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 それはどうかな、と思ってしまう。

 私は見た目上大人しいと言われるのが常で、他人の評判とは得てして何の根拠もなく上がるものではない。
 けど。
 そこに道行くあのひと、今まさにバスに乗ろうとしているあのひと、街にあふれる、ひと・ひと・ひと。
 そんなひとたちに、私の心の裡(うち)が、一時一句正確に読み取られることなど、有り得ない。
 ものの表面は、多くの情報を他に与える。
 では、その内側は。より多くの情報を秘めている筈でありながら、しかし他人には、上手く伝わらない。

 その前提があるからこそ、かもしれない。
 少しでも、理由はどうあれ、私の中に秘めていた言葉のようなもの。「ようなもの」と言うのは、大体その、言葉っぽい何かが、かたちを成していないことが多い――パズルのピースに似ていて、組みあがらないと全体のかたちがわからないから。
 そんなピースが、およそ組みあがったら出来るであろう、というかたちを、私ではない誰かに言い当てられてしまったとき。動揺を覚えるのだ。
 そこには、示されて初めて気付く、完成の予想図がある。

「そうやってまた、小難しいことを考えるのね」

 ……そうかなあ。

「そうよ」

 私の中にあるパズル。
 およそ簡単に組み上げられる筈がないと、私は下らないタカを括っていた。
 自分の中のものを、自分で処理しきれない。

 その完成予想図を、容易く見せてくれるあなた。
 私は貴女が持っているパズルのピースを、いまだ組み上げることが、できない。




【ある日のふたり】 夕陽が綺麗だった、放課後の場合




「まあねえ。難しいと思っても、実は単純だなんてことは、よくあるじゃない?」

 それを言い切る貴女も、中々じゃないかしら。

「またまたぁ、ご謙遜を」

 家路につく下りの坂道を照らす夕陽が、なんとなく綺麗だった。
 それを友達と、歩いて帰る。
 中学時代ならおよそ想像のつかなかった光景が、今実現されている。別にこれが、あの日夢見てた未来だなんて、そんなことを言うつもりはないのだけど。

 交わされる言葉は、案外と多い。
 こんなにもしゃべるキャラクタだったかしら、と思うのを、お互い様であると思っているかどうかはわからない。まあ、もともと隣に居る彼女は、随分しゃべる。

「はぁ。明日の一限なんだっけ?」

 現文ね、確か。

「あ、そっか。ならいいかな。割と『先生』はすきだし」

 そうなの?

「うん。真実があるから。人間としての、真実が。あれだったらさぼらなくてもいいなあ」

 彼女の言う『先生』は、別に現代文の教鞭を執る先生のことではない。

『私はその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。――』

 私はいまだあの作品について、正確な感想を持つことはできない。
 ただひとつ、いえることとすれば。

 闇ね。あの作品には、闇が潜んでるの。

「闇、……んーと、」

 顎に人差し指をあてて、ちょっと考える素振りを見せる彼女の長い髪が、ゆるやかな風にあてられて少し舞い上がる。また彼女は、私の零した僅かなピースから、その先を組み上げようとしている。

「そうね。心の闇は、ひとをころすわ」

 彼女が生き死にを語ると、一際その言葉の重みが増す。

「病気は、本人の意思と関係ないしね。病は気から、っていうのはとりあえず置いといてよ? でも、病気が心を闇に包むっていうのは、あながち間違いじゃないかも」

 ――貴女が言うと、大分洒落になってないんだけど。

「あははっ。や、正直なところ、入院中にあれ読まなくて良かったかなー、って思うのは、ほんと」

 確かにまあ、心が弱っている状態であれを読むと、よろしくないような気がする。なんというか、凹む。

 眼の前でやわらかい笑みを浮かべる彼女は、中学生の頃などは重い心臓の病気を患っていた。
 それを克服した未来に立っているのが、今の彼女。大分情緒不安定なところがある、なんて彼女は言うけれど。現状を見るにつけて、その明るいパーソナリティから、そんな想像は出来ない。

 それにしても、サボっちゃ駄目よ? めぐ。授業があるなら、受けないと。

 とりわけ彼女は頭が良いし、加えて気さくだし、私とは全く異なるタイプであると思う。
 たまに授業をサボるのが、たまにキズだけど。それも、彼女の――や、私も含めての――友達を、連れ立って。

「テストじゃあ、巴の方が点数いいでしょー」

 ……不本意ね。それは貴女が、テストの途中で寝るからでしょう?

 定期考査の時期、クラスの席順は五十音順で配置される。
 苗字の都合上、彼女は私の丁度ひとつ前に位置取りが成されるわけだけど、彼女がテスト終了まで起きているところを、私は見たことがない。

「ええ。だってあんなの、60分かけるものでも無いじゃない。飽きるだけインプットして、アウトプットは一回でしょ。よく皆真面目に見直しなんてするもんだわ」

 それは、ケアレスをなくすためね。

「やー。固いこと言っちゃ、や」

 本当にいやいやする感じで首を振る彼女は、なんとも可愛らしい。
 こうやってとりとめのない話をしながら、私達の帰り道は、流れていく。

「ねえ、巴」

 どうしたの?

「明日の放課後、買い物に付き合ってよ」

 えっと……うん。特に予定もないし、いいよ。

 やることと言ったら、クラスの友人から借りたゲームくらい。
 女子高生として少しかなしい画面なのかしら、などと一瞬頭をよぎるが、事実なので仕方ない。

「終わったらさ、巴の家に行こうよ。珍しいゲームいっぱいあるし」

 珍しいって言わないで……

 痛くもないこめかみの辺りに、思わず指をやってしまう。私はかつて父から、今は化石になってしまったハードをプレゼントに貰った苦い思い出がある。
 それを援助してくれる物書きがすきな友人、薔薇水晶から借りたソフトが、どんどこ積み上げられている有様。気にしたら負けだと思っている。

「名作は何年経っても名作。まだセーブ残ってたよね?」

 名作、という彼女の言葉に、私は何の異論も挟まない。まるで発売当時を知っているような口ぶりが少し気になる。
 彼女がゲーム中に選択した「すきなもの」は、よりによって「やくると」だった。多分、サボり好きな彼女の友人に影響を受けたに違いない。それ飲んで完全回復するならいいんじゃないかな。彼女のセーブデータだと、もうほとんど実家に帰ることはない訳だけど。なんというか、強すぎて。ライフアップγとか要らないじゃない。そして主人公よか、連れ立った女の子の方が遥かに強い。サブキャラなのに。動物園で暴れるゾウを素手の一撃で屠る位に強い。

 もう先に進んだ方がいいんじゃない? あれ。レベル上がりすぎて、殆ど一撃でしょう。

「ええ。いいじゃない、女の子は強いの! ピッピちゃんかわいい!」

 もう何を言ってるのかよくわからないし、とりあえず止める理由がない。すきなだけ動物園で暴れて欲しい。
 あと、友人宅に上がりこんだ果てにRPGをやりこむのはどうかと思うの。私は他人のプレイを見てるのがすきだから、気にならないけど。



―――


「いや、ねえ。花の女子高生なんだから、買い物のひとつやふたつくらいは」

 表現が古いのは、気のせいかしら?

 気にしないの、と。からから笑って彼女は答える。
 私としては、あまり放課後に何処かへ寄り道するのは好まない。その辺りは、多分薔薇水晶と似た感覚のように思う。
 そんな個人の感情を度外視しても、今の時期に悠々と買い物に出かける私達は一体なんだのだろう。仮にも受験生だというのに。

「塾が休みの日くらいはねー。今日は薔薇水晶と勉強会しないの?」

 金曜は、元々しないようにしてるの。

 ちなみに先日は、なんだか知恵熱が出たとのことで、『ごめん』と一言あやまりながら、彼女は帰ってしまったのだった。
 ひょんなところから、妄想力逞しい、薔薇水晶と友達となり。そんな彼女と、近頃は放課後の教室で、通常は受験に向けたささやかな勉強会を開いている。
 彼女とお話をするのはとても楽しくて、ついつい時間を忘れがちになってしまう。だから、決めたのだ。ちゃんとノルマに一区切りつくまでは、がんばろうと。

「きらきーが言ってたよ。昨日夜遅くまでキーボード打ちまくってたって」

 ……新作が出来たのかしら。

 文章を書くのがとてもすきで、将来は物書きに関連した仕事に就きたいと考えている彼女。それはとても素敵な夢で、その姿が眩しく見えることもある。

 でも、まあ。今は無理をしないって約束だったもの。
 あとでお説教ね。来週は物理特訓かしら。

「たまに巴の後ろに、黒い炎が見える気がするんだよねえ」

 そういうのは、思っても口に出さないのが吉だと思うわ。


――――


「さて、着いたわけですが」

 うん……や、私、間に合ってるんだけど。今のところ。

 買い物、ということだったから、多少の持ち合わせはあるけれど。

「見えないところのお洒落も必要なんだって」

 そんなものかしら。

「そう! いつ素敵なひとと巡りあうかわからないでしょ?」

 そんなとき、上下の種類が違いましたなんて事態になったら私泣くわ、とか言い出している。
 私はそういうことよりは自分の動きやすさを重点に考えたいタイプ。デザインに特に拘りはないんだけどなあ……そりゃかわいらしいに越したことはないだろうけど、上着に響かなくてサイズがあってればそれでいいような……あと私、淡い色合いのやつしか身につけないし。

「そりゃあ、ねえ。水銀燈なんかは、探すの一苦労だって言ってるけど。あの娘と買いにいくと、なんだか物悲しい気分になるのよ。うん、なんとなく」

 その「なんとなく」を共感しあっている私達は、一体どうなのだろう。わかるけど。肩こりそう。
 F70か、という言葉がぽつりと零れたのを聞き流したかった。どういうことそれ……

「乳酸菌って、効くのかしら」

 さあ……


――


「んー、まあこんなもんかなあ」

 彼女がどんな塩梅のものを買ったかは割愛。とりあえず、試着はたくさんしてた。最近は刺激的なのが多いわね、ほんと……
 一応言っておくと、悩殺できるような類ではない(であろう)常識的な、範囲のもの。
 私達は、大体同じ方向に位置どられている自分たちの家へと、歩いている最中。
 買い物付き合いも終わり、疑問、という程でもないけれど、少し彼女に問いたいことがあった。

 ねえ、めぐ。

「ん?」

 お洒落、っていうのはわかるけど。見せたい相手でも、居るの?

「えっ」

 そんな言葉を発して、珍しく彼女は取り乱す。本当に滅多に見られないものだから、ちょっと驚く。

「いやー、はは……どうかな、片思いだし」

 そうなんだ。

「うーん。高校卒業しちゃったら、逢えなくなるかもだしねえ。それでも、なんか色々想像してるうちが、楽しいって言うじゃない? 見せたい、とかさ、そういうの、実際には無しにしてもだよ」

 起こす行動は割かし大胆だったりする彼女だが、かなりの奥ゆかしい面を持っていたりする。その辺は多分、水銀燈とも通じるところがある――というか私の友達って、そういうタイプが多いなあ。私が冷めすぎてるだけなのかしら。
 恋愛、か。それは私の中で形を上手く作ることが出来ない、ピースのひとつ。
 在る、のかもしれない。
 けれど。

「巴だって」
「すきなひと、居るでしょう?」

 彼女の瞳が、私の両眼をしっかりと捉えている。
 ああ、また貴女は。
 私自身組み上げられないパズル、その出来上がった姿を、見せようとしているのだろうか。

 多分。
 私と彼女の想い人は、異なる。
 私の相手は、そりゃあ私が考えるものだから、多少なりとも意識にあるとして。
 彼女の相手は、なんとなく彼女が普段追っている眼線を辿ってみれば、わかる気がした。

 私は今。彼女の心の中にあるパズルを、組み上げようとしているのかしら。

「うん。多分、私と巴じゃ、すきな相手が違うね」

 ……

「でも、ね。万が一、や――もっとその確率は、私達の場合を除いたら……一般的には大きいんだと思うけど。お互い、同じひとをすきになったら、どうする?」

 どうする。私は、どうするだろう。
 ある一人に、多くの想いが重なったとしたら。
 恋は多分誰の心にも芽生える。ただ多くの場合、一度に結ばれる相手は一人だけだ。

 思考の遊びが始まる。
 自分たちに当てはまらないケースだと思えるからこそ、出来る遊び。

 結ばれたもの同士と、想いを遂げられなかったひとの違いはなんだろう。そう考えたところで、彼女はまた口を開く。

「奇麗ごとを言うと」

 そんな前置きをして、彼女はぽつりと零す。

「多分どちらかが、伸ばしかけた手を引くんじゃないかしら」

 ――それは私か、それとも貴女か。

 彼女は、いつもの笑みを崩すことはなかった。
 けれど、その微笑みには、ほんの僅かな影が落ちている――陽が、暮れかけているせいもある、私も多分……同じような顔をしていると、なんとなく思った。

 恋の芽栄えが同じようなかたちを作れば。ふたりが、同じ画のパズルを、完成させてしまっていたら。なるほど確かに、眼も当てられぬような修羅場になるか、もしくはどちらかが引くか。そうなるのかもしれない。

「私は、きっと引かないタイプ。巴、貴女も……私と同じかな、って思うよ」

 ……
 それはどうかな、と思う――
 いや。

「どうかな」

 うん、えっとね。
 想いに気付いちゃったら、多分私も引かないと思う。けど、ちょっと考えたことがあって。

「考えたこと?」

 そう。多分、ある一人に想いが重なるのは、想いを遂げた誰か、っていう結果、を見せられて初めて現れる場合もあるかなってこと。
 引く引かないなんてことも確かにあると思うけど――それより先にね。想いのかたちを成すスピードに、差があった場合も考えられないかしら?

「ああ、そういう」

 人差し指を立てながら、彼女は続ける。

「より早く想いに気付いた方が、先に行動を起こせる――」

 そう、なるかな。

 言葉を返すと、何だか彼女はにやにやとしていた。なんか変なことでも言ったかしら。

「ふふーん。やっぱり巴、大胆な娘ね」

 ……え?

「だって、そうでしょ? 自分の想いに気付いても、行動を起こせないひとなんて、それこそ数え切れないわ。私も然り。そこをいくと巴、貴女は違うってことでしょう?」

 あ、……ああ、そう、なる……の?

 言われてみれば確かにそんな気もして、一気に顔が熱くなっていく気がした。
 頭の良い彼女のことだ。私が一度言ったことはきっと忘れないだろうし、暫くはこれをダシに色々からかわれるかもしれない。
 そんな彼女はというと、『怖いわね、同じ女としては』と言いながら、先ほどからのにやけ笑いを崩していない。ああ、もう……

「ああ、でもね巴」

 うん……何?

「本当に、語りつくせないものだと思うよ。行動にうつしてなお、何かのしがらみに囚われて。しあわせを感じられないこともある――」

 『先生』、のように?

「そう、『先生』、のように。ただ悩み、闇に埋もれてしまったとしても」

 こころ。
 それは眼に見えないものなのだから、平生、闇、というものに包まれているという表現が合うのかもしれない、などと思った。

「ま、この話はおしまーい。何か進展があったら、報告くらいはするから。考えれば考えるほど、難しいものはもっと難しくなっちゃうものね」

 若いうちはそういうのも大事だけど――

 そう言う彼女に、私は返すのだ。

 ――大事だけど。案外実は単純ってことも、あるって訳ね?

「うふふ。ま、そういうこと」

 随分長い間、話をしているような気がしていて。もう既に、家路を分かつところまで辿りついていた。

 ゲームしに、くる?

「ううん、今日はやっぱりやめとく。――ああ、そうだ」

 え?

「貴女も。頑張ってね」

 うーん……ほどほどにね。それに、頑張るならまずは、めぐの方よね。

 笑いながらぶんぶんと手を振って、彼女は背を向けた。ちょっとだけその後ろ姿を眺めて、私ももうひとつの道へと歩き出す。

 夕陽がとてもきれいだと、なんだか泣きなってしまうのは何故だろう。
 特に感傷に浸る話題でもなかった――筈。まあ、私は私で、パズルを組み上げていくことにしよう。
 足りないピースが、多分いくつもある。だからまずは、それを作るところから。
 彼女は私の足りないピースを加えてくれるかもしれないけど、多分私がすきかもしれないひとは、そういう機微を持たない感じだから。

 友達と話しているのは、やっぱり楽しいし。私は彼女のパズルを組み上げることは難しいかもしれないけれど、完成品は見せてくれるんじゃないかと、期待しているのだ。

 これは、ある放課後の話。思えば随分と友達も出来て、ところどころで色々なお話をしている。
 それは決まって、学校の終わる、放課後のこと。

 さて、勉強会が無かった分くらいは、家でやっておこうかしら。
 手元にある買い物袋は、とりあえずまあ……おいとこう。箪笥の中に。

 晩御飯が気になってる内は、まだまだね。
 そんなことを思いながら、家のドアを、開ける。


 ただいま、――




【ある日のふたり】 夕陽が綺麗だった、放課後の場合  おわり






  
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