雪の日の暖かな出来事
昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り響き、次の授業の準備をしようと思いふと窓辺────基、自らの席────へ
ふと目を向けると薄曇の空が広がっていた。
「これは一雨来そうだなぁ・・・困ったな。傘持ってないのに」
そう思い、空へ目をやりながら席に着く。
──雪になればいいのになぁ。それはそれで寒くて困るけどさ。
そんなことを考えながら視線を空から外し、扉を開いて入ってくる世界史教師の号令を聞いて授業へと全神経を集中させた。
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そうしているうちに6限が終了し、HRが始まる。あるものは部活動へ、またあるものは早々と帰宅するのだろう。
ちなみに自分は後者だ。進学校であるが故、当然授業も難しい。己の成績は決して悪くは無い。だがやはり受験の事を考えると勉強しないと・・・となってしまうのである。なので、家に帰るとまず宿題を済ませ、復習をやっているのだ。
HRが終了し、教室からは続々と生徒達が出て行く。さて、じゃあ僕も帰ろうかな、と思い鞄に手を掛けた時にふと昼休み終了時に考えていた事が浮かんだ。外を見ると昼に見た薄曇りの空はどこへやら。夜と間違えそうな真っ黒な雲が立ち込めていた。
しかもよく見ると白い小さなものがふわふわと舞い降りている。自身がそれを雪と判断するのにそう時間は掛からなかった。
「まさか本当に雪が降るなんて・・・帰ったらコートを乾かさないといけないな。」
と一人ごちて昇降口へ向かう。案の定教室から一歩でるとひんやりとした空気が廊下を支配していた。
ぶるっ、と身を震わせると暖かい暖房の効いた自宅へと向かうべく素早く靴を履き替える。
「うぅ・・・寒い・・・マフラー巻いて来ればよかった」
そう思わず独り言を言ってしまうほどに寒かった。もう2月にもなろうと言うのに未だ寒さが緩むことがない。
肌を刺すような寒さの中、傘をさす事もせず───まぁ忘れてしまったのだが───頭や肩に徐々に積もる雪を払う事もせずに黙々と帰路を進んでいた。
学校を出て10分ぐらいだろうか。背後で誰かが呼ぶ声がしたので振り返ってみると、そこには傘を差して寒そうに身を縮こませてこちらに歩を進めてくる幼馴染の姿があった。そんな彼は今現在の僕の姿をみて目を丸くしたかと思うと必死で堪えるように笑い始めた。
「なっ・・・何がおかしいのさ!」
「ふふふ・・・悪い。だって今のお前見てると堪えるので精一杯だぞ・・・アハハッ」
そう言って軽く涙を滲ませながら笑いを堪えている彼の胸ポケットから手鏡を拝借して自分の姿を映してみた。
そこにはまるで苺大福を頭に載せているかのような己の滑稽な姿がはっきりと映し出されていた。
「どうだ?これは誰が見ても笑うぜ」
そう言う彼の言う事は至極当然だ。これ以上笑いものにされるのは癪だったので直に雪を払いのける。
それからずっとニヤニヤしている彼をジト目で睨みながら
「酷いよ。そんなに笑う事ないでしょ?」
と言い返してみるも彼はニヤニヤしている。
「いや、悪かった。あまりにも可笑しかったんだ。それにしても傘も差さずにこの雪の中を歩いて帰るなんて・・・風邪引くぞ。ほら」
そう言って彼は自分が指していた蒼い傘をこちらに差し出してきた。
正直言って僕は彼の取った行動の意味を掴みかねていた。
そんなことをしたら今度は自分が苺大福──雪塗れのこと──になってしまうのだ。
それ以上に気になったのが彼の顔が少し紅潮していることだった。
「どうしたの?顔紅いけど。まさか僕には風邪引くぞとか言っておいて自分が風邪引いてるんじゃない?だめだよそんなことじゃ」
そう言って彼に顔を近づけて額に手をあてて熱を測る動作を取った。すると彼は突然慌てふためき、
「あ、いや、ちっ、違うんだ!風邪なんか引いてない!何でもないんだ、何でも(突然顔を近づけられてびっくりしたじゃないか・・・)」
そんな彼を不思議そうに見て、先ほどの傘に話を戻す。
「でもいいの?これじゃあ今度は君が雪だるまになっちゃうよ?それにすごく寒そう。」
「いいんだよ。僕は冬が好きなんだ。特に雪がね。まぁ男の僕が言うのもあれだけどさ、なんていうかなぁ・・・他の季節とは違うんだ。上手く表せないけど一番季節を近くに感じるというか。うーん・・・」
そう言って彼は真顔で考え始めた。その間にもしんしんと僕と同じように彼の肩と頭にも雪が積もっていく。
───はぁ・・・君は考え込むと周りが見えなくなるよね。これじゃあ君が風邪ひいちゃうよ?
「しょうがないなぁ。はい!隣おいでよ。」
「んあ?あ、あぁ。じゃあ遠慮なく・・・って!これじゃああ、あい、あ・・・」
何を一人ノリ突っ込みしてるんだろう?それにあ、って何だろう。
「何言ってるのさ。ほら、早く入ってよ。このままじっとしてたら僕まで雪塗れになっちゃうよ」
慌てふためく彼の腕を強引に引き寄せて傘の中に入れる。そうすると当然、互いの腕が密着するわけで。
「うん。こうしてると暖かくてなんだか嬉しくなるね。」
「あ、あぁ。そうだな」
彼の声が上ずっている。顔は今にも噴火しそうなほど真っ赤だ。
「ちょ、ちょっと?!顔真っ赤だけど本当に大丈夫なの?!」
「うん。色々危ない。いやマジで。」
このとき彼は思った。
『絶対コイツ天然だよな・・・。全く、これじゃ僕の身がもたねーよ』
そうして二人で他愛も無い雑談をしながら帰路を進んでいると程なくして自宅に着いた。
「と~ちゃくぅ~。じゃ、傘本当にありがとね。」
そう言って彼女は蒼い傘を彼に手渡した。
「あぁ。今夜も冷えるらしいから風邪引かないように気をつけろよ?」
「わかってますよー。全く、これじゃ君が心配性なお父さんみたいじゃない。」
「ハハハ。違いない。」
「ねぇ。君は冬が好きって言ったよね。」
「ん?そうだな。それがどうかしたか?」
「うん。僕はね、冬は寒いからあんまり好きじゃないんだ。────だけどね?こうして君と一緒に帰れるなら、冬も悪くは無いかな、って思ったんだ。」
「・・・・そうか。なら今度の金曜日に僕が取って置きの雪景色が見れる場所に連れて行ってやるよ。」
「ふふ。楽しみにしてるよ!それじゃあね」
そういって彼を見送り、見えなくなるまでずっと見送っていた。気付いた時には一人で歩いている時のように冷えていたけど。僕の心は温かくなっていた。
僕は冬があんまり好きじゃない。
だけどたまにはこんな冬もいいかな、と思う。だってもう寒さなんて感じないから。
そう思ったところで自身の顔が少し火照っている事に気付いた。僕はこの熱っぽさを風邪でも引いちゃったのかな、と思い込むことにした。だってその理由を認めたらすごく恥ずかしいから。
────もしかしてさっきの彼も同じことを思っていたのかな。
そんなことを考えながら玄関のドアを開けた。
「ただいま、姉さん。」
「おせぇです!この寒い中どこをほっつきあるいてたですか!」
「わわ、ごめん。でもね、不思議と寒くは無かったよ。」
そういうと姉は怪訝そうにこちらを一瞥した後、
「よくわかんねーですが・・・さっさと着替えてくるです。暖かいコーヒーでも入れておいてやるですから。」
「うん。じゃあ着替えてくるね。」
そう言って自室へ向かう彼女の足取りは軽く、表情は外の黒雲とは対照的にとても晴れやかな微笑だった。
Fin