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天使と人間が争いあう世界。
100年にも及ぶその醜い争いに神は怒り、世界を滅ぼすことを決めた。

以来地が震えぬ日は無く、空が荒れぬ日も無かった。
結果天使と人間は争いを忘れ、ただひたすらに世界の存続を願う。

その姿を憐れんだ神は両種族にチャンスを与えた。

人を憎む天使の少女と、天使を恐れる人間の少年。

今は誰も知るものもない争いの火種、
失われし世界の至宝を探しだし、
神の前に持ち帰ることができたなら世界はもとのままに存在させよう、と。

タイムリミットは…2年間
二人は滅びいく世界を旅していた。


【 2years~雪華綺晶~ 】


私は片目と共に両親を失った。
汚らわしい人間によって大切なものを失った。

私は人間を許さない。
その全てを滅ぼしても余り有るであろう憎しみを抱えて、
私はずっと生きてきたのだ。

今、目の前には人間の少年。
思わずくびり殺そうと両手がのびるのを必死に押さえ込む… 

躊躇する理由は分かりきっている。
私がこの少年に惹かれていたからだ。 

共に笑い、共に傷付いていく2年近くの旅は
私を大きく変えてしまった。

目の前を歩く彼を殺してしまいたいと思う以上に、
その身体を抱きしめたいと思う心を押さえきれないのだ。


憎悪のままに罵ったこともある。
全て忘れたように共に笑いあったこともある。
痛む瞳を押さえて泣いていた私を、震える手で支えてくれたこともある…

その結果タイムリミットの2年が迫った今、
私は初めて真剣にこの世界の存続を願っている。
この人と歩める未来があるのなら、私はそこに生き続けたいと思っている。

人間を滅ぼそう!

この人と生きたい…

人間を許さない!

この人を信じよう…

相反する二つの感情を抱えたままに、私の旅は終わりを迎えようとしている。

「もう時間が無い…ここで見つからなかったら…世界は終わりだな…」
彼の言葉には悲しみが篭る。
心配になって顔を覗き込むと言葉に反して強い意志をたたえた瞳があった。

「必ずここにありますとも。絶対に見つけましょう。」
私は安心して言葉を紡ぎだす。

この二年で彼も相当変わった。
当初の私に怯えきった瞳を思い出し、そう思った。

彼は天使によって親元から連れ去られ奴隷のように生きてきた人。
ただただ天使を恐れ、私に接する態度も酷いものだった。

すぐに謝る所、死んだような瞳、自信の無い物言い。
全て嫌いだった。
醜い人間の全てをそこに見たような気がしていた。


だけど人の痛みに敏感で、他人のためにたくさん涙を流しているところを見た。
彼がどのような目にあって生きて来たかを知った。
ひたすらに世界を救おうと歩き続ける姿を追った。

そして私はいつの間にか、彼を愛していた。

誰よりも弱く、泣き虫で臆病…
誰よりも優しく、暖かく純粋…
その全てを今、愛してしまっていた。 

「雪華綺晶変わったよね」
不意打ちのような言葉が私を襲う。

「昔は何考えてるか全然わからなくて…ちょっと…怖かった」
「いつも睨むような目でさ…、言葉も途切れ途切れで…」

私は何故か恥ずかしくなった。
たぶん顔が赤い。

「でも、雪華綺晶は睨んでたんじゃなかった。」
「いつでも君は泣いていたんだ…って知って…」
「やっと君のことが少しだけわかった」

にこりと微笑む彼の顔がにじむ。
私は涙を浮かべているらしい。

「ジュン様も随分と変わりましたよ。」
「いつも辛そうな顔で、痛みから逃げているようでしたけど…」

彼は目を細めて笑う。

「でも、ジュン様は逃げているんじゃなかった。」
「それどころか他人の痛みまで受け止めているんだ…と知って」
「ようやく、私は貴方を少しだけわかることができました。」

彼は少しだけ照れた様子で「ありがとう」と言ってくれた。
だから私も精一杯に微笑んで「ありがとう」を捧げる。

長い洞窟を抜けて大きな空間に辿り着いた。
その一番奥、暗闇の中でも光を放つ大きな水晶が
この旅の終焉であると気付くのに時間はかからなかった。

薔薇を形どった大きな紫水晶。

――薔薇水晶――

それは神が天使に与えたもうた至宝。
百年の昔、人間の青年が奪い去った争いの火種。

覗き込むと少女がそこにいた。
その少女は私と彼を見比べ、にこりと笑ったように見えた。

私は慌てて目をこすり見つめ直す。
そこには鏡のように私が映りこんでいるだけ。

見間違いだったのだろうか?
訝しがりながらも私は水晶を持ち上げる――

「きゃっ!?」
思わず声をあげて後ずさる。
水晶の後ろに屍を見つけたためだ。 

「ジュン様!この屍は」
「うん…薔薇水晶を天使から奪い取った人間…かな」

彼はそう言って水晶を抱きしめるようにもたれかかっていた屍を横たえさせる。

「手記だ…」
手のあった場所から一冊の紙束があった。

そこに書かれていたのは世界を歪めるきっかけとなる、小さな恋の物語…


昔むかし、天使の王女であった少女と、ただの平民であった一人の人間が恋に落ちた。
誰にも認めてもらえない二人は駆け落ちし、この洞窟の奥深くに逃げ延びる。

二人は至宝薔薇水晶の力で何不自由なく幸せな日々を重ねていく。
しかし間もなく少女は病に倒れてしまう…


「天使は死ぬと水晶となります」
「おそらく少女はこの薔薇水晶と同化したのではないでしょうか。」
「そして、青年は少女を想い続けて…」

私たちは青年の亡きがらを見つめる… 

「引き離すのは忍びないね…」
彼は深いため息を一つついた。

「けど…持ち帰らなくてはなりません」
私はギュッと水晶を抱きしめる。

二人で水晶のもとあった場所に亡きがらを埋めて小さなお墓を作った。
そして手を合わせ祈りを捧げる。

あぁこの人達のように、私たちも幸せに結ばれることはないのだろうか?
私の心に深い悲しみが訪れる。
と同時に地面が、洞窟全体が揺れ始める。

「雪華綺晶!早くここを出よう!」
水晶を右手に抱えて彼が手を差し出す。

「えぇ急ぎましょう!」
私は自然にその手を握り、二人は駆け出した。

「今までになく、大きいです」

「うん、タイムリミットが近いからかも…っつ!?」

大きな音をたてて出口へと続く洞窟が崩れ落ちる。
私たちはどうやら閉じ込められてしまったようだ。 

「まだだ!あそこ、光が見えてる。崩れて外と繋がったんだ!」

彼の指差す先には確かに淡い光がもれている。

「ですがどうやって、あそこまで?」
登るにはあまりにも高い場所。
揺れている岩壁なら尚更無理だ。
だから、だから私は嫌な予感がした。

「君の翼なら辿り着ける。」
「この水晶を持って、君はあそこから出るんだ!」
「届けてくれ、雪華綺晶。二人で見つけた宝を…」
「…世界を救うために」

手渡される水晶。
それはズシリと重く持って飛ぶことができるぎりぎりの重さであった。

もとより彼を抱えて飛ぶ力など無い私だったから
彼の言うことは最善の方法。
私は水晶を見つめる。
映りこむ私の表情はあまりにも醜い。
どれだけの涙を流しているのかもわからない、
笑っているのかも、怒っているのかも、
何もわからないほどにくしゃくしゃな醜い私。

彼はそんな私を震える指先でそっと抱きしめてくれた。 

揺れはますます大きくなるばかりで、私たちは立っていることすらできないほどだ。

「さぁ、行くんだ…雪華綺晶」

私は彼の胸で涙を拭うようにイヤイヤと顔を振る。

「これだから、人間なんて大嫌いなんです…」
「一人でここを出て…世界が救われたとして…」
「私が幸せになれるとお思いですか?」

彼は何も答えない。

私は翼を拡げる。

そして彼の手の中からゆっくりと抜け出していく。

「そんなはずありません!」
「この水晶になった少女も…きっと同じはずです。」

私は舞い上がり、水晶のもとあった場所…
少女の愛した人間の真新しい墓に向かって飛んだ。


「大好きな人と、ずっと一緒にいてください」
そこに水晶を置いて、祈るような言葉を口にする。

今度こそ見間違いじゃない。
水晶の中には確かに、嬉しそうに笑う少女が映っている。 

それに微笑み返して振り向く。
揺れる足場の中、必死でこちらに向かってくれている彼が見える。

私は再び飛び上がり、彼の元にゆっくりと舞い降りた。

「私と…ともに滅んでくださいますか?」
今度は私が手を差し出す…

「馬鹿だ。君は馬鹿だよ。」
彼はそう言って私の手を包みこむ。

「失礼しちゃいます。」
「今、世界で一番幸せな乙女を前にして…」
笑顔があふれてくる。
幸せがあふれてくる。

「世界一幸せなのは僕だよ。」
「二年前まで…怖いものだらけだった世界…」
「だけど、今はもう何も怖くないんだから」
そう言う彼の表情はこれまでで一番明るい。

「私も二年前まで、憎いものばかりでした…」
「でも、もう何一つ憎くありません」
私の顔にもう涙はなかった。

確かめるように一度強く握りあってから二人の手は離れ、私の両肩に彼の手が乗せられる。

そして抱き寄せられるように、ゆっくりと彼との距離がなくなっていく。

地の揺れなどもはや感じなくなって、
二人は本当に何も恐れず、何も憎まずに溶け合っていく。

そんなくちづけの終わりを待つことなく、二人は闇に飲み込まれていった…




その日、世界は滅びなかった――

しかし、二人もまた旅からは帰らなかった―― 

彼らのいた洞窟の奥深く――

そこには白い水晶が輝き続けている――

その輝きは二人が安らかな眠りの中にあることを――

教えてくれているかのように穏やかだ――

世界には今日も、光が満ち溢れている――

恐れも憎しみも全て掻き消してしまうほどの――

まばゆい光があふれ続けている。

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