※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 
 
何年かぶりで部屋の掃除をしていたとき、奇妙なモノを見つけた。
 
押入の隅に眠っていた、うっすらと埃の積もった菓子の化粧箱。
持ってみると、ズッシリ重い。
なにが入ってるんだ、これ? 窓の外で埃を払って、箱を開いてみた。

収められていたのは、どこにでも売っているB5版50枚つづりの大学ノート。
それが、実に8冊も収められていた。こんなもの、しまった憶えはない。
釈然としないまま、僕は①と番号を振られたノートを開いてみた。
 
 
  200▲年2月26日

  『はい、おーしまい』
 
 
日付は、4年前の今日だ。
1ページ目に、女の子らしい丸っこい文字で書かれているのは、それだけ。
あまりにも唐突な書き出しに、失笑を禁じ得なかった。

「なんだ、こりゃ?」

そんなセリフが、口を衝いて出る。それしか言いようがなかった。
一体全体、どうして、こんなものが僕の部屋にあるんだろう。
思いだそうと試みたけれど、このノートに関する記憶は、見つけられない。
探求心と好奇心に後押しされて、ページを捲った。

翌日の日付の記載は、動揺の見て取れる乱れた字が、罫線の上で波打っていた。
明らかに別人が書いたと判る筆跡。ガチッと角張った、男性的な文字だ。
筆圧も、見た目に紙の凹みが分かるくらい強い。
 
 
  『逢うなり、君の方から誘っておきながら、おしまいだなんて……どういう冗談だよ。
   僕とは交換日記なんか、したくなくなったって意味か?
   どっちにしても、君は酷い女の子だな。僕は、楽しみにしていたのに』
 
 
交換日記だなんて、携帯電話でいつでもお喋りできる時代に、なんとも古風な。
一人称が『僕』――か。普通に考えて、こっちは男の子らしい。
じゃあ、『君』――って言う女の子は、誰なんだ?

次のページに、翌日の返事がある。
 
 
  『ごめんなさい。言葉足らずで、不愉快にさせちゃったみたい。
   終わりから始まる物語……って、ほんの軽いジョークのつもりだったのよ。
   
   でも、なんか安心しちゃったわ。
   貴方が、私との交換日記を、楽しみにしてくれていると解ったから。
   こんな私だけど、卒業までの2年間、ワガママに付き合ってちょうだいね。
 
   貴方のお返事、私も楽しみに待ってるから』
 
 
……青春だなぁ。
こういうのを見ると、逢えない時間が想いを育むっていうのも、解る気がする。
さてさて、相手の男は一晩かけて、どんな返事を考えたんだろう?
ページを捲ると、さんざん消しゴムで擦られて汚れた紙面に『よろしく』とだけ。
不器用そうだけど、親しみを抱けるヤツみたいだな、こいつ。
 
以降、二人の間にギクシャクしたものは、なくなったようで。
いかにも高校生らしい、平穏で他愛ない日常が、飾らない文章で綴られていた。
 
 
初めは堅苦しかった内容も、日を重ね、慣れるに従い、プライベートな話題が多くなってゆく。
少しずつ、ふたりの気持ちが近づいてゆく様子が、目に浮かぶようだった。
とりわけ、少年がたまに見せる初々しい恋心に、不思議な共感を覚えて……
いつしか僕は、この少年に感情移入していた。他人事だとは、思えなくなってた。
 
ゴールデンウィーク。ふたりは毎日のようにデートをして、特別な経験をしたらしい。
さすがに、『あのこと』だなんて暈かしてるけど、大体の予想はつく。
キスぐらいで恥じらうなんて、可愛いもんだ。
 
 
それを境に、代名詞が、固有名詞に変わった。
『君』が『水銀燈』に――
『貴方』は『ジュン』……それは、他でもない。僕の名前じゃないか。
僕は、頭から冷や水を浴びせられたように、全身を粟立たせた。
 
交換日記してただって? 僕が? 2年前まで、水銀燈って娘と?
そんなバカな……と、思うものの、言われてみれば、僕の筆跡と似ている……かも。
でも、こんなもの書いた記憶なんか、全くなかった。
水銀燈という女の子が居たってことも、なにも憶えていない。
 
本棚から高校の卒業アルバムを引っぱり出して、無造作に開く。
クラス別の、少年少女の個人写真が並ぶページを捲る……
――が、水銀燈という女の子は、同じクラスどころか、同じ学年にも存在していなかった。
念のために、全学年の女子生徒を当たってみたけれど、やっぱり該当者は居なかった。
 
ウソだろ? いったい、どうなってるんだよ。
もしかして……およそ考えられないことだけど、僕は多重人格なのか?
いつの間にか――たとえば眠っているときに【僕】へと人格が入れ替わっていて、
いつの間にか、こんな妄想小説を書き貯めていたとか……。
 
 
そんなバカな。突拍子もない発想を追いやって、僕はまた、ノートを手にした。
今はただ、この中に答えがあると信じて、読み進めるより他にないと思ったから。
 
 
1冊目は2月26日から100日目、つまり、6月5日まで。
ふたりの話題から、夏休みを待ちわびる、浮ついた気持ちが散見できる。
2冊目は9月中旬まで。3冊目でクリスマス直前。4冊目に年末年始と進級のこと。
【僕】と水銀燈は、どんどん親密になっていった。
それは最早、友だち以上の関係。恋人同士と評したって、なんら問題ないくらいに。
 
 
ふたりの関係に変化が現れだすのは、6冊目……2年目の夏ぐらいからだ。
時期的には、高校三年生で、そろそろ受験の志望校なりを、真剣に考えだす頃だな。
【僕】が日記に書く内容も、そこかしこに、将来への不安が滲み出していた。
 
一方の水銀燈は、卒業式が近づくにつれて、書く文量が減っていく。
まるで、自分の悩みや悲しみを、胸の内に抱え込んで隠そうとするかのように、
彼女の日記は、日常の報告書ばりの、感情の起伏に乏しいものとなっていった。
 
……それなのに、【僕】は、自分のことばかりを気にするだけで。
水銀燈の気持ちの揺らぎを、察してあげようとさえしていない。
苛つくほどの鈍感っぷりだ。いま【僕】が目の前にいたら、殴ってたかもしれない。
 
 
やがて2度目の年が明けて、ノートはいよいよ、最後の8冊目に入った。
水銀燈は年の初めに、こんなことを書いている。
 
 
  『ねえ、ジュン。かぐや姫って、本当に月に帰りたかったんだと思う?』
 
 
翌日のページは、こう答えていた。
 
  
  『仕方ないだろ。最初っから、そういう決まりだったんだからさ。
   もし帰りたくなかったのなら、そうしないで済む方法を模索しただろうし』
 
 
どうしようもないな。なんて投げ遣りで、素っ気ない返事しているんだよ【僕】は。
いくら受験直前の忙しない時期とは言え、あんまりじゃないか。
彼女の問いかけに、どんな真意が隠されてるのかと、推し量ろうともしてない。
 
ずっと日記を辿ってきたから、僕には【僕】の気持ちが、なんとなく把握できた。
【僕】は間違いなく、水銀燈との絆は、そう簡単に切れないと安心しきっていたんだ。
この日記が終わっても、それは新しいストーリーの始まりに過ぎないと、信じ込んで。
――でも、それは甘えだよ。絆は、ふたりが持ち寄った糸を、絶えず紡いで生みだされるモノだ。
どっちか片方の努力だけでは、せっせと編んだ絆も、やがて解けてしまうんだ。
 
日記は、この【僕】の書き込みから、一気に日付が飛ぶ。
卒業式を数日後に控えた、200■年2月26日へと――
 
 
  『第一志望に受かったんですってね。おめでとぉ~(^ω^)おっおっ』
 
 
そんな書き出しで、水銀燈の日記は始まっていた。
なんだよ、この顔文字。クールな彼女らしからぬお茶目さに、また、失笑。
2年前の【僕】も、やっぱりここで噴き出したんだったかな?
記憶を遡って、僕が得たのは、火で炙られるようなジリジリした胸の痛みだけだった。
 
高校生活のことは、悲喜こもごも、いろいろ思い出せる。
だけど……水銀燈に関連することは、なにひとつ思い出せない。
交換日記をするくらい仲良しで、学校でもいつだって近くにいて、
週末にはデートして、キスするくらい大好きな女の子だったはずなのに――
 
なんでだよ? たった2年前のことだぞ。
どうして……僕は、なにも憶えてないんだよ。
やっぱり、この日記は、ただの創造物なのか……?
もうひとりの【僕】、バーチャルな【ジュン】による、妄想の産物だって言うのか?
 
打ちひしがれた心持ちのまま、僕は、続く文章に目を滑らせる。
 
 
  『終わりから始まった、この日記も……今日で2年目なのね。
   ホント、夢みたいに、あっという間だったわ。
   正直なところ、ここまで続けられるなんて、思ってもみなかったのよ。
   線香花火みたいに、すぐに終わっちゃうだろうなぁって。

   それなのに、ジュンったら……
   こんな私のワガママに、ずっと付き合ってくれるんだもの。
   本当に、おばかさんだわ。呆れてモノが言えないくらいの、おばかさんよ。
   
   
   おばかさん おばかさん おばかさん おばかさん おばかさん
   おばかさん おばかさん おばかさん おばかさん おばかさん
   おばかさん おばかさん おばかさん おばかさん おばかさん
   おばかさん おばかさん おばかさん おばかさん おばかさん
   おばかさん おばかさん おばかさん おばかさん おばかさん
   
   
   私を、こんな気持ちにさせるなんて――   
 
   こんな事なら、最初から、何もしなかった方が良かったわ。
   貴方となんか、出逢うんじゃなかった。
 
 
   ――ねえ、ジュン。
   いきなりで、本当に心苦しいけれど……今日で、最後にしましょう。
   貴方は嫌だと言うでしょうけど、お互いにとって、良い機会だと思うの。
   今ならまだ、失うものも少ないでしょうから。
 
   どうせ最後だから、いろいろと白状して、スッキリしちゃうわね。
   ジュンにとっては、少なからずショックかもしれないけど』
 
 
もう充分にショックだよ。
そう呟いたのは、茶化すことで、胸を締めつける痛みを誤魔化したかったから。
面と向かって切り出されたって、同じセリフを口にしたはずだ。
結局のところ、僕の試みは巧くいかなかったけれど。
 
 
ノートの余白はまだあるのに、答えは、次のページに続いている。
こんな風に、ワザと焦らすところも、彼女らしい。
 
 
  『実は……交換日記の相手はね、誰でもよかったのよ。
   私はただ、この世界に自分の居場所を、残したかっただけなの。
 
    
   これから書くことは、きっと信じられないでしょうけど……
   ううん。信じてくれなくてもいいわ。どうせ、忘れてしまうことだから。
 
 
 
   あのね、
   実は、私は……
 
   この世界の人間じゃないのよ。
   自分の意志に関係なく、2年ごとに、違う世界に飛ばされてしまうの。
   今まで、一度として例外はなかったわ。だから、今度も、また……』
 
 
これって、SF映画かなにかのシナリオか?
あまりにも突拍子すぎて、与太話で茶を濁そうとしてるのかとさえ思える。
 
でも、僕はノートを閉ざすことが、できなかった。
紙面に点々と残る、小さなシミ……2年前に落とされた涙の痕に、気づいてしまったから。
水銀燈は、あと僅かで突き付けられる最後を前にして、泣きながら書いていたんだ。
そんな心境で、ウソなんか吐けやしない。
 
また、ページが変わっている。
僕は震える手で、ノートを手繰った。
 
 
  『物心ついたときから、ずぅっと、その繰り返しだったのよ。
   自分の意志では、どうすることもできずに、ただ流されるだけ。
   
   それでも最初の内は、思い出を作ろうと、躍起になっていたわ。
   海外旅行をして、旅先の楽しい記念を残すような……そんな感覚ね。
 
 
   でも、ある時、私は偶然に、一度訪れた世界に辿り着いたことがあるの。
   そして、ひとつの事実を、知ってしまったわ。
   私が消えると同時に、その世界での私の存在も、無かったことにされるんだって。
   信じられる?
   今日2月26日、私が消えると同時に、私に関する、あらゆる記憶も消えちゃうなんて。
 
 
   だから、私は思い出づくりを止めたの。だって、そうでしょう?
   消去されると解っているのに、せっせと干渉するなんて、バカみたいだもの。
   貴方と交換日記をしたのも、ただの気紛れ。
   どうでもいい、退屈しのぎの、お遊びだったのよ……。
  
 
   ううん。ホントは、違ったのかもしれないわね。
   もしかしたら、私――貴方に何かを感じて、何かを期待してたのかも。
   この世界に強い想いを残せば、それが楔になって……
   私を、ずっと繋ぎ止めてくれるんじゃないかって。

   でも、ダメみたいね。やっぱり……。
   だんだんと、身体が引っ張られる感じが、強くなっているの。
   
   私、もう……どこへも行きたくない。
   もっと、ずっと、ジュンと一緒に居たいのに。   
   ……悔しいわね。どうやっても、運命には勝てないのかしら。
   
   だとしても、負けっぱなしっていうのは、私の性に合わないわ。
   だから、これから、今まで綴ってきた全ての日記を、渡しに行くわね。
   消えちゃうだけかもしれないけど……
   もし何かの間違いで残ったのなら、貴方の手元に、置いといてちょうだい。
   そして、いつの日か、私みたいな女の子が居たんだなって……思い出して。
 
 
   それじゃあね。私がただ一人、大好きになった、おばかさん。
   ジュンの隣で、女子高生として過ごした日々は、大切な、大切な宝物よ。
 
    
   私、絶対に――この気持ち忘れない☆』
 
 
 
僕たちの交換日記は、そこで終わっていた。
2月26日。彼女がこの世界に来て、また、この世界を去った日でもある。
水銀燈にとっては、文字どおりの、終わりから始まるストーリーだったんだな。
やっと解ったよ。
どうして、この日記のことを忘れ、水銀燈と過ごした記憶が失われていたのか。
 
窓から吹き込んだ風が、パラパラと、ノートを捲っていく。
何も書かれてない紙面はまるで、水銀燈を忘れて過ごした時間の、象徴みたいだった。
ずっと真っ白だった、僕の2年間の。
 
 
――ふと。
風が止んで、ノートを捲る作業も、背表紙のところで止まった。
そこには、学園祭の時だろうか――制服姿の、ふたりの生徒の写真が貼ってあった。
ひとりは、僕だ。
もうひとりは、銀色のロングヘアーの女の子。
彼女は右腕で僕にヘッドロックをかけ、左手でピースしながら、愉しそうに笑っている。
 
「……やあ、初めまして。いや……久しぶり、かな」
 
僕は、写真の中の水銀燈に、語りかけた。
 
「消えなかったみたいだよ。僕らの交換日記も、君の写真も。
 運命とやらに、一矢報いたらしいね」
 
そして、僕も――
こうして、水銀燈のことを思い出せた。
 
君はいま、どんな世界に居るんだ。
もう一度、君に逢いたい。ココロから、そう思うよ。
 
 
僕らが出逢うことは、もう二度とないんだろうか?
何をどうやっても、運命のサイコロは、二人のコマを一つのマスに留めないんだろうか?
 
可能性は、全くのゼロじゃない……と思う。
だって、僕の手元には、日記も、水銀燈の写真も消えずに残っているじゃないか。
これらは、彼女が、この世界に打ち込んだ楔だ。
その先に、僕らが編んだ絆が、まだ結びつけられているとしたら――
手繰り寄せることだって、出来るかもしれない。
 
そして、それが出来るのは、僕をおいて他にないんだ。
 
 
僕は八冊目のノートを開いて、水銀燈の日記の、次のページに、
今日の日付と、短い一文を書き込んだ。
 
一字一字……かつてないほど、想いを込めて。
 
 
  200●年2月26日
 
  『もう一度、始めないか?
   今度は、終わりのない物語を』
 
 
我ながら、恥ずかしいこと書いたもんだな。
もう一度だけ、写真の中の、笑顔の水銀燈に笑いかけて――
僕はノートを閉ざした。
 
もう一度、この日記が再開されて。
これからの2年も、その先の2年も、ずっと……
いつまでも、ふたり一緒の2年間が続いていってくれることを、祈りながら。
 
 
 
  ~FIN~
 


 
蛇足かもしれないエピローグ
 
 
片付けも、やっと一段落つこうかという時――
部屋のドアがノックされて、困惑顔の姉ちゃんが、顔を覗かせた。
 
「なんだよ、姉ちゃん。もう昼飯?」
「そうじゃなくってぇ……お客さんなのよぅ。ジュン君に」
「誰? 今日は、誰とも出かける予定ないんだけど」
「それがぁ……お姉ちゃんも知らない女の子なのよぅ~」
 
女の子?!
その一言を耳にした途端、僕は脱兎の如く走り出していた。
姉ちゃんがドアと壁に挟まれたけれど、キニシナイ。
 
階段の途中で足を滑らせ、玄関先までスライディング。
したたかに腰を打って、涙目の僕を、くすくす……
可愛らしい微笑みが、出迎えてくれた。
 
「なにしてるのよぉ? まったく……相変わらずの、おばかさんよねぇ」
 
出迎えに来て、出迎えられてちゃ世話ないな。
僕は、痛む身体にムチ打って立ち上がり、真っ直ぐに、彼女と向かい合った。
 
 
「おかえり……水銀燈」
 
僕に忘れられてなかったことが、意外だったのか。
水銀燈はビックリ顔になり、暫し唖然として――やおら、両手で顔を覆って泣き出した。

小刻みに震える彼女の肩を、僕は、しっかりと抱きしめる。
もう二度と、水銀燈が、どこかに行ってしまわないように……と。
 
 
 
  この世界で、いつまでも……
  この娘が、普通の女の子として暮らしていけますように。
 
 
 
  ~grand finale~
 
 
|