その日の夕方5時半。
家には快速でも帰れるんだけど、
やっぱり人混みだけはまだまだ苦手だということで、
途中で快速に追い越される普通電車に乗って帰ることとなった。
で、途中の快速の待ち合わせのときに向こう側の快速を見たけど、
休日にも関わらずドアがなかなか閉まらないほど混雑していた。
対照的に、こっちはガランとしていて空席もちらほらとある──
みんな何でそんなに急ぐんだろう…。
だが、電車だけではない。
駅前から出るバスも酷く混み合っていた。
どう考えてもさっきの快速の客の6割はこのバスの利用者だ…
…って思いたくなるほど、各系統ごとに満遍なく混んでいた。
しんどい…。
いつもだったらここで徒歩で帰宅することを選択するんだけど、
僕と翠星石がもうクタクタすぎて歩けなかったから、
翠星石んとこのお母さんに車で迎えに来てもらった。
ジ「今日はご迷惑をお掛けしました。すみません…」
母「そんな、迷惑なんて…いいのよ。今日は頑張ったわね」
ジ「…」
母「せっかくだし、うちで食べない?…のりちゃんと2人で」
の「でも今日は祝日でおとう…」
銀「お父様が休みだって関係ないわよぉ。ねぇ?」
母「そうよぉ」
翠「ほら、おめぇも…」
ジ「…あぁ──」
さらにこんな感じで、夕飯までご馳走してもらうことになった。
もうこの時、すでに7時前だった。
ケーキ屋に居る時間が結構短かったからまだ救われたか。
ジ「おじゃまし──」
薔「ジュン登りぃ~!」
靴を脱いで玄関を上がった直後、いきなり飛びついてくるばらしー。
もちろん踏ん張りきれずに、その場でぶっ倒れた。
銀「やめなさい。ジュンくんはもう疲れてるんだから…」
薔「えぇ~…いいなぁ。翠星石と水銀燈~!」
ジ「わかった…後で遊んでやるよ…」
──Zzz...
~~~~~
──気がつけば、僕は布団の上で横になっていた。
ジ「…」
──真っ暗な部屋。
中途半端にドアが開いていて、
ドアの向こうのドアも中途半端に開いていて、
そこから光と声が漏れてきている。
雪『この番組、CM多い…』
薔『他に何かないのー?』
金『今日の新聞どこかしらー?』
雛『はいなの!』
金『ありがとー』
そうか。
ここ、翠星石んとこの家の玄関近くの洋室か…。
ばらしーに無理やりよじ登られて…
…何か…完璧に寝てたみたいだ…。
ジ「…」
あぁ…だいぶ寝てしまった感じがするし、
夜遅そうだから、泊まり決定なのかな──
翠「Zzz…」
静かに寝息をたてている。
こいつも同じように寝てしまって、ここに運ばれたのかな。
今起こすのは申し訳ないから、僕だけ先に起きよう…
…。
そろっとドアを開けて──
翠「…そーせいせきぃ」
ジ「…」
──そして、またそのドアを半開きのままに戻して、
また半開きのリビングのドアをそろーりと開く。
…。
雛「あー!ジュン!」
ジ「…おはよう」
薔「もう遅いよ!」
僕はハッとして時計を見た。
10時前だった。
──僕はそのまま左のダイニングの方に目をやった。
そこのテーブルには蒼星石、向かいには真紅と水銀燈が座っていた。
銀「おっそw」
ジ「悪かったなw」
蒼「よく眠れた?」
ジ「まぁ、ね」
僕は蒼星石の隣に座った。
ここのお母さんが夕飯を持ってきてくれた。
母「おはよ」
ジ「おはようございます…寝すぎましたw」
母「もうちょっと早くに起こした方が良かったかしらね」
そう言いつつ、テーブルに皿を置いてくれた。
母「時間的には遅いけど、ちょっとは食べた方がいいわよ」
白ごはんに鶏のから揚げ、サラダ…
どれも少量ずつ。僕の今の食欲的にも丁度いい感じだった。
何か、本当のお母さんみたいに僕のことを分かってくれてるようで、
少し涙ぐんできた。
ジ「ありがとうございます…」
母「いいえぇ」
ジ「いただきます」
母「遠慮せずに食べてね」
そう言って、お母さんは玄関横の洋室の方へと消えていった。
──しかし…あぁ…旨い。
雪「ねぇジュン?」
食べ始めて早々、きらきーが僕の腕を引っ張ってきた。
雪「私もひとくち…」
ジ「え?」
紅「あなたはさっき食べたばかりでしょ?
それにもう歯も磨いたんだし…」
雪「でも…」
薔「あ、そうそう!さっき遊んでくれるって言ったよね!
それ食べ終わったら遊ぼうよ!」
紅「さ、みんな早く寝るわよ」
金「えぇ~」
薔「え~」
雪「え~」
紅「…」
雛「え~」
紅「こら!雛苺!そんな悪い真似はしなくていいの!
いいから、ささ、ほら!」
真紅は小学生以下組を引き連れてリビング及びダイニングから消えた。
一瞬、水銀燈とアイコンタクトをとってたような気がした。
ジ「…」
何か、急に静かになったな。
ま、とりあえずこれを先に食べよっと。
…。
…。
ジ「ごちそうさまでした…」
ふぅ。
気づいたら蒼星石や水銀燈とも全然話さず食べてたよ…w
僕は食器を流しまで運んで、また元の席に戻り、
ふぅ~っと一服ついた。
銀「そろそろいいかしら?」
ジ「…ん?」
銀「ちょっと大事な話があるんだけど…」
ジ「…あぁ」
僕は箸を置いた。
キュッと結ばれた唇からして、結構深刻な話の予感がする──
ジ「…何?」
銀「ジュンくんが苛められてることを、あなたの担任に伝えることにしたわ」
ジ「…」
銀「お母様を通じてね」
ジ「…」
そっか…。
ここのお父さんやお母さんは僕が引き篭もってるのが、
ABCやその関係者にやられてるからだってのを知ってたんだ…。
銀「連休明けに言いに行く…って」
ジ「…うん」
銀「まぁ、私たちだけじゃ解決できない問題だし…」
ジ「…」
僕が寝てる間に色々と決まったもんだなぁ。
PTAも動くのかな…。
大人の力がそろそろ発動するんだなぁ。
銀「でもね…」
ジ「…」
水銀燈は僕を鋭い目つきで睨みつけ──
銀「あんた、他人事のように思ってない?」
えっ…?
銀「──あんたが強くならなきゃダメなの!」
ジ「!」
そして語気を荒げた。
僕は、ただただ水銀燈に怯えるだけだった。
銀「いつまでもヘナヘナしてんじゃないわよ!」
テーブルを両手でバン!と叩いて立ち上がった。
ケーキ屋ではしゃいでた水銀燈はどこへ消えたのか…
銀「あんた、翠星石を置いて逃げたのよ?」
ジ「…」
銀「ふっ…そりゃイジメられて当然よねぇ」
ジ「…」
頭の中が真っ白になった──。
銀「ど~ぉ?悔しい?──こんな事を言われて…」
さらに水銀燈は静か~に問いかけてくる。
そして僕に顔を近づけてくる。
何だか、体全体から冷や汗がジワっと染み出てきた…。
ジ「…」
バン!
銀「悔しいでしょ??」
ジ「…」
テーブルを叩き、顔を真っ赤にして叫ぶ水銀燈。
僕は怖くて何も反応できなかった。
──やがて水銀燈は拳を握り締める。
そしてそれは次第に目に見えるほど震え始めた…。
銀「──はい、さよならぁ~。もう帰れば?」
ジ「…」
蒼「ちょっとそれは…」
銀「おやすみ」
水銀燈は冷ややかな視線を僕に浴びせ、
階段を上がっていく。
ジ「…」
しかし、水銀燈は階段を上る途中で足を止め、
またこちらに振り返り、言い放った。
銀「ひとつ言わせて」
ジ「…」
銀「私は悔しい。
あの3人にあなたたちが襲われたこと、中指を立てられたこと、
そして何よりも──あなたがトンでもなくへタレだったことよ!」
そして水銀燈は荒々しく2階へ上っていく──
僕は絶望に打ちひしがれた…。
──帰りたい。
蒼「あの…」
ジ「──ねーちゃんは帰ったんだよな?」
蒼「あ……うん。家事が残ってるって…」
ジ「…じゃ、僕も帰るよ」
蒼「待って!」
僕は玄関へ向かおうと立ちあがっ──
翠「…」
ジ「…」
思わずハッとした。
振り返れば翠星石がそこに立っていたのだ。
──もう起きてたのか…。
翠「…」
ジ「…」
まさか、さっきのやりとり…全部聞いてたのか…?
翠「…」
ジ「…」
ますます居心地が悪いじゃないか…
もう帰ろう──
僕はとにかく玄関の方へ突き進んだ。
しかし翠星石はリビングのドアの前で通せんぼしやがった。
翠「とっ」
ジ「…」
翠「…こっ…ここで帰ったらお前は…ますますヒッキーまっしぐらですぅ」
ジ「…」
────だから何さ。
翠「まぁ…翠星石だってつい最近、引き篭もろうとした時期があったんですけど、
…お前がいたおかげで今はヒッキーにならずに済んでるんですよ?──」
ジ「…」
翠「りっ…理解できねぇんですか…?翠星石の言ってることが?」
ジ「…」
────その通り。
翠「やぁですねぇ。だから、翠星石は怒ってなんかないってことですよ!
がっかりしたのが1回だけ…まぁ服屋のことなんですけど…
…それ以外は全然、何にも気にしてねぇですよ」
ジ「…」
翠「れ、連絡入れなかったことでまだ不機嫌なんですかねぇ?水銀燈は…」
ジ「…」
────そうじゃないよ。あれは…。
翠「でも翠星石はむしろ…今日のお前にはホント感動したです!」
ジ「…」
────なっ…何でそんなに目を輝かせるんだよ…。
翠「すっ…翠星石が言ってるんですよ?…水銀燈の発言なんか忘れろです!」
ジ「…」
翠「う~ん…じゃあちょっとお風呂にでも入ってゆっくり考えろです」
ジ「…」
僕はずっとダンマリを決め込んでいたのだが、
でもちょっと揺さぶられた…。
さらに翠星石は僕の腕を引っつかんでくる。
翠「ほら、入るですよ!」
そしてグイグイと引っ張っていく。
ジ「ちょw引っ張るなよw」
今日は泊まる気が失せた、というのもあって踏ん張ってしまう。
すると翠星石は腕に抱きついてきた。
翠「意地でも連れて行くですっ…」
そしてまた引っ張っていく──
あぁ…何か気を逸らす…ハッとさせる発言を…
ジ「あっ…でもお前まだ風呂に入ってない服じゃんそれ」
翠「そうです。だから風呂のお湯の量はちゃんと保たせてくれです」
──そうだ!泊まりの時はよくある話だから突っ込んでも仕方ないんだった…!
翠「蒼星石ぃ~!手伝ってくれです~!」
ダイニングの蒼星石が苦笑しているのが見える。
そして『お願いっ!』っていうジェスチャーが入る。
いやいや…
──そして引っ張られるがままに風呂場前の洗面所へ…
何てこったい…
翠「じゃ、あと宜しくです」
ジ「何ぃ?」
ガチャン!!
…そしてドアを閉められた。
翠『さっさと入れです~』
これって半ば監禁状態じゃないか…
これじゃあ隣の風呂場にしかいけないしw
翠『ほら、さっさとしろです』
ジ「…わかったよ」
~~~~~
ガラガラガラ…
仕方なしに折り戸を開け、風呂に入る。
浴槽にはしっかりお湯が張ってあった。
ま、シャワー使いまくってたら大丈夫だよな。
サー…ゴシゴシ…。
…。
…。
…。
…あれ?ナイロン製のタオル、僕のっぽいな…
春休みあたりから失くしてたから捜してたんだよな…
洗濯表示のところに…あ、“桜田”って書いてるよw
ちょw
…じゃあ使っちゃえw
ワッシャワッシャ…。
…。
…。
…。
──む?
背後で水道の出る音が…?
──あ、止んだ。
…シャカシャカシャカ♪
ジ「…」
歯を磨きだしたか、あいつ…。
…シャカシャカシャカ♪
ま、いいや。
こっちはお湯にでも浸かっとくか。
──ふぅ。
……水銀燈に冷たくされた…。
街でBに追われてた時は助けてくれたのに…鬱だ…。
──あの時は翠星石にも逃げろ!って言われたし…。
別にいいじゃないか…。
はぁ。
先が思いやられるというか、
やっぱり学校に戻りたくないなぁ。
今頃きっとABCの奴らがクラスの奴らに怨みに任せてメール送りつけてるだろうし。
生意気だとか言ってまた今度は大人数で襲ってくるんだろうか。
これ以上増殖してもらっても困るんだけど…。
はぁ…。
翠『…ジュン?』
ジ「おわっ!?」
風呂の外から翠星石がいきなり声を掛けて来た。
ジ「何だよ!?」
翠『おっ…おめぇが風呂で寝てないか、呼んでみてチェックしようとしただけです。
大した用じゃないです?あのぉ…え~っと──』
…わかったよ。
僕の負けだ。
ジ「泊まるよ!」
翠『…そうですか!…あっ、そうですね!…安心したです。あはは──
蒼星石にもちゃんと伝えとくです~♪じゃあ、ごゆっくり~』
そんな声がした後、翠星石のシルエットは忽然と消えた。
──何でこう翠星石は必死なんだろうなぁ。
僕はABCに取り囲まれたあの場面で逃げたんだぞ?
何でそんな僕にこれほど気を遣おうとするんだ?
変だろ?
──やっぱり水銀燈の言う通りかもしれない。
周りが解決してくれるって思ってた節もあったかもしれない。
そのうちみんな愛想を尽かして僕から離れていくかもしれない。
──でも僕は何だかんだでヒッキーなんだよな?
そんなことでクヨクヨしてどうするんだ…。
他人なんて敵なんだよ。所詮。
──あぁ…でもそしたら、友達って…何だろう。
翠星石、蒼星石、柏葉、stu、幼稚園や小学校からの友達なんてたくさんいるし…
家族だってそうだ。
最初に僕がAとBからイジメを受けて以降、一切向こうサイドに立ってない…よな…?
何か申し訳なくなってきたな…。
僕自身が強くならないと、いつまでもABCサイドにナメられっぱなしだ。
この件の解決に対して、ちょっと…いや、だいぶ他力本願なところもあったしなぁ。
あっ…むしろ僕自身が強くなれば、ABCサイドからとやかく言われることも…
…襲われることも…なくなる…のか…?
──水銀燈の言ってることって…プラスに考えると凄いなぁ。
言い方がアレだったけど、僕のこと心配してくれなかったら、
あんな事言ってなかったよな!
おう、何か希望が持ててきたぞw
明日から…短距離ダッシュに腹筋、背筋、腕立て伏せを頑張ってみるか。
水銀燈、どんな顔するかなぁ──