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フラヒヤ山脈、中腹西部。
トモエはごぶ、というくぐもった息を吐き出した。正しくは、無理やりに吐かされた。
飛びかかるドスギアノスの爪はトモエの腹を強打し、
『マフモフジャケット』ととっさに固めた腹筋の上からでも、十二分の威力を発揮する。
幸いにも角度が浅く切り裂かれはしなかったが、それでもトモエの体は後方の崖にぶつかるほどに吹き飛ばされる。
口の中で鉄臭さが充満するのを、トモエは霞がかかった意識の中感じ取った。
「……うゆ……」
トモエがちょうど吹き飛ばされた傍らでは、雪だるまと化した雛苺の体が転がる。
雛苺の上半身を覆う氷の塊はすでにあちこちを抉り取られ、白い雪の各所に赤みが差している。
恐怖と痛みのあまりに流れ落ち、凍りついた雛苺の涙は二筋三筋ではない。
(もう……駄目なの……!?)
腹にわだかまる痛みと、引き裂かれた肩の痛みが、冷気と共にトモエの身を蝕む。
それでも、『鉄刀』を握り締める両腕には、未だに熱が燃えている。
戦いたい。けれども、体が戦う事を許してくれない。
(体さえ……動いてくれれば!)
トモエはもがいた。もがこうとした。
けれども、右膝に走った激痛が、身じろぎすらも許してくれない。
先ほどドスギアノスに跳ね飛ばされた際、無理な力がかかって捻挫を起こしたようだと、トモエはその痛みで判断した。
「くぅっ……ああああああああっ!!!」
トモエは雄叫びを上げ、己の体に呼びかけた。
もっと昂ぶれ!
もっと力を振り絞れ!
この痛みを、気合で飲み込めるまで!
一歩歩いただけで、腰が砕けそうになるほどの痛みがトモエの身を苛む。
それでも『鉄刀』を杖代わりにして、トモエは立とうとする。
「この子を……雛苺をやらせない!!」
『鉄刀』を頼りにして、上半身を持ち上げるトモエ。
トモエの執念がドスギアノスを打ち据えたのか、ドスギアノスはトモエの雄叫びから動こうともしない。
あるいは、ここで退くか否かを獣なりに判断しようとしているのか。
ドスギアノス二頭もまた、全身各所の裂傷や欠けた鱗を見れば、浅からぬ傷を負っていることは間違いない。
だが、トモエと雛苺はそれ以上に深い傷を負わされている。どちらが優勢かは言うに及ぶまい。
一頭のドスギアノスが値踏みを終えたのか、再び動き出した。
トモエは、再び跳ね飛ばされた。
己の乳房の中で、ごり、という鈍い音。
ドスギアノスの飛びかかりが胸にヒットし、肋骨が砕けた。
トモエが理解した頃には、視界は白一色。
どこまでが曇り空でどこまでが雪原なのか、トモエはすでに分からなくなっていた。
地面に仰向けに吹き飛ばされ、息が詰まるほどの激痛が背を走り抜ける。
痛みのあまり肺が呼吸を忘れ、息苦しさで思わず涙が零れ落ちた。
降り積もった雪の冷たさに、まるで己の覇気を吸収されるような感覚を覚えるトモエ。
「……トモエ……」
胴体を凍らされ、息も絶え絶えに雛苺は言った。
「……痛い……冷たい……帰りたいの……」
「雛……苺…………」
今度こそ、トモエの体から闘志という名の熱が湧き上がりはしなかった。
正確には、体の訴える苦痛が闘志を削り落とし、力を奪った。戦いが可能な、臨界点以下にまで。
「私達は……ここで死ぬの……?」
トモエは、白い空の中に二つ、雪蜥蜴の王の影を見た。
ドスギアノスの繰り出す、高空からの爪の一撃。
一撃は、トモエを狙う軌道。
もう一撃は、雛苺に降り注ぐ。
この角度からあの一撃の直撃を受ければ、確実に致命打になるであろう事は、想像に固くは無い。
入った場所が悪ければ、そのまま即死の可能性すらある。
トモエは、目を見開いてドスギアノスの影が落ちてくるのを見た。
雛苺は、次の瞬間の痛みを夢想し、悲痛な泣き声を上げた。
ドスギアノスが無慈悲に2人に襲いかかる。
2人分の、断末魔の悲鳴。
それがフラヒヤ山脈に響く前に届いたのは、軽やかで、けれども力強い『角笛』の音色だった。
ブォォォォォォォォ!
空中でその音色を聞いた二頭のドスギアノスは、虚を突かれ空中での制御を失った。
「どうかしら、この『角笛』は?」
「!!」
「!?」
ドスギアノスの脚の爪は、トモエと雛苺からほんの握り拳一つほどの間を空けて、雪原に突き立つ。
二頭のドスギアノスは、たちまち2人への興味を失ってこの音源の方向に首を振り向かせた。
トモエと雛苺もそれに倣い、自身らの窮地を救ったこの音色の元に視線をやる。
『マフモフシリーズ』で身を固め、腰に差すは骨剣『ボーンククリ』。
クリーム色のフードの下からは、豊かな金髪が零れ落ちる。
「あなた達は、まだここで死ぬことはないのだわ」
トモエと雛苺に言い放った真紅は、『角笛』を懐にしまい直すや否や、弾かれるように腰の片手剣を引き抜く。
真紅が睨みつける相手は、もちろん二頭のドスギアノス。
二頭の様子からして、相当に不機嫌なのは間違いないように思える。
「どうやら『角笛』の音色は相当気に入ったみたいね、あなた達」
骨製の盾を構え、ドスギアノスの様子を伺う真紅は言う。
真紅が吹き鳴らした『角笛』は、無論羊飼いが使うような代物ではではない。
狩猟のための加工がなされ、人間の耳には聞き取れない波長の音波を出すようになった特製の一品である。
『角笛』から放たれる音波は、モンスターの耳には不快に感じられるようチューニングがなされており、
これがモンスターの注意を引きつけるのだ。
結果として、ドスギアノス二頭はたちまちその目標を真紅に切り替えたのである。
「真紅……来てくれたの……?」
「ボクだっているぞ! 受け取れ!!」
真紅の現れた谷から、もう一つの影。
その影の正体であるジュンは、この中腹西部に姿を現した瞬間、雛苺に得物を向けた。
ジュンはためらうことなく『猟筒』の引き金を絞り、雛苺にその弾丸を発射する。
先ほど装填を済ませた、あの緑色の弾頭を持つ弾丸を。
「うにゅ~!?」
緑色の弾丸は雛苺の元で弾け、たちまち内部に込められた緑色の粘液が雛苺の体を覆う。
その粘液が傷口に届いた瞬間、雛苺は粘液で患部が染みたのか、小さな悲鳴を上げた。
だがそれを越えてしまえば、まるで嘘のように患部から痛みが引いていく。
「トモエもこっちに傷口を向けろ! 『回復弾』を撃ってやる!」
「ジュン!」
新たに現れたライトボウガン使い、ジュンの声を受けたトモエは、即座に肩口と右膝と胸をジュンに向けた。
そこにも先ほどの緑色の粘液を蓄えた緑色の弾丸……『回復弾』が着弾し、一気に痛みを取り去る。
ハンター達が狩猟の際に愛用する、強力な鎮痛・止血・殺菌・修復作用を持つ『回復薬』……
それを粘液状に加工して弾頭に詰めたのが、ジュンがたった今用いた『回復弾』の正体である。
もちろん『回復弾』に詰められている火薬の量は加減されており、殺傷能力は皆無と言い切っていい。
『マフモフジャケット』の上からでも『回復弾』の粘液は十分染み込み、あっという間にトモエの体から痛みは消えた。
「ありがとう、ジュン。これで戦える!」
「ボクは今から雛苺に『解氷剤』を使う! 動けるなら真紅の援護を頼む!」
その叫び声に、トモエは『鉄刀』を強く握り締めて駆け出すことで応えた。
かっ、とトモエの腹の中……祖父に教えられた言葉では「丹田」と呼ばれるへその下辺りに、火が灯る。
苦痛という枷さえなければ、もうこの体内に溢れる気力を、押し留めるものは何もない!
「今までの分のお返し……たっぷりさせてもらうわ」
トモエの瞳の奥に、強い光が宿る。
今ならば、使える。
太刀使いにのみ可能な、祖父直伝のあの奥義を。
トモエは、一頭のドスギアノスの背を睨みつけた。
ドスギアノスは真紅の構えた盾に噛み付き、真紅はそれを振りほどこうともがいている。
三歩、二歩、一歩。
トモエは慎重に間合いを見計らいながら、最後の一歩を踏み切ると同時に、背の『鉄刀』に手を伸ばす。
背から太刀を抜き放つ勢いそのままに、抜刀斬り!
「てぇぇぇぇぇっ!!!」
真紅がトモエの加勢に驚き、喜ぶ間もなく、『鉄刀』はドスギアノスの背に振り注いだ。
ばざん!! その刃が、ドスギアノスの背を深々と切り裂く。
ドスギアノスはたまらずに悲鳴を上げた。
これが先ほどまで、ドスギアノスの皮一枚を撫で切るのが精一杯だった得物と同じであるとは、
トモエ自身もにわかには信じられない。
それほどまでに、この太刀の奥義は強力なのだ。
(モンスターを斬り、肉を裂き、骨を断つ。それと共に、己の内なる『気』を研ぎ澄ます――!)
「真紅! こいつは私が引き受ける! もう片方を頼むわ!」
「ええ! そっちは頼むわよ!」
トモエの指示を受けた真紅は、即座にドスギアノスとの間合いを離す。
今やトモエの一撃に怯んだドスギアノスから、真紅は一切の妨害を受けることなくもう一頭のドスギアノスに向かった。
真紅は踏み込みざまに、雪原を思い切り足で蹴り、跳躍。
もう一頭のドスギアノスに飛びかかり、『ボーンククリ』を鱗の隙間に突き立てる。
真紅は『ボーンククリ』をさながらテコのように寝かせ、強引に鱗を抉り取った。
(人間で言うなら、爪を剥がされるようなものかしらね、これは?)
ならば、真紅の担当のドスギアノスのこの悲鳴も、納得いこうというもの。
真紅の持つ片手剣。
武器の重量から生み出される純粋な破壊力という観点では、太刀やハンマーには確かに一歩譲ろう。
だがそれら二者に比べて得物自体が小ぶりということは、それだけ精密な攻撃が可能ということ。
鱗の隙間のような急所にピンポイントで刃を突き立て、それを強引に抉り取るような細やかな芸当こそ、
片手剣使いがマスターすべき技術なのだ。
この一撃で、鱗が生皮ごと剥げ落ちた。
その傷口に向け真紅は容赦なく『ボーンククリ』を突き刺し、内側の肉をズタズタに引き裂く。
ドスギアノスの悲鳴が、一オクターブ跳ね上がった。
この一オクターブ跳ね上がった悲鳴は、しかしたった一つきりではない。
トモエの繰り出した一撃もまた、彼女の担当するドスギアノスにそれほどの激痛をくれたのだ。
赤い燐光を幻視するほどに鋭い一閃が、トモエの戦うドスギアノスを背後から襲う。
「よくも、雛苺を――私の大切な友達を!!」
トモエの放った袈裟斬りは、背を向けたままのドスギアノスの尻尾に深々とめり込む。
鱗を。皮を。筋肉を。骨を。
その全てをまるで紙切れか何かのように切断し、刎ね飛ばす。
ドスギアノス絶叫と共に、その尻尾が宙を舞った。
切断された傷口から溢れる血は、この雪山の冷気ですら凍らせとどめることは出来ない。
痛みをこらえ、それでもドスギアノスは振り返った。
ドスギアノスに後悔などという真似が出来るほどの知性があったならば、
彼はその行いを間違いなく後悔していたであろう。
そこに立っていたのは、1人の鬼だった。
放った袈裟斬り。それを返す刃で、もう一撃。
ドスギアノスから見て、右上から左下に、トモエはドスギアノスを斬り払う。
トモエが浮かべた表情からは、戦うことに恐怖を覚える様子も快楽に震える様子もうかがえない。
ただ目の前に斬るべき相手がいるから斬る、それだけ。そこに、躊躇や仮借は一切ない。
この境地に達した者を、「鬼」と呼ぶことをはばかる必要がどこにあろうか。
(――そして己の気を極限まで研ぎ澄まし、刃そのものに変える!)
もう一撃、袈裟斬り。
ドスギアノスの左腕が、冗談のように斬り飛ばされた。
(これぞ、奥義!!)
返す刃。
ドスギアノスは、続いて己の右腕と永遠の別れを告げる羽目になる。
尻尾と両腕から鮮血を迸らせるドスギアノスは、どう見ても致命傷を負ったことは間違いなかろう。
だからと言って、トモエはドスギアノスに今更のように哀れみを感じることなく、『鉄刀』を大上段に構えた。
「チェストォォォォォォォォォォォ――――――ッ!!!」
その一撃は、まさに鋼の落雷と言って相違なかろう。
それほどの威力を秘めた神速の凶器が、一気に叩き落される。
トモエが『鉄刀』を構えた瞬間には、『鉄刀』は深々と雪原にめり込んでいた。
凡人どころか、ハンターの動体視力を以ってしても、そうとしか思えないほどの超速の唐竹割り。
そしてその唐竹割りの中心に巻き込まれたドスギアノスの命運は、あまりにも明白だった。
血の色の花火が、吹雪を鮮やかに彩る。
ぺろり。
ドスギアノスの頭部が、その緑色の鶏冠から始まり、二つに分かれる。
嘴が両断され、左右の眼球の視界がアンバランスに乱れる。
切断面は、ドスギアノスの首の半ばにまで達していた。
ドスギアノスは、本当に竹でも割ったかのように、脳天から首の中ほどまでを綺麗に両断されていたのだ。
断面があまりにも綺麗過ぎて、ここに解剖学者がいたなら思わず喜びの声を上げていたであろうほどに。
無論、脳天を真っ二つに両断されては、さすがのモンスターすらひとたまりもない。
ドスギアノスの全身は不規則に痙攣を起こし、その場で何度か足踏みをする。
数度の足踏みを終えたなら、ドスギアノスの体は糸が切れたように雪原に吸い込まれた。
トモエは静かに、太刀を地面向けて振り、こびり付いたドスギアノスの鮮血を払う。
「――『気刃斬り』……!」
太刀使いの奥義の名を静かに告げたトモエ。
その背後からは、もう一つの影が迫っていた。
巨大な骨のハンマーを腰だめに構え、そこに全身の筋力を集中させる雛苺。
「ヒナだって、負けないもん!」
ジュンの手当てを受け、雛苺は再び立ち上がった。
未だに『マフモフジャケット』の一部は凍りついてはいるものの、それでも身動きには支障はない。
小さな爆発を起こし、その爆圧で氷を吹き飛ばす『解氷剤』と、
そして『回復薬』の薬効を『ハチミツ』で更に高めた、『回復薬グレート』の応急処置が、雛苺を立ち上がらせたのだ。
「真紅! トモエ! 雛苺から離れろ!!」
ジュンのその警告で、トモエははたと我に返った。
「雛苺!?」
「タイミングが悪いのだわ!!」
トモエはドスギアノスの亡骸を飛び越え、真紅は今なお健在なドスギアノスの顔面に盾の一撃を見舞って、
慌ててその間合いを離す。
ドスギアノスが、突如やってきたもう一つの人影に気付いた時には、彼の目の前には白い壁が広がっていた。
それはまさに、雛苺がこの雪原に巻き起こした地上の嵐。
「うにゅ~~~~~っ!!!」
己の体そのものを軸として、雛苺は水車のように回転しながらドスギアノスに一気に肉迫。
竜巻と化した『骨塊』を認識したドスギアノスに、もう回避の時間は残されていなかった。
大砲を発射するかのごとき轟音を伴って、骨の槌頭がドスギアノスの左側面を強打する。
固い物の砕ける音と共に、ドスギアノスの右腕にもう一つ関節が追加された。
あまりに強烈過ぎる回転力に、たまらずドスギアノスの脚は宙に持ち上がる。
その頃には、一回転して戻って来た『骨塊』の槌頭が再度、ドスギアノスの猛襲に向かう。
ドスギアノスは無防備な体勢のまま、空中でもう一撃を腹に受けた。
落ちてきた岩に叩き潰される蛙のような声と共に、ドスギアノスは血反吐を吐いた。
雛苺は、そこで強く雪原を踏みつける。
宙に浮いたドスギアノスの体を、絶対に見逃すものかとばかりに睨みつけた。
「トモエを……!」
この大回転の初撃の時と同様に、雛苺はハンマーを腰だめに構えた。
「みんなを……!!」
雛苺の柔肌の下で、筋肉が咆哮する。
大の男に匹敵……下手をすれば凌駕するほどの、猛烈な筋力が『骨塊』を雪面から持ち上げる。
吹雪をまといながら、ハンマーは風を切り裂き吼えた。
その先には、宙を舞うドスギアノスの体。衝突を免れる余地は、すでに残されていない。
「いじめちゃダメなのっ!!!」
雛苺の渾身の、会心の、全力のかち上げがドスギアノスの背に吸い込まれる。
爆砕!
ドスギアノスの体内でも、特に太い骨が砕け折れたであろう壮絶な音が響いた。
「えぇぇぇぇぇいやぁぁぁぁぁっ!!!」
雛苺は己の闘志が叫ぶに任せるまま、ハンマーを全力で振り抜いた。
ドスギアノスは、吹雪の中を無残に舞った。
末期の悲鳴をドスギアノスの体は、よく見ればその背がありえない方向に変形している。
その変形した箇所は、雛苺のハンマーが食い込んだ場所と寸分の狂いもなく一致していた。
雛苺の繰り出した全力のかち上げは、ドスギアノスの背骨を破砕していた……
その場の誰もが、このドスギアノスの惨状を見て理解する。
ドスギアノスは空中で背骨の砕けた体を丸めながら、雪原に転落。
苦しげに絞り出したその鳴き声には、死相がありありとうかがえる。
その嘴から吐き出される血反吐には、すでに内臓の一部と思しき固形物が混じる。
胸から突き出た複数の肋骨が、痛々しく雪の中に映える。
それでも、ドスギアノスはまだその命を手放してはいなかった。
手放さざるを得なくなるのは、すでに時間の問題に過ぎまいが。
どがん、と重量感のある音と共に、血に染まった『骨塊』が雪の地面に下ろされる。
「うにゅ~……目が回ったの……」
ハンマーを地面に下ろす雛苺の足は、頼りなげにもつれ合う。
「雛苺、大丈夫?」
『鉄刀』をもう一度背の鞘に収めたトモエは、不規則なダンスを踊る雛苺をその手で抱きとめた。
己の血に返り血に『回復弾』の粘液……全身汚れ切ってはいたものの、それを気にしていてはハンターなど務まらない。
「たぶん……大丈夫なの……」
雛苺はそれを最後に、自身の体重をトモエの胸の内に預けた。
体重をかけられたトモエの胸の奥で、へし折れた肋骨が痛んだが、トモエは苦笑を浮かべるだけで堪えた。
「ところで……」
トモエの胸の中で目を回す雛苺を尻目に、真紅は一同に届くように声をかけた。
「このドスギアノス、止めを刺してしまっても構わないかしら?」
真紅の『ボーンククリ』は、地面で未だもがき苦しむドスギアノスを指し示す。
ドスギアノスは力の入らない体で、必死にその場から動こうとしてはいるものの、時間と共に動きは鈍ってゆく。
真紅の問いかけには、一同の輪に駆け寄ったジュンが答えた。
「問題ないだろ。そのドスギアノスはもう助からない。
苦しみ抜かせてから殺すくらいなら、このまま引導を渡してやった方がよほどそいつのためだ」
「でも、ちょっとかわいそうなの……」
ようやく平衡感覚が戻って来た雛苺を、真紅は鼻を一つ鳴らしてあっさり一蹴する。
「このドスギアノスに致命傷を負わせたのは、そもそもあなたのハンマーよ。
私達はこうして自然の中に飛び込み、自然の掟に……弱肉強食の掟に従って、このドスギアノスを倒した。
可哀想と思うのは、身勝手な感傷に過ぎないのだわ」
「……うい……」
真紅は、ドスギアノスの胸に生えた鱗の数枚を剥ぎ取り、肋骨の形を『マフモフミトン』の上から触診で確かめる。
「私達は強かったからこのドスギアノス達を倒した。
このドスギアノス達は弱かったから私達に倒された。
強い者が弱い者を倒し、その生きる糧を得る。
生きる糧となった者への感謝と敬意を忘れなければ……
生きるために必要な以上の狩りを行わなければ……
私達ハンターはモンスターの命を奪っても、胸を張りこそすれ、後ろめたく思ったりする必要などどこにもないのだわ」
真紅は言い、『ボーンククリ』をドスギアノスの肋骨と水平に保ったまま、盾を持つ右手をその柄頭に据える。
「それがお父様の……私達の義父である伝説のハンター、ローゼンの教えよ」
真紅は、『ボーンククリ』を一気に肋骨の隙間に突き込んだ。
ドスギアノスは、一層大きな悲鳴を上げた。
『ボーンククリ』の切っ先は、狙い過たずにドスギアノスの心臓を貫いていた。

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