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―※―※―※―※―


「…来たみたいだね」
そう言いながら、鋏を手に立ち上がる。

今はまだ、黒い点が集団で移動してるようにしか見えないが…
野犬達が『罠』に惹かれて、群れで移動してきた。

「…ふふふ…綺麗な薔薇の香りに誘われて…薔薇には棘が有る事にも気付かない…」
雪華綺晶がこれから始まる戦いの予感に、楽しそうに口の端を持ち上げる。

「…そうだね……実力の差を分かっていながら…逃げる事もせず、ただ数を集めて向かってくる…」
「ええ…とても…愚かですわ…」

群れの先頭が、その息遣いが聞こえる距離まで迫る―――

牙を剥いて飛びかかる野犬…その毛の一本一本から――視界の全てから――色が消えていく錯覚を覚える――

僕は無人の荒野を行くように、足を進め――すれ違いざまに一頭の野犬を両断した――

返り血ですら白く見える世界で…僕はそっと呟いた。


「それに…哀れだね…」


 

色を失った世界で、僕は踊るように鋏を振る。

左右から同時に飛びかかってきた野犬を、留め金を外した鋏で斬る。
(…まだ…)
上下から襲い掛かってきた二頭を、それより高く跳び、着地と同時に貫く。
(…もっと…この世界を…)
着地の隙を狙って牙を向けてきた巨大な一頭を、引き抜いた鋏でそのまま切り上げる。
(…迷いも…恐怖も無い世界を…)




全てが終わり…視界に色が戻った頃…動くものは何も無くなっていた。

僕は地面に落ちたテンガロンハットを拾い…
だけどそれは、泥と返り血ですっかり汚れていた。
小さくため息をつき、群れのリーダーだったとおぼしき一頭の顔の上に乗せる。

「相変わらず…素晴しい腕前ですわ」
雪華綺晶が声をかけてくる。
「…そうでもないさ…お気に入りの帽子をダメにしちゃった…」
そう言いながら、雪華綺晶の様子を見る。
「君こそ…怪我一つしてないじゃないか」
「でも、あなたの方がとても活躍してましたわ」
「…そうかな…?」

思い出そうとしても…
戦ってる時の記憶はどこか曖昧で、はっきりしないものだった。
 

「…とりあえず、これで付近の村が襲われる心配も無くなった訳だし…依頼は完了だね。帰ろうか」
自分の発した言葉で、改めて仕事が終わった事に気が付く。

そして…

何でだろう…
無性に翠星石に会いたくなった。
早く帰りたい。早く帰って、翠星石の顔が見たい。

でも…会ってどうする?

こんな血塗られた手で、翠星石を抱きしめる?
白い世界に囚われた心で、彼女の微笑みに向き合えるのだろうか?

色の戻った世界で…僕の心には迷いと葛藤しかなかった。

(…僕は…どうしたいんだろう…)


答えの出ないままぼんやりと、帰る準備を始めた雪華綺晶の背中を眺めていた。



―※―※―※―※―

「今すぐ人質を解放して出て来い!そうすれば命だけは助けてやるぞ!!」
銀行の外から、賞金稼ぎや保安官ががなりたてるが…
「うるせぇ!!黙らねぇとこのガキぶっ殺すぞ!!」
 
(出て来いと言われて、ほいほい出て行くようなヤツは、そもそも銀行なんて襲わねぇですよ…)
強盗と外に集まった連中とのやり取りを聞いていると、頼もしくって涙が出そうになる。
(…私が…やるしかないですね…)
幸い、強盗もこちらにはノーマークだ…
そっとポケットに忍ばせてある、睡眠薬『スィドリーム』と手の中に滑り込ませる。

強盗は三人。
両手で一つずつ投げるとしても、一度に倒せるのは二人。
そして何より…

(人質が…チビっ子なのが…非常にマズイですぅ…)

大人をたった一呼吸で昏倒させる量の『スィドリーム』
それを、小さな子供が吸えば…眠るなどといった程度では済まない。
下手をすれば、脳に障害でも残りかねない威力だろう。
かといって…
使う量を減らせば、相手に反撃の時間を与えてしまう。それこそ、本末転倒もいいところだ。

カバンに金を詰めさせている残りの二人に視線を向ける。

あの二人に『スィドリーム』を使う。
残った一人は、確実に攻撃してくるだろう。
せれでも、勝つ自信は十分に有る。
…最も、人質が殺される可能性を無視するならの話だが…。

(いずれにしても…ネックはあのチビガキですぅ…)

 

一つずつ、確実に。
植物の根がコンクリートを割るように、徐々に、気付かれないように…確実に相手の利点を奪う。
やるべき事は、決まった。

「…そんなチビ人質にして、恥ずかしくないんですか?」
刺激しないよう、抑えた声で、静かに挑発する。

「んだとコラァ!!」
…かかった。
「怒鳴る位なら、その子をさっさと放すですよ」
「うるせぇ!黙ってろ!鉛玉喰らわせるぞ!」
完全に、こっちに注目を集めた。あとは…
「…そのガキの代わりに、私が人質になってやるです!だから…」

そう言いながら足を進めようとするが…銃口を向けられ、立ち止まらざるをえなくなる。

「……」
「さっさと、その子の代わりに私を…!」
「黙れ」
男は急に、まるで別人のように低い声でそう呟く。

「…てめえみたいなのは…ただ勇敢なだけの馬鹿か…何かを考えてる馬鹿…違うか?」

(…バレちまったですか…)
…どうやら、伊達や酔狂で『連続』強盗犯になった訳ではなさそうだ…。
残念な事に…それなりの知恵はつけているらしい。
 

「ここでてめえを殺してもいいが…その銃声を聞いた外の連中がいきり立って突入。
人質、強盗、全員死亡…なんてニュースは俺らも嫌なんでな…。そのまま座ってろ!」

残りの二人も、こちらに銃を向けてくる。


…攻撃を何とか避けながら、『スィドリーム』で二人同時に倒す。
残った一人が人質を盾にする前に、次の行動を……
いや…どう考えても、『一手』足りない。それも、決定的な『一手』が。


だが、ここで退く訳にはいかない。
ここで退けば…確実に全ての武器を取り押さえられるだろう。

そうなれば、残された道は2つ。
外にいる保安官達の突入で、多くの命が失われながらも、何とか事件は解決するか…
人質を盾に強盗達は逃げ、後日、荒野に小さな子供の死体が転がるか。

(…こんな時…蒼星石さえいてくれれば…)

鋭く向けられる6つの目と、3つの銃口。
(……さて…どうしますかねぇ…)
もう…決断まで残された時間は少なそうだ……



 

―※―※―※―※―

馬を駆り、アジトの近くの町まで帰ってきた。

すると…
何だろう、やけに騒がしい。

「何か…あったのかな…?」
何の気は無しに、騒ぎの中心に足を向けてみる。
すると、銀行を中心に、沢山の人だかりが出来ていた。

「…一体、何があったんだい?」
近くに居た人に、そう聞いてみる。
「おお!蒼譲じゃないか!…ふむ、実はそこの銀行に強盗が入ってだな…」
顔に靴の跡をつけた男が、やけに親しげにそう教えてくれる。
…どこかで会った気がするけど…思い出せない。誰だっけ?

「…へえ…そうなんだ」
とりあえず無難にそう答えながら、くだんの銀行に視線を向け―――

僕の心臓は一瞬、動きを止める。

ガラス越しに見えたのは、3人の強盗犯と…銃を向けられた翠星石の姿。


「翠星石っ!!」

気が付けば、僕は叫びながら駆け出していた。

 

鋏を振り、目の前のガラスを砕く。

銀行に飛び込み、地面を転がり衝撃を殺し…
起き上がりざまに、鋏を横に薙ぐ。

銃を持った男の胸が裂け―――赤い飛沫が吹き上がった。




…闘う僕の世界。

それは決して、これまでみたいに綺麗な世界じゃなかった。

視界は返り血の赤で醜く汚れ、体は刺さったガラスの破片で痛かった。
自分の無謀さに呆れ、翠星石に向けられた銃口がとても怖かった。

それは決して、白い、純粋な世界なんかじゃなかった。

それでも…だからこそ、僕の胸は激しく脈打つ。


―――翠星石を助けたい―――


その思いだけが僕の胸に広がり、心を震わせる。



 

突然の乱入者に、反応が『一手』遅れた男に、僕は鋏を投げる。
男は胸から鋏を生やした格好で倒れ―――

視界の端に、残った最後の一人が僕に銃を向けるのが見える。

―――しまった…!―――

不意打ちで稼げたのは、たった『一手』。
決定的な、もう『一手』が圧倒的に足りない

―――間に合わない―――

 
その時――僕の頭上を何かが、まるで彗星のように飛び越していった―――

「―――とぉぉぉりゃぁぁぁあああ!!!!」
彼女は叫びながら、見事なドロップキックを男の顔に叩き込み―――


 

あぁ…そうだった…
僕には…翠星石がいる…。

僕の足りない所を、常に補ってくれる人。
いつでも僕の事を守ってくれる人。
いつだって、僕を救ってくれるのは彼女。

この世界には、悩みも迷いも恐怖もある。
だけど、この世界には翠星石がいる。

たったそれだけの事が…なんって素晴しいんだろう。
なんって嬉しい事なんだろう。

翠星石がいる。
それだけで…僕の世界には色が、匂いが…そして、心が広がる。



気が付けば…全てが終わった銀行内で、僕は翠星石を抱きしめていた。

 

「ちょ…!いきなり何するですか!?こんな人目の多いところで…放せですぅ!」
翠星石が照れて暴れるけど、僕は離さない。離したくない。
「きー!!そんなハレンチな妹に育てた覚えはねぇです!」
やっと…やっと気が付いた、僕にとって一番大切な存在。
「……でも…助けに来てくれた時は…嬉しかったですよ…」
翠星石もそっと、僕を抱き返してくれた。

暫くそうしていて…僕はずっとこうしていたかったけど…
翠星石が手を離し、僕の顔を改めてまじまじと見てきた。
そして、その視線が僕の頭の上で止まった。
「蒼星石…帽子はどうしたですか?」
「え…うん。失くしちゃったんだ」

「…ふっふっふ…なら、そんなお前さんには、私から素敵なプレゼントですぅ」
そう言い、自分の頭の上にちょこんと乗っかっていたテンガロンハットを、僕にかぶらせてくれる。


…やっぱり、僕は馬鹿だ。
やっぱり、翠星石はすごい。
僕が悩んでいた時も、彼女はずっと僕の事を考えていてくれてた。
僕に出せなかった答えを、彼女は初めからちゃんと分かってくれていた。


何だか、泣きそうになってきた。

僕は目元を隠すように、片手で帽子をかぶりなおす。
 

そして…

もう片手で、翠星石の手をそっと握る。


「さて。『じじょーちょーしゅ』とやらでうるさくなる前に、さっさとずらかるですよ!」
そう言い、翠星石が僕の手を引き駆け出す。
「え?ええ!?ちょ…ちょっと待ってよ翠星石!―――」


手を引かれて走る僕の視界に映る世界は、ちっとも綺麗じゃあない。


だけど…その全てが、たまらなく愛しいものに感じた…――――







⇒ see you next Wild...


 

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