※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

何か一つ条件が変わってしまうと、途端に180度印象が変化してしまうことがある。

知りたかったことが知りたくないものになったり、
大切だったものが要らないものに変わったり、
大好きだったものを大嫌いになったり…

私は桜田ジュンの笑顔が大好きだった。

委員会が同じになって、
会話がようやく続くようになって、
やっと見せてくれた本当の笑顔に、
私は魅せられ、恋していった。

金曜日は何ものにも替えがたい至福の時で、
私は放課後を今か今かと待ち侘びて過ごしていた。
私はジュンの笑顔が大好きだった。

だけど私はあの日、ジュンの笑顔を見るのが苦痛でたまらなかった。
幸せそうに一人の少女の名を語る彼を見るのが嫌で嫌でたまらなかった。

そこからは後悔の連続だ。

これまでジュンに自分の気持ちを伝えなかったことも、
水銀燈に無理矢理恋人を作ろうとしたことも、

全部自分が傷つかないですむようにと、そう考えてのことだったのに…
なのにどうして…どうして私はこんなにも傷だらけなのだろう… 

答えは簡単だった。
私は他人を動かしてばかりで自分が恋を叶えようと動くことはなかった。
私は自分の恋から逃げていたのだ。

そう気付いた私は覚悟を決めた。
こんどの金曜日、私はジュンに告白しよう。
たとえ傷つくことになったとしても…
恐れずに立ち向かおうと私は決めた。



―――flying day―――



昨日一日使って練習した通りに、私は水銀燈と接すればいい。
私がジュンに告白するまではあくまで淡白に、
何事もなかったかのように…これから何事も起こらないかのように…

だけど今、目の前にはどこか弱々しい姿の水銀燈。

声をかけながらに自然と表情がやわらいでしまう。
他人に優しくしている余裕など無いはずなのに…
彼女は泣きそうな顔で微笑み返した。
あぁ決心がにぶりそうになる。 

教室に入ると長いこと休んでいたためか、皆が一斉に心配してくれた。
風邪をこじらせていたです、と呪文のように何度も繰り返し、

繰り返すうちに放課後が訪れた。

私の特別な金曜日の放課後。

一度教室を出て校内をまわる。
これは金曜日のお約束で高鳴る心臓を少しでも落ち着かせるための儀式のようなものだ。

もしかしたら今日が一番落ち着いているかもしれない。
『今日は何を話そうか』とドキドキそわそわしていたこれまでとは違い、
ジュンに告白することを決めているからだろうか。

けれどやはり教室に近付くと心臓は大きく高鳴りはじめ、
まるでいつもの調子で扉をくぐるのだから我ながら情けない。
私は苦笑いを浮かべながらジュンに「待たせたです」と声をかけた。

ジュンも苦笑いで「遅すぎ」といつもの言葉をくれる。

「今日で最後だね…委員会の仕事も…」

「今日で最後ですね…早いもんです」

私たちの苦笑いは更に深まる。 

「そして今日はホワイトデーだね…」

「え?えぇ…そですね」 
そう言われればそうだ。私はすっかり失念していた。

「バレンタインの朝に、下駄箱に名無しのチョコが入ってたんだ…」 

ドキリとする。水銀燈の影に隠れて忘れてしまっていた記憶が今繋がったよう・・・

「小さな手作りチョコレート。」
「僕は鈍いから、誰からのなのか全然わからなかった。」
「先週までは…」

私の心臓は最高潮だ。

「美味しかったよ、翠星石。」

私の頬を涙が伝う。
先週とは違う暖かな涙。

「これ、お返しだから」

手渡される包み、中から出てきたのはマフラーだ。

「本当はホワイトデーとか抜きで、渡すつもりだったんだけどね。」
「この一年間の御礼に…」

涙を拭くようにマフラーに顔をうずめる。 

「翠星石が初めてだった」
「特技が裁縫って言って変な顔されなかったのは」
「とても嬉しかった」

彼のやわらかい「ありがとう」の声に私はその場にうずくまる。
あぁ私の恋はちゃんと彼に伝わっていた。
勇気を出して投げ込んだチョコは彼に届いていた。
だから…だから…

あぁ私の恋は終わってしまった。

手が差し延べられる。

「これからも、よろしく」

その手を掴み立ち上がり、
私は涙を全て拭ってジュンに向き直る。

「よろしくです。」

ジュンは最高の笑顔を向けてくれた。
私の大好きだった笑顔。
大嫌いになりかけた笑顔。 

マフラーを首に巻く、とても暖かい。

「春までまだまだ寒いですから、」
「しばらく着けといてやるです。」
「覚悟しとくです!」
「その間くらいはメガネのチビすけのこと」
「好きでいといてやるですから」

「あんまり見せつけやがったらぶん殴るですよ!」

私はそう言って笑った。

「さぁ水銀燈と仲直りしてこいです」
「まさか用意してないですか?」

「あるよ、下駄箱に入れてある」
「屋上に呼び出す手紙をそえて…」

「!?この大馬鹿やろうがです!」
「だったら早く屋上に行きやがれです!」

おもいっきりすねを蹴りつけてやる。
ジュンはすねをさすりながら廊下に向かう。 

「最後なのにごめんね」
振り返るジュンは情けない顔を見せる。

「最後じゃねーです」
「これからいくらでも話せる機会はあるですよ、」
「大切な友達として。」

私が精一杯微笑んでそういうと
返事とばかりに表情を笑顔に変えて駆け出したジュン。

それは今まで見た中で一番いい笑顔だった。

まだしばらくはあの笑顔を…忘れられそうにない。

だけど今は立ち止まり感慨にふけっている場合じゃない。

マフラーを巻き直し私は歩き出す。

もう一人の友達にも最高の笑顔を見せてもらうために…



              おしまい

|