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砕き、切り伏せ、打ち倒そうとも、蟻の大群が堕ちた砂糖に群がるように…
機械人形たちは休む暇もなく、押し寄せてくる。


ゴーストタウンの東側で陽動の為に戦う蒼星石も翠星石も、金糸雀も…
地を覆い尽くす程に膨れ上がった敵を前に…
少しずつではあるが…それでも確実に、荒野をその血で赤く染めていく……

全ては水銀燈をゴーストタウンの中心へ…薔薇屋敷へと潜入させる為。

だが、彼女達は知らない。
その水銀燈がラプラス…白崎と名を変えた、最大の敵と対峙している事を……


同じように、街の西側で死闘を演じる三人。
後方からの狙撃に徹する薔薇水晶。発破を投げ一撃離脱を繰り返す雛苺…
だが…
弾薬には限りが有る。
体力も、先の見えない戦いの中で、確実に磨り減っていく……

そんな中…

彼女は一人、その顔に笑みすら浮かべていた……



   22. まざぁ ぐーす


 
 
雪華綺晶は敵陣の中に飛び込み――近づいてくる機械人形を力任せに振るった腕で裂く。
同時に駆け、目の前に存在する一団の先頭。その一体を地面に叩き伏せる。
その衝撃で砂埃が激しく舞い上がり…全ての視界を覆った。

風が吹き――砂塵を舞い飛ばすと――

雪華綺晶は両手に機械人形の頭を掴む。
それをまるで紙風船でも割るように叩き合わせ―――金属がぶつかり音と、グシャリと砕ける音が響いた。



雪華綺晶の視界。隻眼を通して見る世界。
それは、どんな水晶より白く透き通っており…時計の歯車が狂ったように、時間の流れすらゆっくりに見えた。

――さっき壊したのはお父様の仇。今壊したのもお父様の仇。次に壊すのもお父様の仇――
まるで呪文のように、雪華綺晶は心の中で呟く。
――誰より…心から愛していたお父様の…仇――

壊しても壊しても、次から次に湧いてくる父の仇。
壊しても壊しても、壊し足りない父の仇。

雪華綺晶はその光景に…僅かに狂気すら窺える笑みを浮かべていた……


 
 
最早、完全に原型を留めてない人形の頭部を掴んだまま、無造作に腕を振るい、投げ飛ばす。
砕けた人形の腕が――歯車が――破片が――他の人形達に散弾のように降り注ぎ…
機械人形は一瞬、動きが乱れる。

ほんの一瞬、止まった敵の動き。

雪華綺晶は笑みを浮かべて、新たな一体へと白い指先を伸ばした――



愛と憎しみが、怒りと喜びが…
まるでコーヒーに溶けたミルクのように、その境目すら定かではなく……

雪華綺晶の視界には、白い世界だけが広がる続ける…―――


―※―※―※―※―


「!………!!」
薔薇水晶は、ひたすらスコープの端に雪華綺晶の姿を留めながら、狙撃でその背後を守り続けていた。

昔…まだ父が家に居た頃、攻め寄せてきた賊と戦う事があった。
その頃と、同じ戦い方。
雪華綺晶が切り込み、自分はサポートをする。その傍ら、隙あらば敵の首領を撃つ。

今回は、撃つべき敵の司令塔は居ない。
純粋に雪華綺晶のサポートをするだけ。
 
あの頃よりずっと手間のかからない事のはず。それなのに……

「………!」
薔薇水晶は、またしてもスコープの中から消えた雪華綺晶を探す為、顔を上げた。

雪華綺晶の行動は、遠い昔の思い出だが…それでも記憶の限りで予想出来ない事は無い。
問題は…その動きが速すぎる。

自分も、荒野に出て腕を上げたつもりではいた。実際に、腕は随分と上達はしていたが…
それにしても一体、どんな世界に身をおけば、これ程までの強さが身に付くのか……


知らずの内に築かれた、圧倒的な実力の差。
薔薇水晶はそれを痛切に感じながら、片膝立ちで銃を構え、雪華綺晶の背後から迫る敵に引き金を絞り…――

「危ないの!!」
突然聞こえた、雛苺の叫び声。
顔を上げる暇もなく響く爆音―――

気が付くと、地面に伏せるように倒れていた。
耳がジンジンするし、体中にバラバラと人形達の破片が降り注ぐ。
それでも…生きている。

薔薇水晶は改めて周囲を見渡し…
その時になって初めて、後方に位置すべき自身がいつの間にか、かなり前線に近づいていた事に気が付いた。
 
「だ…大丈夫なのよ…?」
雛苺が戦闘中にも関わらず、心配そうに駆け寄ってくる。
「……うん……ありがと……」
薔薇水晶は小さく返事をする。

自分の位置を見失い、迫る敵にすら気が付かない程に集中していた。
雛苺が助けてくれなければ背後から襲われてた程に、全神経を狙撃に向けていた。
それでも……届かない。


薔薇水晶は、まるで何かに取り憑かれたかのように戦い続ける雪華綺晶に視線を向ける。


存在する敵を、大地ごと砕く雪華綺晶の姿は…人の形をした別の何かにすら見えた……


―※―※―※―※―


雪華綺晶は足を軽く持ち上げ――地面に横たわる最後の一体の顔面を踏み砕いた。
二、三度、踵を地面に擦り付けるように動かし……
そして、まるでそこには何も無かったかのように、視線を荒野に向けた。

すでに数百メートル先には、次の一隊が迫っている…

「…休む暇もありませんわね……」
何の感情も無いような声だけが、小さくその口から漏れた。

 
作戦の事を考えると、すでに水銀燈は街に潜入した頃だろう。
それはつまり…陽動はここまで。後は全てが終わるまで持ちこたえるだけ…。

雪華綺晶は、薔薇水晶と雛苺へと振り返った。
二人とも怪我こそしているが、まだまだ戦える。
だが、果たして全てが終わるその時まで持ちこたえる事ができるだろうか?
…分からない。
賭け。それも、どの程度の勝算があるのかすら分からないような…。

うっすらと色の戻りつつある視界で、雪華綺晶は薔薇水晶の姿を見つめる。

何より大切な、たった一人の家族。
誰より愛していた父の、忘れ形見。

雪華綺晶は、疲労に重く感じる体で薔薇水晶達へと歩み寄った。

「敵を町に戻さないように、戦い続ける必要があるにせよ…もう、戦力を分ける必要性は無くなりましたわ。
そろそろ…蒼星石のチームと合流致しましょう」
「…うぃ。ヒナはさんせーなのよ」
「……でも…」
薔薇水晶だけは、雪華綺晶の言葉に首を縦に振らなかった。
「……そうすると……向こうで両方の敵を相手にする事になる……」
当然の見解。
合流すればこちらの戦力も倍になるが、敵の戦力も一箇所に集中する。
完全に包囲されれば……仲間を投げ打ってでも脱出という、最悪の選択すら出来ない事になる。
 
「ええ……長い目で見れば、かなり危険ですわ……でも……」
雪華綺晶が薔薇水晶の髪をそっと手に取る。
「ばらしーちゃんの大好きな黒薔薇のお姉さまなら…そんな事になる前に、何とかしてくれるでしょう?」
薔薇水晶の右目が雪華綺晶を見つめ、雪華綺晶の左目が薔薇水晶を見つめていた。

仲間を想い、仲間を信じたからこそ、ここまで来た…。
二つの瞳が静かに、そう語り合う。

やがて薔薇水晶は…静かに頷いた。
それを確認すると、雪華綺晶は優しく…どこか寂しそうに、もう一度、薔薇水晶の髪に触れた。

雪華綺晶は、背後から迫る新たな一隊に視線を向ける。
きっと…あと数十秒で、交戦域まで迫るだろう。だから…――――

「ここは…私が足止めしますわ…」


その言葉で―――薔薇水晶は全てを理解した。
『雪華綺晶はまた、私を置いて行くつもりだ』と…。
せっかく会えた姉。ずっと探してた大切な存在。もう、失いたくない。
「……私も残る……だから…一人で合流して……」
いつに無く神妙な面持ちの雛苺に、そう伝える。
 
雛苺は…今にも泣き出しそうな目で、雪華綺晶と薔薇水晶を見つめ……
「あ」
小さく呟き、視線を落とした。
 
――何だろう?
薔薇水晶も、視線を地面に向け――――
その一瞬だった。
雪華綺晶の手刀が薔薇水晶の首にめり込み―――
 
「……!…なん…で……」
薔薇水晶は小さな疑問の声と共に、地面に崩れ落ちた。


「……感謝いたしますわ……雛苺のお姉様……」
「お姉様じゃないのよー。ヒナのが子供なの」
雛苺はそう答えながら、気を失った薔薇水晶を担ぎ上げる。
「あら?でも、チームに入られたのはお姉様の方が先ですわよ?」
雪華綺晶はどこか懐かしむように目を細める。

「…なら…おねえさんとして、言っておくの。妹を苛めたら、めーなのよ?」
「ええ…そうですわね……」

復讐という名の下、真紅に率いられたチーム。
そんな中でも…確実に絆は存在していた。

「……生きて帰って……ちゃんとごめんなさい、って自分で言うのよ?」
雛苺はそう言い残し、薔薇水晶を担いで歩き始める。

雪華綺晶はいつまでも―――遠ざかる二人の背中を見つめていた。
「……最後まで…お姉さんらしいことはしてあげられませんでしたわね……」
小さな声で、呟く。
「これでは…お父様に叱られてしまいますわ……」

雪華綺晶の背後に機械人形の群れが飛びかかり――――

振り向く雪華綺晶の視界は、一瞬で白に染まる。

同時に、人形の頭部が白い拳によって砕け飛んだ――――
 
―※―※―※―※―


ごう、と一陣の風が吹き……その音は雪華綺晶には唄のように聞こえた。

敵を一人で留めるべく残った雪華綺晶の耳には…あるはずの無い歌声が聞こえてくる。
遠い日、父と共に口ずさんだ、古い唄。
時の流れすら正しくない純白の世界で、彼女は知らずの内にそれを口ずさんでいた。
 
 
  《Who killed Cock Robin?》
 
徐々に取り囲みつつある敵の群れの中に、自ら飛び込み――打ち砕く。
作戦は、至って単純。自らの全てで、闘う。
 
  《I, said the Sparrow,With my bow and arrow,I killed Cock Robin.》
 
こちらに向けて銃を向けてくる一体に走り、その首を力任せに捩じ切る。
首の千切れた人形を背後から抱くようにして、そこに握られたままの銃の引き金を絞る。
 
  《Who saw him die? I, said the Fly,With my little eye,I saw him die.》
 
足の止まった雪華綺晶に、人形達が銃口を向ける。
掴んだままの人形を盾にして、弾丸の雨を防ぐ。
 
  《Who caught his blood? I, said the Fish,With my little dish,I caught his blood.》  
 
人形を盾に身を隠しても、銃弾は雪華綺晶の肌を、髪を、腕を掠る。
雪華綺晶は地面を蹴り、どこまでも高く跳ぶ。
  
  《Who'll make the shroud? I, said the Beetle,With my thread and needle,I'll make the shroud.》
 
一瞬遅れて、人形達が上空から迫る雪華綺晶に銃口を定める。
だが照準が定まるより早く、雪華綺晶は地上へと掴んでいた人形を叩きつける。
 
  《Who'll be the person? I, said the Rook,With my little book,I'll be the person.》
 
飛び散る破片と舞い起こる砂煙に、人形の瞳は雪華綺晶の姿を見失う。
風が砂塵を飛ばし、人形が索敵を再開しようとした瞬間、その胸板は白い手に貫かれる。
 
  《Who'll be chief mourner? I, said the Dove,I mourn for my love,I'll be chief mourner.》
 
周囲を取り囲む人形を弄ぶように、踊るかのように、雪華綺晶は射線上から身をひるがえす。
舞うように広げられた手が、人形の首を、胸を、頭を深く抉る。
 
  《Who'll sing the psalm? I, said the Thrush,As she sat on a bush,I'll sing a psalm.》
 
取り囲んだせいで、銃では同士討ちに繋がると判断した人形達は、ナイフを光らせ踊りかかってくる。
それをブーツの踵で弾き上げ、そのまま足を人形の頭上に振り下ろす。
 
  《All the birds of the air Fell a-sighing and a-sobbing,》
 
雪華綺晶は踊りながら、唄いながら、人形の屍を築き続ける。
人形は、狂った歯車の本能に導かれるように雪華綺晶に襲い掛かり続ける。
 
  《When they heard the bell toll For poor Cock Robin.》
 
どこまでも純粋な世界。果てしなく白だけが広がる世界。
雪華綺晶は一人、踊り続けた。
 
 
不意に、背中から胸へと、何かが通り抜けていく感覚を雪華綺晶は感じた。
自分の胸に視線を下ろす。


どこまでも白い世界の中……そこだけが、まるで薔薇の花を散らしたように赤かった。


―――何て綺麗なんでしょう


まるで紅い花弁のように、何本も赤く染まったナイフの切っ先が胸から咲いている。


とても熱くて、とても痛い。


―――この熱さは…お父様を愛する私の心……この痛みは…お父様を失った私の悲しみ……


雪華綺晶は、抱きしめるように胸から咲く花弁を握り締める。
そして振り返り―――再び、踊るように、人形の群れの中へと進んでいった…―――


 
―※―※―※―※―



ごう、と一陣の風が吹き…
街の東側で戦い続けていた蒼星石の視界は一瞬、白く染まった。

蒼星石は何かを感じ―――誘われるように、視界を街の反対側へと向ける。

遠くに見える、こちらへと向かう人影。
気を失ってるのか、動かない薔薇水晶と、彼女を背負った雛苺の姿。
そして…そこに雪華綺晶の姿は無い。


敵として、そして仲間として、共に戦った相手。
どこまでも綺麗な白い世界を、一緒に過ごした唯一の存在。


先程見えた、白い世界。
今見てる光景。

蒼星石は、理解した。


――――雪華綺晶が死んだ事を。


 
―※―※―※―※―



人形の群れは新たな獲物を求めて移動し…周囲に動くものは、何一つとして存在しない。

山のように積まれた、人形の残骸。
それにもたれかかるように、雪華綺晶は地面に崩れ落ちていた。


結局、ごめんなさいの一言は薔薇水晶に伝えられそうに無い。

「……これじゃあ……お姉さん…失格ですわ…ね………」
呟く。
とても胸が苦しいけど、胸を押さえる為に腕を持ち上げる事も出来そうに無い。

「……これでは……お父様…に…叱られて…しまい…ますわ……」
再び、呟く。
何故か、自分の頬が少し持ち上がってる気がした。

「……お父様……優しく…叱って……ください…ね………」


赤く染まった荒野の大地に…白い薔薇飾りが音も無く落ちた。 






                             ⇒ ever...and never...
 

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