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フラヒヤ山脈、洞穴北部。
「クソったれ……!」
中腹東部に通じる洞穴出口の前に立っていた、一体のアイルーは口汚く呻いた。
「あともうちょいで、翠星石と蒼星石がフルフルの朝メシになるってところで横槍を入れやがって!
真紅とその連れのガンナー野郎!!」
メイメイは鋭く喉を鳴らして地団駄を踏む。その足音が、洞穴の中に空しく響いた。
この洞穴北部は入り組んでおり、フルフルのような巨大なモンスターからは襲撃されない安全地帯……
そう判断した水銀燈と共に、メイメイはこのエリアに潜んでいた。
辺りに倒れ臥すは、数体のギアノス。
ギアノスらは、全員が全員とも示し合わせたように、その黄色い瞳をあさっての方向に向かせ、
嘴からは血色の悪くなった舌を情けなくはみ出させ、さぞや苦しみながら死んだであろう事を伺わせる。
メイメイはさも忌々しげに一体のギアノスの亡骸を蹴りつけ、首を逆方向に向かせる。
何時間も前からこのエリアに待機し、翠星石と蒼星石がフルフルの餌になる瞬間を今か今かと待ち続け、
そしてついさっきようやくフルフルが巣に舞い戻り、小躍りしていたその結果がこれでは、
自衛を兼ねてギアノスに八つ当たりしても、メイメイの煮えくり返る腹は当然のごとく収まらない。
全ては、あの2人が原因なのだ。
夜明けとほぼ同時くらいにこの狩場に新たなハンター2人がやってきたのを、
ハンター用香料の匂いで知ったかと思えば、その正体は真紅とその相棒のハンター。
あとは2人があれよあれよという間に洞穴南西部に侵入され、
察するところ『こやし玉』か何かでフルフルを追い払われた。
もちろん自分達の存在が、真紅らに気付かれてはまずいことくらい承知していたメイメイは、
血が昇った頭でも、洞穴内部の適当な物陰に潜むことは忘れてはいなかったのだが。
苛立ち紛れに、メイメイはすぐ隣の主人に声をかける。
真紅らがフルフルを追い払うのを見逃すよう指示し、それ以降悪意混じりの微笑を崩さない水銀燈に向けて。
「だいたい水銀燈! どうしてあいつらを見逃したんだい!?
これじゃあ、翠星石と蒼星石が助かって、あたいらは足が付くっていう最悪の結果に……!」
「私はそうは思わないわねぇ」
メイメイの苛立ちの声を、しかし水銀燈はただその一言で差し止めた。
メイメイは、目を丸くして思わずきょとんとなる。
いかに強い信頼関係で結ばれた己の主の発言とは言え、さすがのメイメイも水銀燈のその言葉の真意は、
にわかには分かりかねたのだ。
「……何言ってんだい、水銀燈? 今の状況が分かってるのかい?」
「フフ……完璧に把握してるわぁ」
水銀燈は身にまとう黒紫の鎧を鳴らして言う。
「逆に考えてもみなさい、メイメイ。私が放った投網には、さっきの時点で翠星石と蒼星石がかかっていた。
そこに、頼みもしていないのにわざわざ真紅がノコノコ出向いて、自分から網の中に飛び込んで来たのよぉ?
今ポッケ村にいない雛苺を捕まえられないのは仕方ないとしても、大漁じゃなぁい?」
例え真紅とその相棒が来ようとも、その余裕を崩さない水銀燈。
メイメイは、彼女を静かに見上げ、その口元から生えたネコのヒゲを憮然とした様子で震わせた。
「メイメイ……
確かにあなたの言う通り、これで翠星石と蒼星石がフルフルの餌食になる可能性は、ほぼゼロになったわぁ。
もちろんその後フルフルの腹から、あの子達の死体もろともローザミスティカを奪っても良かったけれども、
そもそもそんなあざとい手段でローザミスティカを回収することに、何の意味があるのかしら?」
メイメイは、その水銀燈の言質を聞いた瞬間、顎が外れたかのようになった。
開いた口が塞がらないメイメイは、しばらくの間絶句を余儀なくされる。
「……な……」
一単語分にもならない、わずか一音節の発音が限界のメイメイ。
メイメイは今、自身が相当に間抜けな様子であろう事は想像できたが、分かってはいてもそれ以上何かは出来ない。
精々出来て、耳をぴくぴく動かしながら、己の耳を疑うことくらいか。
水銀燈はメイメイが呆けている間に、その首を洞穴南部に向ける。
やや急な下り坂になっている、その先に。
水銀燈は、洞穴南西部の様子をその鼻で推察しながら、静かに語る。
「メイメイ……。
お父様は私にこのローザミスティカを授けて下さった時、私に何と言ったか覚えているかしら?」
「……え? ……ああ……確か……」
「『このローザミスティカは、僕が幾多の『竜』と『龍』の血を錬金術で精製し、作り上げた結晶だ。
これは、真のハンターにこそ所持する権利がある』……そうよね?」
メイメイが慌てふためきながら答えを返すのがじれったいとばかりに、水銀燈は自問に自答。
メイメイは、洞穴南部と水銀燈を交互に見ながら、徐々に水銀燈の元に近付き直す。
妙なばつの悪さを感じて、メイメイはその顔を前足で撫でていた。
水銀燈の静かな語りは、メイメイを尻目に続いてゆく。
「翠星石と蒼星石をフルフルに食わせて、その後フルフルを狩ればローザミスティカは手に入る。
ローザミスティカはいかに飛竜の消化器官でも簡単には消化されないでしょうから、
出来れば証拠隠滅を兼ねて、2人の遺体が原型を留めない程度に消化されるのを待てば最高ねぇ。
けれども……」
「けれども?」
想像するだに鳥肌の立つような残酷な話を行う水銀燈に、メイメイは相槌を打つ。
「そんな方法でローザミスティカを得ても、それは罠や策略によるもので、
私のハンターとしての技量によるものではないわぁ。そうでしょう?」
「それは……確かにそうだけどさ……」
この期に及んで、突然手の平を返したかのような水銀燈の発言に戸惑うメイメイ。
水銀燈は、『ガルルガフェイク』に覆われたその頭部をかしげ、右下の方に視線を移す。
苛立っているような戸惑っているような納得いかないような、アイルーの顔で出来うる限りの、
最高に複雑な表情を見せるメイメイに、水銀燈はわずかな含み笑いを漏らした。
「むしろ私はこうなって、妙に嬉しくなってきたのよねぇ。
自分のことだけれども、まるで最初からこうなることを期待していたみたいに感じられるわぁ」
「……そいつぁ良かったね、水銀燈」
泰然自若にも限度があるだろう、と言いたげに、メイメイは呆れたような吐息をつく。
ついでに、耳の後ろを手として使っている前足で、所在なさげに掻いてみる。
それが終われば、メイメイはもう一つ鼻を鳴らせた。
「で、これから具体的にどうするんだい、水銀燈?
あたいらは今、崖っぷちに立たされてることを忘れるんじゃないよ。
あいつらが生き残って、ギルドにあたいらのことをチクられたら一巻の終わりなんだからね」
「だったら、口封じすればいいだけの話じゃなぁい。
何もあの子達を口封じをする方法は、フルフルの胃袋に収まってもらうだけじゃないわぁ」
水銀燈は『ガルルガフェイク』の下で、誰にも見られることのない獰猛な微笑みを作っていた。
「……ところで話は変わるけど、
翠星石と蒼星石の武器は確か、『インジェクションガン』と『ツインダガー改』よねぇ?
それと、さっき下の方から駆け上がってくるとき、真紅とその連れのガンナーが持ってた武器は何だったか、
メイメイは覚えているかしらぁ?」
「本当に話が変わったね、いきなり……」
メイメイは明らかに呆れた様子を交えて水銀燈に返答しながらも、その問い自体は無視せず応える。
「ええと……遠目だったし、ほんのチラッとしか見えなかったから確証はないけど、
真紅の持ってた得物は赤い鉈みたいな形をしてたから『ハイドラバイト』、
それから連れのガンナーは形からして、『ショットボウガン』……多分、『ショットボウガン・白』あたりかな。
ま、やっとこイャンクックと互角かそこらのヒヨッコには、ちょうどいいオモチャだね」
メイメイの観察眼に、水銀燈は実に満足げに頷いた。
ならば、とばかりに水銀燈は次なる話を切り出す。
この状況を受けてもう一度組み立て直した、彼女なりのプランを。
「ということは、フルフルを重傷に追い込んでも、一気に殺しきるほどの打撃力は期待できないわねぇ。
フルフルの巣はあそこでほぼ間違いはないし、あの子達がフルフルの狩りを再開すれば、
手傷を負ったフルフルは必ずあそこに帰ってくるはずよぉ」
おそらく4人がかりなら、フルフルに負けるというシナリオはまずないだろうことを見越してか、
水銀燈は4人が敗北を喫するという線を最初から排除し、今後の予測を打ち立てる。
「けど、あいつらがフルフルより先に、あたいらを先に追っかけまわしてくる可能性もある。
そんときゃはどうするんだい?」
「大丈夫よ、そんな真似をするほどあの子達は馬鹿じゃないわぁ」
水銀燈は、確信をもって言う。
水銀燈とメイメイは、今の時点でハンター用……もしくはオトモアイルー用の香料を付けていないのだ。
ハンター達がたとえ別々のエリアで分割行動を取ろうとも、それなりに統率の取れた連係ができるのは、
互いがハンター用香料で位置や大まかな状態などを確認し合えるからではあるが、
つまり香料を付けずに狩場に入れば、一度分かれた相手の位置把握は困難となる。
無論水銀燈とメイメイは、他の4人にご丁寧に居場所を教える義理はないので、今は香料を付けていない。
この状況で先に水銀燈達を追い掛け回そうと考えるのは、相当な時間と労力の浪費と言わざるを得ないだろう。
必然的に、今所在が明らかなフルフルの方を、先にどうにかするという選択肢が次に来る。
「……なるほどね。
それならあいつらはフルフルを狩った後即座に撤収して、
ギルドにあたいらのことをチクりに行く、って線が一番濃いだろうね」
「分かったかしら? とにかく、今はあの子達に見つからないように待機。
フルフルがあの子達に叩きのめされて、巣に戻ってくるまではねぇ。
そうしたら……」
水銀燈は、ここから先のプランが万一にも漏れてしまっては困ると考えてか、
そっとかがみ込んでアイルー用『マフモフシリーズ』に守られたメイメイの耳に、その口を寄せる。
メイメイは途中までふんふんと頷いていた。
途中、驚きの余り目を剥いた。
最後に、不安と興奮がない交ぜになったように、その耳をぺたんと伏せ、水銀燈の顔を覗き込んだ。
「なるほど……それなら、ハンターとしての実力でローザミスティカを奪い取る、って注文は満たせるね。
けど、水銀燈も随分と回りくどい手を考えついたもんだな」
「これも、お父様のためですもの」
水銀燈は、ほんのりと酔ったような高揚感を漂わせて、その言葉を口にする。
「お父様」……すなわち、義父ローゼンのことを。
そんな水銀燈を前に、メイメイはひどく大げさに肩をすくめて見せる。
「あたいなら、さっさと翠星石と蒼星石をフルフルに食わせて、ローザミスティカを頂いてただろうけどね。
そんなじれったい上に失敗する可能性の大きい手なんざ、あたいはそうそう選びたくないな」
「それを越えてこそ、お父様の言う『アリス』に近づける、とも言えるけれども?」
「……ま、そうするって決めたのは水銀燈だ。なら、あたいは黙って従うだけさね。ただ……」
メイメイのネコヒゲが、突然力なく垂れ下がる。
水銀燈の提示したそのプランにはもう一つ、どうしても指摘しておかねばならない難点がある。
「もし、連中が水銀燈の『提案』を呑まなかったら、どうするんだい? まさか……」
「そのまさかだ、と言ったら?」
「!!」
今度は、メイメイのネコヒゲと尻尾と耳が、一気に跳ね上がった。
ついでに、全身の紫色の毛並みすらも、体の中に氷をねじ込まれたかのように、一気に逆立つ。
メイメイは、息を呑まざるを得なかった。
次に、水銀燈に猛烈な反対の意を込めて、洞穴内に声が響き渡ってしまう寸前まで引き上げられた声量で、
水銀燈に叫び声を叩き付けた。
「いくら何でも無茶だ! そこまでやって、万一失敗した時どうするんだい!?
そんな真似をしたら、水銀燈は二度とハンター稼業を出来なくなる……
最悪の場合、問答無用で噴水送りになるのは水銀燈の方じゃないかい! それが露見したら……」
「なら、失敗しなければいいだけの話じゃない。それにもし上の連中にこの一件が伝わったら、
『下手に対応すると、ギルドの醜聞がまた一つ表沙汰になるわよ?』とでも脅しておけば、
逃げる時間くらい稼げるはずよぉ。
何せ私が『そのまさか』に及べば、ギルドには最大級の汚点が付くことになるもの……
根回しや内輪の処理やらで、ギルドはてんてこ舞いになるわぁ」
くすくすと、笑い声をこぼす水銀燈。
メイメイは、一瞬限り水銀燈の発言が本心からのものなのか、本気で疑いたくなった。
いくらローザミスティカをハンターとしての実力で手に入れたいからと言って、
そこまでするなどほとんど狂人の行動としか思えない。
ローザミスティカと父のために自らの立場を投げ打つことどころか、
ハンターズギルドが大騒ぎになることすら、まるで他人事のようにしか考えてもいないのだから。
水銀燈の狂気じみた発言は、これに終わることはもちろんない。
「まあ、もし途中で失敗に終わるようなら、
私は最初からお父様のお眼鏡にかなうほどのハンターではなかった、ということになるわねぇ。
それならそれで私は満足よ」
「そんな――!」
メイメイの諌めの声など聞こえぬとばかりに、ふ、と水銀燈は切なげな息を『ガルルガフェイク』の下でついた。
「――だって、お父様の愛を頂けない私の人生に、何の価値があるというの?
お父様に愛してもらえないなら、私なんて生きていても死んでいても変わりはないわ」
僅かの迷いもためらいもなく、その言葉は放たれる。
その言葉に乗せられた重みに、メイメイはただ黙らざるを得ない。
「…………」
洞穴の中に、すでにメイメイの声の残響はなかった。
ひどく耳に辛い静寂。メイメイは、耳を弾いてその静寂を誤魔化そうとするが、空しい努力に過ぎない。
「水銀燈……」
メイメイは、『ガルルガフェイク』のどこか無機質な瞳の向こう側に、水銀燈の切なげな表情を見た気がした。
そろそろ少女を卒業すべき年に差し掛かった、赤い瞳と白い肌の作り上げる表情を。
幸か不幸か、メイメイはそこに込められた想いを理解出来てしまう、数少ないアイルーなのだ。
ぎり、とメイメイは奥歯を一つ軋らせ。
そして最後には、半ば捨て鉢になったように言い放つ。
「ああ、いいよ。あたいの負けだ。
アクラ地方だろうが地獄の果てだろうが、どこまでもついて行ってやるよ」
「ありがとう、メイメイ。私もその言葉を聞いて、一安心だわぁ」
「……よく言うね、あたいにはこう答える以外の選択肢がないことを知ってるくせにさ」
水銀燈の満足げな感謝の言葉に、メイメイは今度こそ包み隠さない皮肉をぶつける。
その皮肉が聞こえているのか、聞こえていても皮肉のニュアンスを感じ取っていないのか、
水銀燈はメイメイを見つめていた首を、もう一度洞穴の南側に向ける。
かがみ気味になっていたその背を再び伸ばし、直立不動の体勢に戻った水銀燈は、
『ガルルガフェイク』を縦に振ってメイメイに告げた。
「さあ、あの子達がそろそろ動き出すわよ。今フルフルはこの洞穴の向こう側みたいだし、
ここにいたらちょっとまずいわねぇ」
「なら、一旦この洞穴の南東部に逃げ込むかい?
あそこはフルフルどころかギアノスすら入れないくらいの、狭くて入り組んだ場所だし、
よっぽどドジを踏まなきゃ、まず見つけられないはずさ」
「そうねぇ。それじゃあ、善は急げと行こうかしらぁ?」
水銀燈は、言い終えた瞬間に右足を踏み出していた。
洞穴の南西部からは、そろそろ耳を澄ませば4人分の足音が聞こえてくる時分だろう。
水銀燈は可能な限り体の重心がぶれない様、まるで剣法の達人の見せる摺り足を思わせる走法で、
凍りついた坂を駆け下りる。
もとより体も小さく、足の裏側には肉球もあるメイメイは、遠慮のない全力疾走を見せ付ける。
「さあ、そろそろパーティも仕上げの段階ねぇ……。
あの子達の……特に真紅の顔が怒りで染まるところを想像すると、最高にゾクゾク来るわぁ」
「あたいは今、別の意味でゾクゾク来るけどね……」
あくまで泰然自若の態度を崩さない水銀燈。
悪態をつきながらも、水銀燈の無謀と紙一重の策に従うメイメイ。
洞穴南西部から、4人分の足音が耳を澄まさずとも明瞭に聞こえるほどに迫ってくる頃には、
水銀燈とメイメイは洞穴南東部に駆け込んでいた。
「もうどうにでもなりやがれってんだ……ちきしょう!」
メイメイは走り際、氷雪がこびり付いたネコヒゲを整えながら、一つ毒づいた。
フラヒヤ山脈の冷気は、そのメイメイの悪態すらも凍りつかせんとしてか、ひたすらに冷厳な沈黙を保っていた。

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