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「まったく、おめーらときたら!」
 
早朝の静けさを引き裂いて、応接間に轟く、ヒステリックなキンキン声。
遠慮会釈もない衝撃波が、酒気の抜けきらない4人娘の脳天を突き抜ける。
 
酔っていようが素面だろうが、むりやり眠りを破られるのは、不快なもの。
真紅たちは顔を顰め、しょぼしょぼと恨みがましい双眸で、声の主を睨みつけた。
 
「騒がしいわ、翠星石……静かにしてちょうだい」
「まぁだ寝言ほざいてやがりますか、真紅っ!
 朝っぱらに呼びつけといて、酔いつぶれてるなんて、以ての外ですよ。
 ほんっとに、もう――呆れ果てて、言葉もないですぅ」
「ウルサイなぁ、翠星石は。だったら、黙ってればいいのに」とサラ。
「……気が利かない……かしら~。うぅっ……アタマ痛ぃ」そこに金糸雀も続いた。
「きぃ――っ! 口の減らねえサラ金コンビですね。ムカツクですぅ!」
 
翠星石と呼ばれたロングヘアーの娘は、独り、きゃんきゃんと捲したてて地団駄を踏む。
そして、柳眉を逆立てたまま、隣に佇むショートヘアーの乙女に顔を巡らせるや、
へたり込んでいる寝惚け娘たちをビシ! と指差した。
 
「蒼星石も、このバカちん連中に、なんとか言ってやるですよっ」
「まあまあ……。その辺にしておきなよ、姉さん」
 
こんな風に、けしかけられるコトには慣れているのだろう。
蒼星石と呼ばれた娘は、いきりたつ姉の肩に手を置いて、彼女の怒りを和らげた。
その一方、酒気に萎びた真紅たちにも顔を向け、ソツなく語りかける。
 
「だけど、真紅。姉さんが怒るのも、当たり前だよ。もちろん、ボクも怒ってるからね。
 呼びつけておきながら、約束の時間になっても身支度さえしてないなんて、どういうコトなのさ。
 サラと金糸雀だって、そろそろ開店準備を、始めなきゃいけないんじゃないのかい?」
 
飲食店にとって、週末は書き入れ時だ。喫茶店『ジョナサン』とて、例外ではない。
メニューには、簡単な料理やスイーツしか載せていないと言えども、
怒濤のごときオーダーを手早くこなすには、それなりの下ごしらえが必要なのだ。
サラは、時計を見るなり眉間に深い皺を刻んで、あくびを噛み殺した。
 
「あっちゃ~。ちょっと寝過ぎたかも。金糸雀、急いで支度しなきゃ」
「うぅ……シャワー浴びたい……かしら。まだ、お酒くさぃ……」
「……確かに、髪とか臭いが残ってるわね。今なら、まだギリギリ……。
 よーし、速攻で浴びちゃうわよ。真紅ー、シャワー借りるねー!」
「あうぅ~。かし……ら」
「もー! しっかり歩いてよーっ!」
 
二日酔いなのか、低血圧なのか……金糸雀は依然として、テンションの低いまま。
なにを言われても、生返事しかしない。
サラは小言を並べながら、金糸雀を引きずって、応接間を出ていった。
どこに隠れていたのか、店の名前にもなった白黒の猫が、小走りに2人を追いかけていく。
 
なんとまあ、傍若無人なことか。あまりのことに、雛苺は驚かされた。
ここは真紅の自宅なのに……いくら友人とはいえ、好き勝手しすぎはしないか。
 
ところが、真紅はと言うと、怒った様子でもなかった。
年頃の娘が、だらしない――普段なら、決していい顔をしないだろう場面なのに、だ。
あのくらいの勝手気ままな振る舞いは、どうやら、いつものコトらしい。
それとも、当人も相当に酔いが残っているから、文句を言うのも億劫なのだろうか。
 
「やれやれ。どいつもこいつも、しゃーねぇヤツらですぅ」
 
代わって、翠星石が、腰に手をやって溜息を吐く。
そして、今更ながら雛苺の存在に気づいて、ジロジロと無遠慮に目を注いだ。
 
「ところで、真紅。このチビは……誰です? 金髪だし、妹とか従姉妹ですかね?
 それともぉ……ハッ! ま、ま、まさか、実の娘ですかぁ! はわわわ……」
「姉さん、キミは少し黙っててくれないかな」
 
ピシャリと咎められた翠星石は、子供のように拗ねて、唇を尖らせる。
これでは、どちらが姉だか分かったものではない。
もし、蒼星石を姉だと紹介されれば、十人が十人、信じるのではなかろうか。
 
蒼星石は前屈みになって、ベタ座りしている雛苺に、整った笑顔を近づけた。
ふわり……と、控えめながら品のいいフレグランスの香りが、雛苺の鼻先に漂う。
服装や見た目はボーイッシュだけれど、やはり、蒼星石も女の子。
それなりに、おしゃれには気を配っているらしい。
 
「おはよう。あぁ……まずは、はじめまして、だね」
「う、と……お、おはっ、めっましてなのっ!」
「え? ふふっ、噛んじゃったね。かわいいよ」
 
にこやかに相手を褒めるのは、お互いの距離を縮めるための、第一歩。
さりげなく仕種が出てくる辺り、蒼星石は、なかなかに社交的なようだ。
 
「そんなに緊張しないで」
 
その優しげな笑みに、張り詰めていた緊張の糸を弛めたのも束の間――
蒼星石の肩越しに、緋翠の瞳を爛々と燃えたたせた般若を見て、雛苺は息を呑んだ。
「かわいい」だなんて蒼星石が口にしたものだから、翠星石の中で、
ジェラシーのスイッチが入ってしまったらしい。
 
雛苺の強張った表情と、背中にヒシヒシと伝わってくる気配から、
蒼星石にも、およその見当はついた。
 
――が、いちいち構っていたらキリがないことも承知していたので、
ここは雛苺との話を優先させることにした。
 
「ボクは、蒼星石。後ろにいる般若が、双子の姉の翠星石」
「だっ、誰が般若ですかぁーっ!」
「真紅から聞いていると思うけど、茶畑の管理を任されているんだ」
「うよー。すっごいのー」
「コラぁ! 人の話を聞けですぅー!」
 
またぞろ喚きだした翠星石は放っておいて、雛苺は素直に感嘆した。
真紅の話だと、畑には5人が常駐しているという。
つまり、この姉妹は、最低でも3人の部下を使う立場にあるワケだ。
若い身空で、そこまで社会的信頼を置かれるのは、並大抵のことではない。
 
この双子の姉妹は、植物学かなにかのエキスパートなのだろうか。
どういった経緯で、真紅と知り合いに? 雛苺の中で、興味が膨らんでゆく。
……が、それを訊ねるのは後回し。
 
「ヒナは、雛苺って名前なの。こう見えても、美術大学の学生なのよ」
 
まずは、自己紹介を済ませておくのが礼儀だ。
雛苺だって、子供ではない。そのくらいの節度は、わきまえている。
説明の続きは、そのまま真紅が引き継いだ。
 
「雛苺とは、昨日の朝、駅前のターミナルで出逢ったのだわ。
 絵のテーマを探すために、旅をしているんですって。
 それで、うちの茶畑を紹介してあげようと思って、貴女たちを呼んだのよ」
「なるほどね。そういうコトか」
「やっとこさ、状況が把握できたですぅ」
 
日曜日の早朝に呼び出された理由と、ナゾの客人。
それらが明らかになったものの、蒼星石と翠星石は、顔を見合わせた。
 
「どうしようか? ボクは、案内することに異存ないけど」
「私は――正直なところ……素人の立ち入りは、あんまり歓迎できないです。
 これからが、萌芽の大切な時期ですから」
 
冬を越した茶樹は、陽気が春めいてくるに従って、新芽を伸ばし始める。
この新芽が、4月の下旬から5月にかけて収穫され、一番茶として加工されるのだ。
 
彼女たちの商標である紅茶『ローザミスティカ』は、高品質を売りにしている。
それ故に、こだわりや意気込みは、並々ならないものがあるのだろう。
ジャンルは違えど、創作に身を置く雛苺には、翠星石の気持ちがよく解った。
 
――でも。だからこそ、より強く興味を惹かれたのも、また事実。
そこまで情熱を傾けて管理された茶畑とは、どんなにステキな景色なのだろう。
翠星石が渋ったことで、雛苺の『見たい』という欲求は尚更に刺激され、強められた。
 
「ヒナ、絶対にお仕事の邪魔なんかしないし、畑に入ったりもしないのよ。
 なんだったら、車に閉じこめてくれてもいいから……連れてって欲しいの」
「私からもお願いするわ、翠星石」
 
ここぞとばかりに、真紅が助け船を出す。
「駐車場から眺めるだけですもの。作業の邪魔には、ならないはずよ」
 
蒼星石は異存なし。その上、真紅にまで言われては、翠星石も強く反撥できない。
「しゃーねぇです」と、不承不承ながら頷く彼女を見て、真紅は満足げに微笑んだ。
 
「決まりね。雛苺、なにをボーっとしているの。早く顔を洗ってきなさい」
「はい、なのっ!」
 
雛苺はデイパックからタオルを抜き出して、跳ねるように洗面所へと向かった。
よっぽど、茶畑に行けることが嬉しかったのだろう。
遠退く小さな背を見送りながら、翠星石はまた「しゃーねぇです」と吐息する。
けれど、先程のソレと打って変わって、彼女の口振りには親しみと温かみが込められていた。
 
「さぁて。あいつらの準備が終わるのを待つ間に、朝食を用意しといてやるですよ」
「あら、気が利くじゃない翠星石。いい子ね」
「……くわぁ~、白々しいですぅ」
 
言って、翠星石は鼻を鳴らした。「最初っから、そのつもりだったクセに」
 
「え? ちょっと、真紅。それホントなの?」
 
双子の姉妹から、じっとりした視線を浴びせられても、真紅は涼しい顔。
悪びれるどころか、楚々と笑って切り返した。
 
「さ……時間がないわ。まずは紅茶を煎れてちょうだい。大至急よ」
 
 
  ~  ~  ~
 
やっと車1台が通れるほどの細い林道が、針葉樹の森を貫いて、走っている。
舗装はされているものの、アスファルトは割れ、ところどころ陥没していた。
おまけに、ガードレールも、ほとんど設置されていないときている。
片側は、急勾配の斜面。ハンドル操作を誤れば、それで一巻の終わりだ。
 
だが、翠星石の運転する白い軽トラックは、まったく危なげなく登ってゆく。
ほぼ毎日、ここを通っているだけあって、さすがに慣れたものである。
翠星石のハンドル捌きに安堵しつつ、雛苺は、隣に座る蒼星石を横目に見た。
 
彼女たちは、搭載物の見張りも兼ねて、荷台に陣取っていた。
サスペンションは効いているが、シートに比べれば、乗り心地は雲泥の差だ。
悪路ゆえに揺れも酷く、座ったままだと、すぐに臀部が痛くなった。
おまけに、ひどく寒い。防寒服を重ね着しているにも拘わらず、凍えるようだ。
 
「あ、あの――」
 
口を開いた途端……ガタン! 不意の縦揺れに、雛苺は舌を噛みそうになった。
なるべく喋らないようにと、出発の際にも、蒼星石から注意を受けていた。
けれども、木立の中を走っていると、どうにもココロが逸ってしまって……
雛苺は、揺れの合間を計りながら、早口調子で蒼星石に話しかけた。
 
「この林道の、どの辺で、真紅は片腕を失うほどの事故を起こしたの?」
「もうすぐ、そこを通るよ。急カーブになっていてね。あ……ほら。ここさ」
 
3人の娘を載せた軽トラックが、徐行しながらカーブを曲がってゆく。
その通り抜け様、蒼星石は、まだ新しいガードレールを指差し、睫毛を伏せた。
事故が起きたために、新設されたのだろう。
 
ひょいと頸を伸ばして、覗き込んだガードレールの向こうは、深い谷。
雛苺は思わず身震いすると、蒼星石の腕に縋りついた。
 
「こんなところから落ちたなんて……死んじゃっても、おかしくないのよ」
「ホントにね。よく助かったものだよ。真紅も、水銀燈も――」
 
蒼星石の言葉に、雛苺の心臓が一拍する。
ずっと胸に引っかかっていた名前。訊きたかったことが、そこにあった。
 
「蒼星石は、水銀燈のことを知ってるなの?」
「……うん。知っているよ。とても、よく知ってる」
 
ふぅ――と。彼女が小さく息を吐いたのは、回想のための孤独を求めたから。
それは実に効果的に、雛苺の沈黙を促し、目的を遂げる。
 
およそ1分ほど、荷台の上で揺られるだけの時間が過ぎて――
蒼星石は、木漏れ日を眩しそうに見あげると、唇を開いた。
 
「ボクも、姉さんも、真紅や水銀燈と、同じ高校に通っていたんだ。
 彼女たちが3年生で、ボクたちは新入生でね。接点なんて、ナニもなかった。
 でも……ほら、姉さんって目立つじゃない? 良くも悪くも。
 それで、真紅たちも『面白い子がいる』って噂を、聞きつけたらしくて」
 
雛苺は今朝のことを思い返して、さもありなん、と頷いた。
ただでさえ、学校なんて狭いコミュニティーでのこと。
あんなに向こうっ気が強かったら、嫌でも注目の的になろう。
 
「蒼星石も、大変なのね」
「まあ……そんな風に思ったことはない、と言ったらウソになるけど。
 でもね、姉さんは決して、理不尽な人じゃないんだよ。
 ただ、真っ直ぐな金属棒みたいな性格だから、折り合いをつけるのが難しいだけで」
「……ふぅん。蒼星石は、翠星石のよき理解者なのねー」
「そりゃあね。ボクにとっては、1番大切な人だもの。今のところは、だけど」
 
いきなり、軽トラックが横にブレた。
運転席から、わざとらしい咳払いが、げふんげふん……。
どうやら、今の会話を漏れ聞いていた翠星石が、ハンドル操作を誤ったらしい。
雛苺と蒼星石は、内心『運転に集中しててよ!』と毒づきながら、青ざめた顔を見合わせた。
 
「――話を戻すけど」
「うい。真紅たちとは、どんな感じに知り合ったの?」
「キッカケは、なんだったのかな? よく憶えてないんだ。
 いつの間にか顔見知りで、先輩と後輩として、それなりに交流もあったよ。
 でも、たった1年間じゃあ、親友と呼び合えるほどの距離にはなれなくてね。
 彼女たちが卒業してしまうと、それっきり。すぐに疎遠になっていった」
「……ところが、それっきりじゃなかったのね」
「うん。不思議なものだよ、人の縁って。
 どこからか運ばれてきた種子のようにね、気づくと、そこに芽吹いている」
 
感慨深そうに放った言葉は、頼りない白の塊となって、早春の山林に溶けてゆく。
蒼星石は、それを儚むように、新たな吐息を付け加えた。
 
「そんな奇遇に恵まれたのは、ボクがまだ、学生の頃だったっけ。
 ある老紳士と、知り合いになってね。その人は、結菱と名乗ったんだ」
「……それ、もしかして、あの結菱グループの?」
「うん。そのときは知らなかったから、かなり失礼なこと喋った憶えがあるよ。
 でも、どういうワケか気に入られちゃって、ずっと懇意にしてもらってるんだ。
 ――で、ある日、教えられた。この山の周辺一帯は、結菱グループの所有地だ、と」
「それじゃあ、真紅たちと再会したのって――」
 
雛苺の推量を、蒼星石が首肯する。
真紅や水銀燈と、偶然にも再会した場所は、結菱氏の屋敷だったと言う。
そこで、蒼星石は彼女たちの計画を聞かされ、微力ながら手伝うことを決めたのだ。
 
結果は、現状のとおり。交渉は成立して、事業も順調に成長を続けている。
一番の決め手となったのは、真紅の父と、サラの父親のバックアップだった。
ビジネスとなると、どうしても社会的な地位や、財力がモノを言う。
 
「彼らの存在なくしては、結菱氏も頷かなかっただろうね」と、蒼星石は語った。
真紅が、サラの所行に甘い顔をするのも、そう言う背景があるからなのか。
訊ねた雛苺に、蒼星石は、そっと首を横に振って見せた。
 
「真紅は、変わったよ。本当に、凪いだ海みたいに穏やかで、懐が深くなった。
 あの事故で、身体と事業――ふたつの右腕を失ってから」
「じゃあ、その前は、どんな人だったの?」
「ん……と、そうだね。喩えるなら、薔薇のような乙女。
 気安く触れることを躊躇ってしまうほどの、鋭利な刺々しさがあったよ。
 それに、たとえ親友でも、自分の持ち物を勝手にいじったら容赦しなくて……。
 だからね、今朝みたいな賑々しい光景は、以前なら絶対になかったんだ」
 
雛苺の脳裏に、サラや金糸雀の、奔放な姿が浮かんでくる。
翠星石と蒼星石が、台所でトーストと目玉焼きを作っている光景が、思い出される。
そんな彼女たちを見つめ、愛おしそうに目を細めた真紅の、優しい笑顔も――
 
「憑き物が落ちたみたいに、変わったんだ」
 
蒼星石の一言が、雛苺のココロの泉に、ぽちゃん……と落ちて、波紋を広げた。
そう。実際、そうなのだろう。
カンペキであろうとして、真紅は、淑女を象った鎧を纏っていた。
押し付けられた理想。とてつもなく重たい枷によって、自縄自縛に陥っていた。
 
不幸な欠落。後悔と、慚愧。心に刻まれた烙印。
あの事故によって、真紅が心身に受けたダメージは、雛苺の計り知れるものではない。
だが、それは同時に、彼女を抑え込んでいた枷が、壊されたことも意味していた。
 
一切の虚飾を捨て去って、自分の足で歩けるようになった、真紅――
いまの彼女を見たとき、水銀燈は、なにを思うだろう。
そんなことを、雛苺は思った。もう二度と、その機会は訪れないかも知れないのに。
 
 
 
  -to be continued
 
 

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