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銀「はぁ?…試合前だってのに?」

ゴールデンウィーク開始早々、
僕は外から思いっきり聞こえてきた怒声で目が覚めた。

窓を開けてそーっと玄関の方を覗くと、
制服姿の水銀燈とねーちゃんが話し込んでいた。

水銀燈はワナワナと震えているようだった。
握り拳をつくっている。

ジ「…」

まぁまぁ抑えて…と宥めているねーちゃん。
どこかにサンドバッグがあったら止まらなくなる、といった雰囲気の水銀燈。
2人はそのままチャリに乗って学校の方へ漕いでいった。
…と思えば、今度は翠星石が走ってやってきた。

ジ「…」

何となくぼーっと眺めてると、
翠星石はインターホンに指を…

ジ「ちょっ…ちょーっと待った!」

つい声を上げてしまった。
あいつの連打癖からして、あの後何をするかは見えたもんだ。
普通に「おはよう」と言っても良かったんだけど…

翠「…」

こっちを見上げる翠星石。
…不機嫌そうな顔だ。
あぁ…やっぱり「おはよう」って言う方が無難だったのかなぁ。
こないだ僕の家に泊り損ねたことにまだ不満を抱いているのか…?

翠「…」

嗚呼…
この雰囲気って結構苦手なんだよな…orz

翠「──ジュン!表に出ろです」

…えぇ?…今日は殴られるのか…?
思わず聞き返してしまう。

ジ「え?…僕何か悪いことしたっけ?」

一瞬ポカンとして、急に慌てふためく翠星石。

ジ「…」
翠「わわ…ごめんですぅ」
ジ「え…」
翠「ちょっと眠くて…あの…うわの空だったんですぅ!」
ジ「あぁ…それなら良かった…」

ホッと胸を撫で下ろすのも束の間…

翠「…だから、ちょっと付き合えってことです!」
ジ「は?」

──こっちも落ち着かなくなってきた…

翠「あー…え…いや、あの、付き合えじゃなくて…」
ジ「?」
翠「とっ…とにかく、街に出るです!」
ジ「あ?」
翠「水銀燈の行きつけのケーキ屋に行くですよ」
ジ「…そ、それは無理だ!」

そんないきなり言われてもだな…
僕は引き篭もりだぞ!
ABCに遭遇するのも怖いし…

翠「──そうですか…」
ジ「いやぁ…まだ無理だって…」
翠「そうですね。じゃ、また今度です…」

翠星石は肩を落として引き上げていってしまった。
罵りはじめるわけでもなく、実にあっさりと。

ジ「ちょっ…待てよ…」
翠「ひとまずお前は家に居てろです!…また来ますから──」

その逃げるように去っていく後ろ姿が僕の不安をどんどん増長させていく。
何か胸につっかえる感じがする。
ゾクゾクッとしてくる…

もう一度呼び止めようとした時には、
すでに翠星石の姿はなかった。

──もしかして、昨日のことで凹んでるのかな…
僕の家で泊るってそんな重要なことなんだろか…?
う~ん…。
外に出るしかないのかなぁ…

ま、とりあえず翠星石の家に行くつもりで着替えるか…

~~~~~

着替えながら、ふと僕はため息をつく。

もし本当に街へ行くことになったらどうする?
…この服装ではちょっと軽すぎるのではないか?
もっと変装が要るのだろうか…

嫌な予感がすればダッシュで家に帰ろう。
翠星石には悪いけれど…

そうしたドス黒い決意を胸に、僕は家を出発した。

──街。
それはこの市の中心部。
朝から晩まで人で溢れかえっている場所だ。

その中心となる駅は、この辺りからだとJRと地下鉄で同じ9駅くらい。
私鉄で17駅くらい…の場所にある。

今の僕の状態では正直遠い。
いや、遠すぎる…
本気で怖くなった時に逃げ出すタイミングはどうしようか…
でもそれだと翠星石を放置してしまう事になるよな…。

──色々考えてるうちに、翠星石の家に着いてしまった。
さて、何と切り出そうか…。
恐るおそるインターホンに手を伸ばした──

ピーンポーン

紅「はい?」
ジ「ヴぉ僕だよ、僕ぼ僕」
紅「はいはい、何でそう挙動不審なのかしら…?」

玄関が開く。
落ち着き払った様子の真紅を見て、
さっきの自分とのギャップに気づき、思わず吹き出してしまった。

紅「早く入りなさい」

~~~~~

ジ「おじゃましまーす…」

玄関を上がり、リビングのドアを開くと、
とりあえずリビングのテーブルに紅茶がひとつ。
あと雛苺がダイニングのテーブルの上でお絵かきして遊んでいるだけだった。
僕と真紅と雛苺。
他には誰もいない。

ジ「ねぇ、翠星石とかは?」
紅「2階よ」

真紅はソファに座って紅茶を嗜みはじめた。

紅「すぐに帰ってきたけど、何しに行ったのかしら…」

真正面を向いたままの真紅。
絶対にこっちを見ようとしない。

ジ「じゃあ、2階行ってくるよ…」

真紅の口元がかすかに緩んだ気がした。

~~~~~

──2階。翠星石と蒼星石の部屋の前。
ドアが閉まってたのでノックする。

コンコン…

ジ「おーい…」
翠「どーぞです」

ガチャ…とドアを開くと、翠星石が勉強机に向かって座っていた。
広げられているノートには何かがビッシリと書かれている。

ジ「ゴールデンウィークの宿題?」
翠「まぁ、そうですけど…」

…そうノートを閉じつつ言うが、
翠星石もまたこっちを向いてくれない。
やけに瞬きが多いのは気のせいか──

ジ「もしかして…まだ怒ってる?さっきのこと」
翠「…」
ジ「ごめん…」

無理だ!…なんて無愛想に言った僕が悪かった。
怒ってるのなら許してほしい…

翠「謝るのはこっちです…」
ジ「え?」
翠「ごめんです…」

何で翠星石が謝らなければならないんだ…?

ジ「…どうしてまたそんな──」
翠「まだまだ現役バリバリのヒッキーを無理やり連れ出そうして…」

ちょっとそれは聞こえが悪いが…あれは無理やり…なのか。
いや、でもなぁ…。

ジ「…」
翠「水銀燈にケーキを買ってやりたかったんです…。
  最近は行きつけのケーキ屋にも行く暇がないみたいですし、
  部活の事で荒れ気味ですから…」
ジ「そうだな。確かに荒れてる…」

今朝目が覚めたのは、まさにそれが原因だ。

翠「それで、そのケーキ屋に行こうとしたんですけど、
  蒼星石は部活ですし、真紅は行く気がしないって言いますし、
  下の4人を連れていくと、常に五月蝿くて大変ですし、
  ダメ元でお前の家に行ったんですよ…。
  ──それに、水銀燈は…何か…変にジュンの事がお気に入りみたいですし?」
ジ「あぁ、そうだなぁw」

何故か、水銀燈が僕を抱きしめて、僕がスクラップされそうになる光景が頭に浮かんだ…

~~~

銀『ジュンくぅん?』

ギュウゥゥゥゥゥ…

ジ『痛い痛い痛い!…』
銀『何かね、もう…どうしたらいいのか分からなくなっちゃった…』
ジ『え?』

~~~

ジ「…」
翠「だからジュンが買って来た!って言ったらどれだけ喜ぶか…って思ったんです…」
ジ「…」
翠「──ジュン?」

今日この家に来て初めて翠星石がこっちを向く。
ほのかに充血した目を潤ませていた。
…どうも…ひとりで自分を追い詰めている感がある。
僕が引き篭もりになってから、翠星石には迷惑を掛けっぱなしだ…。
こんな僕が思いのままのことを伝えることを許されるのなら──

ジ「…全然怒ってなんかないよ…うん…」

逆に翠星石にビクビクしてたぐらいなのにな…とは言えなかった。

翠星石は机に向き直り、手を顔に当ててざめざめと泣き出した。
どうも翠星石は色々背負い込みすぎているようで…
それは僕のせいでもあるだろうし、
翠星石だけでなく水銀燈にも申し訳なく思えてきた。
何かこう、熱いものを感じずには居られなかった。

ジ「じゃあ、買ってくるよ…」

あ…言ってしまった…。

ジ「僕ひとりででも──」
翠「無茶言うなです!」

翠星石はバッと顔を上げて咎めるように言った。

翠「病院でも見舞い客の差し入れにばっか頼って、
  ろくに売店にさえ自ら進んで行かない奴が、
  そう簡単に街に出られるわけないです!」
ジ「…」
翠「無理するにはまだ早いです」

お見通しだった。
急に態度が変化しているのは気のせいか…

ジ「でも僕は一日でも早く退院したかっ──」
翠「それは病院食が不味いのと、
  病院が意外とオープンな場所だったからってだけです!」

これもお見通しだった。
ちょっと腹が立つほどだった。
だんだんさっきとは別の意味で熱くなってくる。

ジ「それが分かってるなら、何でさっき僕の家に来たのさ?…」
翠「それは…」

口ごもる翠星石。
僕はますますヒートアップした。

ジ「いいよ。行ってやるよ。独りで」
翠「…」
ジ「お前がいなくても何とかなるから」

しばらく沈黙が続く。
次第に僕は冷や汗をかきはじめた。

ジ「…」
翠「…」
ジ「…」
翠「──!!」

…と、翠星石はキレたように突然僕を思いっきり突き飛ばした。
僕は2段ベッドの下段、蒼星石のベッドに放り込まれた。
何事か…と考える暇もなく、物凄い罵声が飛んできた。

翠「じゃあ~1人で行きやがれです!!もう知らねぇです!!消え失せろです!!」

──とか言いつつ、ベッドはドアとはまったく逆方向の位置にあるのだが。
ちくしょう…。

ジ「あ、そ!じゃ、行ってくるよ!」

何かもうますます腹が立って、この部屋を自分から出て行ってやった。
ったく、何でそう怒鳴られる必要があるんだよ──

翠「バカァーーーーーー!!バカバカバカァーーー!!」

そして翠星石はドアをバスコーン!!と閉めた。

…。

…。

2階の廊下に僕がひとり。

ジ「…はぁ」

──ひとつため息をつく。
そしてその向かいのドア付近の壁にもたれかかり、頭を抱える。

僕たちって何でいつもこうなんだろう…。

僕が引き篭もりになってから、ちょっとはマシになったと思った矢先の出来事──

ふと振り返る。
固く閉ざされたドア。

そばにいてくれる人に当たってどうするんだ。
何でABCの野郎どもにはこうやって強気の態度で臨めないんだ?

僕は視線を落とした。

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