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ポッケ村、集会所。
山の斜面を切り崩して作られたこの村の中でも、一番低い所に作られた、村で一番大きな建物である。
その中は集会所という名にふさわしく、老若男女を問わずあちらこちらに人の輪が出来ていた。
向こう側では、禿頭の老人が虚空に向けて何か呟きながら、手元の細工物を弄り回している。
その向こうでは、借金で首が回らないと愚痴を言い合う、妙に生気のない十代後半の男女3名がパンをかじっている。
店の端の方では、10歳くらいの少年少女5人が、それぞれの持ち寄ったカラフルなたまごを見せあっている。
ジュンはその中で、1人ぽつねんと木製の椅子に座り、羊皮紙の束を眺めながら時おりそれに文字を書き込んでいる。
(ドスイーオス……ドスガレオス……ババコンガ……。
こいつらの弱点なんかも書いてあれば、1000ゼニーくらいでも買いたいんだけどな……そうは行かないか)
黙々と羽ペンを動かすジュン。席代替わりに注文したジャガイモの揚げ物は、とっくに冷めてしまっている。
ジュンの手の中に積まれた羊皮紙の正体は、モンスターの書。
ハンターズギルドがこれまでの活動の中で掴んだ、モンスター達のおおよその情報を記載した薄い書物である。
無論モンスターの情報は決して安くはなく、複数冊をまとめて購入すれば、一回の狩猟報酬が丸ごと吹き飛びかねない。
これがもう少し高ランクのハンターともなれば話は違ってくるだろうが、
今のジュンのランクでは、これらモンスターの書を買うのも一苦労である。
(やれやれ……ドスギアノスを狩ってからも、生活は全然楽にならないな)
ジュンは羽ペンの筆先をインク壷に乱雑に突っ込んで、ため息をついた。
考えてもみれば、紆余曲折あったもののドスギアノスを狩り、ハンター見習いを卒業したあの日から、
まだ半年も経過していない。
半年足らず前のことがもう遥か昔のことに思えるほど、あれからジュン達は狩猟を経験してきた。
ハンター見習いを卒業し、三流とは言えハンターを名乗れるほどになった一同は、
突如として増えたやれることの多さに、当初は困惑すら覚えた。
けれでもジュン達4人は、その時々に応じた目標を立て、その目標に従い狩猟を重ね、
時には4人で、時には3人や2人、そして1人きりでの孤独な戦いも経てきた。
現に今頃、トモエと雛苺はタッグを組み、遥か南南東に位置するテロス密林で、狩猟を行っているはず。
おとといこのポッケ村に帰ってきた際、ホーリエから渡された置き手紙にその旨が記されていたのだ。
(まあ、ここらでしばらくは足踏みして、地力を蓄えてから次を目指すのも悪くはないかな。
イャンクックを狩るまで……いや、おとといまでボクらは、ものすごい勢いで突っ走ってきたことだし。
お陰で、貯金もほとんど出来てない)
度重なる狩猟で収入は得ても、それに伴う武具の買い替えで支出もかなりのもの。
狩猟の合間に自分達の家計を付けてみれば、半年前から貯金はほとんど変わっていなかったのを見て、
思わず頭を抱えたのがいやに記憶に新しい。
その代わりというべきか、ジュン達はとうとう三流ハンターの卒業すらも、破竹の勢いで成し遂げたわけではあるが。
(イャンクックやフルフルなんて、もう当分相手はしたくないけどな)
ちょうどイャンクックの書を手に取っていたジュンは、
その図解と共にさんざんイャンクックに煮え湯を飲まされた、三ヶ月前の苦い思い出を胸中で蘇らせた。
誰が決めたというわけではないが、ハンターを見習い、三流、二流、一流に分けるなら、
その関門はあるモンスターを倒せるかどうかにかかっているという、暗黙の掟が存在する。
見習いが三流になるための関門は、ドスギアノス……もしくはドスランポスを狩れるかどうか。
そして三流が二流になるための条件は、イャンクックを倒せるかどうかにかかっている。
ジュン達はハンター見習いを卒業してから、
実質上わずか二、三ヶ月という異例の早さで、二流への「昇格試験」をクリアしてしまったのだ。
もっともその「昇格試験」の合格認定は、お情けで辛うじてもらえたも同然という、ずさんなものではあったのだが。
(こんな調子じゃ、ボク達があのリオレウスを相手するなんて、想像もしたくないな)
ジュンはまだ詳しい話を知らないものの、ハンターが一流を名乗るのであれば、
かの大空の覇者、リオレウスを狩ることができなくてはならない、という。
そしてハンターを志し、実際にリオレウスを狩るに至れる者は、そう多くない。
それ以前のイャンクックを倒せずに、挫折してハンターの道を降りてしまう者と合わせれば、
リオレウスを倒すに至るハンターは、最初ハンターを志した者の一割にも満たない。
イャンクックとリオレウスは、ハンターの格を冷酷なまでにはっきり峻別してしまう、大きな壁なのだ。
そして一流にまで登り詰めたとしても、
そこでハンターを待ち構えているのは、「超一流」の座を目指すための、更に過酷な狩猟である。
かの真紅と雛苺の義父ローゼンのように、「伝説」と呼ばれるには、どれほどの修羅場を潜ればいいのか――
長く厳しいハンターの道を思うジュンは、思わず気が遠くなりかけた。
そして、このめまいをどうにかするために、現実に目を向け直すことにする。
(……ま、今は何とか生活を楽にすることを考えないとな。
ボク達の住んでるあの家だって、いくら親父とおふくろの残した財産があっても、
無駄に馬鹿デカいせいで維持費だってかかるしな。
そもそも姉ちゃんもよりにもよってあんないい家を買わなくても良かったんだよ!
そのせいでこんなに無駄に維持費がかかるし真紅には体よく居候されるしせっかく付いてた温泉は占拠されるし
ついでにボウガンに使う弾薬の出費だって馬鹿にならないし!
ああああぁっ!!
考えたらむしゃくしゃしてきた!!)
ジュンはさすがに叫び声こそ上げはしなかったが、そのボサボサの頭髪をかきむしり眼鏡の下の顔をくしゃりと歪める。
傍目から見れば、ジュンの行いは相当奇矯なものとして映っただろう。
結局、めまいのするような理想から逃れるために現実を見ても、悲しいかな――。
ジュンに、心安らぐ逃避先は残されていないのであった。
ジュンがひとしきり悶絶して、それから我に返って息を整える。
ジュンが息を整えるその最中に彼に触れたもの。
それは柔らかな桃色に染められた、アイルーの尻尾だった。
「…………?」
自分の太ももの上に乗り、ぴょこぴょこと動くピンク色の尻尾。
その本体へとゆっくり視線を動かすジュンは、そこに1人のアイルーの姿を見た。
「ベリーベル……? どうしてここに?」
ベリーベル。
本来ならば雛苺のパートナーとして、トモエの家の留守を守るべきアイルーが、ここにいた。
ジュンはそれを不思議に思いながら声をかける。
「ジュン~、あのね、この村にあたちのおともだちが来たの!」
「お友達……?」
ジュンはベリーベルの酷く舌足らずな発音に、いつものように若干の苛立ちを感じながら聞き返す。
真紅達に聞いた話では、ホーリエもベリーベルも人間の言葉をローゼンから教わったらしい。
彼女らにはアイルー独特の猫じみたなまりがほとんどないものの、代わりに妙な口癖が付いてしまったあたり、
果たしてローゼンは言葉の教え方が上手かったのか下手だったのか、ジュンにはまったくもって判断がつきかねる。
何かと小うるさい雛苺がもう1人いるような錯覚を感じるジュンは、不機嫌そうな声で聞き返す。
「具体的は誰が来たっていうんだ? アイルーか? 人間か? それとも――」
「アイルーと人間、りょうほうが来たの! えーっとね、えーっとね……全部でね……」
ベリーベルが肉球の付いた指を一本二本と立て、数を数え上げる。
ジュンがその様子を苛立たしげに眺める中、彼の眼鏡に届く光が突如弱まった。
この集会所の入り口からこぼれる外の光が遮られた。
誰かが新たに、この集会所の中にやってきたのだ。
ジュンは半ば無意識のうちに、その入り口の方に目を向ける。
「ほんと、この村は雪山にあるとは思えないくらいあったかいですぅ。
せっかくここに来る前にかったコートの分、お金を損したですぅ」
その声を発したのは、逆光の中でも分かるほどに鮮やかな、緑のワンピースを身に着けた少女。
茶色の髪の毛を覆う白い頭巾が、太陽の光に眩しい。
「ええと……さっき竜人のお婆さんが言ってた集会所って、ここでいいのかな?」
その隣にいた、青いズボンと白いブラウス、そして黒いシルクハットを身に着けた、
少年のような容貌の少女は傍らの相方に問う。
「馬鹿でかい上に、さっきの婆さんのいたところの目と鼻の先になる建物っていったら、
このボロい村にはここだけですぅ。間違えるわけがないですぅ」
緑のドレスの少女は一つ鼻を鳴らしながら、断言する。
「そうよそうよ! 蒼星石はいつも心配性なんだから!」
この声の発生源は、緑のドレスの少女の足元にあった。
おしゃまそうな様子で尻尾を立て、肉球の付いた両手を腰にやる、穏やかな緑色にその毛を染めたアイルー。
「スィドリーム。私達はまだこの村は初めてなのです。決め付けるのは危険ですよ」
「スィドリーム」と呼ばれた緑のアイルーに穏やかに釘を刺したのは、やはり同じくアイルー。
蒼星石なる名の少女の足元に付き従っていた、深い青色で毛並みを飾るアイルーは、
その肉球を顎に当てて深謀遠慮を巡らせているように見える。
ジュンの元にいたベリーベルは、それを見た瞬間嬉しそうに尻尾をピンと立て、その手を上げた。
「翠星石ぃー! 蒼星石ぃー! スィドリームぅー! レンピカぁー! あたちもいるよ~!」
集会所全体に響くくらいの、加減のない大声でベリーベルは叫んだ。
手を振って、この集会所にやってきた客人の注意を引こうとアピールし、次の瞬間にそこに駆け出す。
「ちょ……ちょっと待てよベリーベル! おい……!」
今のベリーベルの声で、集会所全体の注意を引いてしまったいたたまれなさで、ジュンは声を詰まらせる。
嬉しさの余りか、ベリーベルは行儀を忘れて四つん這いになって駆け出した。
集会所内を疾走するベリーベルに、人間とアイルー合わせて4人の輪も思わず振り向き――。
更にその4人の輪の後ろから、新たに赤いドレスをまとった人影も現れる。
「確かポポ車は集会所の近くに来てたわよね――って、あなた達!?」
真紅は感嘆の叫びを上げ、駆け寄る。
「ぜーいんしゅーごーなの~!」
ベリーベルは、緑と青の輪の中にその身を投げ込んだ。
「え? ええ!? これはどういうことです!?」
ベリーベルには翠星石と呼ばれた緑のドレスの少女は、その目を丸くする。
「真紅!? それにベリーベルも!?」
蒼星石なる少女は、ベリーベルと真紅の姿に交互に視線を向けた。
「ちょっとやめなさいよ馬鹿ベリー! 暑っ苦しいのよ!!」
ベリーベルに飛びつかれたスィドリームという名のアイルーは、思わずベリーベルに猫パンチをお見舞い。
「これはまた……『縁は異なもの味なもの』とはこのことです!」
同じくベリーベルにレンピカと呼ばれた青いアイルーは、
ベリーベルとスィドリームのもみ合いを唖然と眺めているほかなかった。
ジュンは、それでもう情報の処理限界を超えてしまった。
「ああもう! 一体何が起きているってんだよぉ――っ!!?」
最終的には、集会所の視線を一手に集める決定打になったのは、ジュンのその絶叫となった。

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