※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 
 
「わざわざ調べていただいて、ありがとうございました。本当に、助かりましたわ。
 ……ええ、はい。では、また明日に。それじゃあ……おやすみなさい」
 
通話を切るが早いか、ベッドの端に座り、耳をそばだてていた彼女が、聞こえよがしに鼻を鳴らした。
 
「バっカみたい。フランスに居た頃に、もう全ての調べがついてたでしょうに……
 なんだって今更、あーんな冴えない男の助力を頼んだわけぇ?」
「好きになってしまったから、お近づきのキッカケに」
 
「ぅえっ?!」首を絞められたような声を出して、彼女が凍りついた気配。
私は振り返って「――って答えたら満足?」と、微笑んだ唇から、舌を出して見せた。
プライドが高く激情家なこの子は、からかわれると、すぐに柳眉を逆立てる。

「くだらなすぎて苛つくわ、そういうの。黒焦げのシシャモなみに嫌いよ」
「ふふ……ごめんなさい。そんなに、怒らないで」

言って、私はベッドに携帯電話を放り投げて、彼女の隣りに腰を降ろした。
スプリングの微かな軋めきをお尻に感じながら、小さな彼女を膝の上に抱き寄せる。
彼女は、しおらしく、私のなすがままになっていた。
いつもなら、抱っこは疎か、気安く髪に触れられることすら嫌がるのに。

「どうして、私が彼と親しくしてたか……知りたい?」
「……別にぃ。勝手にすればいいでしょ」
「あらぁ。もしかして、ヤキモチ?」
「バカじゃない? いっぺん死んでみればぁ?」
「とっくの昔に経験ずみですわねぇ、それは――」

いつものように、娯楽としての口喧嘩を楽しみつつ、柔らかな白銀の一房を撫でる。
彼女――ローゼンメイデンと呼ばれる人形『水銀燈』は、気持ちよさげに、うっとりと目を細めた。
そんな素振りを見せられては、幸せな気分にさせられ、つい、私の口も軽くなる。

「……そろそろ、新しい傀儡を用意しなければね」
「前の傀儡は、かなりの役者だったわよねぇ。あの子の名前……雛苺、だっけ?」
「コリンヌ、よ。彼女は、そのように生きる道を選び、全うした。だから、他の誰でもないの」
「――そうね。確かに、そうだわ」
「彼女くらい役目を果たしてくれる人と、巡り会えたら良いのですけれど」
「そう簡単に見つかるなら、苦労しないわ。あの男……信頼できるの?」
「なかなか良さそうですわよ。見ず知らずの私を、親身になって介抱してくれましたし――」
「いまも、すすんで尽力してくれているし、ねぇ」

脈はある、と思う。彼が、私に好意を寄せ始めていることくらい、承知している。
ちょっとだけ事実に脚色した『おとぎ話』で、興味と同情のタネは、植えつけた。
あと、恋の芽生えと愛の開花、夢の結実のためには……とりあえず、水と肥料を与えなければね。

「さぁ、お仕事の時間よ、水銀燈。打ち合わせどおりに、お願いね」
 


 
 
 
  エピローグ 『ささやかな祈り』
 
 
 
明け方、開け放した窓のむこうに疎らな雨だれを聴いて、僕はすっかり憂鬱になった。
真夏の小雨は、蒸し暑さを助長するだけの厄介者でしかない。
よりによって、オディールさんとの待ち合わせの日に、降らなくても良いだろうに……
気が利かない天気だ。グチグチと不平を並べながら、のそのそと身支度を始めた。
 
 
約束の時間ピッタリに、彼女は駅前に来た。
黒い傘、真っ黒なドレス、ハイヒールやハンドバッグに至るまで黒ずくめ。
真夏に見る黒は、天候の次第を問わず、暑苦しく感じられる。
どうして黒なんだろう? と疑問に思い、よくよく考えて、腑に落ちた。
彼女が来日したのは、亡き祖母の名代として、二葉氏に手紙を渡すため。
大西洋で不幸に見舞われた一葉氏の冥福を祈る意味も、含まれていたかもしれない。
そもそも考えてみたら、お盆が近いじゃないか。むしろ、喪服こそが相応しく思えてしまう。
若いのに、とても細やかな心遣いができる女の子みたいだ。

それに引き替え、僕ときたら、普段着のグレーのサマースーツ。
結菱グループに君臨する傑物と面会するから、ネクタイは締めてきたけれど……
ダメだなぁ、僕は。どうしてこう、何かにつけて配慮が足りないのか。
失敗するたびに自分を戒めるけれど、その割に、ちっとも成長してないから嫌になる。

「あの……どうか、しました?」
「えっ? あ、ああ……ごめん。それじゃあ、行こうか」
「はい。行き方は、お任せします」

僕たち二人は電車に乗り、鎌倉に向かった。
いざ鎌倉! なんて軽く言える雰囲気じゃなかったけれど、重苦しいわけでもなく……
車中でも、昨日と変わらず、普通に言葉を交わしていた。

JR鎌倉駅の改札を出て見上げた空も、生憎の雨模様。
雨足が、傘をさすほどでもないくらい弱まっているのが、救いと言えば救いだ。
僕らは横に並んで、濡れて滑りやすい石畳を踏みしめ、二葉氏の住まう別荘へと向かった。

「タクシー、拾ったほうが良かったかな?」
「平気です。少しくらい遠くても、歩けますから」
「……わかった。でも、足が痛くなったら、遠慮せずに言って」
「ありがとう。お気遣いは、とても嬉しいですわ」

このあたりの受け答えは、如才ないなと感心させられる。
フォッセー家の令嬢として厳しく躾けられ、幼少の頃から社交慣れしているんだろう。

――坂の多い道を進んでゆくと、やがて、僕らの目指す館の瓦屋根が見えてきた。
別荘というから、ペンションに毛が生えた程度かなとイメージしていたけれど……
いやはや。僕は、とんでもない思い違いをしていた。
その屋敷は、ちょっとした温泉宿みたいに大きかったし、なにしろ庭が広かった。
公園だと教えられても、きっと、それを鵜呑みにしただろうくらいに。

足を止めて、垣根越しに、雨に煙る屋敷の全貌を見回していると、スーツの背中を引っ張られた。
「ねえ。なにかしら、あれ」彼女が指差す先には、閑静な佇まいに不似合いな人だかり。
屋敷の前に停車しているツートンカラーの車両が、不穏な気配を強くしていた。
 
 

 
 
「警察と、救急車じゃないか」隣で、彼が驚いたように言った。
「何かあったんだ。ボヤ騒ぎかな? それにしては、消防車は来てないし――」
「とりあえず、誰かに訊いてみませんか」
「あ、ああ……そうだ。そうだよね」
 
彼は、足早に騒動の場へと近づいて、カメラを持ったパパラッチ風の男に話しかけ、
あからさまに血相を変えながら、私の元に駆け戻ってきた。

「とんでもないコトになったよ」それが、開口一番。
「どうなさったの?」
「結菱二葉氏が――亡くなった。亡くなってた、という方が正しいな」
「まあ! どうして?」
「どうやら老衰らしい。二葉氏には、これといった持病もなかったからって。
 車椅子に座ったまま、眠るように亡くなっているのを、今朝、家政婦に発見されたそうだよ」
「――そう、ですか」

私は顔を伏せて、口元を手で覆った。
嗚咽を堪えるためでも、ましてや、吐き気を催したわけでもない。笑みを隠すためだ。
可哀想な駒鳥さん。だァれが殺した駒鳥さん……。
いつもながら、水銀燈は、いい仕事をしてくれるわね。全ては手筈どおりに。

俯き、小刻みに肩を震わせる私を見て、彼は、私が泣いていると思ったらしい。
私の肩に手を置いて、沈んだ声を出した。

「こんな時、なんて言ったらいいのか……。まあ、とにかく。一旦、戻ろう。
 お祖母さんの手紙は、二葉氏の葬儀の時に、ご遺族に渡したらどうかな」
「いえ……そこまでするほどの物でも。
 場合によっては、変な確執のタネにも、なりかねませんし。お祖母様も、それは望まないでしょう。
 ですから、このままで――私、明日、フランスに帰ります」
「そっか、うん。たった二日のことだったけど……寂しくなるね」
「それでしたら――」
「ん? なんだい」
「思い出づくり、しませんか。以前から、江ノ島に行ってみたかったんです」

涙のひとつも零さないで誘うなんて、不自然で露骨すぎたかしら?
けれど、彼はその不自然さを、悲しみに負けまいとする私の気丈さと取ったらしい。
「ああ、いいよ」優しい目をして、白い歯を見せた。「じゃあ、行こうか。ここからなら近いし」
 
 
タクシーで新江ノ島水族館の側まで行き、そこからは、また歩く。
雨降りというのに、島に続く弁天橋や、その下の浜辺は、海水浴客でごった返していた。
行き交う誰も彼もが、水着姿。スーツと喪服の取り合わせは、殊更に浮いて見える。

「さすがに混んでるな。はぐれたら大変だ」

言って、彼は不意に、私の手を強く握った。
こんな服装なら、たとえ離ればなれになっても、すぐ見つけられるでしょうに。

――でも。女の子って、そんな、ちょっとした心遣いを嬉しく思うものなのよね。
私の胸も、久しぶりに、気持ちよくドキドキしてる。
 
 
 
 
彼女と手を繋ぎ、雑踏を縫うように、長い橋を歩いていたら、ふと――
昨夜、夢うつつに浮かんだ疑問が、頭に甦ってきた。

「あのさ、ちょっと気になってたんだけど」
「……なんでしょう?」
「結菱グループと言えば、国内でも屈指の巨大資本なんだよ。その影響力は、計り知れない。
 そのトップに位置する人物なら……二葉氏ならば、大概のことは可能だったはず。
 君のお祖母さんを探し、連絡をとることだって、できたはずなんだ。
 それなのに、なぜ、彼は――それを、しなかったんだろう?」

そう訊いた僕を、彼女はまじまじと見上げて、やおら、口元を綻ばせた。

「してましたよ」
「えっ?」
「二葉さまは、お祖母様の安否を、ずっと気に掛けてくださってました。
 だから、消息が掴めるなり、幾日と置かず、お手紙を出してくれたんです。
 お互いの無事を喜ぶ内容と……近く再会して、フランスで一緒に暮らそう、と」
「また随分と、直球のプロポーズだね。それって、戦後すぐのこと?」
「1957年のこと、ですわ」

戦争が終わって12年も後か。随分と、時間が経ってのことだ。
まあ、日本の国内もゴチャゴチャ混乱してたし、仕方なかったのかもなぁ。
…………いや。ちょっと待てよ。
戦後から12年。日本の年号に置き換えると、終戦が昭和20年8月だから――

「昭和32年……。ダイナ号の沈没事故があった年じゃないか!」
「ご存知でしたの?」
「昨夜、二葉氏について調べてる時、偶然に知ったんだよ。
 その事故で、双子の兄、結菱一葉氏が亡くなったと」
「違いますよ」

違う? 彼女の自信に満ちた口振りの意味が解らず、僕は驚き、足を止めた。
その途端、横を通り過ぎる人の波が肩に当たって、蹌踉いた僕は……
ドサクサ紛れに近い感じで、オディールさんに抱きついてしまった。

「ぅあ……っと。ご…………ごめん」
「い、いえ……。橋の途中で止まると、通行の妨げになってしまいますね」
「そうだね。話のつづきは、この橋を渡り終えてからにしよう」

僕らは肩を寄せ合うようにして、海水浴客と観光客がたむろする長い橋を渡りきった。
曇天でも気温が高いせいで、近くの磯から、むわっと、鼻を突く強い臭いが漂ってくる。
橋を渡った右手には、鄙びた感じの江ノ島に似合わない、瀟洒な建物があった。
なにかと思えば、スパ。ちゃんと温泉を汲み上げているそうだ。

また今度、時間があるときに試してみるとして、とりあえずは、さっきの話の続きを聞きたい。
参道入り口の青銅の鳥居を潜り、観光客で溢れる土産物屋の軒先を過ぎると、
正面に、朱塗りの大鳥居が見えてくる。そこで右に折れ、細く急峻な東参道に入った。
こっちの方が人通りが少ないから、会話もし易いかと思ってのことだ。
女の子の足には、ちょっとばかりキツいかもしれないけど……。
 
 

  
 
 中編につづく
 
 
|