『忠勇なる下僕達よ、今や連邦軍艦隊の半数がソーラ・レイによって宇宙に消えたのだわ。
この輝きこそ私達の正義の証しなのだわ!
決定的打撃を受けた連邦軍に如何ほどの戦力が残っていようとも、それは既に形骸にすぎないのだわ。
敢えて言うのだわ!ジャンクであると!!』

「こいつ…とんでもねぇ毒吐きですぅ…」
全宙域に向けて流されている演説を傍受しながら翠星石はコックピット内で呆れたように言い放った。
『翠星石が言ったらダメなのよー』
『確かに、翠星石と良い勝負かしらぁ~』
金糸雀と雛苺が無線で割り込んでくる。
「このおチビ達は…失礼な事を言いやがるですね…」
翠星石は目元を少しピクピクさせながら答える。

「帰ったら、ほっぺつねって泣かせてやるです!」
『無事に帰ってきたらどうぞかしら~』
出撃の度に交わされた、全く変わらないこの会話。
二人は極力、いつも通りの雰囲気を心掛けながら交わした…

敵の言う事を鵜呑みにする気は無いが…
実際、艦隊への打撃は大き過ぎた。それらに搭載されていたMSの事も考えると…
それでも、勝てない戦いではない。
ただ…生き残れる可能性は限りなく低いだけ。

翠星石も金糸雀も雛苺もそれはよく分かっていた。

星一号作戦…ジオンの最終防衛線であるア・バオア・クー。その攻防戦。
敵味方共にかつて無い規模の戦力。
その最前線に配備されるという、その意味。
 
「さ~て…チビ苺…覚悟はできたですか?」
『うぃ!いつでも出られるのー!』
カタパルトにMSの脚部を固定する。

「RX-79BD3…翠星石、出るです!!」

カタパルトが射出され――どこまでも広がる宇宙空間に一筋の光が伸びていった…


「予定通り、3機を一個小隊として敵をボコりやがれです!雛苺は私と、各小隊のサポートですよ!」
『うい!』
『了解!』
各MSに指示を出しながら…出撃前に交わした槐との会話を思い出す――


――「こんな広い戦場で、水銀燈が見つかりますかねぇ…」
――「心配ない。EXAMは擬似ニュータイプ能力…。必ず…惹かれあう筈だ…」
――「……」
――「奪取された2号機には、リミッタータイマーが搭載されていない。
  機体と操縦者、そしてEXAM…媒体である蒼星石に大きな負担がかかる分、出力はこちらより上だ…」
――「それでも…全てのEXAMを破壊できれば…そうすれば、蒼星石は目覚めるんですね?」
――「ああ…。確証は無いが…おそらく、な…」


『――見えてきたのー!』
雛苺からの通信で、現実に引き戻される――。

正面の宙域に見えるのは、MS-09Rリックドムを主力とした中隊…。
 

「各自散開ですぅ!雛苺!リーダー機のゲルググを叩くですよ!」
『うぃ!やってやる…やってやるなのー!!』
雛苺の乗ったジムが大きくバーニアを吹かし、一気に加速する。
『さっさとしないと、置いていくのよー』
「! ムキー!てめぇこのチビチビ!生意気言ってるんじゃねぇです!」
翠星石も負けじとブルーディステニー3号機のバーニアを吹かす――

「ひーっひっひ!とんでもねぇノロマ野郎ですぅ!」
圧倒的なBD3号機の機動力で、続けざまに護衛のリックドムを撃破する!
そして爆発したリックドムの背後から――隊長機のゲルググがビームナギナタで踊りかかってきた!
「ひゃぁ!てめぇ!突然出てくるなです!」
ビームライフルを牽制に放ちながら、後退し距離をとる――
そしてモニターの十字と敵影が重なり――
トリガーを引く直前、ゲルググは爆発し燃える破片と化した――
『うゆ!ヒナがやっつけたのよ!』
スピーカーから雛苺の声が響く。

「チビチビも腕を上げたですねぇ」
ニヤリとしながら言う。
『ヒナはもう、一人前なのよー!』
「そうやって調子に乗ってるヤツから死ぬんですよ?」
『ぅぅ…い…嫌な事言わないでほしいの!』
「だったら…しっかり私から離れないようにるです!」
交戦中の別の小隊に向けて一気に加速する――!




 
※---同宙域・数刻後---※

「…どれ位…生き残ってるですか…?」
周囲一面に漂う残骸の中、通信を開く。

敵も味方も…ベテランも新米も、等しくもの言わぬスクラップと化していた…。

『うゅ…何とかヒナも無事なの…でも…隊の半分位は…』
聞こえてきた通信に、一瞬胸を撫で下ろしそうになる。まだ…始まったばかりだというのに…?
いや…
まだ始まってすらいない。水銀燈はまだ、姿すら見せていない。

「…とりあえず、次のポイントに移動して、別の隊と合流するです…」
残った全機にそう指示を出し、どこまでも暗い宇宙空間を進む――


不意に背筋につららを刺されたような悪寒が全身を駆ける――!

…それはEXAMを…機体を…操縦桿を通して送られてきた警報――

「!! 全機散開!回避行動ですぅ!!」
叫ぶと同時に、思いっきりレバーを引く――

瞬間――
光の柱が何本も上方から降り注ぎ――周囲のジムが火を噴き爆発する――!!


ビームライフルの放たれた先…カメラを向けたその先には…
限界を遥かに超えた出力で翼のようにバーニアを燃やした、漆黒のBD2号機…水銀燈の機体…
 
「…チビ苺…全員連れて、この宙域から離脱するです…。私が…あいつの相手をするです」
『! そんな無茶はダメなの!』
「…よく聞くです、雛苺。…てめぇらが何機でかかっても、水銀燈には勝てんです」

モニター越しに食い入るように見つめてくる雛苺から…視線をそらしてしまう…
「だから…そんな連中に周りで爆発されると、五月蝿くてしゃーないですぅ!!
分かったら、さっさと行きやがれです!!」

『……翠星石は…口は悪いけど、本当は優しいから…大好きなのよ…』
雛苺はバーニアの出力を徐々に高める――
『…だから…帰ってきたら…ヒナとカナリアのほっぺつねってもいいの…だから…帰ってきてね…』
そして――雛苺のジムが彼方の宇宙へと消えていった。

「…まるで他人が死ぬ気みたいに…全く…帰ったらほっぺたつねってやるですよ…」

『ふふふ…感動的ねぇ…。お別れは済んだみたいだし…始めましょうか…』
水銀燈の駆るBD2号機がバーニアの炎を翼のように広げ立ちはだかる。

翠星石はコントロールパネルのスイッチを叩き押す。
《 ―― EXAMシステム スタンバイ ―― 》
モニター横で、300秒のカウントダウンが始まる――

「…違うですよ…これで…終わらせるんです!!」

蒼と漆黒、2機のEXAM。
この勝敗が戦局を左右する事はないだろう。
それでも…
たった一人の少女…――EXAMに囚われた蒼星石を巡った最後の戦いが始まる―――

 
※------※

「これでも…喰らえですぅ!!」
モニターの十字と重なったBD2号機目掛けて、ビームライフルの引き金を引く――
だが、引き金を引くと同時に敵は常軌を逸した機動力で視界から消え――
同時に機体から伝わる悪寒と共に、翠星石は操縦桿を倒す――
目の前をビームライフルの光が掠める――!

『…ざぁんねぇん…もうちょっとだったのにねぇ…ふふふ…』
水銀燈の猫なで声が聞こえる。

翠星石はモニターのカウントダウンに視線を送る。
(…遠距離では互いに拉致が開かんです…)
残り180秒…時間は少ないが…まだいける。
(だったら…一気に決着をつけるですよ!)
ビームサーベルを手に、一気に間合いを詰める――

『!! いいわよぉ…遊んで…あげるわ!』
水銀燈はビームライフルを捨て、光る刃を展開させる――

高速で飛来する機体同士が衝突し――
弾きあう二本の刃が空間を雷で照らす――!!
                                  《…僕は…誰…?》
「蒼星石を…返しやがれです!」
『EXAMは…ずぅっと私のモノよぉ!』

同じ機体。同じ性能。にもかかわらず、力負けする。
リミッターの有無。その差は、あまりにも大きい。
 
吹き飛ばされ…そのまま開いた距離を利用し、頭部バルカンで牽制する。
だが水銀燈もその程度の攻撃は難なく回避し再びビームサーベルを振りかぶる――
                                  
                                  《君は…誰なんだい…》
「こんな…人の心を利用した兵器…有ってはダメなんです!」
『闘う事こそ…人間の本質よぉ!』

再びビームサーベルが衝突する光が闇を照らす――!

                                  《僕は…何で闘うんだろう…》
「人は…わかり合えるんです!蒼星石と私のように…!!」
『あなたの言うとおりなら…戦争なんてとっくに無くなってるわぁ!』
「てめぇの言うとおりなら、人類なんてとっくのとうに滅亡してるです!」

                                  《ここは…どこなんだろう…》
「蒼星石を…!」
『EXAMは…!』
「解放するです!!」
『私が支配するのよぉ!!』

光がぶつかり合い、衝撃が宇宙に広がる――!

翠星石のBD3号機の関節から悲鳴のような音が響く――
 ――残り30秒…
「負けられ…ないです!!」
力の限りで操縦桿を握る――
 ――残り20秒…
全てのバーニアを一気に点火させ、BD2号機…水銀燈を弾き飛ばす――
 ――残り10秒 

『ちぃ!』
水銀燈のビームサーベルがBD3号機の左腕を刎ね――
翠星石の光の刃がBD2号機の胸部を切り裂く―――
(!! 浅いですか!?)
コックピットが剥き出しになった機体から…水銀燈の姿が見え――
翠星石のBD3号機はそのまま蹴り飛ばされ、後ろへ弾かれる…

《 ―― EXAMシステム 起動終了 ―― 》

……

『………ふふふ……あはははは!』
水銀燈の笑う声が、コックピットの中に響き渡る。
『リミッターだか何だか知らないけど…ふふふ…やっぱり、EXAMに選ばれたのは私だったわねぇ…?』

「……くぅぅ…!」
EXAMが止まり…急に重くなったBD3号機の中で翠星石は小さく呻く…
「まだです!まだ終わらんですよ!」
ビームライフルを水銀燈に向けるも――
『ふふふ…無駄無駄ぁ…!』
EXAMシステムの驚異的な反応速度により、掠らせる事すらできない…

『興ざめねぇ…。もう…さっさと逝っちゃいなさぁい!!』

水銀燈が…BD2号機がビームサーベルを手に突貫してくる――
 
(もう…これまでですか…?)
翠星石は水銀燈を――眼前に迫るもう一つのEXAM搭載機を見る――

                                  《…僕は………》

突然――
BD2号機の背中のバーニアの片方が止まり――片翼のようになりバランスを崩す――
同時に――
軋み、動きの鈍くなっていた翠星石の機体が魂を取り戻したように動き出す――

「!!」
言葉では上手く言い表せないが…間違いなく『誰か』の心を感じた―――

『私は…EXAMを支配する人間のはずよぉ!!』
「…EXAMじゃないです…蒼星石が選んだのは…てめぇじゃあねぇです!!」

マニュアルでBD2号機にビームライフルの狙いをつける。
狙うのは一箇所。
EXAMが…蒼星石の心を捉えている存在が在る…その頭部。

引き金を引く――
光が広がり――

そして…戦場から一つの悪夢が消滅した―――




翠星石は、機体の各部からパチパチと火花を散らせながら宇宙空間を漂うBD2号機を見つめていた。

よほど機体に無理をさせたのだろう。
断言はできないが…EXAM無き今、もう動く事すらままならないだろう…。

そして…
自身の機体、BD3号機に考えを巡らせる。

機体の損傷。武器の消耗。
今すぐ母艦に帰りたいが…それは出来ない。
もしそうすれば…機密であるEXAMは倉庫に運ばれ、二度と手が届かないかもしれない。
全てのEXAMを破壊する。そのチャンスは…今しか無い。

静かな決意を胸に、遠くで戦火が広がるア・バオア・クーに視線を向ける。

そして、慈しむように…動きを止めたEXAMのモニターをそっと撫でる。

軋む機体を気遣うように、ゆっくりバーニアを動かす…

「……ずっと……一緒ですよ……」

――――――

  ジオン軍最後の砦が崩落したその日…
      宇宙空間を漂う、大破した蒼いガンダムタイプの機体が誰かに確認された…―――



                          ~薔薇乙女で一年戦争~
                           ――裁かれし者―― 







※---エピローグ---※

--雛苺-- 

一年戦争終結後、退役。
退職金を元手に、故郷で和菓子屋『不死屋』の経営に乗り出す。
一年戦争を生き抜いた強運の店主と、彼女のユニークな料理で店は圧倒的な人気をほこった。
『不死』という屋号もあり、縁起担ぎにと、連邦軍の御用達に指定されている。


--金糸雀--

ひとまずの平和を取り戻した世界で、その後もオペレーターとして軍に残る。
腕を見込まれ、新組織『ティターンズ』にスカウトされるも、
「こんなお給料じゃみっちゃんの借金が返せないかしら!」と断った。
現在、トリントン基地でガンダム試作型に囲まれて生活中。

--槐--

EXAM計画の失敗により左遷されるも、本人は至って気にしなかった。
その後、『先生』とは違う自分自身の人生を送りたい、という理由で逃げるように退役。
故郷でプラモ屋の経営を始めた。
本人は「ドールショップと言いたまえ!」と頑なに主張を続けている。



そして…―――


 


………

僕は薄暗い部屋で目を覚ました。

ずっと眠っていたせいで、体は鉛になったみたいに重い。

何とかベッドの上で上体を起こし、体中についていたコードと機械を外す。

不意にドアが小さな音と共に開く。…来客みたいだ。
逆光でその姿はシルエットしか見えない。

「全く…やっと起きやがったですか。…とんでもねぇねぼすけですぅ」

逆光で顔は見えなくても…僕には誰だかすぐに分かった。

ずっと会いたかった人。ずっと、一緒にいた人。

今すぐ駆け寄って抱きつきたいけど…とっても残念だけど、まだ体が思うように動かない。

だから僕は彼女に微笑みを向ける。

きっと…僕がそう伝えたら、彼女は抱きしめてくれるだろう。そう信じて言葉を紡ぐ――――




                           ~薔薇乙女で一年戦争~
                          ――ブルーディステニー――  完

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最終更新:2008年03月29日 09:20