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「さあ…いい加減、銃を捨てて観念したらどう…?」
片膝立ちのめぐが、ラプラスの眉間にウインチェスターの照準を合わせる。
そのすぐ後ろには、拳銃を構えた水銀燈の姿…。

ラプラスは槐に銃を向け…槐はラプラスを睨みつける。


今にも崩れそうなバランスで、辛うじて保たれている均衡がそこに在った。


「クックック…これは困りました…はてさて、どうするべきでしょうか…」
ラプラスは不適に笑い…
ステッキのように銃身を長く伸ばした銃――バントラインスペシャルを懐にしまった。
そしてその手で、懐から懐中時計を取り出す。
「おや?これはこれは…パーティーに遅刻してしまいます!」

相変わらず演技じみた癪に障る言動だったが…
それでも水銀燈は、ラプラスが銃をしまった事にホッと息を漏らしかけ…
めぐに片手でそれを制された。

ラプラスは、未だに鋭い視線を向けてくるめぐに視線を細め――口の端を持ち上げた…――




     0. 自由な鳥のように、歌を歌いながら...



 
「…ご名答」
ラプラスはそう呟くと、手をパッと開き――指の隙間から、懐中時計が滑り落ちる――

「!! 伏せて!」
めぐの叫びで、水銀燈と槐が地面に伏せ……

同時に、太陽より明るい閃光と轟音――


「フラッシュグレネードぉ!?」
いかに殺傷力の無い爆弾とはいえ、
至近距離での爆発に飛び散った家具の破片を浴びながら水銀燈が叫びを上げる。


耳鳴りは止まないし、眼球も焼かれたように痛い。それでも、何とか目を開け…
だが、そこにラプラスの姿は既に無かった…。

「……次に会ったら、くびり殺してやるわぁ…」
悪態をつくも…まんまと逃げられた今では、空しいだけ。

まさに獲物を探す視線で窓の外を睨み続ける水銀燈。
それをよそに、めぐは肩の埃をパッパと払いながら槐に近づく。
「はい、これで任務完了。っと」

そして、このタイミングで助けが来た事に得心が行かない様子の槐に、状況の説明を始めた。

突然、町中から火の手が上がった事――
町の通りは、ピエロのような機械人形に占拠された事――
酒場の主人からの依頼で、よく分からないながらもここに来た事――
 
槐はめぐから、一通りの説明を聞き…いつになく真面目な表情で唸る。
「…どうやら…ラプラスが手引きをしたと見て、間違い無いようだな…」

ほんの少しの時間…槐は燃え盛る町に視線を向け……そして振り返った。

槐はめぐを真っ直ぐに見据えて続ける。
「だとすると、町の防衛線はほとんど無力化されてるだろうから…僕はそこの指揮を執らなくっちゃいけない。
だから…こんな事頼める義理じゃあないのかもしれないが……
町の中心なある建物。そこに向かって、ラプラスを…止めてほしい…」

めぐは暫く、槐の目を見つめ…ポケットから煙草を取り出し、火を付けた。
オイルライターに彫られた、薔薇の刻印を指でなぞる。
「……ふぅ…今回は特別サービスで…タダ働きかな?」
「気に入らないヤツを叩くのに、理由なんていらないわぁ」
水銀燈が不快感を隠さない表情で呟く。


「帰ってきたら、その時こそディナーを奢るよ」
そんな二人の会話を聞き…槐は少し、格好を崩しながら横槍を入れてきた。
めぐが悪戯っぽく聞き返す。
「あら?それが今回の報酬?」
「いや…報酬じゃなくて、約束…かな?」


その言葉に、めぐは楽しそうな笑みを浮かべ――
槐の膝を思いっきり蹴り上げた。
「…格好つけてないで、さっさと行ってらっしゃい」

 
槐は地面をのた打ち回り、それを見ながらめぐはお腹を押さえて笑う。
水銀燈はその光景に、呆れながらため息をつき…少し微笑む。


すねを擦りながらも、何とか落ち着いた槐に声をかける。
「…それじゃあ、行ってくるわ」
「…あなたも、ヘマしないでよぉ?」
槐は相変わらずの苦笑いを浮かべ…
「…君こそ…無理はしないでくれよ…」

「…じゃあねぇ」
短く答え、割れた窓から槐の工房を後にした。

小さな通りを抜け、町外れの教会を目指す。

「…良かったの?無理に一緒に来なくても…」
走りながらめぐが声をかけてくる。
「……別に…無理なんてしてないし、思ってもないわよぉ…」
隣を走りながら、呟く。


依頼かどうかなんて、関係無かった。

自由気ままに、荒野を暴れる。
気に入らないヤツは、片っ端からぶっ飛ばす。
それで隣にめぐさえ居れば、言う事は無い。

水銀燈は銃を片手に、燃え盛る町を目指して走り続けた…

 
―※―※―※―※―


「…どんな感じだ?」
通りの中心で、即席で作られたバリケードに身を隠す男達。
やっとの思いでそれに合流した槐は、そう声をかけた。

「…旦那か…いや、こりゃあマズイぜ…あいつら、倒しても倒してもキリがねえ…」
撃ちつくした銃に弾を込め直しながら、一人の男がそう答える。
男に促され、槐もバリケードの向こうに視線を向けると…

なるほど。確かに、一体一体は大した戦力ではないのだろう。
射撃の精度も荒く、全ての弾を撃てば、手にしたナイフで切りかかってくるだけの機械人形。
その残骸が、通りを埋め尽くしていた。

だが問題は…

機械ゆえに、恐れを知らない行進で向かって来る事。
そして…
その数は、通りを埋め尽くす程に膨れ上がっている事…。

「…肝心の火薬庫はどうなんだ?」
「ダメだ。ウンともスンとも言わねえ…」

町の一角を爆破し、それと引き換えに外敵を葬る。この町の最強にして最後の防衛手段。
自分なら先ず、それを押さえる。当然、予想できた事だが―――
槐の脳裏に、ラプラスの低い笑い声がフラッシュバックする。
「……君は相変わらず、食えない奴だな…」
心の中で舌打ちをし、小さく呟いた…。 

―※―※―※―※―

最初は曲がり角を曲がる度に遭遇した機械人形達も…町の中心に向かうにつれ、その数を減らしていった。

「…あのヘボ技術屋…案外、頑張って抑えてるみたいね」
「良かったじゃなぁい。案外、良い所も有って…」
走りながら呟いためぐに、水銀燈がチャチャを入れる。
「…妬いてるの?」
「…そのジョーク、つまんないわよぉ?」

口元にだけ笑みを浮かべながら、飛び出してきたピエロを模した機械人形を撃つ。

数さえいなければ、二人を前に敵う訳も無く……人形は一瞬で、ガラクタと化した。

「…いい歳した男が、人形遊びねぇ……あのラプラスとか言う奴…かなりアブナイわぁ…」
地面に転がる、機械人形『だったモノ』を蹴り飛ばす。

「そうね。ちょっとお仕置きが必要かもね」
めぐがウインチェスターライフルに弾を装填しながら答える。

二人は一瞬、目を合わし…再び、同時に駆け出した―――

幾つかの角を曲がり…やがて大通りに辿り着き―――
「あれが、そうね」
一際大きな建物が見えてきた。

槐の言葉の通りなら…間違いなく、ラプラスがそこに居る。

水銀燈は不気味な胸騒ぎを感じるも…

だがそれは、彼女の足を止めるには到らなかった…


―※―※―※―※―


バリケードに身を隠しながら、槐は銃を撃ちまくる。が……
「…やっぱり僕は、デスクワーク専門かな…」
弾を無駄に撃ちつくした銃を、地面に投げ捨てた。

バリケードから少しだけ顔を出し、通りに視線を向ける。

…敵は…機械人形達は、死を恐れない行進で、徐々にではあるが…確実に近づいてきている…
(…このままじゃあ…時間の問題か…)

そして…バリケードと機械人形の大群のちょうど中間。
反応が無いと報告された火薬庫に視線を向けた。

一つの考えが、頭を過ぎる。
だが、それは…

(…でも…それしか可能性は無い…か…)

身を低くしたまま、腹に力を込めて全員に聞こえるように声を出す。
「今から僕が火薬庫の起爆装置を修理しに行く!暫くの間、持ちこたえてくれ!」

最初に声をかけた男が、驚いたように目を見開く。
「だ…旦那!あんた死ぬつもりか!?」
槐は強張った笑みで答えた。
「はは…まさか」
そして、全員に視線を向ける。
「でも、この中に僕以上に腕の良い『技術屋』は居るかな?」
誰も答えない。
槐もそれを知っているからこそ、言い出した作戦だ。
「居ないだろ?つまり、僕が一番早く起爆装置を直せる、って事さ。
僕が修理をして、脱出して、起爆させる。これが一番ベストな作戦、って事さ」
「でも旦那…!」
堂々巡りになりそうな議論を、槐は片手で制し……そこで、自分の手が震えている事に気が付いた。

槐は震える手を、見つめる。
「大丈夫…故郷に娘が二人居るんだ…こんな所では死ねないさ…」

――そう…薔薇水晶と雪華綺晶に再び会うまでは…

震える手をギュッと拳に変え―――ほんの少し、微笑んでみせた。
「それに…ディナーの約束もしてるんだ……」

援護射撃の銃弾が飛び交う中、単身駆け出す。
 
 
―※―※―※―※―


町の中心にそびえる、大きな建物。
開きっぱなしになったその扉から、水銀燈とめぐが中の様子を窺う…

どこまでも薄暗く、陰湿な雰囲気が立ち込めていた。

「…暗いわね…どうするぅ…?」
「…天使さんは暗い所は嫌い?」
「あなたこそ、暗い所苦手なんじゃないのぉ?」
「ふふ…じゃあ、手を繋いで行きましょ?」
「…お断りよぉ…」

軽口を少し叩き、それでも十分に警戒しながら建物の中に侵入する…

ラプラスが待ち構えているとして…仕掛けてくるなら、何所か。

呼吸を浅くし、足音を殺しながら、猫のようにしなやかな動きで進む…


罠を仕掛ける時間は、無かった筈だ。

なら…どこかで…二対一の不利な状況を覆せると確信するどこかで、必ず仕掛けてくるはずだ…

(さて、私なら…どこで仕掛けるかしら…)
めぐは眼前に広がる闇に目を凝らしながら、考える。 

二対一。
的を分散されにくい状況。それが望ましい。つまり、狭い場所。
何より、相手の姿がより捉えやすく簡単に身を隠せる場所。
(…階段周辺は…要注意ね…)


身を低くしたまま、暗い施設内を進み……やがて、大きな階段に辿り着いた。

足音を殺して横を歩く水銀燈を、手で制する。
そして、めぐはしゃがみこみ……
(…なるほどね)
地面に撒かれた、ガラス片を摘み上げた。

恐らく、ラプラスは電球でも割り…散らばったガラス片の上を歩く足音を攻撃の合図にする気だろう。


めぐは声を出さず、指先でその事を水銀燈に伝え…

――これだけの施設…どこかに別の階段が有るはずよ――
――…私がそこから、背後に回って仕留めてやるわぁ――
――うん、お願い。それまで、私がここでラプラスの気をひいてるわ――

水銀燈が、足音も無く闇に消えていく。

めぐはすっと息を吸い込み…
(さて…派手に見つかるとしましょうか…!)

思いっきり、地面に散らばったガラス片を踏みつけた! 


―※―※―※―※―


外から聞こえる銃声が、著しく集中力をそいでくる。
それでも…
それでも槐は、天才の名に恥じぬ的確な作業で、火薬庫の荒らされた配線を修理する。

「……怖いな……全く……臆病な自分が恨めしいよ……」
作業をこなしながらも――震えの止まらない自分の手に、悲しそうに言葉を投げかける。

思えば…

『技術屋』という職業。無法者達からは、いわゆる『金づる』と認識される仕事を長らくしてはいたが…
家に居た頃は、二人の娘が、その類まれなる才能で常に護ってくれていた。

「我ながら…情けない父親だな…」
少し寂しそうで…どこか嬉しそうに、呟く。

――帰ったら…今までの分も、うんと甘えさせてやろう…

その為にも…

敵の足を止める事の出来る、唯一の武器。町の一部と引き換えに、外敵に大きなダメージを与える作戦。
その鍵となる、火薬庫。

「……我ながら…無茶を申し出たものだな…」

自嘲気味に呟き、作業を続ける… 

―※―※―※―※―

水銀燈は足音も無く、まるで猫のような素早い動きで階段を昇る。
(…全く…この建物設計したヤツ、ぶん殴ってやりたいわぁ…)

どこまでも、どこまでも続く廊下。
階段を昇って進み、進んだ先で階段を降りる。

さながら水銀燈は、建物の形をした三次元の迷路に迷い込んだ気分だった。

(…ちんたらしてたら…めぐが危ないってのに…!)
思わず荒くなりそうな足の動きを、精一杯の理性で抑える。

一体、どれだけ走っただろう。
一体、どれだけのフロアを行き来したのだろう。

辛うじて方向の感覚は保てており、それを元に廊下を進むうち……

水銀燈は不意に足を止め、息すら止めた。
自分の鼓動の音すら止めながら、耳を澄ませる……

『……ゥ……ゥン……』

聞きなれない…何か、巨大な機械のような……とにかく、何かの音がする。

好奇心より、嫌な予感が先行し―――
進路の途中でもあった為、水銀燈はその原因を確認しに行く事にした。

十分に警戒しながら、音の発信源に向かい…扉の無い一つの部屋の前に辿り着いた…
気配を殺し…部屋の中にも気配が無い事を確認すると、ゆっくり、その部屋の中へと進み―――


「……これは…?」

不気味な音を鳴らしながら、窓から差し込む光を反射する、巨大な機械。
それを前に、水銀燈は思わずそう呟き―――

「これが…『Alice』。来るべき人類の夜明けの為に残された……科学という名の神ですよ」

背後から突然聞こえた声に、持てる全ての感覚を全身に行き渡らせ、振り返る。

「……ラプラス……めぐは…どうしたの……」
「クックック…さあ?…私めには分かりかねますな…」

一つの部屋の中で、対峙する水銀燈とラプラス。
そして、その水銀燈の背後には…――――



『Alice』……

全ての人類を……そして、全ての彼女達の運命を狂わした存在。


この時の水銀燈には……知る由も無かった…―――――



                                   (後半へ)
 

 

 

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