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フラヒヤ山脈、中腹東部。
「中腹」とは言われるものの、実はこの一帯は標高で言えば、かなりの高所に位置する。
山麓東部に穿たれた洞穴を抜けてここまで来た者は、麓で見たときより空が近くなっていることを確信するに違いない。
東部以外の三方を崖で囲まれ、東部はそのまま深い谷底に続いているこの広大な雪原に、「そいつ」はいた。
翠星石と蒼星石の腰のランタンが、夜風の巻き起こす地吹雪を切り裂いて、その姿を闇から浮かび上がらせる。
「稀白竜」の異名を持つ飛竜、フルフルの全身を。
翠星石と蒼星石は、そのフルフルの姿に思わず一瞬唖然とする。
フルフルとは、それを見たことのない人間に説明するのはなかなかに難しい、異形の飛竜である。
まず想像すべきはサナダムシ――人間の腸内に居座る寄生虫であろうか。
そのサナダムシを約8mまで延長し、体の断面積を極太の丸太並みに広げたなら、
フルフルの姿を描くための第一段階は完了となる。
その丸太並みに太い巨大サナダムシの口は大きく裂け、その円筒形の口内には慎ましやかながら、
人間ほどの大きさの生き物なら難なく捕食できる鋭さを持つ牙が生え揃っている。
このサナダムシの化け物の中ほどに、直径にしておよそ4mほどの、まん丸の胴体を追加。
そしてそのまん丸の胴体の下半分からは、蛙の足を思わせる吸盤の付いた巨大な脚が生え、
上半分からは蝙蝠のそれを思わせる、ブヨブヨした翼が一対伸びている。
この奇怪な生き物の表面は、同じく白色のブヨブヨした皮膚で全身覆われ、
その皮膚の下では蜘蛛の巣のように走る、赤い血管が休むことなく蠢動を続けている。
こんな不気味な姿をした、一見「飛竜」という言葉から遠くかけ離れた飛竜種……それが、フルフルである。
翠星石はフルフルの首元から口元まで、さっと視線を走らせた。
瞬間、思わず頬が赤くなるのを抑えられなかった。
「……真紅が嫌がる理由が分かった気がするですぅ……。
こんなヒワイな飛竜、好きこのんで戦いたがるハンターがいたらヘンタイですぅ……」
赤面し、この場で発するには余りにも場違いに思える言葉を口にした翠星石に、蒼星石は疑問の声を上げる。
「確かにあいつは不気味な姿をしてるのは認めるけど……『卑猥』って言い表し方はおかしくないかな?」
「だって、あんなヘンタイじみた見た目をしてるんですよぉ!? あいつは歩くセクハラ飛竜ですぅ!」
ヒステリックに叫ぶ翠星石の声に反応したのか、フルフルはぴくりとその首を震わせた。
「げ!? 気付かれたですぅ!」
翠星石が思わずその身を退かせるのと同時くらいに、フルフルも動きを見せた。
眼球に相当する部位を喪失している、口しか付いていない頭部が周囲の空気をひっきりなしに吸い始める。
2人は即座に臭いを嗅いでいるのだと察することが出来たが、そのやり方もまた不愉快極まりないもの。
ふつう、臭いを嗅ぐ時の擬音は「くんくん」だとか「すんすん」といったものだろう。
だがフルフルの場合、擬音で表すなら「くんかくんかくんか」か「ふんごふんごふんご」とでも表記すべき、
臭いを嗅ぐにしては余りにも荒過ぎる呼吸音が、その口元から漏れるのだ。
翠星石の背に、思わず寒いものが駆け抜けて鳥肌が立つ。それも寒さゆえではなく、生理的嫌悪感ゆえに。
「フルフルは『超』が付くぐらいのヘンタイ飛竜ですぅ!」
吐き捨てる翠星石。
「気を付けろ翠星石! 来るぞ!」
緊張ゆえか、言葉遣いが若干荒くなる蒼星石。
奇声を上げながら、フルフルは自身の全高ほどの高さまで跳躍し、一気に飛びかかった。
地面からおよそ4m以上も飛び上がり、そして全長8mの肉体に込められた全体重を叩きつけ、のしかかる。
これほどの巨体が4mもの高さから飛び降りてきたなら、鎧をまとわぬ人間くらい軽くぺしゃんこに出来るだろう。
どずん、と迫力のある音を立てて、粉雪が雪面から盛大に吹き上がる。
フルフルのボディプレスは、その下にあった雪面を恐ろしいほどの威力で強打したのだ。
しかし、その雪煙の中に双子の姿はなかった。
翠星石は右に。蒼星石は左に。
とっさに体を転がして、ぺしゃんこになることだけは免れる。
「危なかったですぅ……!」
いまだ鳥肌の立ったままの翠星石は、自慢の茶色の長髪を鎧の中にたくし込んでおいて良かった、と安堵する。
翠星石は狩りの際、その長髪を『ゲネポスレジスト』の背中側にしまい込んであるが、
もし髪の毛を剥き出しにしていたら、髪の毛をフルフルに踏まれてその動きを封じられたいたかも分からない。
「翠星石! 次が来る!」
側転して雪原に両手を突き、地面を押しやって立ち上がる蒼星石はその勢いのまま『ツインダガー改』を抜く。
肉を引き裂くのに適した双刃が、蒼星石の背から両手に収まった。
一方のフルフルは雪面にめり込んだ体を起こし、蒼星石の側を振り向く。
フルフルが次なる攻撃動作に入らんとしてか、そのミミズか何かを思わせる白色の尻尾を雪面に吸着させた。
だが、蒼星石が前傾姿勢のままフルフルの懐に飛び込む方が、それよりも一瞬速い。
「おおおおおおおっ!!」
蒼星石は前傾姿勢のまま強く踏み込み、『ツインダガー改』を左右に振り抜く。
この踏み込みで、ちょうど蒼星石はフルフルの股下を潜る形になり、
両開きの扉を押し開くような形で決まった斬り払いは、フルフルの脂肪過多とも言えそうな腹を切り裂く。
その腹の中ほどが僅かに裂け、そこからじわりと二筋ばかり血が滲んだ。
そして、その頃には蒼星石は踏み込みながらの斬り払いの勢いに乗り前転。フルフルの股下から、脱出している。
双剣を握ったままでも蒼星石は器用に左手を突き、そこを軸にして跳ね上がる。
背を向けていたフルフルの側に向き直り、次の攻撃に備える。
(さあ、次には何が来る……!?)
フルフルの血が『ツインダガー改』の刀身上で凍りつき、赤い花を添える中、蒼星石は油断なく構える。
そこに飛んで来たのは、翠星石の声。
「蒼星石ー! ちょっと時間を稼いで欲しいですぅ! ちょうどいい高台を見つけたですぅ!」
「分かった! そっちの確保を頼む!」
ろくに声のした方向も見ずに、ひたすら蠢くフルフルの姿を睨みつける蒼星石。
その言葉の内容で、大体作戦は分かっている。
ハンターの中でも、ボウガンなどのような飛び道具を扱う者達……
すなわち「ガンナー」と呼ばれる者のみに可能なあの戦法を使う気だろうと、蒼星石にはすぐさま理解できた。
翠星石に応えた蒼星石のオッドアイを、今度は『光蟲』のランタンの光とは違う、青白い光が焼く。
目の前のフルフルは、先ほどと同じく尻尾の先端に付いた吸盤を地面に吸い付かせ、姿勢を低くした。
ゴロゴロという、とんでもなく酷い調律を施された大型の金管楽器を思わせるフルフルの鳴き声。
それと同時に、この青白い光はフルフルの体表を走り回っているのだ。
(これが……フルフルの電気攻撃か!)
空気がバチバチという弾けるような音を立て、形容のしがたい異臭がフルフルの周囲から立ち込める。
電気が空気を焼くとこんな臭いを発するのか、と考える蒼星石は、そのまま待機を余儀なくされた。
この状態で下手に斬りかかったら、どう見ても全身にあの電気を浴びるのは目に見えている。
(こういうときは……!)
蒼星石は、緑の鎧をまとう実姉の姿が、ギリギリ視界に納まる程度に浅く首をねじった。
先ほど抜けてきた洞穴の出口、そのすぐ脇に存在する小高い丘に、翠星石は仁王立ちしている。
「準備オーケーですぅ!」
翠星石の手の中で、重厚な金属音。
畳まれたまま背に負われていた『インジェクションガン』の銃身……否、砲身が伸び、獲物を狙い撃つ体勢を整える。
蒼星石はそれを確認して、小さくその顎を縦に振った。
「食らいやがれですぅ! このセクハラ飛竜!!」
翠星石が覗き込む照準用スコープの中心に、飛竜の姿は捉えられている。
全身の体表に電撃を走らせたまま伏せるフルフル目掛け、翠星石はためらうことなくトリガーを押し込んだ。
ライトボウガンのそれを上回る激しい炸裂音と共に、ヘビィボウガンでなければ射出できないであろうほどの、
巨大な弾頭が吐き出される。
吹雪の収まった雪山の夜に、血の霧が舞った。
放電体勢を保ったままのフルフルの背に、生々しい銃創が刻まれる。
電撃はフルフル自身の血液をも焼き焦がす中、それでも翠星石は射撃を止めることはない。
「全弾持ってきやがれですぅ!!」
翠星石は『インジェクションガン』の砲身をがっちりと保持したまま、そのトリガーを乱打する。
それでも、スコープは一向にフルフルを捉えたまま、離れてしまうことはない。
放たれた弾丸全てがフルフルの全身各所に降り注ぎ、近くにいる蒼星石を誤射する弾丸は一発たりとて存在しない。
ここにライトボウガン専業のハンターがいたなら、ヘビィボウガンの射撃の恐るべき安定性に目を剥く者もいるだろう。
ヘビィボウガンの持つ巨大な質量……それは決して機動力の減少という、欠点のみをもたらすものではない。
砲身の質量が大きいということは、裏を返せばその巨大な質量で、
火薬の爆発による反動を力強く吸収してくれるという利点もまた、存在するのだ。
ライトボウガンから発射すれば、
どれほど熟練したガンナーですら体勢を崩さずにはいられないほどの、強烈な反動をもたらす大型の弾丸でも、
ヘビィボウガンから発射すれば、必ずしもそうとは限らない。
重さとは、決して弱さではないのだ。
フルフルは放電体勢を打ち切り、次なる目標を、先ほどから硝煙の臭いを漂わせるもう一体の生き物に切り替えた。
翠星石はそんなフルフルの様子を見て、ある種の意地悪さすら伺えそうなほどの余裕の笑みを向ける。
蒼星石は背を向けたフルフルに後ろから斬りかかり、フルフルの制止を試みる。
「翠星石! フルフルがそっちに行くぞ!」
「来るなら来やがれですぅ、気色悪いセクハラ飛竜くらい……」
蒼星石はフルフルの尻尾を斬り裂こうと『ツインダガー改』を振るうが、尻尾の余りの弾力性で刃が弾かれ、
ほとんど効いている様子が見られない。
フルフルは、翠星石向け再度の飛びかかりを見せる。
このまま行けば、翠星石はフルフルの巨大な体重に叩き潰され、一撃で致命傷を負いかねない。
フルフルの体が月光を遮り、影が翠星石に落ちた。
そして、フルフルの体自体は、翠星石の陣取った小高い丘の手前に落ちた。
翠星石に届いたのは、フルフルの巻き起こした雪煙のみ。
「……高台に陣取れば、どうって事はねえですぅ!」
再度、翠星石は『インジェクションガン』を構え、フルフルの背にロックオン。
今度の射撃は、先ほどと違って距離を置かない。
すなわち、弾頭が減速する時間もなく、最高速度を維持したままの一射を叩き付ける形となる。
「こいつの零距離発砲は死ぬほど痛えですよぉ!!」
『インジェクションガン』が火を吹き、一瞬限りこの雪山の闇に火薬の赤い光が撒き散らされる。
フルフルは、芸術的なまでに酷い調律を施されたフルートのような鳴き声で、その苦痛を訴えた。
ちょうど弾倉内に込められた最後の1発を、今の一射で撃ち切った翠星石は、すかさず砲口を地面に押し付ける。
リロード体勢を取った翠星石は、次弾を素早くアイテムポーチから取り出して叩き込む。
その隙を縫うようにして、蒼星石は気合の声を上げながら一気にフルフルに肉薄せんと迫っていた。
「翠星石! 早くリロードを!」
目の付いていない頭部でフルフルが睨みつけたのは、駆け寄る蒼星石。
フルフルの頭部がまるで鞭のようにしなり――
「ッ!!?」
一気に、伸びる。
蒼星石は反射的に地面を蹴りつけ、猛スピードで迫るフルフルの頭部を回避せんと試みる。
間一髪。蒼星石が一瞬前まで立っていた虚空を、ぞろりと生えたフルフルの牙が噛み裂いた。
その様相をリロードしながら見ていた翠星石は、露骨に不快そうな表情を浮かべてますます顔を赤らめる。
「こいつ……やっぱりサイテーのセクハラ野郎ですぅ!!」
およそ2mほどの長さを持つフルフルの首は、一瞬限りではあるが3倍か4倍にまでその長さを延長し、
蒼星石を噛み砕こうとしたのだ。
「……何でこれが、セクハラになるのかな……?」
蒼星石は姉の発する場違いな発言に、ただ疑問符を浮かべるほか、ない。
翠星石の言葉の意図を探ろうかとも一瞬考えた蒼星石だが、そんな時間は与えられなかった。
次なるヘビィボウガンの装填音が、冷たい夜風の間から響いてくる。
「蒼星石ぃ、危ないからそこを動くなですぅ!!」
蒼星石と対面する形になったフルフルの体……その背後の小高い丘で、銃火が爆ぜた。
まるで鋭いナイフで上質な布を切り裂くような、甲高い風切り音。
次の刹那、蒼星石の右側を何かが高速で飛び去り、降り積もる雪を撒き散らして地面に突き刺さる。
フルフルが、おぞましい苦痛の声を上げた。
「……これは!」
蒼星石は、即座に翠星石の行ったことは何かを知り、更に左側面に移動。
ほんの一瞬、先ほど飛び去った高速の何かが地面に命中した痕に目をやり、自身の推測が正しかった事を知る。
その痕の中心には尖った骨のような物体が存在し、
それを囲むようにして、楕円形に凍りついたフルフルの血液が花開いていた。
未だ『インジェクションガン』の砲門からは、硝煙が立ち上り雪風の中に溶け込む。
この一撃、放ったのは言うまでもなく翠星石。
「テメーみたいなデカブツには、『貫通弾』をくれてやるですぅ!!」
蒼星石が自らの判断でフルフルから間合いを離してくれたのを見た翠星石は、
ならば遠慮はいらないとばかりに、次々にフルフルに弾丸の連射を叩き込んだ。
雪の彩る闇夜を、次々と迸る火線が焼く。
この火線の正体は『貫通弾』。
『通常弾』と違い、弾頭には高硬度を誇る『ランポスの牙』を装着したこの弾丸は、
その名の通り貫通力に特化されている。
本来ならばボウガンの弾丸には、硬度と靭性のバランスの取れた物質が選ばれ、弾頭として用いられている。
これにより、モンスターの甲殻を突き破った時点で弾丸の弾頭が砕け散り、
その体内をズタズタに引き裂いてダメージを与えるのだが、『貫通弾』はそれとは設計思想を異にしている。
あえて体内で砕け散らない、高硬度の物質である『ランポスの牙』を弾頭に採用したこの『貫通弾』は、
フルフルのような大型のモンスターや、固い外殻を持つモンスターには効果絶大である。
先ほど蒼星石のすぐ脇を掠めたあの一射は、
フルフルの背から入り、胴体の中ほどから突き抜け最終的には雪原に着弾した。
フルフルのように比較的皮膚が柔らかい飛竜ならば、体内を突き抜けてもまだ運動エネルギーが有り余るほどの、
強烈な威力を『貫通弾』は有しているのだ。
フルフルの体に吸い込まれた火線は、次々とその体に穴を開ける。
その一射一射が、先ほど撃った『通常弾』を上回るダメージをフルフルに与えているのは間違いなかろう。
ランタンに照らされる中、空中で凍りつく血の飛沫は、確実にその絶対量を増大させている。
中には貫通しきれずにフルフルの体内に残留する弾丸もあったが、何ら問題はない。
むしろ貫通せずに体内で弾丸が止まるという事は、
弾丸に込められていた破壊力が、完全にフルフルに伝わりきったことを示す、大打撃の証拠である。
翠星石の『貫通弾』による猛射撃が、弾切れというボウガンにはほぼ不可避の隙により、一旦は途切れた。
だがその隙は、傍らの蒼星石が即座にカバー。
「今度のお前の相手は……っ!」
蒼星石は、相変わらず攻撃の届かない翠星石を狙おうとする、フルフルの無防備な背後から切りかかる。
強く踏み込み、今度は背後からフルフルの腹の下に体を滑り込ませた。
「この僕だっ!!」
左右への斬り払い。薙がれた『ツインダガー改』の鉤が、フルフルの白い腹に引っかかり、強引に肉を千切り取る。
それを好機と見たか、フルフルは腹を切り裂かれる痛みをこらえ、即座にその体を地に伏せた。
青白い光がフルフルの全身を流れ、稲妻がその周囲で弾ける。
だが、その放電攻撃はまたも蒼星石を焼くことはなかった。
『ツインダガー改』での斬り払いをヒットさせた蒼星石は、その勢いのまま右側面に側転。
フルフルの右脚を嘗めるように側転した蒼星石は、ギリギリでフルフルの放電が届く距離から離脱していた。
放電を始めたフルフルに、双剣の代わりにもたらされるのは弾丸の雨。
『インジェクションガン』の砲口が、雪のカーテン越しに降り注ぐ月光を弾けさせる。
「その電気とかいうやつを流してる最中のテメーなんて……!」
今度装填したのもまた、『貫通弾』。
斬り払いからの側転という、双剣使い独特の一撃離脱戦法を取ってくれた蒼星石。
彼女に貫通した流れ弾が当たってしまう心配は、もはや皆無と言い切れる。
巨砲のトリガーが、『ゲネポスガード』に覆われた翠星石の指先により、落とされた。
「翠星石にかかればただの的ですぅ!!」
再びフルフルを容赦なく食い破る『貫通弾』の嵐。
フルフルの体表に浅く入った一発の『貫通弾』が、その白い背を一気に切り裂き夜闇に消える。
フルフルの白い背中に、一筋の大きなピンク色の裂傷が刻まれた。
『貫通弾』は、モンスターへの入射角が浅ければ、まるで刃物で切り裂かれたような傷跡を、
このようにしてその標的に残す事もあるのだ。
翠星石は『貫通弾』を再度リロードしながら、その表情を不敵に歪める。
「蒼星石! この勝負、もらったですよぉ!!」
再びフルフルの股下に突っ込み、両の剣で斬り払い、転がって一撃離脱する蒼星石。
転がった際『ランポスヘルム』にへばり付いた雪を振り払いつつ、翠星石の方を一瞥する。
「油断は禁物だ! ひょっとしたらフルフルはイャンクックと同じで――!!」
フルフルの、突然の鳴き声。
蒼星石の上げた警告は、しかし彼女がたった今切り裂いた標的からのこの声で、強引に中断させられることとなる。
フルフルの、妙に荒い息遣い。
「!?」
翠星石は、フルフルの示した突然の異変に、目を見開いた。
この鳴き声も、この息遣いも、今までフルフルが上げていた奇声とは、まるでその質が違う。
その目の無い首から漏らすフルフルの吐息は、今や目で見ることが出来る。
こんな寒い雪山で呼吸をすれば、吐息が白く煙るのはもちろん常識である。
だがその吐き出す白い吐息が、濃霧に匹敵するほどの密度を持っているというのは、
その常識の範疇を完全に外れているだろう。
「翠星石、気を付けろ! 多分これは……!!」
蒼星石は、ポッケ村のはるか南方のテロス密林で経験した、あの死闘を思い出していた。
翠星石とタッグを組んで撃破した「怪鳥」イャンクックも、これに似た動きを見せたことがある。
この余りにも荒過ぎるフルフルの吐息に、蒼星石は次の瞬間真相を見た。
「……フルフルが怒ってる!!」
間違いない、と蒼星石は確信する。
この異質な吐息と鳴き声に込められた感情は、怒り。
野獣であるフルフルと人間である蒼星石……違いは歴然ではあるが、その違いすら軽々乗り越えて、
この怒りは伝わってくる。
俗に、手負いの獣は無傷の獣よりも猛烈な暴れぶりを見せるというが、
今のフルフルはまさにその見本とでも言うべきだろう。
蒼星石の腹の奥で、まるで熱湯にいきなり大量の氷塊を落とされたような錯覚が走った。
唖然とする翠星石も、また同じだろう。
だが、そこから立ち直るのは翠星石の方が先だった。
翠星石は、突如としていきり立ったフルフルに負けじと、怒声を吐きながら『インジェクションガン』を再度構える。
「テメーみたいなくたばりぞこない……今更キレたってもう遅いですぅ!!」
白い吐息を間断なく撒き散らすフルフルに、翠星石は『インジェクションガン』でロックオン。
トリガーに、その手をかける。
蒼星石の本能が、その動作に最大音量の警鐘を突如として鳴らした。
「止めるんだ翠星石! 一旦様子を……!!」
フルフルは丘の上に立つ翠星石に、蛇のようにうねる首を向けた。
瞬間、その首がもたげられる。
首の先端で、真っ赤な口が裂けた。
一瞬の深呼吸。
フルフルは、吼えた。
わざと聞く者に最大限の不快感を与えるようにチューニングされた金管楽器が、
傍若無人にも最大限の音量で怪音を撒き散らかしているとでも表現すべき、奇怪な雄叫びがフルフルの喉から迸る。
ホアアアアアアアアアアアアァァァァァァァオゥ!!!
蒼星石の耳の奥で、激痛も同然の耐え難い不快感が暴れ狂う。
「うわあああああぁぁぁっ!!」
蒼星石は、たまらずにその膝を折った。
『ツインダガー改』を取り落とし、その両手がほとんど反射的に耳を覆う。
両手を覆ったところで咆哮は遠慮なく耳を叩きに来るが、何もしないよりは遥かにましであろう。
この大音量を前にして耳を覆わねば、冗談抜きで鼓膜が破れかねない。
轟音と表現しても何ら違和感のないこの咆哮が、蒼星石の意識に霞をかけようとする。
フルフルの悪夢のような雄叫びが終わった。
実際にはフルフルが吼えていた時間は数秒間程度だが、
蒼星石にはそれが何時間も続いた地獄のオーケストラのように感じられる。
耳の中ではまだあの雄叫びがこだまを続けて、わだかまる不快感は消えない。
蒼星石は、それでもこの不快感を精神力で押さえんと、耳を覆う両手を引き剥がし、『ツインダガー改』を握り直す。
その次にはぽかん、と口を開けたまま呆けるほかなかった。
フルフルが、全身に青白い電光をまとい、跳躍していた。
その脚に煮えたぎる怒りを込めて、先ほどの跳躍に輪をかけた大ジャンプを見せていた。
フルフルは放電中に動くことは出来なかったのでは? などという疑問を抱く余裕は、蒼星石にはなかった。
青白い光をまとった白い闇が、まるで隕石か何かのようにそこに降り注ぐ。
フルフルの強烈な咆哮を至近距離で聞いてしまった、翠星石の元に。
それが何を意味するのか、蒼星石は理解できなかった。もとい、理解したくなかった。
咆哮でたまらず意識を手放しかけた無防備な翠星石に、
フルフルがその全体重を込めてのしかかろうとしていたなどと……。
愛する実姉のその首が、死神の鎌に差し出されようとしていたなどと……。
理解したいはずなど、あろうものか。
強烈な電撃と、巨大な質量。
二者が組み合わさって出来上がるのは、死。
その死が今、翠星石に着弾する。
「翠……星……石……!?」
翠星石の陣取る丘の上にまで届くほどに増大した脚力でもって、フルフルは大地を揺らした。
「翠星石……!」
翠星石の姿が、丘の上で巻き起こった白い雪煙の中に消え去った。
翠星石の得物である『インジェクションガン』が、その重量にもかかわらず、冗談のように宙を舞った。
空気と肉とが一緒くたに焦げる臭いが、辺りを支配した。
雪煙を切り裂いて、翠星石の体が投げ出された。
「翠星石ィ――――ッ!!!」

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