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それは、記憶がセピア色に蘇る昔のこと。
それは、大人にしてみればほんのしばらく前の事としか捉えることは出来ないだろう。
けれども。
それは、子供にとってみれば記憶がセピア色に蘇るほどの、遥か昔のこと。
(――今日は、一つみんなに『なぞなぞ』を出してみようか)
庭では薔薇の花がいくつも咲き誇る。セピア色の記憶の中でもほんの僅かに残された、色彩を持つパーツ。
(おとうさま、なぞなぞってなにかしら?)
薔薇の咲き誇る庭を、窓越しに眺めていた真紅。男の声で、その柔らかい髪を揺らして振り返る。
真紅の瞳に映るのは、金色の髪の男。セピア色の中で、その金色がいやに眩しい。
(ヒナ、なぞなぞだいすきなの!)
ピンク色の衣をまとっていたであろう雛苺は、物心が辛うじてつく年頃に達しているくらいだろうか。
(なぞなぞなら、すいせいせきはまけないですぅ!)
この部屋に据えられた、4人用のソファー。
右端に雛苺、その隣に真紅。
そして真紅の隣に腰掛けた、緑のロングドレスをまとう幼女が、今の声を上げた。
(ぼくに、こたえられるかな?)
ソファーの左端に座る、青い半ズボンとブラウスを着た幼子は、床のカーペットの模様を視線でなぞることを止めた。
部屋の暖炉では、時おり静かに火が爆ぜ、雛苺がそれに驚いたように肩を揺らす。
4人の前にかがみ込んだ金髪の男……この4人の幼い少女らの義父であるローゼンは、一つ微笑む。
(それじゃあ、なぞなぞを始めるよ。このなぞなぞはちょっと長いから、しっかり聞いててほしい)
ローゼンの下ろした前髪からは、時おり瞳が垣間見える。
それでも、朧がかかったように、ローゼンの顔を描くことは出来ない。
もどかしいような懐かしいような不思議な気持ちと共に、ローゼンの喉から優しいテノールが流れ出す。
(ある時、ある場所に、2人のハンターがいた。
1人はとても勇ましいハンターで、どんな恐ろしいモンスターが相手でも決して怯まず、逃げることを知らなかった。
どれほど傷だらけになっても、絶対にモンスターを倒すんだって気持ちを忘れなかったんだ)
(たたかったあいてが、『れおりうす』だったときもかしら?)
(そうだね、そんなモンスターが相手でも彼は逃げたりしなかった。
……それと真紅、『レオリウス』じゃなくて、正しくは『リオレウス』、だよ)
ハンター達の間で伝わる、空の覇者の名を言い間違えた真紅は、「あっ」という声を上げ顔を赤らめた。
少し意地が悪そうな表情を浮かべ、緑のドレスを着た幼い少女がおかしそうに笑う。
青いズボンを履いたボーイッシュな少女が、それを「わらっちゃかわいそうだよ」と静かにたしなめた。
(そして、もう1人のハンターは、すごく臆病だった。
自分に倒せないモンスターがいると、すぐに逃げ回って震え上がって、狩場から帰ってしまう。
もちろん、そのハンターは弱虫って呼ばれて、笑い者になった)
(ひないちごみたいなやつですぅ、そいつって)
緑のドレスの少女が、嫌味な様子で雛苺にその視線を向ける。
雛苺はむっと表情を曇らせ、頭の大きなリボンを揺らして、彼女に食ってかかった。
(ヒナ、よわむしじゃないもん! ヒナはよるにひとりでおしっこにいけるもん!
すいせいせきとちがって、おねしょなんてしないの!)
(な……すいせいせきはべつに、おねしょなんてしてないですぅ!)
緑のドレスの少女が赤面し、真紅越しに雛苺に怒鳴りつけた。
(ヒナ、こないだみたもん! びっしょりぬれたすいせいせきのおふとんが、おにわにほされてたの!)
(あ……あれはちがうですぅ! よるおきてのどがかわいたから、みずをのもうとしたらこぼしたんですぅ!)
(ぜったいおねしょだもん!)
(ちがうですぅ!)
(ちがわないもん!)
(ぜったいちがうですぅ!)
本当の喧嘩に発展するまで間もないのでは、というほどの剣幕で怒鳴りあう2人の幼い少女。
真紅はその喧嘩に挟まれる形になっても取り乱すことなく、とても子供とは思えないほど冷静に呟く。
(ひないちご、れでぃは『おしっこ』や『おねしょ』、なんていっちゃだめよ。
『おはなをつみにいく』とか『そそうをする』、っていうべきよ)
(…………)
2人の喧嘩の外側に位置することになった青いズボンの少女は、妙に気まずそうにその視線を外した。
さすがは子供というべきか、早くも話が脱線しそうになる。
それを見たローゼンは、慌てて手をぱんぱんと叩き制止する。
(ほ……ほら、みんな! なぞなぞの続きだよ! いいかい!?)
(わたしはいいけど?)
(ぼ……ぼくも! ……でも……)
まともに答えたのは、真紅と青いズボンの少女のみ。
(ぜったいぜったいぜったいぜったいみたの!)
(ぜったいぜったいぜったいぜったいちがうですぅ!)
残る2人には、ローゼンの声は届いていなかったらしい。
本格的な取っ組み合いを始めた雛苺と緑のドレスの少女を、ローゼンが引き剥がす。
真紅が雛苺を小突く。
青いズボンの少女が緑のドレスの少女を再度たしなめる。
青いズボンの少女は、最後に一言「ごめん」と小声で付け加える。
これが終わるまで、たっぷり1分以上はかかった。
最後には、ローゼンは肩で息をしていた。
(やれやれ……おてんばなお嬢さん達だね……)
呼吸を慌てて整えながら、ローゼンは4人の少女に問う。
その問題は、以下のようなものだった。
(……ええと、そうだ、そうだったね。
僕が出していたなぞなぞは、『勇ましいハンター』と『弱虫なハンター』のなぞなぞだった。
それじゃあ、ここからが問題だよ。
実を言うと、この内の1人は生きて一流のハンターになった。
そして、もう1人はモンスターの戦いで倒れ、死んでしまった……ということにしてみよう。
その時、生き残ったのはどっちで、死んでしまったのは、どっちだと思う?)
ローゼンの問いかけは、幼い少女達の間に静かに伝わる。
(……どっちかしら?)
真紅は、首をかしげた。
(んーとね、わかったの!)
雛苺は、すぐさま答えを手に入れたように笑む。
(そんなの、きまってるですぅ)
緑のドレスの少女の浮かべた表情は、とても両手で数え切れる程度の年齢の少女とは思えない、ませたものだった。
(ぼくはね……たぶん……)
青いズボンの少女の表情もまた、子供にはふさわしくない思慮に満ちたものだった。
(それじゃあ、答えを聞こうか。さあ、どっちだと思う?)
ローゼンの声を皮切りに、一斉に少女達は答えを返した。
(いさましいはんたー、だわ)
(いさましいはんたーなの!)
(いさましいはんたーですぅ)
(ぼくは……よわむしなハンターだと思う)
青いズボンの少女以外、全員が「勇ましいハンター」と答えた。
ローゼンは、静かに唇を緩める。
その正解を、一同に告げるために。
(正解は……蒼星石だ。どちらかと聞かれたら、『弱虫なハンター』こそ、僕は一流になれると思う)
ざわざわ。ざわざわ。
一同の中に、どよめきが走る。
特に緑のドレスの少女は、ローゼンの解答に不満な様子を露にして、真っ先に口を開いた。
(そんなの、すいせいせきにはセットクがいかないですぅ!
よわむしなんか、つよいはんたーになれるはず、ないですぅ!)
頬を膨らませる緑のドレスの少女に、ローゼンは静かに言葉を紡ぐ。
(翠星石。それを言うなら『セットク』じゃなくて『ナットク』……『納得がいかない』、だよ。
それじゃあ、そのわけを説明しよう、今からね――)
ローゼンの言葉に、4人は一斉にその耳を傾け――。

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