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――

 時間とは、とても不思議なもので。
 手に触れることすら出来ないというのに、誰もがしっていて、確かにここにある。
 流れるように過ぎていく、と言っても。
 私はその感覚に疑いを持つ。だって私達は、その流れるような時間に、ぴったりと挟まっているのだから。
 二人の時間が離れていれば。私がどんなにもがいたところで、距離が縮まることもない。
 私が望む、夢見るように幸せな、すばらしい場所に、二人が重なることはない――

――


  

「二年……ううむ」

 打っていたキィの手を休めて、頭を抱える。どんなに小難しい言葉を並べてみたところで、事実ってば本当に変わらないから困るの。
 私と彼の年の差は、二年。彼がしんでしまうなんて、そんなとんでもない話にもならない限り、私は彼に追いつくことなど、出来はしない。私と彼では、『居る』場所が違うんだ。

 ……だめだめ。そんな弱気になってはいけない。ぶんぶんと頭を振る。
 何はともあれ、落ち着きたいときは紅茶だ。クラスの友達が言っていたから、間違いない。ああでも、別な友達に言わせれば緑茶がいいよとか、一日の元気は一杯のオレンジジュースからかしらとか、そんなことよりまずはうにゅーなのよとか、私の作ったスコーンを差し置くとはいい度胸ですとか、乳酸菌を採れば全てが解決するのよぉ、だとか……

 ……あれ? なんだっけ……ああ、私って、友達に恵まれてるんだな。
 紅茶を飲んで、ほっと一息。それと一緒に、ふぅと溜息。
 さて次は、どんな風にいこうかな。




【 2years~薔薇水晶~ 】




 こんこん、と。静かにノックする音が響いた。キィの音が響かなければ、どんな些細な音でもよく通る。
 ぎっ、と椅子を半回転――勢いをつけすぎたので、それより前に一回転。ちょうどドアを正面にして、入ってくるひとをお出迎え。

 こちらを伺うように、そっとドアは開く。近頃は少し暖かくなってきていたけど、夜はやっぱりまだ冷える。廊下の冷たい空気が、部屋に入り込んできた。それと一緒に、とても良い香りも。

「ばらしーちゃん、お風呂、あきましたよ?」
「……うん……」
「創作活動ですね。今回は、どんなお話です?」
「話ってほどでも、ない、かな……」

 きらきーお姉ちゃんとは双子で、小さな頃からずっと同じ部屋だ。二段ベッドで私が上、お姉ちゃんが下。
 私はあまり覚えていないけれど、『高いところがいいんだい!』とか泣き喚いて、こんな図式が出来上がった、らしい……本当かな。

 ドライヤーで髪を乾かし始める。私達はふたりとも髪が同じくらい長いけれど、お姉ちゃんの髪の方が何だかふわふわしていて、ちょっと羨ましい。さっき入り込んだ香りで、部屋が満たされていく。

 お姉ちゃんはこんなにも可愛いというのに、当の本人が色気よりも食い気が勝っているのがたまに傷だ。お姉ちゃんのだんな様になるひとは、お料理が上手だったりすれば、きっとしあわせになれる。エンゲル係数五割こえそうだけど。……なんでこんなにスレンダーなのかな……出るとこ出てて……
 食べれば増えそうなものなのに……ああ、体重を比べるのはやめよう。たかだか……キロくらいは、誤差だ。誤差。うん。

「ところでばらしーちゃん、『あの方』とはうまくいってますか?」
「!」
「うふふ。お姉ちゃんは、何でもお見通しなのです」
「うまくいく、って言ったって……何も起きてないよう」
「鈍い、ですからねえ」

 そう。私の想い人は、とんでもないほど朴念仁で、困るの。いくら年が二年くらい離れてるからって、私のことなんて、ご近所の昔からしってる妹みたいな奴、くらいにしか思っていない。妙に具体的だけど、何故か確信が持てる。


――

「これね、あの……バレンタインプレゼントなんだけど」
「おお、サンキュ。毎年ありがとうな。来月はなんかお返しするよ」

 頭をかいぐられる。私はそれが昔からとてもすきで、もうその感触を覚えてしまっていて、それを思い出せばいつだってにんまりと出来るんだ。昔に比べて、相手の手は随分大きくなってしまったけれど。

 ……一ヶ月後。

「これ、先月のお返し。ハッピーホワイトデー」
「……これは……!」

 わーいわーい、ともろ手を上げて喜ぶ私が、そこに居た。
 あなたはにこにこと、いつもの様子。

「本当に薔薇水晶はアッガイがすきだなあ。それじゃ、またな」

――


「……だめじゃん……」

 また、頭を抱える。ちなみにこれは、昨年のお話。

「お返しを貰ってるんだから、良いでしょうに。私は焼肉食べ放題券をいただきましたよ?」

 そういう問題では。部屋の棚に飾られた私のアッガイコレクションは、彼から貰った分だけは特別な場所に飾ってある。小さい頃にお返しとしてもらった食玩から数えれば、もう随分な数になった。
 私のクラスの友人たちも、彼にはバレンタインチョコをあげていた。お姉ちゃんはまあ、ちょっと別として……ライバルは、多いみたい。しかもかなり、手強い感じの。

「うーん……なんかね。プラモとか、そういうのって、お返しとして貰うのってどうなのかな……?」

 嬉しいけどね。

「どうでしょう。そのひとのすきな物をいただいているのですから、あまり贅沢をいうのもいけません」
「そんなつもりは、ないけど……」

 もっとこう、普通の女の子っぽい、プレゼントが欲しかったりする。わがまま、と言われれば確かにそうかもしれないけれど……やっぱり、ねえ。三倍返しだとか、そんなことを望んでいるわけでは、ないのだ。
 それ故、私が如何に彼の恋愛対象に含まれて居ないという事実を、認識せざるを得ない。

「お風呂入ってくるね……」
「はい。のぼせないようにしてくださいね」
「はーい……」

 今年も、バレンタインのチョコはあげた。頑張って頑張って、手作りにしてみた……お姉ちゃんのつまみ食いの嵐を、避けながら。とても喜んでくれたようだったけど、きっと私を見る目は、変わってくれないのかも。しょんぼりとしながら、部屋を出てお風呂場へ。
 ぽつりと、お姉ちゃんは何か呟いていたようだったけど、特に気を留めなかった。
 あ、ちなみに。嵐を避けつつと言いつつも、ちゃんとお姉ちゃんにあげる分は別にとっておいてあった。だってあんな泣きそうな顔されたら……


――――


 そっ、と。妹のコレクションに、やさしく手を触れた。

「心配性な妹をもつと、大変ですね」

 それだけ、私も心配性ということか。仕方ないといえば、仕方ない。

「あんまり考えすぎなければ、いいのですが……」

 その言葉は、妹と。そして私の両方に、語りかけるものだったのかも。昨年妹が貰っていたプラモデルを、手にとってみる。

「今年は何を食べられるのでしょうか……」

 なんだかお腹がすいてきた、けど、とりあえず今日のところは眠っておこう。
 これはとても大事にしているから、触れていては怒られてしまいそう。本当、心配性なんですから。
 うふふ、と。思わず笑みを零して、私は一足早く、下段のベッドへと潜り込んだ。


 

――――


 空間的な距離が近付く。
 身体は何だか暖かく、多分こういう熱があれば、ひとはそれだけで幸せになれるのではないかと思う。
 ひとつの空間を、共有する。
 言葉など要らない――随分と陳腐で、そして使い古されたフレーズが、浮かんでいた。
 けれどそんなことを、多分私は望まない。
 時間の隔たり。そしてどんなに近付いても、ひととひとの間には、身体という隔たりがある。
 それを辛うじて繋ぐのが、言葉なのではないかと思う。
 そんな思考を余所に、私は確かな熱を感じて、――


――――


 
「こたつ……こたつ、って言うのはどうかな。お姉ちゃん」

 くるん、と後ろを向くと、お姉ちゃんの顔はもう眼の前にあった。

「あ、そういう描写だったんですね」
「わーわー! 見ないで見ないで!」
「作家を志すもの、ひとに見られることに慣れなくてはいけませんよ」
「……それとこれとは……違うの。なんかこう、ちょっと、かなり……」

 自分でもよくわからないことを言っている。
 お姉ちゃんの言うことは確かに当たっていて、いつか自分の書いた文章を誰かに見せたいと思う気持ちはあるのだけれど、こうやって徒然と書いたものは、あんまり見られたくない。要は、ひとに見せる段階ではない、ということで。
 それが自分の言い訳だなんて、わかっているつもり……多分。

「それで、こたつですか? いいですね、ここには無いものですから。足元あったか、台の上には溢れんばかりのみかんが、みかんが、みかんが、あとお正月の残りのおもちが」
「落ち着いて」

 お姉ちゃんが『世界』に入ってしまった。食に対する飽くなき欲求、それに包まれながらお姉ちゃんが恍惚とした笑みを浮かべる一時を、私は『世界』に入ると呼んでいる。
 ひとのこころを世に顕す魔法がこの世に存在したならば、世界中の飢餓が解消されるような気がする――

 魔法か。メモっておこう。どんなに些細なことでも、ごちゃごちゃとしたことでも、言葉で書き表していけば、何となく纏まりを持つようになっていく、気がする。いつ活かされるかは、とりあえず置いておくの。そんなことを言いながら、私のネタメモは、どんどんとりとめのないことになっていく――置いておこう。うん。

「純和風というのも、確かに良いですねえ。こたつに並んでふたり、だなんて。何とも青春です」

 お姉ちゃんが『世界』から大いなる帰還を果たした。おかえり。ごめんね、ここにみかんがなくて……

「でも、向こうの家にもこたつはないよ……」
「それは困りましたね。お願いして作ってもらいましょうか」
「……そこまで頼むわけにも……」

 そもそも材料とかどうするの、買ったほうが早いんじゃないの、とかいう要素は、正しく瑣末な問題だった。我が家のスーパー万能執事にお願いすれば、『そんな障害などトリビァル! トリビァルな問題ですぞ!』なんて言いながら鼻歌交じりで素敵なこたつ位作って貰えそうな光景が眼に浮かぶようだ。
 広い部屋にあるにはあまり雰囲気に合っているとは言えない、この二段ベッドだって、そう。

『部屋にスペースはあるのですから、お嬢様おひとりずつの寝台も、すぐに作れますぞ?』

 そんなことも言われるけれど、幼い頃に(しかも成長したあとのサイズを見越して)折角作って貰ったものだから、私達はそれを固辞している。だって、とても大事なものだから。

 だからこそ、私のひょんな妄想から、スーパー執事の手を煩わせたくはない。
 こたつでふたり、ジュンとラブラブ大作戦。
 ……ないな……

 ホワイトデーが、近くなってきていた。
 あれから私も、色々なアプローチをかけてみたけれど。てんで彼は、いつもと様子が変わらない。
 とりあえず、寝ようかな。文章を保存して、閉じる。画面には、昨年彼からもらったプラモデルと同じポーズをかたどった、アッガイの壁紙が。

「……こんなんだから、だめなのかな……」
「どうしてですか?」
「どうして、って……」

 普通の女の子の趣味として、どうなんだろう。こんなプラモデルがすきで、こうやって言葉を綴っていくことがすきだ。もっとかわいらしくはしゃいだ方が、いいのかな……

「あなたは、あなたらしく。ひとの姿だけ、想いも様々。それによって作られるかたちも、様々。何も気にすることはありません」

 お姉ちゃんは、やさしい。私はたまにお姉ちゃんの考えが読めないことがあるけれど、相手はいつだって、私の気持ちを汲んでくれる。同い年の筈なのに、お姉ちゃんは私よりも何倍も大人だ。

「さあ、もう寝ましょう」
「うん……」


 のそのそとベッドの上段へ至るはしごをのぼる。ぴっ、と。枕元に置いてあったリモコンで部屋の灯りを落とした。

「本当、心配性なんですから……これは、責任をとって貰わなければいけませんね」
「へ?」
「何でもありません。おやすみなさい、ばらしーちゃん」

 横になったら、急に眠気が襲ってきた。そんなに疲れてる筈は、ないのにな。

「おやすみ……なさい……」

 何だかもやもやとした霧に包まれたような気分で、私は深く深く、眠った。


――――


「あれ? この部屋、こたつなんてあったっけ?」
「あー、ええと……」

 確かに。確かに朝部屋を出るときは、なかったのだ。

『今日、家へ遊びに来るって言ってましたよ。びっくりしますよ、うふふふ』

 お姉ちゃんのあの含み笑いはこのことだったのか……きっとスーパー執事にお願いしていたに違いない。
 でもお姉ちゃん。私達は多分、こんなにみかん食べないよ。物理的に無理だと思うの。

「まあ折角だから、入らせてもらうか」
「……ど、どうぞ……」

 私ももそもそと、こたつに入り込む。流石に隣同士とはいかなくて、90度ほど隔てた辺に位置をとった。対面だと、みかんの山で顔が見えなくなるから。あ、隅っこにおもちもあった。まだ残ってたんだ……

「雪華綺晶は――ああ。早速行ったのかな」
「え?」
「駅前の寿司屋。時間制のチケットが丁度いい値段だったから、今回はそのお返しをしたよ」

 時間制など、無謀なことをしたものだ。そのお寿司屋さん、もう同じサービスを二度とする気にはならないだろう。

「折角お呼ばれしたから、お前にもお返しをあげておこう」

 ……お呼ばれ? 私、そんなことしたっけ……

 ……
 ……
 お姉ちゃん!

 うあー、と。叫びたくなる気持ちを抑えつつ、小包を受け取る。
 この長方形は、やっぱり……

 包装紙を破けば、ほら。私のすきな、プラモデルなんだね。

「……ありがとう……」
「いや、感謝の気持ち。いつも喜んでくれるから」

 そうだよ。ジュンは私に喜んで貰おうって、思ってるんだ。そんな気持ち、嬉しくないはずがないよ……
 でも。でもね。

「……ジュン……」
「ん?」
「ジュンにとって、私はどんな存在? ……」

 意表をつかれたような感じで、あなたは少し眼をまるくする。

「どんな、って。そりゃあ、昔から知ってる、妹のような……」

 私の考えていたことは、やはり間違いじゃなかった。
 じゃあ、どうしよう。私は、私は――

『ジュンのこと、ずっと昔から、すきだよ』

 その一言を。それを言えたなら、少しは事態が改善するのだろうか。
 あるいは、全くその逆に、しかも決定的に、今の関係にすら、戻れなくなるのだろうか――

「うーん、まあ。お前も今年は高校生だもんな」
「……?」

 あなたは脇に置いていたバッグから、何かを取り出す。

「実のところ、もうひとつ用意してあるんだ」
「え……え?」

 訳もわからず、また受け取る。包みをそっと開けてみると、可愛らしい薄紫色の小花をあしらった、髪留めが入っていた。

「気に入ったら、つけてみて。バレンタイン、ありがとう」
「……つける、つけるよ……」
「な、泣くなよ。気に入らなかったか?」
「ううん、……違うの、……ありがと、ジュン……」

 泣いては、困らせてしまう。
 それをわかっていても、私は涙を止められなかった。
 だから私は、困らせついでに、もうひとつだけわがままを言う。

「隣、いってもいい……?」
「……いいけど」

 彼の、隣へ。
 こたつの熱は暖かくて、頭を預けたあなたの肩も、やっぱりあたたかくて。
 そうだ、私は、自分でも書いていた。

 言葉など要らない――随分と陳腐で、そして使い古されたフレーズが、浮かんでいた――

 だけど。私はそれに重ねて、言葉も繋げていこう。
 今は、まだ。まだ、いいの。
 このあたたかさが、しあわせだから。
 小さなこたつ……ふふ。きっとこれ、何だかんだで、苦労して作ったんだろうな。
 正方形の、僅かな一辺。
 これが私の、今の私にとっての。夢見るように幸せで、素晴らしい場所。

 いつか聞いてね、ジュン。
 私は物語を、綴っているの。
 それはひとに見せるには恥ずかしい代物で、それでも、あなたになら。
 私がまず、自分の気持ちを伝えられたなら、いつか――

 二年どころじゃなく、私の気持ちは、ずっと前から変わっていない。
 いつからだっけ。
 それは思い出せないな……

 あなたが二年先をいくならば。
 私は二年後に、今のあなたの居る場所へ、当たり前のように立つんだ。
 その時はどうか、当たり前のように、二年先に居るあなたが。
 私の傍に、居ますように。





―――

 同時刻、駅前寿司屋にて。

「カンパチと炙りサーモンを20皿ずつお願いします」
「ひぃ、お、お嬢ちゃん……! もう勘弁しておくれよ……!」
「まだ時間には達しておりません。さあさあ」

 ひらひらと紙をちらつかせる。女性限定、期間限定、一時間高級寿司食べ放題チケット。採算がとれると思ったのかしら、うふふふ。たかだか一時間で、私が限界に至るとでも?

「はあ……おいし」

 眼の前の最後の一貫がなくなる。
 おいしいのは、しあわせなこと。でもこれはどんどん消費されていって、私の手元には残らない。
 私はそれでも、良いんですけどね。

 ばらしーちゃん、うまくいってるかしら。
 そもそも、『うまくいく』も何も。妹は、心配性に過ぎるのがちょっとよくない。
 鈍いのはお互い様、と言うのは、流石に可哀想だ。貰っていた、物が物なだけに。

 でもね、ばらしーちゃん。あなたがそのプラモをすきになった理由は。そもそも昔あの人が、あなたにそれをあげたから。
 それに。どんなものであれ、誰に渡すお返しの中で――『かたちに残る』プレゼントを貰っているのは、あなただけなのですよ?

 まあとりもあえず、次が来るまでの間、お茶で一息。

「私は私で、今を満喫いたしましょう」

 帰ったら、みかんをデザートにしようかしら。
 そんなことを思いつつ。今日こそは妹から、良いお知らせを聞けるかな、なんて。
 なんだか今からうきうきとした気分になって――ああ、来ましたね。遅いですよ?

「いただきますわ」

 うん、しあわせ。次は何を、お願いしようかしら?





【 2years~薔薇水晶~ 】 【まほろば】   おわり





  

 
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