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フラヒヤ山脈、中腹西部。
トモエは全長7m強の大蜥蜴を切り払いながら、一気に後方に飛び退き間合いを取る。
ギアノスの体に血の華を咲かせた『鉄刀』は、確かに目の前のドスギアノスの体を薙いだ。
しかしまるで粘土を叩き切るような鈍い手応えでは、皮一枚を辛うじて撫で切った程度に過ぎないことは明らか。
むしろ飛び退きが間に合わずに、カウンターでドスギアノスが繰り出した嘴からの一噛みがトモエの右腕に届く。
「っぐうっ!!」
『マフモフミトン』ごとトモエの右腕の皮膚が引き裂かれ、トモエは体を駆け上る悲鳴を堪える。
だがそれで終わりではない。
薄曇りの空の向こうに覗ける太陽が一瞬陰(かげ)り。
ギャオオオオオオオッ!!
凍て付く爪が、大斧のようにトモエを空から襲う。
トモエは何とか飛び退きが間に合ったが、それでも肩口を引き裂かれるのは止めようが無い。
「きゃあああああっ!!」
あと一瞬飛び退くのが遅ければ、この一撃は骨や臓腑にまで達していただろう。
雪原を転がりながら、それでも祖父が贈ってくれた『鉄刀』を手放すような真似はしない。
ドスギアノス二頭を前にして、それを『鉄刀』を手放さずに耐えたのは、ひとえに彼女の祖父への想いゆえ。
そう、現れたドスギアノスは二頭。
一頭ずつ、確実にドスギアノス仕留めることを選んだジュンの作戦は、完全に裏目に出たのだ。
(……本当に、これが親玉とは言えあのギアノスなの……!?)
トモエは一瞬、本当にこれはギアノスのリーダーなのかと、真剣に疑問を感じた。
目の前の生き物は実はギアノスではなく、別種のモンスターなのではないか、と。
飛びかかり着地したドスギアノスに、背後からもう一つクリーム色の影が迫る。
「ヒナだって戦えるもん!」
叫んだ雛苺はハンマーを横薙ぎに振るい、一頭目のドスギアノスを牽制にかかる。
『骨塊』がドスギアノスの腰を打つが、それはほんの少しギアノスの皮膚を破り、血を数滴舞わせるのみ。
宙に散った血は、雪風にさらわれ空に舞う。
(!!)
それを見たトモエは、そしてジュンの作戦が裏目に出た原因をにわかに悟る羽目になる。
血。
血の臭い。
ギアノスの血の臭い。
それが、ドスギアノスをこの場に二頭集結させた原因なのだ、と。
思わず悪態が口をついて出そうになるが、トモエは両親のしつけを思い出して飲み込む。
もう一度『鉄刀』を握り締めて、
ちょうど背をこちらに向けた二頭目のドスギアノスに渾身の突き込みを見舞いながら、その間合いを詰め直す。
右腕と肩口の傷が悲鳴を上げる中、トモエは辛うじて割ける僅かな注意のみで雪の舞う方向を確かめる。
そして雪はやはり、山脈上部に向かって吹き付けていたことをその目と体で確かめたなら、睨みつけるはドスギアノス。
ドスギアノスが振り返りざまに、突き込みからの斬り上げをお見舞いするが、
やすりに刃をこすり付けるような手応えは、これが致命打には程遠い現実を突きつける。
「ふゅっ……! えーいっ!!」
雛苺は息を吸い、それを一瞬肺にためた後、気合いの声と共に吐き出す。
普段の打撃を超える渾身の威力を乗せたハンマーは、それでもただ強打したのは地面のみ。
ドスギアノスは一瞬早く後方に飛び上がり、ハンマーは嘴の先端すらかすめる事はない。
「ヒナ! ハンマーに全力を込めるならっ……!」
もう一頭のドスギアノスの噛み付きを、左側に転がり回避。
「ドスギアノスがジャンプしてっ……!!」
更なる噛み付きは雪を蹴り、これも回避。
「着地した瞬間よっ!!!」
トモエは更に突き込みをドスギアノスの横っ腹に見舞うが、僅かに突き込みの間合いが足りず届かない。
風は、やはり山の上空に吹き抜ける。
この風が、先ほどトモエ達が倒したギアノスの血の臭いを運び、ドスギアノスを一気に呼び寄せたのだ。
「やっつけちゃうもん! やぁーっ!!」
雛苺はトモエのアドバイス通り、ドスギアノスの飛びかかりを前方に転がって避け、着地しざまにハンマーを振る。
それでも雛苺の幼い体では、尻尾を雪原とハンマーの間に挟むのが限界で、とても背中には当てられない。
ならばとばかりに、雛苺はもう一撃を尻尾に叩き込み、続くかち上げをドスギアノスの下腹部にブチ込む。
ギアノス二頭を屠ったこの三連撃は、けれどもドスギアノスに悲鳴を上げさせるのが精一杯だった。
トモエは斬り下ろしをもう一頭のドスギアノスに当てようとしたが、諦めてもう一度側面に転がる。
あの位置から斬り下ろしを見舞っていたら、下手をすれば雛苺の背を誤って切り裂く危険があったためである。
転がり、立ち上がるトモエ達に吹く風は、北向き。
(この風のせいで、ジュンの作戦は失敗したんだわ……!)
太刀の柄を握り直すトモエは、心の中確信した。
熟練のハンターすら、変わりやすい山の天気を読むのは並大抵のことではない。
そして今日のフラヒヤ山脈は、その山の天気が迷惑な悪戯心を働かせてしまったらしい。
今日のフラヒヤ山脈に吹く風は、南から北に吹き抜ける。
すなわち、山頂や中腹にいたドスギアノスにとって、トモエらは風上にあったのだ。
その風上でギアノスを屠り、その血の臭いが山の上部に届けば、ドスギアノスは何を感じるか。
そこに、ドスギアノスの下に付くギアノスの死を……己の群れを傷付ける存在を感じるだろう。
更に、近付いてみれば流れてくるのは忌まわしい人間の臭い。
結果として、ドスギアノス二頭がその血の臭いでここに引き寄せられてしまったのだ。
ドスギアノスもさすがに血の臭いだけでは、それが自分の群れのギアノスか否かは判断できないらしく、
結果としてドスギアノスが両方とも、血の臭いの元であるこの中腹西部に引き寄せられて揃い踏み、というわけである。
(何にせよ……っ!!)
これ以上はもはや留まってはいられない。
『ペイントボール』の粘液がこびり付くドスギアノスの爪をかわして、トモエはそこに至るまでの道のりを見出す。
今の一撃でドスギアノスのマークが解け、その筋道が示された。
この中腹西部の断崖に穿たれた谷。中腹東部へ続く、唯一の道のりが。
「雛苺! ここは一旦逃げるわよ!」
「でも……!!」
「早く! 今逃げないと、もう逃げるチャンスはないかも知れない!」
半ば悲鳴に近い声で、トモエは雛苺に叫ぶ。
このようにしてモンスターと戦う際、必要ならば一時撤退することもハンターにとって恥ではない。
だが逃げを打つということは、その際ハンターはその背をモンスターに晒すという危険を承知せねばならない。
モンスターとの戦いで劣勢に立たされ、恐怖のあまり無我夢中で逃げ出し、
その無防備な背にモンスターの攻撃を受けたのが死因となったハンターは数え切れない。
よって撤退の際は冷静にモンスターの隙を縫わねば、自殺行為も同然なのだ。
今がその逃げる隙と判断し、雛苺を促すトモエ。
「雛苺! はやく逃げ……後ろ!!」
その勧告を途中で無理やりに呑み込まされたトモエは、その両目を瞠った。
トモエが叫んだその向こう側で、ドスギアノスの喉がまるで痰を吐くような汚らしい音を立てた。
雛苺は弾かれたように後ろを振り向くが、時すでに遅し。
雛苺の視界いっぱいに、白く煙る液体が広がった。
「!!」
その液体の直撃を受けた雛苺は、急激に体が重くなり、身を縛られる感覚に襲われる。
「うにゅ~~~っ!!?」
しゅわしゅわという奇妙な音を立て、その白い液体から伸び上がったのは、氷雪。
氷点下を遥かに下回るその液体は、たちまちに空を舞う雪を呑み込んで、成長する。
白い液体が霧の発生を止めた、その下から現れたもの。
それは胴体がハンマーごと氷付けになり、不恰好な雪だるまのようになった雛苺の姿であった。
普段ならばこんな姿を滑稽と一笑に付することは可能だが、命を賭けた戦場でもそれは可能か。
答えは言うまでもなく、否。
ドスギアノス二頭が、一気に空に舞い上がった。
「助けて、トモエ――っ!!」
トモエはもちろん、目の前のドスギアノスの背に斬りかかり『鉄刀』を振り下ろすが、それが斬ったのは寒風のみ。
トモエの太刀が振り下ろされる瞬間には、ドスギアノスはその脚力で離陸を終えていた。
「雛苺――――ッ!!!」
トモエに許されるのは、もはや悲痛な叫び声を上げることのみ。
ドスギアノスの影がやがて雛苺に覆いかぶさる。
その影の間から漏れた、雪だるまが砕け散る音は、この地吹雪の中でも寒気がするほどに鮮明だった。

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