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「ふー…」
なんとなしに、口から声が漏れました。わたくしの声は現在荷台に便乗させていただいているトラックの揺れに合わせて振動しています。
気の抜けたわたくしの声はそのまま耳へと届き、さらなる脱力を促します。
「はー…」
見上げればどこまでも青い空。周りは健やかな平原が広がり、遠くには山が連なっています。そんな世界で適当に舗装された一本道を、トラックがゴトゴト無骨な音を立ててのんびりと進んでおります。
ああ、なんという平和。
いつもならば暑苦しい太陽の光やむせるような草木の匂いだって、そよ風になびかれつつ小鳥でも眺めていれば心地よい自然の恵みになるというもの。
「いいものですわね…少々お尻が痛いですが」
わたくしの故郷の村にも自然は掃いて捨てる程ありましたが、そこは寧ろ森の中と言うに等しく、同じ自然でもこうした開放感のある平原は感慨に値するものでした。
カチャン!
…ですから、そんな平和な景色に鋭い金属音なんかは不必要なわけです。ええ、まったくもって。
ギリ…ギリ…バキン!
…むろんトラックの音はうるさいのですが、どことなく精細を欠いたそれは逆にわたくしをほのぼのとした気持ちにしてくれるわけです。はちきれそうな悲痛な音と違って。
シャッ、シャッ、シャッ…キラーン。
…なので光輝く刃物など、絶対有るべきではないのですってば!
「いい加減そんな物騒なものしまってください!ばらしーちゃん!何ですかキラーンって!」
わたくしの平和を著しく侵害する隣の愛すべき妹に向かい、今日何度目かの言葉を発します。
「お姉ちゃん…武器は、手入れが大事…いつ襲われても最大の力を発揮出来るように努める…それが所有者の責務だよ」
「こんなだだっ広い所に敵がいますか!ご覧なさいあの小鳥達を!いかがです?心が和むでしょう?」
「………」
その紫色の瞳で空を快活に舞う小鳥を捉える我が妹。
わたくしも隣で鑑賞しようとしたのですが、何を思ったのか段々と目に危ない光を灯し始め、ついには足元の改造ボウガンへと手を伸ばしやがりました。
「…一応言いますが、小鳥さんを撃ったら降ろします」
「むー」
背中に怒りのオーラを纏い、じと目で凄みを効かせてやると妹は観念したのか体を戻し、
シャッ、シャッ、シャッ…
抜き身がギラギラと輝く刀の手入れの続きに取りかかりました。
「はぁ…」
これまた今日何度目かの溜め息。いえね?人の趣味をとやかく言うつもりもないのですけど、妹がこう…磨いた刀をうっとり眺めているのを見ると…その、不安になるわけですよ。姉として。
果たして妹が将来どんな大人になってゆくのか。どんな人達と付き合ってゆくのか。今から不安でなりません。
「愛しいばらしーちゃんのため…近付く害虫はしっかり取り払わなければ…」
これで意外に…いえ、見たまんま妹は天然の気があるので、悪い男にひょっこり騙されないとも限らないのです。それを守るのも、姉としての責務でしょう。
「どうしたの…?」
「いえ、なんでもありませんわ。武器の手入れは終わりましたか?」
「ううん。あと…仕込みナイフと薬式火薬とベアリングと…」
どこに隠していたのか、体中から物騒な品が出るは出るは…あらあらうふふ、ばらしーちゃんは歩く武器庫のようですわね?
「…あ、ありがとう…」
「誉めてません」
頬をほんのり赤く染めてうつむかないでください。使い所を激しく間違ってます。しかもこれがまた可愛くて仕方ないのが、わたくしの気をずーんと落とさせます。
「ふぅ…」
溜め息一つで幸せが逃げるなら、もうとっくにみんな逃げてしまったでしょうから構いやしません。盛大についてやります。
視線を上げればトラックの運転席。その向こうはまだまだ青い空ばかり。
目的地までには、もうしばらくかかりそうです。


わたくし達の故郷は森を開いた小さな村でした。といってもド田舎というわけでもなく、森を30分も車で走れば大きな街に着くので案外機械が入っていたりします。
ならばなぜわざわざ不便な森の中で暮らすかと言えば…まあ、好みの問題でしょうか。
現に、村生まれで街に引っ越した方もおりますし。ですが少し時間をかければ街で買い物できるわけですから、わざわざ狭い場所で忙しく暮らさなくても、とわたくしのような者は思うのです。
そんな村の中で、わたくしとばらしーちゃんは母方の祖母と三人で慎ましく暮らしていました。ああ、父母はわたくし達が小さい頃に事故で亡くなってしまったのでおりません。正直顔もぼんやりとしか思い出せないので、おばあちゃんっ子でした。
家事を手伝いながら、家庭菜園や村の畑仕事を遊び半分で。また両親が仕事中の事故で他界したとの理由で村から労災手当て(村長さんが隣街を真似したらしいです)が出たりして、生活は意外と不自由ありませんでしたね。
そんな中で、おばあちゃんがわたくし達に良く聞かせてくれたのが“世界樹”の話しでした。
この世界に複数存在すると言われる巨木。巨木と言っても数十メートルとかそんなちんけなモノじゃアリマセン。数百、数千メートルにも及ぶもはや山と呼ぶにふさわしい木です。
そんなモノがあるか!と思われますか?ええ、わたくしだって初めは空想のお話だと思ってました。その写真(箱型の機械で紙にレンズに写ったモノを写す機械で撮られたモノです)を見るまでは。
あるんですねーこれが。
白黒のそれではありましたが、米粒のような家と比較すれば一目瞭然。わたくし達二人の少女の心に大いなる影響を与えました。
わたくしは、恐怖と世界の広さへの感慨を。
ばらしーちゃんは、底抜けの好奇心を。
…まあ、この時点でそれから今までの事が示唆されていた気もしたりするのですが。
ところでこのおばあ様なのですが、まず始めに言っておきたいのは兎にも角にも素晴らしいお人だったと言うことです。
人間として、また教育者として誠に尊敬に値することは間違いなく、天に召さた今でもその気持ちに変わりありません。
ですが…その、孫娘に枕下で聞かせる物語としてあれらが正しかったかと言えば、もう少し別の選択肢があったのではないでしょうか?ねぇ、おばあ様?
世界樹の話しはいくら信憑性があれど遠く離れた地の事なので、地理的田舎に存在するわたくし達の村で情報を得るにはどなたかが書かれた本をアテにするしかないのです。例えば旅行記や、調査記録。そして…冒険記。
おばあ様の愛読書にして、わたくし達の夜のベッドの中での物語。
そう、“世界樹”とは、“冒険する場所”だったのです…

世界樹についてのわたくし達の知識はおばあ様が教えてくださった事と自分達で読み進めた本によるものだけですが、それなりの量はあると思われます。
初めて世界樹が人に確認されたのは遥か昔だと言われていますが、公式の調査が始まったのは意外と最近です。といっても100年近く前ですが。
それまではその地域に住まう人達の信仰の対象だった聖域に、時代の流れというメスが入ったわけです。その時まで世界樹が調査されなかったのは地域住民の反対が強かったようですね。しかし時の流れが信仰と共にそれを薄め、幾つかの条件とともに受け入れたのです。
“ファースト・クライマー”
それが後に付けられた最初に世界樹に乗り込んだ七人の名前です。世界樹関連の本で彼等の名前がないモノは無い、というくらい有名な方々。
…聡い方なら想像もつくでしょう。そうです、彼等は世界樹に入ったまま、二度と帰っては来ませんでした。
世界樹管轄下の政府はこの事態を重く受け止め、彼等の記念碑を立てるとともに武装強化した次の調査隊を派遣し、驚愕の事実を知るのです。
世界樹の中は入り組んだ迷路のようであり、また…見たこともない異形の生物で溢れていたのです。現在は魔物と言われているモノ達に。

その後の事はもはや予定調和と言えましょう。地域政府が懸賞金をかけて魔物討伐や内部調査を募り、また最上階には隠された財宝だの不老不死の果実だのとまことしやかな噂が流れ、腕に自信のある猛者が集い、人が集まれば武器や機械技術が発展し…今に至るわけで。
世界樹の魔物は恐ろしいですが、世界樹から出て暴れることは皆無なので城下ならぬ樹下町は大いに賑わいをみせているようです。
またこれ以上の調査は緊急性を持たないため、当時と違い心の余裕が生まれた今や、世界樹は魔物が巣くう恐怖の城から冒険者のロマンを満たす格好の戦場となってるのですね。少々複雑な気もしますけれど。


「…これで、終わり。後は…到着を待つだけ」
「…お疲れ様でした」
隣のばらしーちゃんがようやく獲物を納めてくれました。どうにもあの刃物を見ると気が落ち着きませんね。包丁やナイフならまだマシなのですが。
「あと、どれくらいで着く?」
「ん~、そうですわね…前の町から三時間近く経ちますし、あと同じくらいでしょうか。お腹空きましたか?」
「大丈夫。お姉ちゃんは?」
「そろそろ赤信号です」
だって、もう正午近いんですもの。わたくしのお腹の虫さんは律儀なのです。
「お昼用のサンドイッチ…食べる?」
ぐー。口より先にお腹が答えました。わたくしのお腹の虫さんは正直者でもあります。ああ…そのせいで恥をかくことも多々ありました。この世は正直者に冷たいのです。
「…いただきます」
「むむぅ」
バスケットに入ったお手製のサンドイッチにかぶりつきます。少々どころか非常にはしたないのですが、命あっての物種でしょう?空腹時に周りを品位を気にしているようではこの渡世を凌いではいけません。
大きめに切られた焦げ目つきのパンとお野菜と卵とハムに、わさびマヨと言う通なコラボレーションに舌鼓を打ちつつ、前方を眺めます。その先にあるであろうわたくし達の目的地、世界樹の町を。

実はわたくし達が故郷を離れ、世界樹の町へ向かうのに明確な理由はなかったりします。生活半分、興味半分といったところでしょうか。
きっかけとなったのはやはり祖母の死でした。流石にその日は泣きましたが、あそこまで安らかに笑顔で逝かれると悲しみより安心感のほうが強かったですね。出来るなら、わたくしも最後はあんな風に終わりたい…
で、その頃は家事云々はわたくしとばらしーちゃんで行っていたので問題なかったのですが、気になったのがお仕事の事。
わたくしの村では例外を除けば17才から皆仕事に就くのが慣例なのですが、わたくしは今16で妹は一つ下。正式に職に就くにはあと一年待たなくてはならなかったのです。
もちろん一年村で今まで通りお手伝いでもしながら過ごす選択肢もありはしましたが、おばあ様が逝く間際に『夢にまで見た世界樹を一度でいいから見たかった』とおっしゃりまして。
寝る前に散々世界樹の話しをされたわたくし達(わたくしは怖くて眠れず、妹は興奮して眠れませんでしたが)でしたので、やはり興味はありました。ならばこのフリーな時期を世界樹の町で過ごすのも良いかなぁと思った次第で。
それに栄えている町ならば娘2人住み込みの仕事もあるかなと狙っております。家事は得意なのであながち夢物語の気はしないと思うのですが、どうなのでしょうね?
「ふふふ…もうすぐ…もうすぐ私の腕を試せる…キミたち、覚悟はいいね…?」
「………」
あー、えー、ハイ、忘れておりました。いえ、逃避していたと言いますか…
「あの…ばらしーちゃん?」
「なに?」
見てくださいあの目!あんなにキラキラとして、されど力強そうな…
「…いいえ、何でもないですわ。忘れてくださいませ」
「?」
先程語った予定と言うのは、わたくしの希望であり望みであり、儚き夢なのです。でもいいじゃないですか。言うのはタダなんですから。そうですね、この際もっと言ってしまいまょうか。では、

一年ほど世界樹の下で働いたわたくし達は見識を広め人脈を作り、仕事で培った技術と経験が素晴らしいアダルトな女性へと成長する助けとなりましょう。後は村に帰るもよし、町に残りバリバリ働いてイケてる姉妹として名声を我がモノにー!

…さて、わたくしの当初の計画に狂いが生じたのは実は最初からだったりします。
おばあ様にお話をされるたび、わたくしは亡くなった方を弔い、危険を恐れ、今の安全な生活を噛み締めていたのですが、妹はご覧の通り。世界樹に挑む所存のようなのです。
これはおばあ様にも責任がありますね。おばあ様は恐らく自分が若ければその足で世界樹に乗り込む気だったのではないかと思えるほど、手に汗握ぎる戦いの話しに熱弁を振るったのでございます。
おばあ様に感化された我が愛しき妹はキャラバン(世界樹探索と魔物討伐の報奨金で生活する人々の事です)を目指し初めてしまいます。
最初はわたくしも途中で諦めるかすると安易に予想していたのですが…ぬかりました。彼女は体を鍛え、あの手この手で武具を揃え、一端の女戦士へと変貌してしまったのですよぅうぅう!
「あの時もっとわたくしが…わたくしが…!」
「?」
おばあ様の死後、妹はまるでおばあ様の霊が乗り移ったかのごとく世界樹行きを熱望し、自分でも興味があったため断りきれず、今2人でこうして時間をかけて世界樹へと向かっているのでした。
ですが!わたくしとて考え無しなわけではございません。現在世界樹探索はかなり上層部まで進んでおり、難易度は増すばかりと聞きます。ですからそんな場所に僅か15あまりの少女が馳せ参じたところで前線に向かい入れられる事などないと思うのですよ。
例えキャラバン加入を認められたとしても、裏方や雑用など危険性の低い仕事に当てられるハズ。それならばわたくしの許容範囲内と言ったところ。
そしてわたくしは別の働き口を探すもよし、いっそ2人でキャラバンに入り雑務をこなすも良いのではないですか?あとは住む場所ですが、あればよろしく無ければそれを理由に住み込みの仕事に引き込む事ができる…うふふ、なんか策士っぽいですね。
「まあ最悪、村に戻るという選択肢もありますし…」
後戻りできることはかなり安心感をもてます。背水の陣などもってのほか。背水に落ちたらどうするんです?危なくてかないません。
「…すー」
「あら?」
空気が抜けるような音がすると思いきや、隣の妹が刀を抱いて寝息を立てていました。恐らく昨日興奮してなかなか寝付けなかったのでしょう。お腹も膨れ、お日様のもとカタカタと揺られればお昼寝にはもってこいです。
「ふふっ、敵さんに寝込みを襲われたらどうするんでしょうね?」
その愛らしい寝顔をしばらく眺め、わたくしも妹に習い横になりました。到着すれば運転手さんが起こしてくれるでしょう。目覚めた時は、おばあ様が夢見た世界樹の前なのです。


「おぉ…おおう?」
なんということでしょう。いかなる匠の所業か、デカい木の壁が眼前にそびえております。見上げても、壁です。右を見ても、左を見ても、ブラウンアンドグリーンウォールです。
「くくく、相手にとって不足なしでござる…」
お隣のばらしーちゃんも同様が隠しきれず、言葉使いが乱れておるでござるる。
トラックの運ちゃん(柄は悪いですがいい人でした。奥さんを大切に)に起こされ、お礼をしてからふと振り向いたらコレですよ。ふひゃあ。
「想像以上でしたわね…写真で見るより…いえ、どんな手段でもこれを伝える事は不可能でしょう」
いくら写真が真実を伝えると言っても所詮数十センチしかないんですよ。なるほど、ファースト・クライマーが何故あそこまで英雄扱いされるのかわかった気がします。いやはや。
「ふ…は…」
おや?妹の様子が…って言っても別に進化とかしませんから。期待しませんように。
「どうしましたか、ばらしーちゃん?」
ふうむ。これは案外諦めフラグが立ちましたかね。でも責めたりしませんよ?誰だってこんなモノを見せられたら戦うどころでは「ふあー!!」はうぅ!?
「いくよお姉ちゃん!いざー!」
「あ、ちょっ…!ばらしーちゃん!?」
なんですかあの子!全然怯えてないじゃないですか!誰ですか諦めとか言った人は!今すぐ責任とって妹を追いなさい!はい、わかりました!! 

「はぁ…はぁ…ま、待ってくださいまし…」
ばらしーちゃんを追ってついた場所はこの町の玄関口とも言うべき“ギルド”という施設でした。厳重な門の横にそびえる大きな建物です。恐らく世界中から集まる人々をここで整理して管轄するのでしょう。なにせ荒くれ者も多いと聞きます。ならば、ここは気を引き締めて。
「ばらしーちゃん、ここはわたくしに任せていただけませんか?」
「うん、わかった」
妹も事務的仕事は自分向きではないと主導権を渡してくれます。さあて、ここからがわたくしの腕の見せどころであり、今後一年の生活がかかった大勝負…!
「次の方どうぞー」
「は、はい!」
中に入り整理券を渡され待つことしばし、ようやく順番が回ってきました。
周りには同じように町に入るための順番待ちをしている方でいっぱいです。でも観光の人が多いようで、ばらしーちゃんのように武器を掲げた人は少数でした。
「まずお名前と人数を」
「はい、わたくしは雪華綺晶。向こうのは妹の薔薇水晶。二名の入場を」
「…はい、では滞在理由を」
「えーと…」
さて、どうしたものでしょう?素直に住み込みの職を探しにと言うべきでしょうか…いえ、賑わう町にはそう言う浮浪者や逃亡者が少なくないとも言いますし。ここは住み込みは言わずに職場研修とでも「キャラバン加入を希望します!」ほあー!?
「ばらしーちゃん!あなたいつの間に…!?」
さっきまで後ろの椅子に座っていたハズでは!?はっ、いいえ。今はそれどころでは…!
「あ、あの…!」
「キャラバン志願ですね。新規と加入がありますが」
「加入で!」
「かしこまりました」
は、話しが!話が勝手に進んでいきます!いけません!早く会話の主導権を…
「えー、今現在ギルドへ人員要請のあるキャラバンはこちらになります。加入の場合は個々に交渉していただくことになりますがよろしいですか?」
「はい!」
「それでは雪華綺晶様と薔薇水晶様の入場を許可いたします。キャラバン加入が決定いたしましたらギルドへご連絡を。では、世界樹の町、“ローゼンメイデン”へようこそ」
「はい!ありがとうございます!」
「………」
元気ですね…ばらしーちゃん。昔はあんなに人見知りが激しい子だったのに…成長しました。普段そばにいる姉ですら気付かない妹の成長…それは喜ばしく、それでいてどこか寂しさを感じさせ「お姉ちゃん、早く行こうよ」あーはい、ごめんなさいばらしーちゃん。
「イケてる女性への道は険しそうですわ…」
わたくしは妹に腕を惹かれ、世界樹の町ローゼンメイデンへと足を踏み入れたのでした。


その町は巨大な樹木の前にある、という事実を無視すれば賑わいのあるイイ感じの町でした。道にそって店や宿が並び、行き交う人々とその喧騒。全体の雰囲気としては故郷の隣にあった街とそう変わりありません。
また、その人々を見ても戦士と思しき方はごく僅かと言ったところ。武器をもった方などばらしーちゃんを含め数人くらいです。
「もっと物々しい感じを予想していたのですが」
これは嬉しい誤算です。先程は酷い失態をいたしましたが、勝負はこれから。わたくしのバトルフェイスはまだ終わってはいないのです。
「さて…まずはどうしますか?」
先程受け取った資料を見ると、募集キャラバンはかなりの数がありました。ただ少し気になるのはそのキャラバンの名前。何というか、随分と馴染みのある名前です。そういう式たりなのでしょうか。
「…近いとこから当たってく。頑張ろう…」
そう言ったばらしーちゃんの横顔には日頃あまり見せることのない緊張が。疎いようで聡い妹ですから、これから待ち受けるであろう試練に覚悟を決めているのでしょう。
「…ばらしーちゃん。解ってると思いますが、キャラバンは危険な仕事です。実績のない女の子がほいそれと加入出来るとは思えませんからね?」
「解ってる。キャラバンに必要なのは実際の腕…そのために今まで鍛えてきたんだから」
「ばらしーちゃん…」
そうですわね…おばあ様の話しを熱心に聞いていたあなたですから、わたくしよりその危険と困難を承知しているのかもしれません。ああ、本当に成長しましたね。この分ではわたくしの手を必要としなくなる日も…そう遠くは…
「あ…」
妹の声に顔を上げます。そこは小さなお店でした。看板には『SAKURADA』とあります。
「さくらだ…ああ、間違いないですね。キャラバン募集、『桜田』。経歴問わず。給料相談…と」
ふう、わたくしも何だか緊張して参りました…ですが、妹が成長を見せる中、わたくしが立ち止まるわけにはいきません。
「では、心の準備はよろしいですか?」
「…うん」
「わかりました。それでは」
そしてわたくしは鳥の刺繍の入ったドアを、気持ち強めに叩いたのでした。

反応はすぐでした。
「はーい」
声から察するに若い男の方でしょうか。ドタドタと足音が近付いて、
「はい、いらっしゃい。…お?」
出てきたのはやはり少年でした。随分若い…わたくし達と同じくらい。闘いに身を置いている感じはないので、キャラバンの窓口係さんですかね。
「…あんたらは?」
「あ、はい。わたくし達、ギルドでキャラバン加入の資料を受け取ってきたのですが」
「ああ、新人さんか!はいはいちょい待ち。ねえちゃーん!新人さんだってー!」
男の子が店の二階に声をかけます。感じから言って、門前払いとはいかなそう…?
「えーと、あんた達は…って、お前その格好は何だよ」
ばらしーちゃんの姿を見た途端に彼の顔が曇りました。確かに今ばらしーちゃんは腰に刀、背中に剣とボウガン、他にも銃やナイフや爆弾やらで全身を覆い、かなり怪しい雰囲気を漂わせています。
「あー、彼女はですね…」
わたくしが説明しようかと思ったのですが、ばらしーちゃんがそれを制し、一歩前に進んで自ら口を開きました。
「私…子供ですけどちゃんと鍛えてきました!剣士でもハンターでもガンナーでもやれます!前衛でも後援でもなんでもします!武器もここにあるものなら一通り使えます!実績は無いですが…試験だけでも、受けさせてください!」
わたくしは目を見張りました。あの口下手な妹が、まさかここまで…
「…は?何言ってんだお前?」
「…ッ!」
少年から冷ややかに告げられる、痛烈な宣告。もしかすると先程は戦闘要員としての加入だとは思わなかったのかもしれません。
「う…あ…」
妹もまさかここまで相手にされないとは思わなかったのでしょう。次の言葉が出てきません。自信があったのならなおのこと。やはり、現実は厳しいのでしょうか…
「あの」
「ん?」
ここで予期せぬ出来事が。わたくしの口が勝手に動き出してしまったのです。
「彼女は確かに外見はただの少女ですが、村を襲ったイノシシを一人で退治したこともありますの。武器も毎日訓練しておりますし、度胸なら文句なしです。それに…」
ばらしーちゃんが目を大きく開いてこちらを見ていますが、構わず続けます。というか、止めたくとも止まりません。
「キャラバンは…彼女の夢なのです。危険は承知しています。ですがせめて、せめて試験だけでも受けさせてはいただけないでしょうか?それで見込み無しと判断されるなら、妹も諦めるでしょう」
まったく、わたくしは何を言っているのでしょうね。自分から妹を危険な目に合わせようなどと…
「………」
少年は黙って妹を見ています。妹も少年を見ています。固く握られた拳は微かに震え、背中の武器はカタカタ鳴っていますが、その目は立派なものでした。やがて、少年が言いました。
「キャラバン…もしかして、世界樹探索の武装キャラバンのこと、か?」
「え…?あ、はい!」
少々面食らった妹が動揺しながらも答えます。しかし面食らったのはわたくしも同じ。はて、今の質問の意図がよく…
「…ぷっ!あっはっはっはっはっは!!そーかそーか、なるほどなぁ!あっはっはっはっはっは!!」
「………」
「………」
ばらしーちゃん共々、お腹を抱えて爆笑する少年の前で呆然と立ち尽くすわたくし。
「あの…えっと?」
「あー悪い悪い。ところでさ、あんた達今日あたりここに来たんだろ。ついでに田舎出身だろ?」
「え、ええ…まあ」
酷く見下されているような気もしますが、それ以上に混乱が強く、喘ぐように声を出します。
「その、それは…どういう…?」
「最近はめっきり少なくなったらしいんだけど。まさか、しかも女の子2人なんてなー。おーい、良く聞いとけな。いいか…」
そしてその少年は、とんでも発言をなさったのです。

「世界樹探索はとっくに最上階まで終わってるよ。25年くらい前にな」

「……………は?」
30秒程硬直した後、なんとか疑問符を絞り出すことはできたのですが…
えーと、この方は一体何を言って…いや、言ってることはわかるのですが…あれ?おや?
「前は良く来たんだよあんた達みたいなのが。最後の武装キャラバンが最上階まで到達したんだけどな、そこにはお宝も何にもなくてなんだそりゃーってなったわけ。あんまりにもバカバカしいから本とかにも少ししかならなくて情報伝達が遅れてんだよ。
もちろん政府も面目丸つぶれ。報奨金云々は無くなったけど恥ずかしいから公言してないワケ。しっかし20年越しかー。僕は初めてみたよ。こりゃあいい噂になんな!」
ガシャン!
物音に驚いて横を向くと、ばらしーちゃんの手から刀が落ちてました。こ、ここはスルーしておきましょう…
「あの…では、キャラバンと言うのは…」
「ああ、今キャラバンって言えば、世界樹関連の仕事をしてる連中全般の事を指すんだよ。因みにうちは運送屋。世界樹内部の資源とかのな。それにほら、資料のこの『みっちゃん亭』ってそこの酒場だし」
ドサッ!
ばらしーちゃんの腰から各種の携帯武装の袋が落ちました。必死でスルーします。
「ここにくるまでに武器をもった方がいらしたのは…」
「武器?んー、まあこんな土地だからただの趣味か、じゃなきゃ蜂とか蛇とかの害虫駆除じゃないか?ちなみに普通のな」
バラバラバラ…
ばらしーちゃんの背負った弓やボウガンや剣やらが次々と落下…スルー…
「…最後に聞きますが、所々で見かけたたくましい方達は…」
「そりゃあれだよ。今この町ではやってるスポーツの選手だな!」
ぐしゃ。
ついに、ばらしーちゃんが倒れました。…個人的に、良く持ったと思います。偉いですわ、ばらしーちゃん。誉めてあげましょう。
「お、おい!大丈夫か!?」
「大丈夫です。でも大丈夫じゃないのでそっとしてあげてくださいましね」
夢敗れた時は、そうするのが一番なのです。
「でも…白目向いて泡吹いてるぞ!?」
「戦士の最後というものは、得てしてそういうものでしょう?」
視線を下ろせば、そこには燃える事さえ許さなかった燃料の残骸が。不完全燃焼すらしてません。無情の極みと言えましょう。
「ジュン君~遅れてごめんなさいね~。あらあらお客様なのぅ?あら、そちらの方は何で玄関で寝ていらっしゃるの?」
「ああ、姉ちゃん」
少年の後ろからパタパタとスリッパを鳴らして出てきたのは優しい顔をした女性でした。言葉通りの少年のお姉様なのでしょう。
つまりここは家族経営しているキャラバンということ。きっと姉弟二人で若いながらも店を切り盛りしているのですね。頭が下がります。
「さて、と」
ばらしーちゃん?あなたの犠牲は無駄には致しません。哀れで悲しい妹に代わり、不肖わたくし、雪華綺晶が夢に向かい邁進するのです。
「えー、まずはお二方にこちらの誤解によるご迷惑をおかけした事をお詫びします。申し訳ありませんでした。そして誠に勝手ながら、お二方にいくつかご相談があるのですけれど」
「うん?」
「あら、何かしら?」
というわけで、まずはその第一歩から。 つきましては、とびきりの営業スマイルを添えて。

「すみませんが、妹を休ませる場所を貸していただけませんか?それとわたくし達、住み込みのお仕事を探していますの。良ければ、どこか紹介していただけないでしょうか?」

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