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       ~薔薇乙女で一年戦争~
         ――哀・戦士――


桜田ジュンは…天才では決してなかった。
それでも、努力と勤勉な性格により、誰より優れた研究者となった。
だからこそ、何の後ろ盾も無いのに、フラナガン機関の上部にまで上り詰めた。
ニュータイプの研究。ジオン公国におけるそれに関しては、右に出るものは居ないと誰もが認めていた。

技術で勝る連邦軍ですら、未だに実験段階を出ない技術。
連邦からの亡命者がもたらした悪魔の業。
強化人間処置。

試験的に行われたそれを担当したのは、桜田ジュン。
ジオンに於ける、最初の被験者は…その幼馴染。


桜田ジュンは自分自身を呪う。
成功する可能性が有るなどと、少しでも信じた自身を…存在しない希望に賭けた自分自身を。

桜田ジュンは、思う。
僕の腕が、もっと未熟だったら、と。
いっそ、僕の腕がもっと未熟だったなら…柏葉は、あの時死ねたかもしれない、と。


柏葉巴に施された強化人間処置は…失敗に終わった……


※---フラナガン機関---※

ジュンは一枚のドアの前に立ち…ゆっくり目を瞑った。

静かに深呼吸をし、ドアに手を伸ばし―――ドアが内側から開いた。

「…やっぱり、桜田君ね…」


ジュンは、今更驚きもしない。

強化人間処置。
それを行われた巴のニュータイプ能力は、雛苺に並ぶ程に向上していた。
ただ…


「…雛苺は見つかった…?」

ジュンは静かに首を横に振る。

「…そう…まだ足しか見つかってないし…早く全部見つけて、元に戻してあげないと…」


ただ…
それ以上に、巴の心は崩壊した。
『雛苺』への妄執に縛られ…静かな狂気の世界へとその精神を堕とした。

 
「…足だけだったら、大好きな苺大福も食べられないでしょ?
だから…せめて、って靴をまた買ってきてあげたのよ…雛苺もきっと喜ぶわ…」

巴は部屋の隅の靴箱を示しながら、目を細める。
そこには…雛苺の為に用意された靴が、何足も並んでいた…


ジュンはその光景に居たたまれないものを感じ…話題を逸らせる。

「なあ…久しぶりに…どこか行かないか…?」
「…そうね…でも、二人でどこか行って、雛苺が寂しがるといけないし…」
「…そ…そうか……そうだな…」
「ええ…そうよ…だから…早く雛苺を全部見つけてあげないと…」


ジュンはすぐにでも部屋から逃げたしたいが…
巴を殺したのは誰か。
巴の心を壊したのは、誰か。
…ただ、床を見つめながら部屋の中に立ち尽くしていた…

巴が不意にドアに視線を向け…少し遅れて、ノックの音が聞こえた。
「失礼致します。桜田所長、柏葉少佐、移動の準備が―――」
そう言う男の声と共にドアが開き――

巴は獣のような速さでその男に飛びかかった――!
 
「…あなた…誰…?…あなたが…私の雛苺をどこかに隠したの…?」
巴はそう言いながら片手で男の首を絞め――もう片手に握った刀を男の胸に当てる…
「…!か…は…っ!!…!」
男は首を絞められ、目を剥きながら苦しそうな呼吸音を返し――
「……そう…答えないのね…」
巴は刀を握った手に力を込め―――
「…柏葉、やめろ…」
その手をジュンに抑えられた。


誰が悪いのか。
ジュンか。巴か。戦争か。ニュータイプか。ニュータイプを戦争にしか使えない人類全体か。

ジュンにその答えは出せなかった…
それでも、半ば遺言となった巴の言葉だけが彼を動かす。
『雛苺の仇を討ちたい』

ジュンは押さえていた巴の手をギュッと握る。

「さあ…行こう……」




 
※---ア・バオア・クー内部---※


フラナガン機関が設計した、最高のモビルスーツ。MSN-2・ジオング。
開戦に間に合わず、辛うじて起動はできる状態のそれの前にジュンと巴が立っていた。

「…今の柏葉なら…こいつを使いこなす事も出来るだろうな…」
「……この子は…足が無いのね…」
ノーマルスーツも身に着けず、普通のジオン軍服を着た巴は、目の前の巨体をどこか寂しそうに眺めていた。

そんな巴の呟きを聞いた一人の技術士官が、近づきながら声をかけてきた。
「足なんて飾りですよ。偉い人にはそれが分からんのです!」

「…『足なんて』……?」
巴の手がピクリと動き―――
「!! 柏葉!止せ!」
ジュンは慌てて手を伸ばしたが――それも間に合わなかった…

巴の抜き放った刀が、技術士官の喉を裂き――
赤い血が無重量の空間に、球のように漂う―――

「…そんな…酷い事言わないでよ……雛苺は…足しか見つかってないのよ…?」
巴は何の感情も映さない瞳で漂う死体を一瞥し…
そして…手にベットリと浴びた返り血を見…

「…あ…ああ…あ……!?」
震えながらその場に膝をつき…震える肩を両手で抱きながら呟く…
「…ダメ…ダメよ…こんなに汚れたら…雛苺を…抱きしめられないじゃない……」

ジュンはその光景に…ただ、固く目を瞑る事しか出来なかった…。 

それでもジュンは…肩を抱きながら小さく震える巴の手を取り…
その手に付いた血を、ハンカチで丁寧に拭き取った…。
「さあ…もう大丈夫だから……」

巴は綺麗になった自分の手を見…そして…目の前のMSに視線を移す…

「…桜田君…帰ってきたら…また雛苺と一緒に…散歩に行こうね…?」
「……ああ…」
巴は最後に一度振り返り…そして、ジュンに唇に触れる程度のキスをする…
「…ふふ……それじゃあ…行ってきます…」
そう言い、地面を軽く蹴る――
無重力空間の中で巴が、吸い込まれるようにジオングのコックピットに消えていった……


ジオングのバーニアが燃え、その姿が戦火の中に紛れ…

それを見送ると…ジュンは一人、地面に膝をつき、嗚咽を漏らした…。


雛苺が死んだ時――柏葉の心が崩壊した時――自分の無力さを知った時――
涙が枯れるまで、泣いた。
それでも…今、この時にも、涙はまるで堰を切ったかのように流れ続ける…



桜田ジュンは、全てを呪う。
ニュータイプを、自分自身を、戦争を、世界を…そして無慈悲なる神を……


 
※---ア・バオア・クー宙域---※

「雛苺!どこ!どこにいるの!」
全方位に向けて通信を開いた巴のジオングが戦場を往く。

そしてその通信を傍受した数機のジムがジオングの背後に迫り―――
「……邪魔よ…」
振り向きもせずに巴が放ったジオングのメガ粒子砲を前に蒸発した―――

「…こんなに敵が…早く雛苺を見つけてあげないと……」
呟き、再びバーニアを大きく噴かす…
すると…戦場の一角に、メガ粒子砲を放つ数隻のサラミス級巡洋艦の姿が見えた。

「! …あなた達がいるから…雛苺が怖がって姿を見せてくれないのよ…!!」
開ききった瞳孔で、敵艦を見下ろす。
「…そう…きっとそうよ……だから…」
ジオングの有線式ビーム砲が伸び、サラミス級巡洋艦の艦橋に狙いを定めた。
「……消えて…」

耳を覆いたくなるような轟音と共に、数多の命を乗せた戦艦が炎に包まれ爆発する――!

僚艦の突然の轟沈に、残りの戦艦も対空砲火で弾幕を張るが――
一分もせぬうちに…その宙域に存在するものは、何も無くなった……

 
「……雛苺…もう…大丈夫だから…早く出てきて…」
漂う残骸の中で、一人呟く…
 
不意に、背中に弱い電撃が奔ったような感覚に襲われる――!
「! …見える…私にも…見えるわ…!」

本能に導かれるように、とある宙域を目指してバーニアの火を灯す――


遠くに見える戦火…
だが…遠目からでもそれはよく分かった…

たった1機のMSが、周りを取り囲むザクを、まるでなぶるかのように撃墜している…

「! あの機体……雛苺を私から奪ったやつね!」


『白い悪魔』…RX-78・ガンダムの姿がそこに在った…



 
ガンダムは周囲の機体を全て破壊し…そして雪華綺晶が通信に割り込んでくる――

『…謝肉祭が終わり…あんなに小さかった駒鳥さんは…こんなに立派な七面鳥に…』
「返して!私の雛苺を返して!!」
『……ふふ…あの時…見逃したのは正解ですわ…』

巴は両手の有線式ビーム砲を伸ばす――
『…ふふふ…これは……『お姉様』もこうやって…私と鬼ごっこをしてくれましたわ……ふふふ…』
ガンダムはそれを掻い潜り、間合いを一気に詰めてくる――
「!! させない!」
頭部ビーム砲と腹部メガ粒子砲を放ち、それを迎撃する――

ガンダムの頭部の右半分が吹き飛ぶ――!
だが――浅い――…
撃墜するには遠く及ばない――

雪華綺晶は一旦距離をとり、ビームを避けながら…歌うように囁く……

『ふふ…ふふふ…あなたの中では…ぐるぐる…ぐるぐると…狂気が渦巻いている…』
「あなたに…狂気だなんて言う資格は無いわ!」
『…亡くなった『お姉様』を想い…その心は果てしない闇に堕ち…』
「雛苺は死んでないわ!あなたを倒せば元に戻るのよ!!」
『…さあ…一緒に歌いましょ…?もう一人の『お姉様』…』

ガンダムが、雪華綺晶が、バーニアを轟かせながら迫る――
 
『…だァれが…殺した…駒鳥さん……』
「その歌……ぅぅ…頭が…痛い……その歌を…やめなさい…ッ!!」

搭載されている全ての兵器を駆使し、攻撃をするも…
雪華綺晶は全く意に介さないようにそれらを避けながら近づいてくる――

『…そォれは…わたし…わたしなの……』
「!! あなたが!!私の雛苺を殺した!!」

巴は有線式アームを交差させながら飛ばし――

『!!!』

そのロープ部分が、まるで蜘蛛の糸のように雪華綺晶のガンダムを絡め取る!!

雪華綺晶がビームライフルの銃口をジオングに向け――


巴の放つメガ粒子砲がガンダムのコックピットを消し飛ばし――

雪華綺晶の放った光の矢が、ジオングの胴体を貫いた…―――――








 
※---エピローグ---※

一年戦争終結後…
一人の科学者が、フラナガン機関から亡命した。

彼は…それまでのニュータイプに関する一切の研究を捨て、平穏な生活を望んだが…

だが、時代の波はそれを認めてはくれなかった。

そこで彼は…持てる全てを費やし、全く新しい技術の研究を始める事にした。

無人MSの開発。その人工知能。
そして有人で運用した際には、確実に搭乗者の身を守り、サポートする究極のコンピューター。

『ALICEシステム』



そして彼は、入院中の妻と共に、一つの墓標の前に立つ。

精神の崩壊した彼の妻は、虚ろな目で空を見つめる。
だが…それでも…何かを感じたのだろうか…

その目から一筋、涙が大地に零れ落ちた……――――

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