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怪盗乙女、および草笛みつ、柏葉巴のロゼーン島集結の約二ヶ月前。カナダ、クルスクの閉鎖工場。

「くしゅん!あ~…」
寒い。毛布は一応貰ってはいたけど寒いモンは寒い。あの東ティモールの暖かさが嘘のようだ。
「ずず…東ティモール、か…」
あそこで拉致られてから一月が過ぎようとしていた。直ぐにヨーロッパへ飛ぶのかと思ったら、あちこちのマフィア支部や拠点を転々と移動させられている。まあ、予想外の事態が起きたのだから無理もないが。
何せ、僕が持っていたローザ・ミスティカは偽物だったのだ。奴らがそれに気付いたのは僕等二人を解放すると言っていた日の一日前。高望みだったかもしれないが、非常に残念だ。
それから僕等は奴らにとって邪魔なお荷物から交渉のカードに格上げされた。そんなところかな。今の状況と言うのは。ああ、そうだ。あと二つ、変わった事があったんだ。まずその一つ目が…
ガチャ。
「昼食だ。昨日の部屋に行け。彼が待ってる」


「やあ、ジュン。顔色が優れないね。やっぱりこの寒さはこたえる?でもそれは僕達も同じだから我慢してね」
「ん…わかってるさ」
「じゃあお昼にしよう。風邪をひかないように栄養を付けてもらわないと」
「ああ」
彼の名前は、笹塚。そう…僕が普通の日本人だった時の知り合い。元、クラスメートだ。そんな二人が、今こうして異国の地で、血生臭い連中に囲まれながら食事をしている。片やマフィア。片や捕われた盗賊として。
「ふふっ…世の中解らないモノだよね」
僕の考えていた事がわかったのか、笹塚が冷えたパンから手を離した。
「ジュンが怪盗になるきっかけになった船に乗った時、僕もマフィアになるきっかけになった船に乗った。不思議な縁だよね。ただ違ったのは、君は豪華客船で、僕は密輸入の麻薬船だったって事」
あの運命の日、まだ普通の人だった笹塚は誤ってマフィアの密輸の現場を見てしまった。驚いて逃げるも当然逃げ切れるはずもなく、捕まり、縛られ、無理矢理船に乗せられた。後は臓器から髪の一本まで売られるか、豚の餌になるハズだった。 
「そして君が出会ったのは怪盗乙女で、僕はベジータ兄貴だったんだね」
しかし、もちろんこうして笹塚が目の前で冷えたボルシチをすすっている以上、そうはならなかった。彼が兄貴と慕う、ベジータに助けられたからだ。
「あの時は大変だったなぁ。ご飯も貰えなかったし、パンツ一枚で真冬に倉庫だし。このまま死ぬのかなーって眠くなって、目が覚めたらそこはイタリア。それでいきなり、『おい。俺の部下になるか死ぬか。どっちがいい』だもん」
「…他人の話しの気がしないな」
まさしくジュン自身も似たような過程を辿り怪盗乙女の一員になったのだ。
「あはは、まったくだよね。なんの因果なんだか。でも、お互い良い人に拾って貰ったのは幸運だったね」
「そうだな」
これについては、素直に頷く事ができる。ただ、気になる事があった。今は聞くいいチャンスかもしれないから、思い切って口を開く。
「…なあ笹塚」
「うん?」
「お前が慕うベジータって人がいい人だってのは解った。現にこうしてお前と食事をする許しも出てるし、捕虜の僕等への扱いも気にしてくれているみたいだし」
笹塚は黙ってこちらを見ている。『それで?』と言ってるらしいので話しを続ける。
「その…いくら上官が良くてもマフィアはマフィアだろ。僕も人の事は言えないけど、やってるのは宝探しみたいなものだし。でも、マフィアとなれば…その、色々あるだろ?辞めたいと思った事は無いのか?」
笹塚がぶどう酒に手をを伸ばし、コップ一杯を流しこんだ。
「…そうだね。ジュンの知ってる笹塚なら、逃げ出してるだろうね」
「え?」
解答の意味が掴めず彼を見る。
「そうだな、言ってみればジュンのクラスメートの笹塚はあの船の中で死んだんだよ。そして僕は新しくイタリアで生まれた。ベジータ兄貴の部下として。その彼が属するマフィアとして。だから辞めるって表現は合わないよ」
もう一度ぶどう酒を煽る。ジュンもそれ以上は聞かなかった。恐らく、そう思わなければやって行けないのだろう。そして、そうまでして頑張る理由は、
「それに、僕はベジ兄貴に憧れてるからね。いつか、僕もあんな人になりたいな」
本当に、他人の気がしない話しだった。

「…なれるのか」
その後、しばらく無言で食事を続けていたのだが、無意識のうちにそんな事を聞いていた。笹塚はいきなりの予想外のだったらしく、随分驚いていたはいたが。
「さあ?どうだろう。僕達は一般人だったからね。あの人達とは世界が違うのかもしれない」
どうやら笹塚はこちらの胸の内を読めているらしい。
「ああ、そうだ。兄貴から伝言があったんだった。“彼女達”の事で」
思わず伏せていた顔を上げると笹塚は笑っていた。バツが悪いのでそのままそっぽを向いておく。
「ふふっ。ああ、でね、君達二人の処遇が決まったんだよ。兄貴の要請が通ったみたいなんだ。それで、この一ヶ月ふらふら移動してたけど、あと二ヶ月程は一カ所に居る事になる。そこで、お互いの持ってるモノを賭けて戦うんだってさ」
なんともマフィアらしくない方法だが、それがあのベジータらしさなのだろう。
「その旨を彼女達に通達したら、待ってましたとばかりに色々と動き始めたんだって。たぶん…いや、君達を助け出すためにだね」
最後のパンを口に放り込む。味は、余りしなかった。


「お帰り。なんだい、余計に顔色が悪くなったじゃないか。せっかくの旧友との食事だろ?喧嘩でもしたのかい?」
「いえ、別に…」
変わった事の二つ目。それがこの白崎さんと知り合いになった事だ。柏葉さんは僕の事を知らなかったけど、彼は一目で僕の事を誰だか認識した(本来なら彼女もそうでなければいけないのだが)。
だが捕まった者同士いがみ合っても仕方がないと、一時休戦といった感じで色々話しをしている。とは言っても隣り合わせの部屋に別々に入れられているので壁ごしではあるが。
「今ジュン君の考えている事を当ててみようか。『自分は彼女達と居ていいのだろうか』、とかそんなトコじゃないかい?」
驚いて目を見張る。壁ごしで良かった。だが、白崎はそんな行動もわかっているかのように続けた。
「君が最近思いついたように自主トレを始めた音を聞いているし、まぁ僕も似た感情を抱く事もあるからね。君はあんな超人集団の中に居るんだ。そう思って当然さ」
僕は返事をせずに立ち上がって拳を振り抜いた。何を言ってもろくな言葉が出そうになかった。
シュッ、シュッ、シュッ。
「警察として…というか、一般論を言うなら君は日本に帰るべきだ」
シュッ、シュッ、シュッ。
「大胆の事情は聞いたけど、出会いも偶然、犯行も強制されたとなれば罪もそう重くは無いだろうしね。今なら引き返す事は難しくない。それにこんな危ない橋を渡る必要もない。家族も居るし、これからの人生を考えるなら辞めるべきだろう」
シュッ、シュッ、シュッ。
「そして友人…は変か。そうだな、白崎という一個人として言うなら…やっぱり、難しいと思う」
シュッ…
「君が彼女達とどんな関係なのかは、彼女達が君を取り戻そうと必死になっていることからも理解できる。でも間近で見たけど、やはり彼女達と君では生まれた世界も住む世界も違う。このまま居ても、また似たような事態になるか、命を落とすか」
シュッ、シュッ、シュッ。
「彼女達は小数精鋭。それだけに一人にかかる責任は重くなる。もちろん彼女達は君の力量を正しく判断して適切な任務を与えるだろうさ。だが、今回のような緊急時になればそんな甘えは通用しない」
シュッ、シュッ…
「それとこれは助言みたいなモノだけどね。どんなに頑張ったところで、人は馬のように速くは走れはしない」
シュッ…
それだけ言うと、白崎さんは口をつぐんだ。僕も、拳を撃つのを辞めた。もう一人の自分が話しかけてきたからだ。僕は、コイツがあまり好きじゃない。

『お前は、何のために鍛えているんだ?』
僕は…彼女達に少しでも近付こうと…
『あの男も言ったじゃないか。人は、馬にはなれないと』
でも…それでも…
『見捨てられたくない、か』
……
『頑張っていないと彼女達に見てももらえないからな。頑張って、そして彼女に見て欲しいんだろ。健気に頑張っている自分を』
違う…
『そして彼女達に慰めと誉めの言葉を言われたいだけ。結局お前は彼女達がどうなろうと知ったことじゃなくて、自分だけの為だけに…』
「違う!」
バシン!
もうどうしようもなくて、叫んで、壁を叩いた。すると直ぐに隣の部屋から声がした。
「おいおい、鍛えるのは勝手だけど、あまり暴れないでくれよ?」
「…すみません」
もう立ってるのも辛かったので座り込んだ。何もする気になれない。酷い喪失感に襲われた。さっき切った拳の傷から血がたれて、床に落ちた。 



「『男二人の身柄を拘束した。そちらの持つローザ・ミスティカを持ち、この電卓より二月後、指定の場所まで届けるべし』これが、私達に匿名で届いた文書の内容よ」
みつの越えが薄暗いロゼーン島の会議室に響いた。東ティモールへ行く前も、ここで会議を開いていた。ただその時と違うのは、水銀燈が座っていた司令の椅子にみつが、ジュンの座っていた椅子に巴が座っている事。
「これだけ読んだらマフィアからの一方的な脅迫。でも、ベジータからとなれば話しは変わる」
みつが水銀燈に視線を送ると、そのとおりと頷いた。
「あの男的に読み替えれば、『捕まえた二人は無事だ。二ヶ月待ってやるから、準備を整えて指定の場所に来い。互いの持ってるモノを賭けて戦おう』ってとこでしょうねぇ。まったく…」
「そして指定の場所は知らせた通り、日本…とは言えないのかも知れないけれど、あえてそう定義しておくわ。あの二人を私の国に返すという意味でもね。場所は北方領土、択捉(えとろふ)!散布山に建設された工場跡地!」
電子音と共にスクリーンに細かい情報と上空写真などが表示されていく。山の斜面にできた平地を使い建てられた工場が見てとれた。ただ、情報欄の内部地図の部分は『UNKNOWN』と表示されている。
「じゃあこの場所の細かい説明を金糸雀さんお願い」
「了解かしら!」
待ってましたとばかりに、金糸雀が意気揚々と説明を始めた。

「まず始まりはソ連設立の最中にこの土地にある施設の建設計画があったかしら。非公式のルートでソ連の建築業者を派遣して、土地をならして土台作りは出来たんだけど計画は頓挫して工事は中止。
この計画の内容や中止の理由はわからないけれど、こんな時期にこんな場所に建てる施設で行う計画なんてロクなもんじゃないかしら。で、次」
画面に出ていた古ぼけた写真から、少々鮮明な写真と内部構造を示した用紙に変わった。
「その十数年後、密かにこの跡地を利用しようとしたソ連の企業があったの。その企業はバブル時の日本の企業と密約を交わして、秘密裏にここにゴミ処理所や化学工事を建設しようとしたかしら。
しかし、バブル崩壊と共に日本の企業が倒産。資金援助を絶たれたソ連側もやむなく断念せざるをえず、外装やある程度の機材を導入したにもかかわずこの工場を破棄したかしら。で、さらにこの施設に目を…」
金糸雀がまた朗々と話し出す気配を感じて翠星石が慌てて止めにかかった。
「ちょっち!ちょっち待つです!さっきから色々言ってますが、一体それが何なんですか?」
「確かに。もう少し要約してほしいのだわ」
「話しが見えないのー」
攻撃多数。やむなく残っている資料を脇に退けてまとめに入ることにする。
「ぐ…わかったかしら…。コホン、つまり!こうした紆余曲折を経て、この施設は見た目とは裏腹に中はヘンテコな構造になっちゃってるかしら!」
「なら始めにそう言いなさいよぉ」
トドメの一撃をもらい沈む金糸雀を慰めつつ、蒼星石がスクリーンを見る。
「でもさ、今のこの工場の内部は解らないってあるけど、金糸雀はちゃんと調べてあったじゃない。何か問題があるの?」
蒼星石の指摘にみつが頷く。
「そう、これが今回の難所なの。金糸雀さん、二週間前その施設の衛星写真を」
落ち込み金糸雀が健気にキーボードを叩くと、アメリカの衛星からくすねた画像が表示された。そして同時に、納得の溜息が相次いだ。
「このように、捨てられたこの工場を何者かが大々的に大改造中なのよ。通路変更から部屋の増設、強化からトラップの設置と大忙しなんでしょ。私達が乗り込む時には、いっちょ前の城が完成しているでしょうね」

「んー、確かにトラップは危険ですけど…あのベジータが殺傷目的の罠を貼るとは思いにくいですぅ」
「そうね。私も金糸雀さんも、足止めや誘導のようなモノが主だと考えているの」
「なら何が危険なんですか?」
「金糸雀さん。さっき撮った衛星写真を写して。…さて、何か気付く事は?」
そこには金糸雀の説明にあった工場とそっくなモノがそのまま建っていた。とても大改造後とは思えない。
「う゛~ん…」
翠星石が唸っていると、巴が後ろから声を出した。
「警備兵が殆どいません」
「BINGO!」
部下がいち早く正解を出してくれたのでちょっと鼻が高い。ちなみに翠星石は少しむくれていた。
「そう、別に迎撃装備があるわけでも殺人トラップがあるわけでもない。なのにマフィアの部下も警備も殆ど居ないのよ。となれば、ベジータの性格から考えられるのは?」
「私達と同じ。小数精鋭の用心棒って事だわね?」
真紅が即答し、みつが頷く。
「そ。一筋縄ではいかない連中が、あの改造工場でてぐすね引いて待ち構えてるって事よ」 

「さて、ここまでが敵地の情報。大丈夫?ついてこれてる?」
名前は出さなかったが、目はしっかり翠星石を捕らえていた。
「ば、馬鹿にするなです!よーするに、からくり屋敷に強えー敵が潜んでるってことですよ!」
「あら正確。さすがローゼンメイデン」
その言葉にふふんと胸を張る翠星石に、雛苺が『褒めてないのよ』とボソリと呟いた。
「ただ、言うは易しだけれど状況はかなり厳しいものよ」
「その通りねぇ。今までは事前の正確で詳細な情報を元に、大勢を相手に紛れ込んでの一点突破という形でイニシアチブを得てきたけれど、今回はそれらがまるで効かないんだもの」
「しかも僕達は敵の構えてる所に二人を探し回って救出しなくてはいけない。まず、交戦は避けられないだろうね。相手の思うがままってことか」
真紅の言葉に皆が続く。単純ゆえの難しさ。ゲームではお決まりのような設定だが、実際にはかなり不利な設定であるのだ。
「その通り。ただ、本来ああいう形でマフィアに人質を取られたらまず絶望的という事を考えれば、相手の誘いに甘んじるのも仕方ないと思うの。だからこそ、貴女達に力を付けてきてもらったのだし」
2、3ヶ月という短い期間ではあったが、彼女達は自分達の限界地まで力を発揮出来るようにしてもらった。敵の素性が知れない今、彼女達の力に賭けるしかない。
「それでも私と金糸雀さんとピチカートが全力でサポートするわ。じゃあ流れを説明するわね」
金糸雀に合図を出し、スクリーンに再び工場の外見が映される。
「内部構造が知れない以上、実際に潜入してその場で判断して動いていくしかないわ。それでも金糸雀さんが衛星や資料をかき集めて、ピチカートが不確定要素を思慮に入れた大まかな予測を立てているから何とか出来るハズ。
突入口は三ヶ所。正面玄関、離れた場所にある地下通路への入口、二階裏手の排気口!もちろん相手も予測してはいるでしょうけど、これが一番効率がいいと判断したわ」
作戦、及びその他の判断はみつと金糸雀(ピチカート含む)に全権が委ねられていた。それは水銀燈が自分はフォワード・リーダーに身を置くと決めたためであり、他のメンバーも水銀燈が決めたのだからと同意した。
「突入の際にはみんなに小型カメラを付けてもらうわ。そこから送られる映像を私達とピチカートが解析して次の指示を送る、というスタイルね。じゃあチーム分けを発表しましょうか。貴女達の力がフルで活かせるようにしたつもりよ?」


正面玄関突入班
蒼星石、柏葉 巴
主任務:二人の捜索及び奪還

地下通路突入班
翠星石、雛苺、薔薇水晶
主任務:二人の捜索及び奪還

排気ダスト突入班
水銀燈、真紅
主任務:二人の捜索及び奪還

狙撃班
雪華綺晶
主任務:遠距離狙撃による後方支援

指令班
草笛 みつ、金糸雀
主任務:情報提供及び行動指示


「そして突入班はまずジュン君の奪取を第一目標とするわ。ジュン君の位置は既におおよその位置は発信機からわかっているし、工場に近付けば数センチ単位でわかるでしょうから」
本当は白崎だって早く助け出してやりたい。でも場所が特定出来ない以上、確実に見つかる保証はないのもまた事実。探索に時間をかければ突入班の危険が増してしまう。いざとなったら中の誰かを締め上げて問い質す位のことをしなくては。
そんな思考を感じとったのか、真紅が口を挟んだ。
「人質二人は一ヶ所にいると思う?」
「うーん、正直五分ってところね。だから両方を想定して行動するわ。多分だけどジュン君の場所に行き着くのも一苦労だろうし。その途中で見つかればよし、ジュン君と一緒に助けられればよし、そうでなければまた指示を出すわ」
作戦とは言い難い曖昧なものだが、今はソレで進むしかない。相手のねぐらに飛び込もうというのだから、冷静に、しかし大胆に動かなくては立ち止まってしまう。
「…まぁ、ベジータが私達と力比べをしよう舞台を作り上げているなら、私達は有り難くその用意された舞台に全力でぶつかるだけよ」
何時も以上に凄みのある声に皆の視線が集まる。
「それに、作った借りはきっちり返さないといけないしねぇ。お望み通り打ち倒して“お宝”をくすねてやるわ。ローゼンメイデンの誇りにかけて」
たとえ指令の座から下りたとしても、リーダーの威厳を失ったワケではない。その言葉にメンバーはもちろん、みつや巴も頷いた。



「…ああ、そうだ。金は既に振り込んだ。ん?気にするな。こっちの事だ。ではな、また」
工場の一室に明かりが灯っている。そこにはウイスキーのロックを片手に電話をする男と、その傍らに控える男。
「これで、準備は整いましたね」
傍らの男が言う。
「その通りだ。それで、あの小僧はどんな具合だ?」
「ここに来てからふさぎ込んだままですね。夜もうなされているとか」
ウイスキーのグラスを傾け、不敵な笑みを浮かべる。
「くくく。そうだ…悩んで、迷って、もがくがいい。冷たい地べたをはいずり回るがいい。果たしてその先に…」
それ以上喋る気がないのか、少なくなったグラスにウイスキーを注ぐ。
「…では僕は再度点検をします。それでは」
「ああ」
男が出て行ってから、思いついたように再び受話器をとり、今度は内線に繋いだ。
『ガチャ…はい。何か御用ですか?』
若い女の声だ。
「いいや、調子でも聞いておこうかと思ってな」
『それなら、はい。問題ありません。“あの子”も良く働いてくれると思います』
「そうか。じゃあ頼んだぞ」
『はい。それでは』
電話を切り、次へ繋ぐ。
『ガチャ……はい』
今度は静かな男の声。
「調子はどうだ」
『…問題ない』
「そうか。ではしっかりやってくれ」
『…ああ』
電話を切る。また繋ぐ。
「調子はど…」
『キャー!何何何何何何!?来たの!?もう来たの!!??』
五月蝿い。頭に響く。ウイスキーを入れた分威力が増した。
「落ち着け。調子を聞いただけだ」
『なーんだ。え?調子?うーん、死にかけの最高調ってやつかな?あはは』
「…まあ何でもいい。期待してるぞ」
『はーい。ああ~待ち遠しいなぁ~早く来ないかな~愛しい愛しいす』
ガチャン。



朝、というには少し暗い午前4時半。しかし流石日本の最北端にあるだけあってすこぶる寒い。とてもローマより緯度が低いとは思えない。
「各自連絡を」
無線に告げると直ぐに返事が帰ってきた。
『ザザ…こちらローズ1。今工場の裏手に回ったところよ。これから排気口へ近づくわぁ』
『ザ…こちらローズ4。指定ポイントに到達。何時でもいけるよ』
『ザザ…こちらローズ3です。準備オーケーです』
『こちらローズ7。あと10分ほどで』
本来襲撃は夜間に行うのが定石だが、日にちも場所も指定されていては奇襲も何もあったものではない。ならば、と日の光りが得られる夜明けに決定した。
「ふう…」
あの常夏の東ティモールから三ヶ月、か。異国の地で追い掛け回され、泥にまみれ、揚句部下に身を投げ出させてまで助けられて。まったく酷い道化じゃないか、私は。
しかし今は違う。ここは日本だ。私の領地だ。そこの二人もここの生まれだ。
『ローズ1、準備出来たわぁ』
『ローズ7、何時でもいけますわ』
返してもらおう。私の部下を。罪無き少年を。
「日がいい具合に昇ったかしら」
準備、完了。

「いくわよ、マフィア共」

「ククッ…来い!」

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