※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

******

フラヒヤ山脈、中腹東部。
洞穴の出口はこのエリアを中腹西部と分断する断崖の中ほどに開き、そこから覗ける雪原はだだっ広い。
東側以外の三方は切り立った断崖に覆われ、頭上と東に刻まれた崖の縁以外に、空を見ることができる場所は無い。
洞窟を出てすぐ右側には、一段ばかり高くなった高所があり、ここによじ登れば辺りの景色を一望するのはたやすい。
だがそんな事をしている暇も余裕も、今のジュンには全くと言っていいほど存在しなかった。
行く手を阻むギアノスを前にしては。
その数、三頭。
「お前らに構ってる暇はないんだよぉッ!!」
叫び声を肺から噴出させるジュンは、怒りと焦燥感をあらわにしたまま弾丸を『猟筒』に叩き込む。
その数、六発。
「どけぇっ!!」
ジュンはボウガンのトリガーに人差し指を叩きつけ、『猟筒』内部に仕込まれた弦を弾く。
その張力を一気に解放した『猟筒』内部の弦は、その勢いのままに薬室内の火打石同士をこすり合わせる。
薬室内の弾丸に火打石の火花が届いた瞬間、弾丸は弾かれたように銃身から吐き出される。
一頭のギアノス目掛けて、複数の弾丸がなだれ込む。
弾丸が当たるたびに、そのギアノスの鱗が割れ、肉が抉れ飛び、骨が砕ける。
「あああああああああっ!!!」
ジュンは、叫びながらトリガーを叩きまくった。
そして、薬室に込められる最大限の弾数……六発を発射し終え、
トリガーが何の反応を返さなくなったことに、ジュンは気付きもしなかった。
ジュンが狙い撃つ事のなかったギアノスのうち一頭が、決死の反撃を繰り出し飛びかかった、その瞬間まで。
六発の弾丸を浴びたギアノスが、たまらずに跳ね飛ばされて雪原に倒れ込む。
それでもなお健在なもう一頭のギアノスのしわがれた雄叫びで我に返ったジュンは、
そこでトリガーが妙に軽いことにようやく気付く。
ボウガンが弾切れを起こした、その事実を認めるために、無為に一瞬の時間を過ごす。
それは、ギアノスの飛びかかりから逃れるための時間が、ジュンの手からすり抜けてしまったことを意味した。
それに続くのは、身を裂かれるその激痛。
ジュンがそれを錯覚し悲鳴を上げる一瞬前に、辺りを別の音が支配する。
それはギアノスの爪が、ジュンの体を裂く音ではなかった。
代わりに、ギアノスの爪が何か固い物を強打する音。
ジュンの前に立ちはだかった金髪の少女が、そのまま押し負けてもんどり打つ。
ジュンと共に体をもつれさせ、雪原に転がった真紅は、僅かに苦しげな声を息と共に吐き出す。
「今すぐリロードしなさい、ジュン!」
「ッ!!」
雪原に尻餅を突いたジュンは、一足先に立ち上がった真紅の右手に、思わずその視線が吸い込まれた。
『ボーンククリ』とセットになっている盾が削られ、三筋の亀裂が彫り込まれている。
ギアノスの飛びかかりを見た真紅は、
とっさに無防備になったジュンの前に立ち、その盾でギアノスの爪を受け止めたのだ。
「リロードを忘れるほど取り乱すなんて、あなたらしくもない!」
真紅の右手は、未だに攻撃を受け止めた痺れが残っているのだろうか、半開きのまま完全には閉じ切らない。
もしハンターの用いる盾が、腕に括りつけて使うタイプでなければ、真紅はとうに盾を取り落としていただろう。
「真紅……!」
己の身を救ってくれた相棒の名を呼びながらも、ジュンの両腕はリロード作業を怠らない。
ポッケ村の訓練所で、実際に狩りに出る前に何百回と練習し体に叩き込んだ動作を、半ば無意識の内に行う。
半分頭は呆けているのに、体はしっかり動いているのだ。
ジュンの内に芽生えた、か弱くも初々しいハンターの本能ゆえに。
「あなたの考えた作戦が失敗したのは、あなただけの責任ではないわ」
ギアノスの噛み付きを側転で回避した真紅は、ギアノスの横っ腹に付いたのを確認して片手剣を振り下ろす。
ギアノスの皮膚に一筋の赤が刻み込まれ、数枚の鱗が宙に舞い飛ぶ。
「あなたの提案してくれた作戦をきちんと煮詰めることを怠った、私達全員の責任なのだわ」
ジュンは六発の弾丸……『通常弾』と呼ばれる量産型の弾薬を薬室に滑り込ませ、背筋を活かして弦を引き上げる。
「今必要なのは、怒りや焦りに負けて浮き足立つことではなくて――」
真紅は渾身の薙ぎ払いの軌道上に、ギアノスの首を収めた。
その背後から、真紅が剣を振り抜いた隙を虎視眈々と狙う、もう一頭のギアノスの影が現れる。
ジュンは今度こそ焦燥感に駆られる前に、無駄の無い動きで『猟筒』を水平に構える。
『猟筒』の脇に付いたスコープを、眼鏡越しに覗き込んだ。
「――自責の念に駆られて、自暴自棄な行動に出るのでもなくて――」
真紅は一頭目のギアノスの首筋を掻き切り、その首の動脈までを切り裂いた。
吹き上がる血が雪間の冷気でたちまち凍りつき、赤い粉雪が出来上がる。
「――今すぐに、雛苺とトモエを助けに行くことなのだわ!」
くずおれるギアノスの背後から、最後のギアノスが真紅に襲いかかった。
ギアノスの嘴からぞろりと生えた牙が、無防備となった真紅を狙う。
「させるかぁっ!!」
ジュンはスコープ内の十字線(レティクル)がギアノスの急所を捉えたことを確認した瞬間、トリガーを落とした。
最後のギアノスの牙が真紅の頭部を挟み込み、胡桃か何かのように噛み砕く、その一瞬前に。
炸裂した火薬のもたらす灼熱の風を巻き込み、弾丸が吹雪を切り裂く。
ギアノスが、凄絶な悲鳴を迸らせた。
ジュンの放った弾丸は見事にギアノスの右目を貫き、その奥にあるギアノスの脳をグシャグシャに弾け散らせていた。
ギアノスは命を手放すまいとしてか、黄色の嘴をわなわなと震わせたが、それは空しい努力に過ぎない。
どうと倒れ込んだギアノスの頭部は、すでに原形を留めていなかった。
今度こそ、怒りに駆られたままトリガーを引き続けることなく、ジュンは条件反射でリロードを行う。
狩猟の最中に隙を見つけ、かつその隙を攻撃に使えないのであれば、
ライトボウガン使いである者が行うべきは、リロード。
教官の厳しくもウィットに富んだ教えを思い出したジュンは、その通りに体を動かすことに成功していた。
三頭目のギアノスの痙攣が収まり、二度と動かなくなるのを確認することなく、2人は駆け出す。
ギアノスの死体から剥ぎ取りを行っている時間などない。
そんな悠長なことをやっていては、トモエと雛苺までもが死体になりかねない!
『ボーンククリ』を腰に差す真紅。『猟筒』を肩に担ぎ直すジュン。
2人は洞穴の入り口から見て左手側の、断崖に刻まれた谷に駆け込む。
人間が辛うじて駆け足で走れる程度の幅しかないこの谷は、ドスギアノスの巨体では通るのも一苦労だろう。
逆に言えば、この谷を通り抜けさえすれば、ドスギアノスの追撃を振り切るのは簡単ということ。
ジュンは吹雪に晒されてすっかり冷たくなった鼻をひくひくと動かしてみたが、やはり中腹西部に動きは無い。
「西側から逃げることが出来てないってことは、相当に危ない状況なんだろうな……」
ジュンの鼻はドスギアノス二頭にこびり付いたペイントボールの匂い、そしてトモエと雛苺の匂いを嗅ぎ判断する。
このように複数人数での狩猟を行う場合、狩猟に参加するハンターは各々、
ペイントの実から作られた特殊な香料を身にふりかけ、それをお互いの位置確認に使う。
ジュンが嗅ぎつけたのは、トモエと雛苺の香料の匂い。匂いの発生源は、しばらく前からほとんど動いていない。
「けれども、匂いの発生源に少しでも動きがあるということは、2人はまだ生きているわ。急ぐわよ!」
「真紅! だったらお前は先に行ってくれ! ボクは後詰めを引き受ける!」
ジュンは、突然肩から『猟筒』を下ろし、雪原に銃口を押し付ける。
そして、先ほど装填したばかりの弾丸を、あえて排莢。
真紅はジュンの手に転がり落ちる六発の弾丸を見て、愕然と声を上げる。
「ジュン! 一体何を!?」
「早く! 真紅はボクが着くまで、ドスギアノス達を牽制しろ! 防戦一方になってもいいから、時間を稼いでくれ!」
「だからと言ってどうしてせっかく入れた弾丸を……!?」
真紅の疑問を、ジュンは張り上げた声で押し返す。
「お前だってさっき言ってたろう!? ボク達が今やるべきことは、トモエと雛苺の救助だって!
そのために、ボクは『あれ』を使う!」
ジュンが今抜き取った弾丸に代わり、改めて三発の弾丸がジュンの手から薬室へ滑り落ちる。
その弾頭は、今までジュンが使っていたものとは異なり、灰色ではなく緑色。
真紅は、その緑色の弾丸を見て、もう一度驚きの念を顔に浮かべる。
「なるほど……そういうことね!」
「分かったなら、先に行け! 頼む!」
ジュンは『猟筒』を再び構え直しながら、真紅を促した。

******

 

Scene7へ

|