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(このお話はー甘い保守ーのサイドストーリです)




《Hard Boiled ― Soft Memory》


もそもそもそもそ………。
一人で食べるご飯は味気ない。
だけど、初めて会った人たちと一緒に食べられるほど、
私は積極的な性格をしていない。

色々とあって、今日、この学校に転校してきたばかり。
話せば長くなるが、端的に言うと『父様が神様に連れていかれたから』。
もっと私が小さかった頃、母様の姿が見えなくなった時、
―何故か―震えた声で、父様はそういう風に言っていた。
だから、おじ様やおば様が『暫く父様に会えなくなったんだよ』と
―やはり―震えた声で教えてくれた数日前、私はそう理解したのだ。
結局、小さな私だけであの大きな家にいられる訳もなく、
私はおじ様とおば様に厄介をかける事になった。
そして、お二方の家から近いこの学校に急遽転入してきたという訳だ。

おじ様もおば様も急に世話をする事になった私に、とても親切にしてくれる。
だけれど、迷惑をかけるのは好きじゃない。
だから、私は自分で出来る事は自分でする様にしている。
………いつか帰ってくる父様や母様に、褒められたいと言う下心もあるけれども。

もそもそもそもそ………。
いつもより早起きして作ったお弁当は、それなりの出来栄えで。
ご飯はべちゃべちゃ、ウィンナーはこげこげ、お野菜はばらばら。
そして、卵焼きはかたかたのあまあま。
残してはいけないと思い、頑張ってお箸を進ませるが、限界も近そうだ。

「………ふぅ」

人気のない校舎裏の花壇に、私の溜息が霧散する。
母様が連れていかれてから、家でのご飯は父様と私で作る様になった。
初めの頃こそ種々様々な失敗を繰り返したが、次第に上達していき、
父様に褒められるまでに手際よく作れるようになった………のだが。
キッチンや時間の違いのせいだろう、今回は見事なまでに失敗してしまった。

――溜息と共に、全身の力が抜けるような気だるさを感じる。
突然の転居、慣れない学校、新しいクラスメイト………疲れない訳がないのだ。
疲れは体に出て、無作法にもお箸はお弁当の上をさ迷う。
ぼぅとした意識は続き………このままいっそ、此処で瞳を閉じて寝てしまおうかと
ラチも開かない事を考えていると――。


「――おいしそうかしら………」


――不意の声に、閉じかけた瞳をこじ開け、其方に視線を飛ばす。

「だ、だれ!?」

間の抜けた、悲鳴に近い問いかけ。

「ひゃっ!?ご、ごめんなさい!?」

思ったよりもずっと傍にいた小さな―ほんとに小さな乱入者は、大きな声に涙目で。

「ぁ、その………驚いただけで、怒ってるわけじゃないわぁ」

ついつい、私も気を許してしまった。そして――。

「ほんと?――よかったかしら!」

そして、彼女に浮かぶ太陽の様に明るい笑顔………。


「どうして笑うのかしら?」
ころころと表情の変わる彼女に、私は意識せず笑みを零してしまっていたようだ。
小首を傾げながら、彼女は不可思議そうに聞いてくる。
その様も実に可愛らしく、私は小さく頭を振って応えた――「なんでもないわぁ」。
私の答えに一定の安心を覚えたのだろう、彼女は最初にしていた時の様に、
開かれたお弁当箱を覗き込む。
「ゃ、あんまり上手く作れてないからぁ、見ないで欲しいわ………」
先程の通り、お弁当の中身―出来は惨々たるもの。
私はお箸を持ったまま、彼女の視線から逃れる為に両手をお弁当箱にかざす。
しかし、彼女は瞳をぱちくりとさせて予想外の質問を返してきた。
「『作れて』………って、貴女が作ったのかしら??」
「え、えぇ………そうだけどぉ?」
「すごい!すごいのかしら!カナには絶対に出来ないかしら!」
両拳を握り、ぶんぶんと腕を上下にしながら、「すごいすごい」と連呼する彼女―『カナ』。
翳りのある私であったが、小さな乱入者―私より小さいのだ、一年生だろうか―により、
その表情も、感情も、何所かに飛んでしまったようだ。
――そう言えば。
私は、この少女の名前も何も聞いていない。
わかっているのは、好奇心の強さとそそっかしい性格、太陽の様な笑顔の持ち主。
それと、独特な語尾――人の事は言えないだろうが。
人見知りが激しい私には珍しく、この少女の事が気になり――彼女の名を問うた。

「私は水銀燈。――貴女は………?」
「知ってるかしら。――カナは、金糸雀って言うの」

………私は何時、彼女―金糸雀に名前を言ったのだろうか。
それとも、彼女と同じ様に、一人称でばれたとか?………いや、私は『私』だ。
――等と考えていると、彼女は相も変わらずお弁当箱の中身に興味津々な様子で、
じーっと凝視してくる。
「ぁ、だから、今日のは失敗作だから………!」
「………もう食べないのかしら?」
「え?………ん、残すのはいけない事だから、もう少し頑張るけれど………」
暗い気持ちは持ち直したが、だからと言って、食の細さはどうにもならない。
元よりお腹の弱い私は、平時でもこの小さなお弁当箱で一杯一杯なのだ。
加えて、今日作った物は何時もより不出来なのだから………全部食べられる可能性は低い。
「――えと、ウィンナーは食べるのかしら?」
眉根を寄せていると、彼女はおかずを指さしながら聞いてきた。
そんな彼女の仕草に――私はまたもくすくすと吹き出してしまう。
どうしてかと言うと………彼女の行動の目的がわかってしまったからだ。
「そうねぇ………それは食べようかしらぁ」
「じゃあ、プチトマトは?」
「それも食べるわぁ」
一つ一つのおかずを確認する金糸雀だけど。
視線は一点に注がれていて。
だから、彼女が最後の―目的のおかずを最後に聞いてくるだろうと言う事は、なんとなくわかった。
「じゃあじゃあ、この美味しそうな卵焼きはっ?」
「それはぁ………残しちゃおっか――」
「――じゃじゃじゃ、カナが貰ってもいいかしらっ?」
卵焼きにくぎ付けだった視線を瞬時に私に移し、金糸雀は尋ねてくる。
その行動がとても可愛らしく、私は遂に吹き出してしまった。
突然の笑い声に、彼女はきょとん顔。
姉妹はいない私だが、妹がいればこんな感じなのだろうかと思いつつ、彼女の頭を軽く撫でる。
「ふふ、ごめんなさい」
「??――どうして謝られるのか、わからないかしら??」
「ん………残す物を食べてもらう事と、こうやって撫でている事に対して、ねぇ」
ふわふわの少しカールした髪が気持ちよく、私はついつい撫で続けてしまう。
そうされる事に慣れているのだろう、彼女も特に抵抗せず、ただ見上げる。
目を細め、多少くすぐったそうな顔をする彼女は甘えん坊の猫の様。
………と、思っていたら――「って、カナはこれでもお姉さんなのかしら!」
言葉と共に、ぷるぷると首を振って私の手を払う。
金糸雀は、頬を膨らませ上目づかいでご立腹の面持ち。
とは言え、一際目の大きい彼女に睨まれても、可愛くはあれ全く怖くはないのだが。
「背は小さいけれど、誕生日が早――」
「私、今、七歳だけどぉ………?」
「………水銀燈の方が、お姉さんかしら………」
しょんぼりと肩を落とす可愛らしい金糸雀。
私は先程非難された事も忘れてしまい、彼女の頭に手を伸ばす。
しかし、彼女は彼女で、自分が年下だと自覚した為か、素直に撫でさせてくれた。
――以前の感想を訂正しよう。
彼女は『猫』ではなく、『子猫』みたいだ。

「………じゃあ、金糸雀。そろそろ、卵焼き、食べるぅ………?」
ひとしきり彼女の頭を撫でた後。
私はおずおずと、彼女の当初の目的を思い出させる。
彼女は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせ、手をお弁当箱に伸ばす。
「――って、ちょっと待ちなさいなぁ」
「えぇ!?食べちゃいけないのかしら………?」
「そうじゃなくてぇ………」
途端に顔を曇らせる金糸雀に、私はまたもくすくすと笑みを浮かべた。
喜怒哀楽を素直に臆面もなく出せるのを少しだけ羨ましく――
だけど、そういう嫉妬の感情よりも愛おしく思う心の方が強い。
小動物に感じる類のモノと言えば、彼女はまた頬を膨らませるだろうが。
ともかく、私はお預けを言い渡され涙目になっている金糸雀に、
お箸で卵焼きを掴み、伝える。
「手掴みは駄目よぉ。はい、あ~ん」
………年下扱いし過ぎだろうか。
そういう私の一瞬の不安は、とびきりの笑顔にかき消された。
金糸雀は、体を小刻みに動かし雛鳥の様に口を大きく広げている。
警戒心のないその笑顔に、少しばかり悪戯心―別のおかずを放り込む―が起きないでもないが。
実行できるほどに私はやんちゃではない。
「ね、ね、水銀燈、まだかしらっ?」
「え、ぁ………最初に言ったけどぉ、今日のは失敗作っていうのを忘れな――」
「早く、早くっ♪」
金糸雀の催促に、苦笑か微笑か自分でもわからない笑みが浮かんでくる。
私は、お箸の先が彼女の口を傷つけないように、ゆっくりと卵焼きを舌に乗せた。
作った私にとっては不出来だが、出来れば彼女の口に合う事を祈りつつ。
「ど、どうかしらぁ………?」
味わって食べてくれているのだろう、金糸雀は口を閉じてもぐもぐと時間をかけて咀嚼している。
だけれど、『ソレ』が失敗作だとわかっている私にはなんとなく後ろめたく感じさせた。
10回、20回噛みしめてから呑み込み、彼女は私の弱気な質問にきょとんとして………口を開く。
「次の、あーん、かしらっ」
――文字通り、あんぐりと。
答えの代りに返ってきたのは、小さな雀の可愛らしい催促。
すぐさま再度のリクエストを貰えるほど、美味しく出来ていたのだろうか。
好奇心がそそられ、可愛らしい雀さんに啄ませるつもりだったモノを自分の口に放り込む。
もぐもぐもぐ………。
「………外は硬いし、中は甘過ぎぃ………やっぱり美味しくなん――」
「ぁん、駄目かしら、カナが食べるのかしらっ」
思っていた通りの不出来さに半眼になった私。
そんな私の肩を金糸雀は掴み、先程と同様に催促し続ける。
私に気遣って、彼女は催促してくれているのだろうか。
そう思わないでもないが、申し訳ないけれど、無心に求めてくるその姿に
別の思考があるとは考えにくい。
「水銀燈、水銀燈、早く二個目が欲しいのかしらっ」
「――ねぇ、金糸雀。この卵焼き、やっぱり変じゃなぁい………?」
だけれども………私は、やはり不安になってしまう。
膝立ちでずぃと迫ってくる金糸雀に、眉根を寄せて聞く。

返ってきた答えは、私と同じ感想――「んと、外っかわは硬くて、中は甘かったわ」

違ったのは、その捉え方――「とっても不思議で素敵な卵焼きかしらっ♪」

「………ぷ、ふふ、くすくす」
「??――どうして、笑っているのかしら?」
「くすくす、ごめんなさい。――そう、ね、強いて言うなら、貴女が可愛らしいからよぉ」
「わかんないかしら」
唐突に噴き出す私を、金糸雀は不思議そうに見、尋ねてきた。
一応の応えは返したが、彼女は引き続ききょとんとした顔をしている。
そのつぶらな瞳が殊更可愛らしく………私はまた口に手を当てて笑みを浮かべてしまう。
「もぅっ、水銀燈、一人で笑ってるのはずるいか――」
「あーん」
「――あむっ、もぐもぐ」
すぃと手早く卵焼きを箸で掴み、頬を膨らませて口撃を開始しようとする金糸雀の口に
そっと放り込む。
賑やかな、けれど下品には感じない咀嚼音を聞きながら。
私はまた、くすりと笑んだ


もそもそもそもそ。
もぐもぐぱくぱく。
私の音と彼女の音を聴いていると、もう五時間目が間近だった。
「――そろそろ、戻らないといけないわねぇ」
コップの麦茶をくぴりと飲み、横にいる金糸雀に話しかける。
私だけならまだしも、この子まで授業に遅れさせる訳にはいかない。
おぼろげな記憶だが、一年生の教室は正門に近かった筈――つまり、此処―中庭―からは
少し離れている筈だ。
彼女を促し、お弁当の蓋を閉じようとする。――と。
「ぁ、駄目かしら!もうちょっとで食べ終わるのに」
金糸雀は覆いかぶさるように、私の腕を止めた。
だけども、おかしい。
彼女の口の中にはもう、何も入っていない筈だ。
「『食べ終わる』………って、貴女、もう食べ終わって――」
「カナじゃなくて」――私から視線を下に落とし、言う――「食べ終わるのは、水銀燈かしら!」
「………え?」
釣られて視線を落とす。
彼女が来る前にはまだ半分以上も残っていたお弁当箱の中身は、おかず一つだけになっていた。
何時の間に………そういぶかしんだが、すぐに悟る。
簡単な事だから――彼女のお陰なんだと。

一人で食べると、ご飯は味気ない。
二人で食べると、ご飯は美味しくなる。

そんな簡単な事を忘れていた自らをくすくすと笑い、私は最後のおかずを箸でつまみ――。
金糸雀の口元にもっていく。
最後に残っていたのは、彼女が『素敵』といってくれたものだから。
「はい、どうぞぉ。卵焼きよ、金糸雀ぁ」
瞬時にかぱっと口を広げ、つまもうとする彼女――だったが。
お箸の先端・数㎝の所で動きが止まり、そこからゆっくりと身を引く。
両拳を握り、首をふるふる動かしている所を鑑みるに、何らかを迷っているのだろう。
「――た、食べないわ!カナはそれ、食べないのかしら!」
「どうして………?や――」
「とっても美味しくて良い匂いで甘甘で素敵だけど!それは――」
『やっぱり美味しくなかった?』――聞くよりも早く、金糸雀は紡ぐ。
彼女にとっては、断腸の思いであり、苦渋の決断。
そんな様子が見て取れたので、私も感化されてしまい――彼女の続く言葉に促される。

「――その卵焼きは、水銀燈の!」

ぱく、もぐもぐもぐ。
あむっあむあむあむ。
――ごっくん。

少し前までは、かたかたのあまあまだった卵焼き。
でも今は、『とっても不思議で素敵な卵焼き』。

「ご馳走様でした、かしらっ」
「お粗末様よぉ。――それと」
「かしら?」
「此方こそ、ご馳走様でした」
「お、お粗末様でした、かしら??」

この一時間で何度も見ている金糸雀のきょとん顔。
その顔が幼くて可愛くて――そして、感謝の気持ちと一緒に。
私は、笑顔で伝えた――「ありがとぉ、金糸雀っ」


ぱたんっ、とお弁当箱の蓋を閉め。
私と金糸雀は立ち上がる。
慣れない教室に戻る事は少し憂鬱だったが、そうも言っていられない。
「ね、ね、水銀燈?」
「んぅ、なぁに?」
「明日も、一緒に食べるかしら!」
………なんと嬉しい提案をしてくれるのだろう。
彼女がそう言ってくれるならば、明日にも卵焼きを作ってこよう。
味が偏っては飽きが来てしまいそうだから、おば様にも手伝ってもらいながら。
「うぅん、明日も、明後日も、ずーっと一緒かしら!今度はクラスの皆で!」
「ず、ずっと?それに、クラスってぇ………?」
「?――2のAの皆かしら??」

チャイムの音が鳴り。

「あ、貴女、二年生だったのぉ!?」
「ぁー、酷いかしら!おんなじクラスなのに!そりゃぁ、カナはちっさいから目立ちにくいけど」
「そっか………それで、私の名前、知ってたのねぇ………」

私達は駆けだす――私達の教室に。

「もぅ!水銀燈なんてしらな――」
「ぁ、ぁ、ほら、急ぎましょぅ、授業が始まっちゃうわぁ」
「わ、わかったかしらー!」

一人で食べるご飯は味気ない。
二人で食べるご飯は美味しくなる。
――きっと、みんなで食べるご飯は、もっと美味しくなるだろう。



――――――――《Hard Boiled ― Soft Memory》 了


懐かしむ保守を致 ―すわぁ ―すかしら

キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン
「――とう、水銀燈、起きるのかしらっ」
「むみゃ………かなりあぁ?――って、わ、ご、五時間目が始まっちゃう急がな――」
「何、寝ぼけてるんだ?今から昼食だぞ?」
「………へ?えーと………あぁ、そっか。夢見てたんだぁ………」
「四時間目ぶっ通しで睡眠授業はどうかと思うけど………なんの夢、見てたのかしら?」
「小さい頃の………私と金糸雀が初めて会った時の夢よぉ」
「今でも小さいじゃないか。金糸雀hぶげらっ!?」
「――あらぁ、何か言ったかしらぁ?」
「………水銀燈、気持ちは嬉しいのだけど、鳩尾は暫く動けないと思うのかしら」

「――『固ゆでの記憶』?」
「そ。可憐で健気、引っ込み思案な女の子が、賑やかで食いしん坊な女の子と出会うって感じぃ?」
「………。あ、あの時貰ったのは、ゆで卵じゃなくて卵焼きだったかしら!」
「そこしか突っ込むところないのか、今の説明に」
「うぅぅ、だって本当なんですもの。当時の水銀燈って、ほんとに箱入りのお嬢様っぽくて」
「やぁねぇ、今でもじゃなぁい」
「見る影もないな………」
「かしらー………」
「――今度は肝臓がいぃい?それとも、一発で逝っちゃえる顎?」
「ご、ごめんなさい、ってか、僕だけかよ!?」
「あらぁ、金糸雀にはそれよりも辛いお仕置き………卵焼きをあげない刑が待ってるのよぉ」
「∑ ご、ごめんなさいかしら!」
「ふふ、冗談よぉ。――そうだ、貴方にも食べさせてあげるから、今日、キッチン借りるわよぉ?」
「まぁ、いいけど。僕も興味出てきたし」
「決まり、ねぇ――それと、金糸雀ぁ………。――うぅん、なんでもないわぁ」
「かしら??」

―――ほんとうは、《固ゆでの、優しい思いで》よぉ――

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