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フラヒヤ山脈、洞穴北部。
半年前に真紅とジュンが昼食休憩を取り、そして雛苺とトモエの危機を悟ったあの場所に、2人は踏み込んでいた。
翠星石と蒼星石の腰のホルダーに装着されたランタンが、空洞となったフラヒヤ山脈内部を照らし出す。
ランタン内部の『光蟲』が投げかける光は、夜間は完全な暗黒の世界と化すこの洞穴の中で、
たった二つ限りの光源として懸命に闇を払っていた。
お陰で狩猟には問題ない程度の明るさを維持できているこの洞穴内部で、
翠と蒼のハンターが会話する様子は、見ようと思えば誰でも見ることが出来るだろう。
自身の体を抱き締め、震え上がる翠星石を。
懐から取り出した書物を、歩きながら黙読する蒼星石を。
翠星石は不平不満をみなぎらせながら、白い息を吐いた。
「何なんですかこのハンパねぇ寒さ……! 『ホットドリンク』が全然効いてねえですぅ!」
がちがちと歯を打ち合わせる翠星石に、蒼星石は苦笑を返すほかない。
「翠星石は寒がりだなぁ……。
これくらい体感温度にしてみれば、秋のちょっと寒い日くらいじゃないかな。
『ホットドリンク』はちゃんと効いてるはずだよ。でなきゃ、僕達はもうとっくに体が動かなくなってるよ」
蒼星石もそうは言うが、
もちろん彼女とてこの洞穴内部の温度は、氷点下を軽く下回っているであろうことくらい、理解はしている。
指先までを完全に覆っている『ランポスアーム』越しに軽く触れただけではあるが、
『ランポスメイル』の鉄製の肩当ては、氷のように冷たくなっていることは容易に察せられる。
もし鎧の内側に当て布が張られていなかったら、すでに全身至る箇所が凍傷を起こしているだろう。
アイテムポーチに収納した予備の『携帯食料』についた水も、今頃完全に凍結しているはず。
焚き火などで解凍しなければ、飲めたものではない。
「まったく、この状況でトイレにでも行きたくなったら、用を足すのもきっと命がけですねぇ」
「まあ……そうかもしれないね」
翠星石の振った下世話な話題へ、当たり障りのないコメントを行う蒼星石。
だがそれが終わりさえすれば、彼女はもう一度手元の書物に目を落とし、その内容を再度、熟読玩味する。
モンスターの書。
モンスターの書は複数冊を購入すれば、それを纏め上げて一つの本が出来上がる仕組みになっているが、
蒼星石がその中で見ていたページは言わずもがな。
『フルフルの書』である。
「今回相手にするフルフルだけど……この中に書いてある限り、分かるのはこんなところだね」
「どういうことですかぁ?」
「つまり……」
蒼星石は、書物の内容をかいつまんで蒼星石に説明する。
モンスターの書はハンターズギルドがその販売権を持っており、その内容を誰かに告げることは原則禁止されている。
だがギルドもそこまではさすがに管理の手が及ばないと判断したためか、
その内容を丸写しして他人に譲渡したり、丸写ししたモンスターの書を無断で販売するような悪質な行為を行わねば、
複数のハンターが仲間内で回し読みをしたりする程度は、黙認しているのが現状である。
蒼星石はモンスターの書に付記された注意を意識してか、
『フルフルの書』の内容を彼女の言葉で言い換え、しかし要点はきっちり押さえた情報を翠星石に告げた。
すなわち、フルフルとは飛竜種に属するモンスター。
「飛竜」とは、生物学的な定義をともかくとすれば、次のような姿をしていると考えればおよそ間違いはない。
背に一対の蝙蝠を思わせる巨大な翼を生やし、太く強靭な二本足でその体を支える、怪物じみた大きさの蜥蜴だ、と。
現在はほとんど使われない表現であるが、人によっては飛竜を「ワイヴァーン」と呼ぶこともあるという。
そして飛竜こそ、ハンター達にとってはまさに好敵手とも言うべき、モンスターの代表選手。
モンスターと呼び習わされるものの中には、飛竜種に含まれない生物も決して少なくはないが、
やはりこの大陸の人間に「とりあえず名前を知っているモンスターは何か?」と聞けば、
大抵の人間が飛竜種に属するモンスターの名を口にするだろう。
飛竜はモンスターの代表選手を務めるだけの事はあり、その体の大きさも桁外れのものである。
飛竜の中で最小のものは、およそ8m……飛竜の種類によっては、25mに達することすらあると言う。
ちなみにフルフルは、その飛竜種の中でも最小クラスの大きさである、全長約8m強を誇る。
「ってことは、フルフルは飛竜の中でも一番弱い部類なんですかぁ?」
「大きければ強いって考えるのはちょっと単純かもしれないけど、
先輩ハンター達の話を聞く限りでは、そう考えてもいいかもね。
それじゃあ、ここからが重要だから、よく聞いて欲しい」
蒼星石は、『光蟲』のランタンに照らされるその顔を、翠星石に静かに向けた。
いわく、フルフルとは飛竜種の中でも若干変わった生態を持つもので、その生息地は洞窟などの暗い環境である。
暗い場所で暮らし続けたためフルフルは視力を失っているが、それに代わって嗅覚が発達している。
フルフルはこの発達した嗅覚で獲物の存在を感知し、体内の発電器官を利用した電気による攻撃で獲物を狙い、
痺れて無防備になったところを襲うのだという。
「『電気』……? それって何なんですぅ?」
「ええっとね……なんて言えばいいかな。……そう、雷と同じものだって考えればいいかな」
「ええーっ!? フルフルのヤローは雷を落とせるんですかぁ!!?」
愕然と叫ぶ翠星石。しかし蒼星石はそれにすかさず注釈を付け、翠星石の持っているであろう誤解を解こうとする。
「厳密に言うと、雷の規模の小さいやつだよ。
さすがに、雷そのものを落とせるようなモンスターなんて、この世に存在しないよ……多分。
――お父様は、そんなモンスターと戦った経験もあるらしいけれどね」
蒼星石は、半信半疑でその結びを持ってくる。
いくら義父ローゼンの口から出た言葉とは言え、雷を呼ぶ力を持つモンスターなど余りにも非現実的。
にわかには信じることなど、出来はしない。
翠星石は蒼星石のその記憶に同調しようとしたのか、その思い出を必死で呼び起こし、語る。
「ずっと前、嵐の夜にお父様が話してくれた、あの幻獣の話ですよね……。翠星石は、今でも覚えていますぅ」
雷に怯えて、父の部屋に4人仲良くやって来て、そのまま安心して朝まで眠ってしまったあの日。
時期はちょうど、同じくローゼンが2人のハンターの話をしてくれた、あの頃だっただろうか。
(僕が戦ったそのモンスターの名前は『――』。
シキ国のおとぎ話で、殺生を嫌い地面に生えてる草すら踏むことはないと語られる、一角のモンスターだ)
そのモンスターの名前は、もう思い出すことは出来ない。
雷が怖くて仕方がなかったのに、父の部屋で父の声を聞いた途端、緊張の糸が切れてしまった。
そのままあっと言う間に眠気が襲ってきて、大好きな姉妹とのお喋りをする間もなく夢の中に旅立ってしまった。
だから、その話の内容はほとんど覚えていない。
けれども、どんなモンスターにも負けることのなかった父らしく、
死闘の末にそのモンスターを倒し去ったと言う話の結末だけは、鮮明に刻まれている。
「もう一度、お父様に会いたいね」
「……ですぅ」
胸にかけたローザミスティカが熱を持ったような、不思議な感覚が2人を包む。
父の遺したこの至宝……それを意識すればいつも蘇ってくるのは、ローゼンが一同に惜しみなく与えた愛。
セピア色に染まってはいるものの、思い起こすたびに心地良い痛みで胸を締め付ける、いくつもの思い出。
それが温かく、2人を満たしてくれる。
このフラヒヤ山脈の夜気に負けないほどに、力強く。
翠星石は洞穴の北部をもう一度見据え、背の『インジェクションガン』を抜き放つ。
彼女が『インジェクションガン』と共に抜き放った言葉に、迷いはなかった。
「今は、お父様ともう一度会うために、全力でフルフルを狩るですぅ。
『ペイントボール』の匂いからして、間違いなくこの洞穴を抜けたらフルフルのヤローとご対面ですぅ」
「そうだね。
先にフルフルに『ペイントボール』をぶつけておいてくれた、ランペさんのオトモアイルーには感謝しないと。
幸い、ランペさんは僕達の進路上に……雪山の山頂部にいるみたいだ。
フルフルがあちこち逃げ回りさえしなければ、フルフルを倒し次第僕達はすぐにランペさんの救助に向かえる」
蒼星石がそう言う間に、翠星石は『インジェクションガン』を肩にかけ直す。
ちゃんと自分のチョイスした種類の弾丸がフル装填されていることを確認。
「さあ、行くですぅ。フルフルのヤローが相手なら、こっちも弾薬の出し惜しみはなしですぅ」
胸の前に握り拳を作った翠星石は、次の瞬間駆け出す。
ランタンの光が、洞穴内をせわしなく駆け巡る。
蒼星石も、その後をすかさず追った。
その目に宿る光に、迷いや戸惑いはない。
突っ走るのは、姉である翠星石の役目。
そして、その突っ走る翠星石の背を預かるのが蒼星石。
2人は、いつもこうして、突き進んできたのだ。
こうしてフルフルに挑戦することが出来るようになった、今日この日まで。
そして、明日以降も。
洞穴の出口は、すでに2人の視界いっぱいに迫っていた。
その背後では、アイルーの瞳がランタンの光を受け、妖しく光り輝いていた。
翠星石と蒼星石は、そのアイルーの瞳に気付くことなく、この洞穴を抜けていった。

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