<あらすじ>

時は戦国の世。備前国に「薔薇乙女」と呼ばれる8人の姉妹がいた。
天下統一の野望を抱く長女・水銀燈は、謀反によって一躍戦国大名にのし上がる。
念願の上洛を果たした水銀燈は、激戦の末三好家を四国に追い畿内の覇者となった。
だがその行く手には、天下の覇権を狙う様々な勢力の陰謀が待ち受けていた。

<本編に登場する主な史実武将>

○足利義昭(あしかが よしあき/1537~1597)
室町幕府第十五代将軍。十三代義輝の弟。当初義秋と名乗る。兄の死後、織田信長に擁立され将軍となるが次第に対立を深める。
浅井、朝倉、本願寺などの勢力に呼びかけ信長包囲網を形成するも敗北。京都を追われ、室町幕府滅亡を招いた。
本編では兄・義輝の在任中から参謀として活動、策謀を駆使して畿内で暗躍する。

○三村家親(みむら いえちか/生年不詳~1566)
備中松山城主。諸豪族を切り従え、備中の中心勢力となる。
備前・美作への進出を企み宇喜多直家配下の諸城を攻略したが、直家に暗殺された。
本編では水銀燈不在の備前を狙って出兵し、真紅らの軍勢と戦うことになる。



――永禄六年十月。

年内一杯は畿内で兵を動かさない方針を領内に触れた水銀燈。
それと前後して大和から松永久秀が御機嫌伺にやってきた。
銀「どう? 大和の情勢は」
久秀「いたって平穏でござる。紀伊方面への街道も年内には完成する見込……これも水銀燈様の御威光の賜物と存じまする」
銀「あら。私は将軍家に仕えている身よ? 御威光があるのは将軍家のほうじゃなくて?」
久秀「今の将軍家の威信を築き上げたのは貴方様にございます。今や誰もが水銀燈様あっての幕府と心得ておりますぞ」
銀「なぁんか引っかかるのよねぇ、その持ち上げ方……で、何? 私にゴマをする為に大和から来たわけじゃないでしょう?」
久秀「は。実は南近江の六角家のことでござるが……」

この月の初め、六角家では大きな騒動が巻き起こっていた。
若き当主・六角義治が筆頭家老の後藤賢豊を手討にした事件をきっかけに、家臣団が軍勢を集めて蜂起する気配を見せたのである。
義治は重臣の蒲生定秀の仲介でやっと家臣団と和解したが、その後義治の当主としての威権は地に堕ちた。

久秀「これで六角家の南近江での支配力も弱まるものと思われまする」
銀「そう、そんなコトがあったの……それでぇ? 私に近江を奪い取れとでも言うわけ?」
久秀「御意」
顔色ひとつ変えずに久秀は言った。
久秀「南近江は交通と経済の要所。当家の支配下におくには絶好の機会と存ずる」
銀「馬鹿ねぇ。そんなあからさまな侵略行為を将軍家が許すと思って? 備前にいた頃ならまだしも、今の私は立場が違うのよ」
久秀「口実など後でどうにでもなりまする。今は少しでも領土を切り取っておくのが肝要かと」
無論、水銀燈としても領地を広げておきたい気持ちはあった。
しかし三好家を四国に追いやった今、むやみに軍勢を動かして幕府に警戒されるような愚は避けたかったのである。
銀「考えとくわ。けど触れを出したとおり、今年一杯は兵を休めておくわよ」
久秀「無論、すぐにとは言いませぬ。拙者に任せておいてくだされ。きっと将軍家に近江出兵の許可を出させてみせまする」
久秀は退出し、大和の領地へと帰っていった。
銀「弾正のやつ、お節介な真似をするわねぇ」
久秀の有能さは重宝するものの、水銀燈は薔薇乙女家の為に黙々と働きつづける久秀の真意を未だ掴みかねていた。

その頃、播磨姫路城には真紅のほか翠星石、蒼星石、金糸雀、巴が京より戻ってきていた。
紅「ジュンが城代になってから、この城下町も見違えるようになったのだわ」
ジ「別に僕一人の働きじゃないけどな。水銀燈が京にいる間、ここの皆も頑張って留守を守ってるのさ」
蒼「そういえばジュン君、備前の情勢はどうなってるの?」
備前において隣国の細作がしきりに動いていると、ジュンは以前水銀燈に報じたのだった。
ジ「ああ、金糸雀に頼んでこっちも警戒網を強化してるんだけど……」
金「どうも備中の三村家の仕業らしいかしら」
紅「やはりね」
三村家は備前と境を接する備中の領主である。
西の毛利とは同盟関係にあり、懇意の間柄だ。
翠「もしかして三村の奴、西の毛利とつるんで備前を分捕っちまおうって魂胆ですか!?」
紅「それはないわね。毛利元就殿とは当家も同盟を結んでいる……だからこそ私達も上洛出来たのだわ」
ジ「「いや、あり得るかもな。元就ほどの策士ならそれくらいのことはやりかねないぞ」
蒼「確かに元就殿自身が動くことはなくとも、三村家を陰で動かすってことは考えられるかもね」
翠「西も東も腹黒い奴ばっかり……まったく、この翠星石のように純粋で汚れ無き心の持ち主はいないもんですかねぇ」
巴「……」
しかし京ではもう一人の策略家が陰謀を巡らせていることを、この時は翠星石も知らなかった。
様々な人間が思惑を巡らせる中で、永禄六年の暮れは過ぎていく。

――永禄七年正月。

雪「明けましておめでとうございますですわ、左中将さま♪」
銀「ちょw よしなさいよ、官名で呼ばれるとなぁんかこそばゆいわぁ」
年明け早々、水銀燈は朝廷より従四位下左近衛中将に叙任された。
これにより水銀燈のことを指して「左中将」と呼ぶ者が多くなったのだ。

水銀燈は雪華綺晶を伴って二条城へ年賀の挨拶に向かった。
銀「上様。新年明けましておめでとうございますわ」
義輝「うむ。今年もそちを頼みに思うておるぞ」
義秋「……」ジトー
銀(なぁんか、カンジ悪いのが横にいるわねぇ……)
義輝「おお、そち達は初対面であったな、忘れておった。こちらは我が弟じゃ」
義秋「左馬頭義秋じゃ。以後よろしゅう」
銀「……はい(コイツ、やぁっぱ苦手だわ……)」
義輝「今日はそちが来ると聞いてな。左中将に昇官しためでたき折でもあるし、ささやかながら宴を用意して待っていたのじゃ」
銀「まぁ、私ごときのために?」
義輝「何を申すか。そちは余が一番頼りにしておる者。それくらいのもてなしは当然のことぞ」
銀「過分なるお言葉、嬉しゅうございますわ♪」
義輝「しかし困ったことがあっての。そちを喜ばせようと宴の余興を様々考えたのだが、そちの好む趣向が一向にわからぬ」
銀「まぁ、左様なお気遣いまでなさらずとも」
義輝「聞けば真紅と申すそちの妹は茶の湯を好むそうじゃが、そちには何かそのような嗜みはないのか?」
銀「私は妹と違い、いたって不調法者にて……好むのは剣術くらいのものですわ」
義輝「そうか! いや、噂には聞いておったがのう。では日を改めて剣術試合でも催すとするか。余もそちと手合わせしてみたい」
銀「そんな、怖れがましい……私の剣など上様の腕前にはとても及びませぬわ」
義輝「ううむ、そちは忙しい身でもあるしのう。まぁよい、せめて今日は心ゆくまで楽しんでいってくれい」
銀「はぁい♪」
義秋「……」

この年の前半、水銀燈は戦いで荒れた領内の整備に明け暮れた。
畿内では目立った合戦もなく、表面上は何事もないまま半年が過ぎていった。

――永禄七年七月。

南近江の六角家は軍を積極的に展開し、対立する北近江の浅井家の諸城を次々に落としていた。
それはまるで先年のいわゆる「観音寺騒動」で失墜した権威を取り戻そうとするかのようであった。
この動きに足利幕府も警戒の色を強めるようになっていく。
銀「小谷城の浅井長政殿も救援を求めてきておりますわ。このまま近江を捨て置かれましては……」
義輝「松永弾正からも話は聞いておる。どうやら六角家の叛意は明らかなようじゃ」
銀「では……」
義輝「うむ。近江のこと、そちに一任しよう」

こうして近江出兵の許可を得た水銀燈だが、その行動はあくまで慎重であった。
真紅らは未だ西国におり、さらに六角家の本拠・観音寺城は全国でも有数の堅城だったからである。
そのため雪華綺晶、薔薇水晶、松永久秀らを使って六角家臣に調略を仕掛け、徐々にその力を削ぐことに努めた。

一方その頃、姫路城。
金「備前岡山城に三村家の軍勢が攻め寄せてきたかしらー!!」
紅「とうとう来たわね……数は?」
金「およそ五千かしら!」
翠「意外と大人数ですねぇ……実はやばくないですか?」
紅「そうね。岡山城に籠城して迎撃するのが得策なのだわ」
蒼「岡山城はかつて僕と真紅で大改修をしたからね。そう簡単には落ちないよ」
真紅は翠星石らとともに四千程の兵力を率いて出陣し、岡山城に入って三村勢を迎え撃つ態勢を整えた。

岡山城下に着陣した三村軍、総大将は当主の三村家親である。
家親は軍勢を二手に分け、自らが率いる大手攻めに多くの人数を割き、搦手には五百人ほどの小部隊が向かった。
搦手門を守るのは蒼星石と巴である。
蒼「敵は小勢だし、ここは思い切って撃って出ようか? 上手くすれば大手門に向かった敵の背後を衝くことも出来る」
巴「うん。やってみる価値はありそうね」
二人は軽装の遊撃隊を編成すると、敵部隊の不意を衝いて襲い掛かった。
三村兵「わわっ!?」
意表を衝かれた部隊は挟撃され、瞬く間に壊滅に瀕してしまう。
が、そこへ大手門から一隊が救援に駆けつけた。
かつて水銀燈によって滅ぼされた宇喜多直家の弟・忠家の部隊である。
忠家「兄上が討たれて早や四年……三村家に仕え、この日をずっと待っていた。今こそ岡山城を奪い返し、兄の無念を晴らす時!」
翠「やかましいです! おめぇもとっとと兄貴の後を追いやがれ! です!!」
城壁の上から翠星石隊が矢の雨を降らせ、怯んだところへ蒼星石隊が突撃。
久々に見せる双子の連携攻撃によって、忠家隊は総崩れとなり潰走した。
忠家「む、無念……しかし、兄の恨み決して忘れはせぬぞ! 覚えておれ!」
翠「おととい来やがれ! ですぅ!」
蒼「なんだかなぁ……」
一方大手門は金糸雀が守っていたが、激しい攻防戦の末寄せ手に突破されてしまった。
金「わわっ! こっち来んなかしらー!」
敵部隊に囲まれ、混乱に陥る金糸雀隊
紅「落ち着くのよポメラニアン! ここを破られるくらいは想定の範囲内なのだわ!」
金「『ア』しか合ってないかしらー! てゆうか合戦中にまでボケなくてもいいのかしら!!」
真紅の檄もあって混乱から立ち直り、次々と敵部隊を撃破していく金糸雀隊。
家親「ええい、皆何をやっておるのか……なっ、後方に敵勢!? いつの間に!」
巴隊が三村勢の背後に回ったことで、家親の本隊は完全に包囲された格好となった。
巴「さあ、『はいぱあ皆殺したいむ』の始まりよ……ククク」
家親「ここからが本当の地獄だ……」
三村勢は四方から囲み撃ちにされ、家親らはほうほうの体で備中へと逃げ帰ったのだった。
紅「何とか守りきったようね。これでとりあえずの役目は果たしたのだわ」

――永禄七年八月。

水銀燈は遂に近江への出兵を開始。
雪華薔薇隊など三千の精兵をもってまずは宇佐山城を攻め、これを陥落させた。
しかし、水銀燈はなおも慎重である。
銀「真紅が播磨に軍勢を連れて行っている以上、近江の迅速な攻略は難しいわねぇ」
水銀燈は真紅のもとに使者を飛ばし、稲の刈入れを待って備中を攻めさせることにした。
西国の軍を呼び戻すには、備前を窺う三村家を沈黙させる以外にないのである。

翌月。その収穫の季節を迎え、薔薇乙女家の領内も賑わうはずだったが……
ジ「今年は何年ぶりかの凶作……せっかく開墾したっていうのにがっかりだよ_| ̄|○ il|!」
紅「不作なのは何も当家ばかりじゃないのだわ。嘆いていても仕方のないことよ」
蒼「でもこの状況で、本当に備中に攻め入るのかい?」
翠「しゃあねぇです、やらなきゃまたこちらの領内を荒らされるだけなんですから」
紅「水銀燈はこの機に西国での不安を完全に取り除いておきたいのだわ」
巴「やはり、やるしかないのね……」

畿内においても凶作は領民の暮らしを直撃していた。
銀「参ったわね……私の足元で民が飢え死にしてく姿なんて見たくないわぁ」
水銀燈は城に備蓄されていた兵糧を領内の民に施しとして分け与えることにした。
銀「ちゃあんと一列に並ぶのよぉ? ほらそこぉ、押さないで。お米はまだたぁっぷりあるんだから」
領民A「水銀燈様自らが施しをくださるなんて……オラ、水銀燈様んとこの百姓で良かっただ」
領民B「んだんだ」
雪「モッキュモッキュ」
銀「きらきー、村娘に化けて施し貰っちゃダメよぉ……眼帯でバレバレなんだから」

――永禄七年十月。

真紅は四千の軍勢で備中に侵入、三村家の神辺城を囲んでこれを降伏させた。
水銀燈自身もまた五千程の軍勢を発して近江佐和山に進軍。
薔薇乙女軍の進軍は一見順調であるかに見えたが、裏では恐ろしい計略が進んでいた……

京の一角にある古い屋敷。
明智光秀は将軍義輝の弟・足利義秋に招かれ、ここにやって来ていた。
義秋「おお十兵衛、よう来てくれた」
光秀「覚慶様、ご機嫌麗しゅうございます」
光秀は義秋が僧であった頃からの馴染みであった。
義秋「ははは、儂はもう覚慶ではないぞ。今は還俗して足利義秋じゃ」
光秀「これは拙者としたことが……つい呼び慣れた名でお呼び申し上げました」
義秋「よいよい、儂とそなたの仲だからの。昔、三好の手の者に襲われたところをそちに救われた恩、忘れはせぬ」
義秋はあくまで上機嫌である。
光秀「恐れ入りまする」
義秋「今後は兄上を守り立て幕府の威信をいっそう高めねばならぬ。そのためにまず倒さねばならぬ者がいる」
義秋は傍らにあった銀製の茶釜を扇子で叩き、床にごろりと転がした。
光秀「左馬頭様、それはもしや……」
義秋の不気味な笑みを見てその意中を察し、青ざめる光秀。
義秋「十兵衛、水銀燈は早晩畿内から追われるぞ。先頃本願寺が薔薇乙女と断交する旨を伝えてきた。尾張の織田も同様じゃ」
光秀「なんと! ではもしや、備中の三村家を動かしたのも……」
義秋「左様、儂が毛利に三村をそそのかすよう仕向けたのだ。西国に戦力を割いた水銀燈は本願寺や六角、織田に囲まれ滅ぶであろう」
光秀は絶句した。
光秀「何ゆえ左様な謀事をなされます!? 将軍家のためにあれほど尽くされてきた左中将殿を、今にして陥れるなど……」
義秋「では奴をこのままにしておいて良いと思うか? 奴は松永弾正を使い、将軍たる兄に有る事無い事を吹き込んでおるではないか」
光秀「そ、それは……」
義秋「あやつをこれ以上のさばらせておけば、必ずや第二の三好長慶となり幕府を脅かす。その前に何とかせねばならぬ」
光秀「し、しかし、左中将殿を討つ名分が目下ござりましょうや。あの方には上様も絶大なる信頼を寄せておられますぞ」
義秋「名分がないのなら作ればよい」
にやりと笑みを浮かべて義秋は言った。
義秋「そちを呼んだのはその為ぞ。何とか理由をつけて兄を説き伏せ、水銀燈に対する討伐令を出させて欲しいのだ」
光秀「さ、左様なこと……拙者などに出来ましょうや」
義秋「兄に信頼されておるそちを見込んでの頼みぞ。これも足利家繁栄のためじゃ」
がっくりと肩を落とし、光秀は義秋の屋敷を後にした。
(何ゆえこれほどに気分が落ち込むのか……思えば、あの時はまるで逆であったな)
「あの時」とは二年前、水銀燈が大軍を率いて京へ上ってきたとの報せを受けた時である。
(あの頃、三好勢を撃破していく水銀燈殿がどれほど頼もしく見えたことか……私は知らぬうちにあの方に惹かれていたようだ)
しかし、今後はその水銀燈を陥れる策謀に荷担しなくてはならない。
光秀の心は激しく揺れ動いていた。

翌月。六角家の佐和山城を攻め落とした水銀燈のもとに、その衝撃的な報せは届いた。
銀「本願寺が当家との盟約を一方的に破棄……河内高屋城に攻め寄せたそうよ」
書状を握り締める水銀燈の手がぷるぷると震えた。
薔「そんな……!」
久秀「真紅様を西国へお遣わしになっている間に……坊主どももあくどいことをするものですな」
雪「高屋城は今、雛苺が守っていますわ。彼女だけで持ちこたえられるかどうか……」
銀「祈るしかないわねぇ……ここから引き返すのは容易ではないし」
水銀燈は近江平定を優先することを全軍に触れ、士卒の動揺を鎮めようと図った。
銀「本願寺め、この私を裏切るなんて許せない……本物の地獄とはどんなものか、この水銀燈がたぁっぷり思い知らせてあげるわ」

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最終更新:2008年01月21日 22:46