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 雪がふる。
 雪がふるよ。

 静かできれい。あんまり静かで、眠ってしまいたくなる。けど今眠っちゃったら、多分しんでしまうから、しない。
 ベランダに出てはく息は、周りがとてもくらいというのに、とてもはっきりと白く見える。部屋のカーテンから漏れる僅かなひかりが、空気を照らしているのだ、きっと。ほう、と手に吹き付ければ、ほのかにあたたかい。

 くぴ、と。手に持っていた缶を傾ける。この年になって、この苦い炭酸を飲むのが大変ではなくなってきた。というよりはむしろ、すきになっているかもしれない。味もさることながら、多分こういったものは、喉越しを愉しむ物なのだろうという気がしている。だから、最初の一口目が多分いちばんおいしい。

 そういえば、冷蔵庫のストックがついになくなった。これは元々僕が買ったものじゃない。前に遊びにきた『彼女』が大量に持ってきたものを、毎日毎日少しずつ消費していた。呑みやすいので、気になって値段を調べてみたら、何気に一本の単価が高い。深い青色をした500ミリリットルの缶を、雪をつまみにするすると呑み続け、さあ家に入ろうか――そう思ったとき。

「あれ?」

 二階のベランダから下の道を見下ろしてみれば、白い傘をさして、しずしずと僕の住んでいるアパートへ歩いてくるひとの姿が。白にワンポイントの花模様が記された傘を持っている人物は、僕はひとりしかしらない。

「……んん?」

 持ってる。持ってるよ。周りがあんまり静かだから、その手に持っているビニール袋からガチャガチャ缶の音が鳴っているのがよく聴こえるよ!

 僕の冷蔵庫が空になるタイミングを、どうしてしっているんだ?

 ほどなく。『ピンポーン』と、間の抜けた、しかし絶妙のタイミングのインターホンが鳴り響く。

 雪がふる。
 雪がふるよ。
 外は寒いから。
 さあ。お嬢様を、出迎ることにしよう。


【お酒と、雪と、お嬢様】


「そろそろ頃合かと思いまして」

 麦酒を冷蔵庫につっこんで、手荷物を部屋の脇に置きつつ、彼女は言う。彼女のタイミングを計る機知は、どこか人間を超えた何かであるような気がしてならない。

「ははぁ……そりゃ、どうも」

 僕は毎度のことお金を払おうとするのだけど、『別なところでお返ししていただければ結構です』と、場合によっては非常に小悪魔的な返ししか受け取ることができない。別なところって、どこだ。

「寒かっただろう? まあ、あったまっていってよ。何もないけどね、ここ」

 そういうと、彼女は花の綻ぶような笑みを浮かべて、『ええ、そうさせていただきます』と答えるのだった。にこー、という擬音が聞こえてきそうだな。僕はこの笑顔に、とても弱い。

「まあ、とりあえず」
「そうですね」

 二人で乾杯。かつん、と。缶をつきあわせる。もうさっき既に呑んでいたけど、やっぱり一口目はなんだかおいしい。

「雪が降ったな、ついに」
「雪、はおすきですか?」
「うん。珍しいから、ってのもあるからかもしれないけど、すきだな」
「もう……いやです、そんなこと言うなんて」

 何故そこで顔を赤らめる! 自分が聞いたんじゃん今!
 と、彼女は新しい缶のプルタブを開けていた。ペース速いよ。速すぎるよペース。三分も経ってないよ。

 と、まあ、声に出して突っ込みをいれても良かったのだけど、あえてそれをしない。いつものことだし。
 一体この細い体に、何リットルの液体が流し込まれるのかも、もちろん僕は計算しない。怖いし。いやまあ、500ミリリットル缶が何本消費されたかを数えればすぐなわけなんだけど。

 とりもあえず、僕は雪がすきなことは、まず間違いのないことだ。音を吸収するとかなんとか、どこかで聞いたことがあるような気もする。僕はあんまり五月蝿いのを好まないし、寒いのはちょっとばかりいただけなくても、静けさをもたらしてくれるなら大歓迎だった。

 眼の前で快調に呑み続ける彼女は、ほう、と息をはきながら、頬に手をあてている。本当においしそうに呑むなあ……多分、料理でも何でも、こんな幸せな顔をして口にしてもらえるなら、本望なのだと思う。

「で。ここに来た理由は、酒を持ってきてくれただけが、理由じゃないんだろ?」
「えっ……そそ、そんなことは、ありませんよ?」

 おお、泳いでる泳いでる。左眼。視線がどこか斜め上くらいを見てる。
 大体彼女が来るのは、悩み事を抱えているときだ。僕はその話に耳を傾けて、悩みを完全に消すことなど勿論できないことなのだろうけど、それでいて、僅かでも彼女の力になれれば、だなんて考えている。

「隠し事は、やっぱりできそうにないですね、実は……」


――――


「お姉ちゃん……ゲームしよう、ゲーム」
「いいですよ? 何にします?」
「これこれ」


――15分後――

「ああっ、こんな所に罠をしかけるなんて……!」
「うふふ、読みが甘いですね。私これは、相当やりこんでいましてよ?」
「……負けない……!」

――3時間後――

「完勝です! さあさあばらしーちゃん、まだやりますか?」
「……」
「――ばらしーちゃん?」
「うぅ……もういい……」

 しょんぼりうなだれながら、薔薇水晶は部屋を出ていった……


―――――


「うへぇ……」

 色んな感情が入り混じった「うへぇ」が、漏れた。それがしょうがないと思う桜田ジュン、僕だ。

「うぅ……ばらしーちゃんがあそこまでムキになるなんて……私は姉失格です、居なくなったほうがいいんです!」

 うわーん、と。ぼろぼろと泣き始める彼女を、なんとかなだめる。
 とりもあえずは、現状を冷静に分析。その辺りに転がってる缶の数なんて、僕は見てない。見ちゃいけない。
 彼女は多分、『○○上戸』だ。○○の部分には、時と場合によって入るものがことなる。まあ、怒ることはないけれど、笑ったり泣いたり、感情の揺れが激しくなることには違いない。

「よりによってスパイ&○パイなんてゲームするから」

 しかもそれで一勝も許さずボコボコにしたりなんてするから。あれって、そんな理詰めで完勝できるゲームだったか……? まあ、人間の記憶力なんてすごく曖昧なんだな、ってことを思い知らされるものではあるが。それ以前に、もっと新しいゲームしようよ。スマブラとかさ、あるじゃない。

「折角ばらしーちゃんが持ってきてくれたものですから……手加減をしては失礼にあたると……」

 多分彼女の妹、薔薇水晶は、相当それを練習してきたんだと思う。それを打ち崩されたショックといえば、それなりに大きなものであったかもしれない。
 ってかこの二人、本当に仲いいな。

「いや、大丈夫さ。あいつはそれ位でへこたれたりはしないし」
「……」
「本当。逆に手加減されたら、それこそへそ曲げて、無視されてたかもしれないぞ」
「……ばらしーちゃんに無視されるなんて、イヤです~!」

 また、ちょっと収まっていた涙を流して、めそめそと泣き始める。
 ――しくった。相手は酔っ払いだった。

「えーと、そうじゃなくて、本当に仲がよくてうらやましいなと」
「そうですか……?」

 そうです。

「そうだな、今度はあいつがすきなゲームを、それこそ練習して、持ちかければいい。この年になって姉妹でゲームできるなんて、世間じゃそうそう無いと思うし」
「はい……」

 言いながら、くいー、と彼女は缶を傾ける――という表現が、多分正しくない――90度だしね、缶の角度。あ、なくなったみたい。

「あんまり呑みすぎるなよ。家のひとが心配するし」
「あ、大丈夫です。執事にはここへ来ていることを伝えていますし」

 ああ、ラプラスさんね。彼女の家は相当の資産家らしく、家はとても大きいし、お抱えの執事なんかがいたりもする。要するに、お嬢様、ということだ。
 その執事はとても万能で、なんでもこなせるとの噂。
 噂、というのは、僕は電話越しに話したことはあるけれど、実際に逢ったことは無いからだった。声から察するに、それほど年はとってないとは思うのだけど……どんなひとなんだろう。
 時計を見る。日付が変わるまで、もう少し。大学に入ったあたりから、彼女の門限の幅は広がったとはいえ、そろそろ送ってあげなければいけないだろう。歩いて10分もかからないので、そんなに離れているわけでもないが。

「というわけで、今日は泊まっていきますね」
「ああ、そろそろ時間か。うん……うん?」

 何だって?

「『ジュン様ならば信用に値する殿方ですな、はっはっは!』と執事が申しておりました。許可は頂いておりますので、何の気兼ねもいらず呑みあかせるという寸法です!」

 ……どんなひとなんだろう、ラプラスさん。

「あー、えっと……まあ」

 信用に値する殿方、の真意を測りかねるが、――僕はこの笑顔には、本当に弱いのだ。

「まあ、いいけど。布団はもう一組あるし」
「あら、随分と周到なことですね?」
「姉ちゃんが泊まりに来たときの分だよ!」

 一つ屋根の下、年頃の男子と女子、桜田ジュンという名にかけて、間違いを起こすわけにはいかない。

「ちょっと、ベランダにでよう。勿論、麦酒を持って」


――――


 雪はまだ、しんしんと降り続いていた。

「きれいですね……」
「そうだな」

 言いながら、二人のはく息は、白い。
 隣に居る彼女の頬は、ほんのりと赤い。カーテンを開けている状態だから、それがとてもはっきりと見えた。

 彼女とはじめてお酒を呑んだのは、いつだっけ。
 それはもう随分と昔の話で、思えば法に触れるような年頃だったような気もするけれど、その頃から僕たちの酒呑みの付き合いは続いているような気がする……彼女の妹、も含めて。

 姉妹愛、という言葉がとても似合う、ふたりだ。どちらかがどちらかを想いあい、ずっと暮らし続けている。僕かつて、姉とそんなに仲が良いといえる関係ではなかった。今はそれなりに付き合っているけれど、彼女たちが羨ましい、と言えば、それは偽りようのないことで。

「私の上に降る雪は、いとしめやかになりました……」
「お、中也か」
「はい。私、あの詩はとてもすきです。少しやさしくて、少しさみしい……」

 生い立ち。くらい空気に、白い雪がぼんやりときらめいていた。
 僕たちがいきる時間に、穏やかじゃない天気が吹き荒れようと、吹き荒れまいと。どれ位、これから先、人生が続くかがわからなくても。できるだけこのまま、穏やか時間のまま、いきていければいいと。酒に酔わされた頭は、なんだか気障な台詞を、はいている。

「あなたが、居てくれてよかった」
「え?」
「私だけではなく、妹もきっと、そう思っているに、違いありません――」


―――


「お風呂、頂戴してもよろしいですか?」
「うん……うん?」
「着替えは、持ってきておりますので」

 ああ……最初入ってきたときに持ってきた荷物、ちょっと大きいなと思ってたけど、そういうこと……
 風呂掃除は昨日したな、確か。うん。

「まあ、いいよ」
「ありがとうございます」

 そういって彼女は、風呂場へ消えていく。一日入らないだけでも、まあ、気持ち悪いだろうしな……
 頭に立ち上る煩悩を、打ち消す。だめだな、もう一回外に出よう。

「はぁ……」

 ベランダの空気は、とてもつめたい。
 僕自身、もう何本目になったかわからない缶のプルタブを、開けた。
 おいしいな。彼女の持ってきてくれたお酒だからなのかもしれない、だなんて考える。

 雪がふる。
 雪がふるよ。
 いとしめやかに……
 この雪がいつまで残るかはわからなくても、この雪を冠する名前を持つ彼女――雪華綺晶は、確かに今、ここに居る。妹想いの、やさしい彼女が。……その彼女が今僕の家の風呂に入っているという状況は、とりあえずその辺に置いておこう。

 と。ふと、道を見れば。薄紫色の傘をさして、しずしずと僕の住んでいるアパートへ歩いてくるひとの姿が。薄紫にワンポイントの花模様が記された傘を持っている人物は、僕はひとりしかしらない。

 うん……うん?

 とりあえず、なんで缶が入ってるらしきビニール袋をがちゃがちゃ鳴らしてるんだ。
 その彼女は、二階に居る僕に気付いたらしく、話しかけてくる。

「……こんばんは、ジュン」
「あー、えっと、こんばんは」
「ちょっと、相談があって……」
「うん」
「私、お姉ちゃんを困らせちゃう、悪い妹なんだよ……」
「……あー……」

 家の冷蔵庫はもう飽和状態だったけれど、少ない空きに麦酒を突っ込む。彼女は小脇に抱えた荷物を、部屋の隅に置く。

 とりもあえず、この二人は、とても仲の良い姉妹なのだ。どうして僕の家に二人してやってくるのかは、わからないが。

 これからまた、風呂からあがった彼女の姉と、今家にやってきた妹と、そして僕。
 雪が降る中、お嬢様たちとの酒宴は続く。きっととても和やかで、とても楽しい。

 三人川の字になって、眠る。僕は真ん中。こんな関係なんて、いつまで続くかはわからない。
 けれど酔っ払って曖昧な頭になった僕は、横になりながら、まどろみへ落ちていく。

 お酒と、雪と、お嬢様たち。
 起きたあと、なんで姉が先にきていたのか、どうして妹があとにきたのか、ひと悶着あるわけだけど――


 それはまた、別のお話で。




  


【お酒と、雪と、お嬢様】おわり






  


  

 
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