方は?」
「直ぐに戻すよ。うん…今からやってくる!」
勢い良く夜の町へ飛び出してゆく我が愛すべき妹。きっと店の裏手で筋トレ辺りに励むのでしょう。
「行ってらっしゃいませ。それと、ごめんなさい」
戯言ですからね、あんなものは。
それも半放心状態であれだけまくし立てれば、殆ど記憶には残っていないでしょう。わたくしも大して覚えてません。
もちろん新種の事も嘘なわけで。
ニュアンスだけで夢を追える、夢を作れるのがあの子の特長…いえ、特徴としておきますか。
「さて、わたくしも平常通りといきましょう。お休みなさいませ」
流石に疲れましたしね。
妹のためならば、わたくしは天下無敵の戯言遣いにだってなれるのです。
まったくもって、嘘ですが。


翌日は皆それぞれの予定を消化していました。
わたくしから了承の解を受け取った弟さんは意気揚々と採集準備に。妹は二、三日のブランクの修正に。わたくしは相も変わらずみっちゃん亭を駆け回り。
そして、翌朝。
「では、行ってまいります」
「…さらば」
朝6時半、弟さんから指定された時刻に桜田キャラバンへ向かいます。ちなみにマスターは疑いの余地なくお休み中でしょう。お店に声をかけたのは気分です。
「あ、おーい!こっちこ…」
「あら、おはようございます」
「はよー」
しばし困惑のご様子の弟さん。ふっふっふ、そうでしょうそうでしょう。きっと弟さんの脳内シュミレーターでは、

弟さん:キャラバン隊長(ヒーロー)
妹:傷心の麗しい乙女(ヒロイン)

の構図が出来ていたことでしょうからね。それでサポートと言う名のボディタッチやらラブ&コメとかに勤しむ気だったに違いありません!なので、

弟さん:キャラバン隊長
わたくし:同行人(超えられない壁)
妹:付き添い(完全武装のボディガード)

と、してみました。うっふっふ。
さあ!この状況でばらしーちゃんを落とせるものならやってご覧なさい!ああそれと、わたくしの色恋に関しての殿方に対する信頼度は限り無く0に近いのでございまして。その理由はさておいて、
「何か問題がありますか?」
「…え?ああ、別に。じゃあ雪華綺晶さんがコレ持ってくのか?」
差し出されたものは恐らく採集の際の道具でしょう。
「ええ、もちろん」
「そっか…いや、薔薇水晶さん用に見つくろったから、雪華綺晶さんには重いかもだぞ?」
「ご心配なく」
わたくしはそそくさと用具一式を装備いたします。
「よっし、んじゃあ行くか。準備はいいな?」
「ええ」
「おー」
こうして警戒心ビンビンのわたくしと復活を果たしたばらしーちゃんの初の世界樹探索が開始したのでした。

「弟さん」
「ん?」
「コレ、やっぱり重いですわ…」
「…だから言ったろ」
すみません、始まりませんでした。
世界樹の玄関口に到着したはいいものの、この荷物を背負い歩き回るのは流石に無理だとわたくしの体が悲鳴をあげてしまったので、預かり所にばらしーちゃんの武器の一部を預け、わたくしの荷物を持ってもらうことに。
「じゃあほら、それも僕が持つから」
「…申し訳ありません」
くっ…わたくしの計画が始まる前から狂ってしまうとは…前例があるだけにやるせない…そういう星の下の人なんでしょうか…
「お姉ちゃん、早く早く!」
「あ、ただいまっ」
そんなわたくしを余所に妹は随分と調子を取り戻していました。いくら当初の夢が絶たれたとは言え、その舞台に立てるのですからテンションが上がらないはずもありませんか。
わたくし達三人は世界樹の壁のような樹皮に張り付くように建つ建物に入り、入国審査ならぬ入樹審査…用はこの町に入った時と似たような事をしました。
そして、その扉を抜けると…
「…あら?」
「…お?」
そこは雪国…ではなく、お店や人がたむろす場所で、
「ああ、そっか。驚くのも無理無いか。でもこれでも一応世界樹の中なんだぞ」
「えっと…随分と人間味溢れる所ですね?」
「まあな。ただ最初だけだけど。よし、じゃあ今から歩きながら世界樹についてのレクチャーすっからな。ああそれとコレ腕に付けて」
渡されたのは数字の入ったワッペン。
「それが世界樹に入る許可証の役割になる。ついでに、その人が何時入って、何処まで行けるのかも書かれてる」
「この…“風馬17、250.00”ですか?」
「そ。風馬の月の17日に入って、樹高250メートルまで行っていいってことだ。ちなみに樹高つーのはここを0とした時の標高の事な」
「ははあ…また、何故こんなモノを?」
「世界樹は調査が終了したからってガキの遊べるような場所じゃないからな。規定外の場所に行けば魔物に出くわす事だってあるし。
あと、自然保護の観点から世界樹資源の調整は慎重に行われててな。昔は乱獲やら何やらで結構ヤバいトコまでいったらしい。
だからこうやって識別標を付けてきっちり管理してるってわけだ。世界樹から取ってきたモノも検問にかけられて税金取られるし。まあ後は…」
そこで弟さんは一拍間を置き、ニヒルな笑みを浮かべて言ったのでした。
「“どんなことになってても”、これがあれば誰だか解るだろ?」
「う…」
丘で聞けばどんな海にまつわる恐ろしい話も大して怖くもないですが、やはり現地でのそういった話はかなり効きますね…
「…お姉ちゃん」
「あ…ああ、ありがとうございます。ばらしーちゃん」
「ん」
妹に優しく肩を叩かれ励まされるわたくし。もう計画も何もあったもんじゃありませんね…ですが、妹をここに向かわせる事に同意した以上、わたくしとしてもある程度精通しておかないとなりません。
「んで、世界樹は簡単に三つの場所に分けられる。つっても区分の仕方は色々あんだけど、とりあえず今は“開拓地”“外層”“内層”だ。
開拓地ってのはココ。人の手がしっかり入って住めるまでになった場所だ。なんでこんな事したかって言うと、監視役を設けるためだ。世界樹と人間、両方に関してな」
「はい」
現地のシステムについては無知なわたくし達ですが、こういった歴史の話なら本で読んだ知識が役に立ちます。
世界樹の監視は言わずもがな、人間の監視は犯罪抑制のため。人の集まる場所、資源有るところに犯罪アリなのですね。
「んで、外層ってのは今から行くいわゆる“日の当たってる”場所だ。そんな場所は世界樹に自生して進化した植物なんかの宝庫でな。僕が扱ってる資源もそれなんだよ」
「すると…内層は?」
「内層はその逆。“日の当たらない”場所。まあ簡単に言えば世界樹そのものだよ。長い年月で鉱物とか樹石とかが採れるな。ただこっちは色々問題があるから個人は採掘出来ないけど」
弟さんと話している間に、舗装された道を抜け、いくつかの別れ道に差し掛かりました。
「さて、開拓地はここまでだ。こっから先は外層内層に向かうわけだが、同時に魔物の遭遇の危険もある。どういう訳か魔物はこういう…」
弟さんが石畳をコツコツと爪先で叩き、指で街灯を示します。
「人の雰囲気がある場所には近付いてこない。だけど世界樹全体をこんなにしちまうわけにゃいかないからな。一応道は踏み固めてあって杭とかも打ってあるんだけど、念のためコレな」
渡されたのは魔物除けの鈴とスプレー。
「んじゃあ、お仕事開始だ。そんなに難しくないし、上手くいけばお昼過ぎには終わるだろ」
そう言って弟さんは世界樹を巻きつくように伸びる道へと足を向けました。
その後ろにわたくしが、ばらしーちゃんの手を握り先導…もとい、怯えながら進みます。そしてばらしーちゃんは、わたくしのように手を強く握り返してはくれず、その瞳は絶えず辺りを警戒しているのでした。


そこは、町とそれ程変わり映えのなかった開拓地とは一変、外層はまさしくわたくし達が想像していた世界樹の世界でした。
樹海、という言葉がありますが、まさにそれ。森やジャングルではなく、木や花やツルの――海。
「…そういう記述も読んだことはありましたが…やはり、百聞は一見に如かずなのですね」
普通、草花は地面に生えております。ですが、ここにある草花は世界樹(正確にはその表面に固まった腐葉土)に生えています。そして、世界樹は天高くそびえているわけで。
するとどうなるかといいますと、生えてるんですよ。天井とか壁から。草花が。ははぁ。冗談みたいですねぇ。おほほ。
「日の光が上から来るとは限らないからな。その方向を向くんだよ。ひまわりと一緒」
わたくしの記憶ではひまわりは天井とか壁からは生えてこないんですが…
ていうか、ここの植物さん達に言いたいのは…
「重力…守りません?」
なんで壁から林檎の木のような大木が生えてるんです?なんで足下の細い茎の上に大きな実がごっそり実ってるんでしょう?てゆーかあの花浮いて…とか思っていたら動きはじめて実は蜘蛛できゃー!
「落ち着いた?お姉ちゃん」
「…ええ、とりあえず」
妹に抱きつきながら頭を撫でられあやされるわたくし。いっそアダルトな女性を止めて深窓のご令嬢でも目指そうかと思ってきました。
「目的地までもうちょいだから、頑張ってくれ。そこ足下気を付けてな」
「はい…御世話になります」
この世界樹、もっとどっしりとしたものかと思いきや、意外と空洞があったりするのです。だからこそこうして歩いて登れるのですが、そこに先ほどのデタラメ植物が生えてるものですから、さながら…さながら…
「世界樹のよう?」
そりゃそうです。
ううん…わたくしの語彙力ではこれを的確に表現することが…と言うより思考回路に支障をきたし始めたというか。
きっとこれが世界樹の魔力なのでしょう、と考えてみたものの、弟さんは当然としてばらしーちゃんも既に平然としている御様子。ただ深窓のご令嬢説が補強されただけでした。


「ふー、採取場到着だ。大丈夫かお二人さん」
「…私は平気」
「そうか。薔薇水晶さん『は』平気か。初めてだってのに大したもんだ。鍛えてるだけあるな」
「…別に」
「いや、結構凄い事だぞ?正直な所今日は引き返す事まで考えてたんだから。大抵初めて世界樹に入った人はああなる」
「………」←ああなったわたくし
「酔っちまうんだよな。平衡感覚とかが乱れちゃって。加えて怯えてたりしてるとあっと言う間にやられるんだ。僕らは樹海酔いって呼んでるけど」
「………」←怯えながら酔ったわたくし
「んじゃここに荷物を置いて集合場所にしよう。雪華綺晶さんは見張りをしてもらうとして、薔薇水晶さんはどうする?雪華綺晶さんに付いてるか?僕が診てるから、採取してくれてもいいけど」
「…採ってみたい」
「よし、じゃあこの道具の使い方とか教えるな。あと採るヤツはイラストつきで解説した資料持ってきたから見てくれ。んで…」
「………」←妹に見捨てられたわたくし
レ・ミゼラブル。
いえ、こういうのはただのマヌケと申します…うえっぷ。

ここまで来るのに何があったかはご想像にお任せするとして…今わたくし達は広場のようなフロアにいました。
世界樹の空洞が平面状に走り、高さ五、六メートルくらいの森の洞窟のような。でもどういうわけか光はあちこちから差していて、植物の成長を促しています。奇妙な感じですわ…あ、また酔いそう。
「大丈夫か?雪華綺晶さん」
「…これで大丈夫に見えたらわたくしはオスカーだって取れますね、きっと」
「花採りに来たのにオスカー取ってどうすんだ?」
「…返す言葉も御座いません」
妹に1対1でのレッスンを終えた弟さんがわたくしの方にやって来ます。それまでその光景をただ眺めるしかないという拷問を受けていたわたくしなので恨み言の一つも出たり。ただの負け惜しみにしかなりませんでしたが。
「ほら、姉ちゃんに作ってもらったお茶。酔い覚ましにもなるから飲め」
「…いただきます」
そのお茶はその時のわたくしにとってまさに天の恵みであり、酔いとともに気付かぬうちに起こしていた軽い脱水をも癒やしてくれました。
そうやって体が回復してくると、思考も正常に戻ってきまして…改めて気付いてしまうのでした。
「なんて馬鹿らしいんでしょう…」
色々と。もう本当に色々と。だから、
「弟さん。その…ごめんなさい」
謝っておきました。
「ん?…ああ、別に構わないよ。心配だったんだろ?妹さんのこと」
「…はい」
「僕もバカみたいに過保護な姉ちゃんがいるからな。よくわかんないけど…そーゆーことだろ?だから気にすんなって」
隣に座った弟さんに慰められてしまいました。彼は、わたくしと同い年と聞いたのに随分と大人に見えて…泣きそうでした。バカなわたくし。
「ああ、そうでした。その、この場所に危険はないのでしょうか?」
遠くで何やら道具を使って飛び跳ねている妹が見えます。
「ああ、問題ない。下位層の広場は良く人が休憩に使うから、開拓地ほどじゃないけど人の手が入ってるから。だから魔物はないないけど植物は豊富にある」
そう言って、わたくしに資料を渡してくれました。
手書きのイラスト付きの解説集。それは、手作りでした。わたくし達の為だけに作られた…恐らく、昨日急いで…
それなのに。
「……ぅっ」
「お、おい!?大丈夫か!?」
「…ええ、大丈夫です。それより、綺麗ですわね。このお花達」
「ん…まあな。ここの植物は他のと比べものにならない位綺麗で強い。押し花やドライフラワーにしても色落ちしないし、染料にも最適だ」
「それを摘み取って、降ろしてらっしゃる?」
「まあ基本はな。国外からの要請とかの。ただ場所が場所なだけに数が採れないし機械じゃできないからな…まあだから僕らみたいな少数のキャラバンでもやってけんだけど。ただ、今日は…その、こっちだけど…」
妙におずおずと差し出されたのは、先程と同じようなイラスト集でした。でもそれは、
「まあ!凄い、素敵…」
世界樹の草花を使った置物やブローチのようなアクセサリー。染料を使った服や帽子。他にも沢山のイラストが。素敵なそれらのデザインはその暖かなイラストと相俟って絵本のようでした。
「それ…作ってるんだ」
「え…ええ!?こ、これをですか!?」
いきなりのビックリ発言に、わたくしは同様を押さえ切れません。
「ん、まあ、な。時間が開いた時にだけど…数作れないから店に並べるとかはしてないし…注文があったら作る、みたいな…」
なんと…これはイラスト集ではなくカタログでしたか。
「これで…結構遠くの国からも注文が来たりするんだぜ。つっても自慢できる事じゃないし…男がこういうの、変かもだけどさ…」
「あら?どうしてですか?」
わたくしが少し大きな声を出したので、ちょっぴり驚く弟さん。
「男の方がお花を扱っていけないなんて理由はどこにもありませんわ。寧ろ賞賛されて然るべきですのに。それにわたくしの妹だって女の子ながら男勝りの力を持ってますわ。こちらとしては、気が気ではありませんが」
「そっか…やっぱ雪華綺晶さんは、そう言ってくれんだな…」
「え?」
弟さんが、寂しそうな顔をして、遠くを眺めます。
「僕さ、昔は別の国に住んでたんだ。ただ親の仕事の関係でこっち来たんだけど、僕は学校終わるまで残っててさ。
夜とか一人で寮にいるのが退屈だったから…こういうの作ってみたりしたんだけど…そこじゃ、そうは言われなかった」
「…そうですか」
「まあ僕にも責任があったよ。学校終わったらすぐ寮に引きこもってたし。休日とかだとずっと。そんなヤツが花いじってたら…そりゃガキには気味悪いさ。
でも…毎週な、姉ちゃんから送られてきたんだ。世界樹の草花で作った小物がさ」
「嬉しかったですか?」
「ああ。でもアイツ不器用だから全然なっちゃいなかったけど…それでも、すげー嬉しかった。あ!これ姉ちゃんには内緒だかんな!絶対言うなよ!」
「ふふっ、了解しました」
わたくしにも頑固な妹がいますから。そーゆーことなんでしょう?
「きっと、世界樹の植物にはそーゆー…なんだ、贈り手気持ちみたいなのが強く込められる気がしてさ。僕も、できるかなって」
「なるほど。貴方の愛を贈るんですね?」
「そっ…!そんな恥ずかしいセリフは禁止だ!!」
どこかの案内人よろしく真っ赤になる弟さん。あら、ちょっと可愛いかも。
「あああ愛とかそんなんじゃ!ほら!コレ見ろコレ!!」
「これは…まあ、写真付きのはがきですか?」
割と珍しいものです。その写真には女の子がお花と一緒に笑って写っていました。きっと弟さんが送ったお花なんでしょう。
「あ…これ、病室…?」
「そうだ。その女の子…サラは、重い病気でさ。今まで何度も手術して…その度に僕の花を買ってくれるんだ。手術前と、後に。勇気を貰うのと、ご褒美なんだと」
見れば、写真の下には注文の文句が書かれていました。『ありがとう、今度も手術頑張れたよ』という言葉と共に。
「良かったですわね。手術、成功して」
「ああ…本当に良かった。本当に」
弟さんは少し笑った後、顔を引き締め、
「僕がいくら花を送ったって、病気を治してやることなんかできない。姉ちゃんが送ってきてくれても、周りの状況は変わらなかったのと同じさ。
でも…姉ちゃんの花で、僕は変われた。だから僕も…サラを、強くしてやりたい。あの時の姉ちゃんの花みたいに。そんな花を作るのが…」
弟さんは一度言葉を切ってから言いました。

「僕の、夢なんだ」

木漏れ日の中からばらしーちゃんが走ってきます。両手と鞄にいっぱいの花や草を持っていました。
「採れた」
「うわっ…凄いなこりゃ…こんな短時間で…これじゃあ僕の立つ瀬がないよ」
「凄い?」
「まあな。立派に一人前だな。おめでとうさん」
「んー」
弟さんに頭を撫でられ喜ぶばらしーちゃん。これは驚き。ばらしーちゃんは、本当にごく少数の人にしか頭を許すことはありません。
そこで気付いたのですが、あの心配性の妹が酔ってダウンしているわたくしを他人に預けるなど有り得ないのです。
つまりは、妹はあの短時間の間で弟さんを『自分の姉を任せるに値する』と評価したのでしょう。妹はこういった識別を本能でやってのけます。気を使われていたのは、やっぱりわたくしの方でした。
「それじゃあ時間もいいし、お昼にするか。姉ちゃんが作ってくれたから。これ食ったら少し休んで、町に戻ろう」
「はい、そうしましょう」
「ご飯!ご飯!」
草の茂みの上にシートを敷き、ランチバスケットを開きます。味は、言うまでもなく最高のものでした。
世界樹を降る際、わたくしは弟さんに言いました。
「叶いますよ」
「え?」
「叶えられますわ、きっと。ジュンさんなら」
「…ああ、頑張るよ。ありがとうな、雪華綺晶さん」
「はい、ジュンさん」
だって妹に認められた方ですから。ついでに、わたくしにも。多少。


こうして、わたくし達の初仕事、初世界樹は終わりを告げました。余談ですが、今回の二人のお給料は、お花にしてもらいました。それは素敵な、優しい、2つ繋ぎのバスケットでした。

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