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──逃げない。
それはつまり、引き篭もりから卒業を果たすということだ。
家に居て何もしないということは、
翠星石たちが期待する夏までのそれに間に合わないはず…。

つまり、外に出るには今しかない。
そういう事なんだ。
だから、今このチャンスを逃すわけにはいかないんだ。
きっと…。

──そして電車は出発した。

2人がけクロスシートの席に、
僕は窓側、翠星石は通路側に座った。

翠「ホームに立ってる人が嫌だったらブラインドを下ろせばいいんです」
ジ「そこまでする気は無いなぁ…」

僕は電車の中では風景を眺めるのが好きだった。
海を眺め、山を眺め、街を眺め…
この狭い範囲で様々な姿を見せるこの街が好きだった。

翠「やっぱり窓側が好きですか」
ジ「あぁ」

景色を眺めていれば他人なんてどんだけ居ようが関係ない。

──と言い聞かせる。

翠「で、ジュンは何円の切符を買ったですか?」
ジ「210円の。まぁいつも通りだなぁ」
翠「手前で降りて歩いて向こうまでってやつですか?」
ジ「まぁ今日は人通りの少ない道を歩きながら行くつもりなんだけどね。
  出来れば…」

そのケーキ屋はその付近に3~4ヶ所あるのだが、
水銀燈のお気に入りの店は明らかに向こうの駅側だ。

ジ「翠星石も同じのを買ったのか?」
翠「そうですよ。いつも通りのやつを…」
ジ「そうくると思ったよ」

──やがて見えてくる砂浜。
キラキラと輝く海。
今日は対岸の遠方の山々まで見渡せた。

~~~~~

いよいよ目的の駅に着いた。
さっきまで同じ車両いた客が次々に立ち上がり、一斉に降りた。
それだけにとどまらず、後方の車両からは、さらにわんさか降りている。
後ろの方はいつも混んでるからな…
立ち客の少ない先頭車に乗ってて良かった…

ジ「…みんな同じことを考えてたのかw」
翠「まぁ、向こうの駅まで歩きながら買い物して、
  向こうの駅から帰るのが普通でしょうからね」
ジ「百貨店はこっちの駅の方が近いしな…」
翠「ま、こっちは向こうより人が少ない方だというのは確かだと思いますよ」

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改札を出て、駅の目の前にある信号を待つ。

信号が青になるまで時間が掛かったが、
いざ青になると、先ほどの電車から降りた客が一斉に南へ向かいだし、
横断歩道は人で埋め尽くされた。

僕と翠星石はその端っこを渡った。

~~~~~

道路を渡ってすぐ見えてきたのは百貨店だ。
この系列の百貨店は他にも同じ市で小規模ながら店舗を構えてはいるが、
さすがに街の中心部にあるこの店舗は格が違った。

ジ「いつ見てもデカいなぁ…」

久々にこれを見て圧倒される僕。

翠「入ってみるですか?…」
ジ「…あ、うん」

しかし、急に翠星石の表情が一変した。

翠「だっ…ダメです!」
ジ「…は?」
翠「あっ、じゃあ入るですか?」
ジ「…どうしたんだよw」
翠「あぁ、気にすんなです」

百貨店の入口の方を見たまま言う翠星石。

ジ「でもそろそろお腹すいたなぁ」
翠「そうですか?…じゃあ…そうですねえ──」

~~~~~

僕たちは知らぬ間に百貨店の地下に来ていた。
適当に歩きすぎた結果がこれだ。
別にデパ地下じゃなくても良かったんだけど、
まぁ自然と来てしまったんだし、仕方ないw

翠「ま、百貨店の雰囲気を思い出せです」
ジ「何かもう十分思い出したけどね。今までも殆ど地下しか用が無かったし…」

何だろうな…
ちょっと来なかっただけなのに、
この場に漂う匂い…懐かしい匂いがする。

翠「あっ…駅弁祭りです!」

──ちょうど駅弁祭りが開催されていた。
何というナイスタイミングw
しかし、物凄い人混みだ…

ジ「あまり入り込む気になれないな…」
翠「じゃあ翠星石が買ってくるです」
ジ「あぁ頼む……」

頭を抱える。
ちくしょう…何で人の多さに惑わされなければならない…

ジ「あぁぁぁぁ…」
翠「…そんなに悩むことでもないですよ。絶対夏までに治りますから」

翠星石がそっと声を掛けてきた。

ジ「あぁ…ホントさっさと治したいんだけど…」
翠「じゃあもっと早く治りそうですね。意志がしっかりしてるなら──
  というより、半分治ってるようなもんです」

翠星石は言う。
確かに、ここに来てる時点でそうだろう。

翠「それじゃ、何か好きそうなのを買ってくるです──」

翠星石は人混みの中へ消えた。
人の多い場所での孤独。
恐ろしいほどの重圧が僕にのしかかる。
さらに地下という環境もあって、余計に苦しい。
無視だ…無視だ…周りの人間は無視だ…。

-----

翠「おまたせです」

──翠星石がようやく戻ってきた。
それを確認した僕は肩の力を抜くことが出来た。
おぉ…ここまで耐えることが出来たのか、と自信がついた。

そして、買ってきたのは米沢駅と神戸駅の駅弁…

ジ「…て、どっちも牛肉系かよw」
翠「悪かったですね!」
ジ「ごめんごめん、ちょっと突っ込みたくなっただけだから…」
翠「…ふん」

ちょっと膨れっ面の翠星石だったけど、
その後は百貨店内の飲食スペースで、一緒に楽しく味わった。

翠「ちょっとお前の肉いただきです~♪」
ジ「あー!おいおいw」
翠「わかってるですよ。翠星石のも一枚やるです」

~~~~~

次に向かったのは服屋。
どこからどう見ても女モノの服屋。

僕がいるのはまるで場違いのような気がしてならない。

翠「ちょっと寄ってってもいいですか?」
ジ「あ、いいよ。入ろう」

ある程度の広さのある路地の一角にあるこの店。
店内に入ると、周りはカップルばっかりのような気が…
年齢層も何かねーちゃんぐらいの高校生とか、
大学生くらいの人ばかりなんだけど…

翠星石の方に目を向けた。
しかし、既に隣にはいなかった。
ワンピース売り場でひとり、目を輝かせている。

翠「ジュン~」

呼ばれたので行く。
この場所にいることがだんだん怖くなってきて、冷や汗もかきはじめたんだけど、
翠星石がめちゃくちゃ楽しそうなので我慢する事にした。

翠「コレ可愛くないですか?カワイイですよね!」
ジ「…あ、あぁ」
翠「あ、そこにフィッティングルームがあるですね。試着してくるです」

翠星石は早足で試着室へと向かう。
僕の腕を引っ張りながら──

ジ「なっ…」
翠「ジュンも来るです。あんなところに1人で立ち尽くすのも寂しいでしょうからね」

というか、周囲の視線がグサグサと刺さるのが嫌なんだけど…

…とまぁ、そんな中で僕は一旦解放され、
翠星石は試着室に入った。

試着室の中からシュルシュルシュル…と音がする。
翠星石や蒼星石たちに関しては普段意識して来なかったけど、
何だろうなぁ…ドキドキする。

あれ?…何か思い出した…。

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そうそう、この冬に水銀燈と翠星石と蒼星石が泊まりに来た時──

ジ『…あ、電気つけっぱなし…もう誰も使わないよな?』

カチッ

ジ『さ、部屋に戻るか…
  あれ?でも何か人の気配がするような…』

ガラガラガラ…

翠『Zzz...』
ジ『(え゛!入ってたんかよw)』

ガラガラガラ…ピシャッ!!

ジ『起きろ~~~~!!』
翠『…ふあぁぁ──』
ジ『欠伸してる場合か!あぁびっくりした…』
翠『きゃっ!…何で電気が消えてるですか!』
ジ『え?…あっ、ごめん、消したままだった…』

カチッ

翠『…』
ジ『いや、誰もいないと思ったから…』
翠『…じゃあ何で起きろ!なんて言ったですか?
  まさか…さっ…さっき入ったんですか?』
ジ『いやはっ…入ってないって!』
翠『じゃあ見たんですね?』
ジ『見てない!じゃあな!』
翠『こ~ら!逃げるなです!』

ガラガラガラ!

翠『今度こそ許さんです!』
ジ『ごめんなさいごめんなさい』
翠『さぁて、どうしますかねぇ』
ジ『ちょ!それ!反則だって!ちゃんと──』
翠『キャッ…!』
ジ『…(あぁ…もうダメだ…)』

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…って、何でこのタイミングで思い出すんだよ…まったく。

──サーッ

翠「ジュン!どうですか?」
ジ「うぉっ!」

ぼーっとしてたら試着室のカーテンが開いたようだ。
翠星石がちょこんと試着室から出て来た。

ジ「おぉ…」

──今の翠星石は僕にとって眩しすぎた。
何より、今日翠星石が着てきたキャミソールに色合いがぴったり合っていた。
はぁ…こんな可愛い幼馴染な友達を持てて幸せだ…
…とは思うが、うまく表現できずに感嘆の声を上げるしかない。

翠「♪」

でも…ここで言えたら何か乗り越えられる気がする。
もしかして引き篭もり脱出に繋がるかも…?

ジ「…かっ…か…」
翠「?」

マズい…つい口が動いてしまった──
もうちょっと心の準備が欲しかったし、
可愛いなんて面と向かって言った事無かったし、
もう後には引け無さそうだし…。
照れる…。

ジ「かっ…」
翠「…」

翠星石と目が合ってるのが恥ずかしくなって、
ちょっと目を逸らしてしまう…

ジ「──かわいい…かな」
翠「…」

再び顔を見た時には翠星石の顔はパーッと紅潮していた。

翠「…」
ジ「…」
翠「…ジ…ジュンからそんな言葉を聞けるなんて…」
ジ「何だそれw」

いやいや、ちょっと待てよ…w
くそっ…僕たち何やってんだろ。
翠星石はまだ友達だ…友達…。
友達なんだよ。

翠星石は知らぬ間に目をウルウルさせていた。

ジ「なっ…泣く事はないだろ…」
翠「──泣いてなんかないです!」

サーッ!!

翠『…ひっく…』
ジ「…」

なんだよそれw
突然すぎてよく判らないんだけどさ…w

──暫くして、翠星石がまた試着室から出て来た。

翠「…さ、ジュンも気に入ってくれたみたいですし、買いですね♪」

すっごく嬉しそうに言う翠星石。
まだよく判らないんだけど…w
こういう時、何て返せばいいかな──

ジ「でも、いつも動きの激しい翠星石が着たらどうなるかw──」
翠「…はぁ?」
ジ「え?」

ゴスッ!

~~~~~

──なんだかんだで3時を回っていた。

僕は翠星石に蹴られた左足を引き摺りながら、
いや、蹴られた事はあまり関係ないかもしれない。
とにかく、翠星石に肩を貸してもらい、支えられながら歩いていた。

翠「やっぱり服はまた今度買っておけば良かったですかね…」

あれから翠星石は他にもスカートを買ったりキャミソールを買ったりで、
左の肩に大きな紙袋を下げている。
そして右の肩に僕の肩を乗せて一緒に歩いている。

ケーキ買うお金残ってんのか?って突っ込みたくなるけど、
今すべきでないだろう…今の体勢からだと投げ飛ばされかねない。

あぁ…しかし僕のせいで翠星石に色々と迷惑かけちゃってるなぁ…。

翠「…」

翠星石は辺りの様子が気になるようだ。
そりゃ、僕がこんな調子じゃ恥ずかしいだろうなぁ。

ジ「ホントごめん…」
翠「…」

まだ怒ってるのかな…。

はぁ。
歩くことさえままならないって酷いな…。
近くにベンチらしき物もないし…。
これだけ歩き回ってもフラフラしないように、明日から鍛えよう──

それはいいとして、しょちゅう蹴ってくる翠星石は何なんだ一体。
何でそんなに怒るんだよ。
僕に何か気に入らない事があるから怒るんだろか…。
何が悪いんだろう。
ボケに突っ込めないタイプなんだろうか。
いや、突っ込まれると負けとか思ってるんだろうか?
いや、そんな事関係ないか…w

あぁ…何とかならないものかなぁ。

ジ「ねぇ…」
翠「…」

ツンツンして半ば僕を無視するかのような態度をとる翠星石。
でもここで引き下がるとシカトされたままみたいになるのは目に見えている。

ジ「ちょっとそこの公園でちょっと休もう…疲れた」
翠「…ふん」

気に入らなさそうにしながらも、
しっかりと市役所の南の公園まで僕を支えてくれた。
ありがとう…

──やがて公園に着くと、
僕はベンチにドスッと座った。

ジ「喫茶店の方が良かった?」
翠「お前の好きなところならどこでもいいですよ」

ため息混じりに言う。
まだ怒ってるんだろうか…。

翠「それより、今度来るときはもうちょっと体力をつけるべきですね。
  その時は今日よりずっとたくさんの店を回れるはずです」

あれ?
…怒ってない?

ジ「そ、そうだね。そん時には引き篭もりも治して──」
翠「そ~です。楽しみにしてますよ♪」

翠星石は空を見上げて言った。
何の拍子にこう機嫌が直るんだろう…判んないなw
でも、服屋の事、今なら謝って許してくれるチャンスかも…

──と、翠星石は急に遠くに何か見つけたらしく、パッと立ち上がった。
そしてその方向を見据える。

ジ「…?」
翠「…」

誰か複数人、向こうの公園の入り口からこちらへ向かってくる。
誰なのかははっきり見えない。

翠「…」

ギュッと拳を握り締める翠星石。
翠星石には見えてるんだろうか。

だんだんその複数人ってのが3人だというのがハッキリ見えてきた…
うっ…嫌な予感がする──

翠「何の用ですか!」

翠星石が憤るかのような声を上げる。

C「あ…」

この一言だけで誰だか判ってしまった。
…頭の中が真っ白になった。

A「…お前らか。偶然だねぇ」
ジ「…」

──ABCの3人だった。

背筋が凍る暇もなく、同時に携帯のバイブが鳴る。
震える左手で左のズボンのポケットから取り出す。

ジ「…」

──水銀燈からだ。
しかもメールじゃなくて電話!?

翠「…」

この状況でどうしろって言うんだ?
電話に出てABCの奴らにイヤに突っ込まれたくないし…。

あぁ…意識が…遠のいていきそうだ…。

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