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月刊「狩りに生きる」。
それが赤い衣を着込む金髪の少女、真紅の読む雑誌の名であった。
真紅はこの雑誌が村に届くたびに、真っ先にこれに飛びつく。
元来が読書好きであり、文字の読み書きも出来る彼女にとって、この雑誌は新たな知識を得るための窓口以上の、
特別な意味を持つ。
真紅は次から次へとページをめくり、目を皿のようにして己の求める情報を探る。
あるページで、その手が止まった。
真紅はそこで、写本師が書き込んだ文章を丹念に、一字たりとも逃すまいとばかりに読み込む。
しばらくの間、瞬きすら忘れる真紅の体の中で、唯一動きを見せる箇所はその両の瞳のみであった。
そしてそのページの文章の最後までを読み終わり……。
残念そうにその眉を歪めた。
「今月号にも、目ぼしい情報はないのね」
思わずその言葉が口をついて出る。
「迅竜」ナルガクルガの情報、それが彼女の求める記事であった。
3年前、場所も分からぬとある樹海で突然に自身らを襲い、そして育ての父とその身を引き裂いた、あの漆黒の魔物。
いわく、森の木々を縫い、影のように静かに犠牲者に襲い掛かる。
いわく、前足として扱っている背の翼は、鋼の鎧すら切り裂く。
いわく、振りかざすその尻尾は、大木ですら二つに割り裂く。
この記事の中には、そのような真偽定かならざる目撃情報が書き連ねられている。
だがどれも、真紅はとうに知っているような噂ばかり。
月刊「狩りに生きる」が未確認の怪物の特集を組むたびに、似たような情報をオウムのように繰り返すばかり。
その生息地もまるで信憑性に欠けるような憶測で記されたものばかりで、
ただ確実なことは、この大陸のどこかの樹海に「あいつ」は潜んでいる、ということだけ。
(この大陸に、一体いくつ樹海があると思っているのかしら?)
嘆息する真紅は記事の内容に文句をつけた後に、曖昧な己の記憶を呪った。
覚えていることは、圧殺されそうな樹海の緑。
「あいつ」の黒。
そして、義父ローゼンの放った『閃光玉』から迸る、白い光。
これだけが、真紅の脳裏に刻まれた記憶。
真紅は、物思いに耽りながら己の手を胸にやり、隆起に乏しい乳房の間に揺れるそれをまさぐる。
今はペンダントとして着用されている、握り拳より二周りくらい小さな、血のように赤い結晶を。
これぞ、義父ローゼンが思い出と教えと合わせ、真紅に残した贈り物、「ローザミスティカ」。
ローゼンはこれを、幾多もの「竜」と、そして「龍」の血を精製し作り上げた結晶だと説明し、真紅に手渡した。
そしてこれを身にまとう限り、ローゼンに師事した狩人である「ローゼンメイデン」を名乗ることを許される、と。
真紅は、与えられたローザミスティカから、愛する義父の温もりを少しでも引き出そうとして――
そして、それはしとやかな声により阻まれることとなる。
「真紅、そろそろお時間ですわ」
この声の持ち主、すでに真紅はそちらを見ずとも理解する。
アイルー……すなわち人の背丈の半分ほどの身長を持つ、二足歩行を行う猫小人が、その声をかけた本人だった。
アイルーの一部には人間の言葉を習い、また話すことの出来るものも多く、
そのようなアイルーはこうして人間の小間使いや食事係として雇われることも多い。
アイルー嫌いの真紅が、しかし嫌悪感を覚えずに接することの出来るホーリエも、そのご多分に漏れなかった。
「必要な道具はお持ちになりまして? 回復薬は? こんがり肉は? それから……」
「大丈夫よ、ホーリエ。すでに荷造りなら済ませてあるわ」
真紅は「狩りに生きる」を閉じ、傍らの本棚にそれを戻しながら言う。
アイルー独特の訛りのほとんどないホーリエの流暢な言葉を受け、真紅は座り込んでいた椅子からその身を持ち上げた。
椅子のすぐ側に置いてあった、複数のポーチを着けたベルトを手にし、それを腰に巻きつける真紅。
野外での活動に必須となる道具を収納する「アイテムポーチ」は、全て着け終われば腰周りのみならず、
左右の胸や肩にもかかり、胴体周りを余すところなくアイテム収容スペースに変化させていた。
その中にはすでに、多くのアイテムが詰め込まれ、必要になればすぐにでも取り出せる位置にある。
真紅はアイテムポーチのベルトがしっかり巻かれていることを確認した後、部屋の隅にある大きな箱にその手をかける。
その中をごそごそとまさぐる真紅の手の中には、やがて一組の着衣が現れた。
否、これは着衣などではない。たとえ薄っぺらであっても、真紅の命を守ることとなる、一組の「鎧」なのだ。
真紅はおもむろに着替えを始める。
とは言え、これは普段着の上から更に重ね着するものであり、たとえ異性の目があっても着用をはばかる必要はない。
厚手の毛皮を基調としたズボン。
腰周りを守るスカートと、胴体に着込むコートを紐で固く結い合わせる。
コートが守っていない肩口から指先までは、肩口まである長手袋で覆い、同じく紐で結う。
真紅が最後にまとったのは、羽飾りが一本アクセントとして差された、暖かな帽子。
今や真紅は頭から爪先までを、白に近いクリーム色をベースとし、
ところどころにこの地方独特の模様をあしらったコートに覆われていた。
それはたとえ「コート」に過ぎずとも、酷寒の地で着用者の命を凍死から守る保温性を、
そして多少の野生生物の攻撃を遮断できる強度を、その内に秘めている。
それは『マフモフシリーズ』とも呼称される、この村の特産品にして、駆け出しのハンターの必携の装備。
真紅は右手に円形の盾をくくりつけ、そして後ろ腰のベルトに一振りの湾曲した骨剣を差し込む。
片手剣『ボーンククリ』を身に着け、真紅は家のドアを開け放った。
ホーリエは、外の光に目がくらんだように、眩しげにその黒いつぶらな瞳を細めた。

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******

ポッケ村。
一年を通して氷雪に閉ざされたフラヒヤ山脈の麓に存在する、小さな村。
中心部に湧く温泉が天然の暖房となり、大陸北部にあるとは思えぬほど温暖なこの村は、
様々な理由でその名を知られる。
1つは、無論その温泉。
ポッケ村に湧く温泉の薬効に注目した者達が、やがてこの村を足しげく訪れるようになったのは大分前の話で、
今やこの村は大陸でも指折りの湯治場として知られる。
だが、そればかりではこの村の価値を語りきることなど到底出来なかろう。
もう1つ……そしてこちらの方こそが、間違いなくこの村が名を知られる真の理由。
すなわち、「ハンター」の根城としての側面。
モンスターハンター……通称「ハンター」とは、
本来ならば人に屠る事など叶わないかに思える巨大な怪物すら屠り去る、人間の限界に迫る最強の戦士達の名。
ハンターの振るう剣はモンスターの強靭な筋肉を叩き切り、
ハンターの放つ弾丸はモンスターの急所を狙い撃ち、
ハンターの繰り出す槌はモンスターの巌のごとき甲殻を砕く。
ポッケ村は、そんなハンター達をモンスターの生息する未開の地に送り込み、そしてモンスターを討つための前線基地。
常にハンターを鍛え上げる修業の場にして、狩りに疲れたハンターを癒すための家なのだ。
真紅はそのポッケ村に構えた住居を出た後、坂道を下り降りた。
向かう先は蒼天石……すなわちこの村のシンボルとも言うべき、巨大なマカライト鉱石の元。
真紅とて今日の用事を忘れるはずはない。忘れようとして、忘れられるものではない。
真紅は腰のボーンククリの重みを感じながら、蒼天石のもとに出来上がった車座に、その歩を進める。
「待たせたわね、あなた達」
真紅は悪びれもせずに車座にそう声をかけた。
車座を構成する人間は3人。みながみな、サイズこそ違えど真紅と同じくマフモフシリーズの防具に身を固める。
そして「竜人」と呼ばれる、人間の子供ほどの背しかない老婆が1人。
人間のうちの1人は、真紅の傲岸ともとれる発言に明らかに気を悪くしたように吐き捨てる。
「遅かったじゃないか真紅。買い物しに店に寄ってたボクより、ここに来るのが遅いって言うのはどういうつもりだ?」
黄色みのかかった肌に、黒瞳黒髪。そしてその黒瞳は視力矯正のための用具「眼鏡」の向こうに光っている。
遥か東方の島国、シキ国の血を色濃く感じさせるこの少年の名はジュン。
ジュンの言った悪態を、真紅は意にも介さないかのように言い放った。
「仕方がないじゃない。レディの外出には、支度が必要なのだもの」
「じゃあ、雛苺やトモエよりもここに来るのが遅いっていうのは、どういうことなんだ?」
雛苺、トモエ、それはこの車座の中にいたもう2人の人間の名に他ならなかった。
黄緑色の大きな瞳をくりくりと動かす、ジュンよりも更に年若いことは間違いないと思われる少女、雛苺。
そしてジュンと同じく、シキ国の血を感じされる黄色みのかかった肌と黒瞳黒髪の、凛とした容貌の少女、トモエ。
雛苺はジュンと共に怒ったような様子を見せていたが、それで頬を膨らませる様子はやはり幼さが抜けない。
トモエはただ、ジュンと真紅のやりとりを静かに見守り、微笑みと無表情の中間でその表情を留めている。
トモエの瞳の映す先で、言い争いを繰り広げる真紅とジュン。
そしてこの2人の言い争いは、最後には鈍器の音で決着が付くのもいつものこと。
ガスッ!! という打撃音を伴い、真紅の抜いた『ボーンククリ』の峰が、ジュンの脛を強かに叩いた。
悲鳴を上げて悶絶するジュンに、真紅は盛大にため息をついてみせる。
2人の一悶着が、形はどうあれ一応決着を迎えたのと、その声が一同に届いたのはほぼ同時のとこであった。
「さて、オヌシ達も全員揃ったところで話を始めるかのう?」
竜人の老婆……このポッケ村の村長である「オババ」が、そう話を切り出す。
一同は、その声に静かに答えを返した。
「お願いします、オババ様」
トモエは一つ首を縦に振り、準備が整ったことを示す。
背に負ったトモエの得物……刃渡りが自らの背丈ほどもある太刀『鉄刀』が、静かに揺れた。
祖父が昔使っていたというお下がりを貰い受け、トモエはここにいるのだ。
「ヒナも準備できたの!」
真紅と同じく、ローゼンメイデンを名乗ることを許された少女、雛苺もそれに追随する。
幼く小柄な雛苺の体と、その背にくくり付けられた巨大な骨のハンマー、『骨塊』が共に動く。
雛苺とハンマー、どちらが本体なのか一瞬迷いそうなほど大きな得物を負っても、
雛苺の体はハンマーの重さに負ける気配は一向にない。
「……ってて……今日の『試験』に失敗したらお前のせいだからな、真紅!」
脛をボーンククリの峰で強打されたジュンは、未だに涙をその目尻に浮かべながら言う。
彼は肩にかけたバンドをしっかと元の位置に戻し、背のライトボウガン『猟筒』が保持されたことを確認する。
ポッケ村の穏やかな陽光を受けて、彼の眼鏡が一つ煌く。
「それじゃあ、今日の『試験』の確認をさせてもらうわ、オババ様?」
ジュンの恨みがましい声など聞こえないかのようにして、真紅はオババの方に向き直る。
オババは、全員の視線が己に向いたことを確認してから、その声を放った。
「今日のワシからの依頼は、これじゃ」
オババの腰から取り出された羊皮紙には、この地方の言葉でこう記されている。
『凍れる双牙』、と。
ジュンはすかさずその下の文章に目を通し、そして湧き上がった疑問を口にしていた。
「ドスギアノス二頭同時狩猟……? ドスギアノスが、一気に二体出たっていうのか?」
「さよう。ワシもこの辺りに住んで久しいが、こんな事態は珍しいのう。
おそらくはギアノスの群れが二つ同時にここに出現したんじゃろうて。
放っておけばいずれどちらかの群れがどちらかに飲み込まれるじゃろうが、
それを待っていては、しばらく雪山草も集められんわい。
ドスギアノス二頭を狩猟する……それがワシからの、オヌシ達への『試験』じゃ」
『試験』という単語を聞き、一同の顔がにわかに真剣味を帯びる。
ハンターとは、すなわちモンスターを狩るのがその使命。
そのための下積みを今まで行い、曲がりなりにもそれをクリアしてきた彼らは、
今日始めて大型のモンスターを狩ることとなる。
その対象は、ドスギアノス。
ポッケ村では、慣習的にこのドスギアノスを狩ることが、
「ハンター見習い」から「見習い」の三文字を取り払うための『試験』となっている。
彼らは今日、こうして「ハンター見習い」を卒業するために、この場に集まってきたのだ。
「本来ならば二頭を一気に狩るのは、もう少し熟練したハンターにやらせるべき仕事なのじゃが、
オヌシ達4人を一気に『試験』するなら、これでもちょうどよかろうて。
一応聞くが……この依頼、『受けぬ』という者はおらぬかな?」
オババは、一同の顔を撫でるようにして覗き込む。
誰一人として、依頼を拒絶する意志を示しはしなかった。
オババは、一同の反応に満足したかのように、その表情を少しだけ和らげたように見えた。
オババは、その手のステッキでその方向を示す。
ポッケ村の出入り口となる、蒼天石から続く下り坂を。
「よいよい。ならば契約成立だよ。行っておいで」
4人は、めいめいオババの声に答えた。

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