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○雲南 往来

少年と少女は仮の『契約』を済ませた後。
少年・ジュンと少女・真紅は、雲南の往来を政庁に向かって歩いていた。
他の住人達が声をお互いに掛け合う様に、彼らの会話も弾んでいる模様。

「――まずは、永昌を手に入れたいのよね」
「後ろの憂慮を断つためか?わからないでもないが………」

内容は、甚だ物騒であったが。
(永昌か………)
ジュンは、頭の中でその地の情報をかきだす。
永昌――ここ雲南より、西に二三日の行軍で着ける都市。
南蛮の者たちの監視や遥か西方との交易など、国家として重要な地点ではあるのだが。
今は、統治すべき太守もいず、自衛団が街を守っていると聞いている。
そんな状況だからだろう――治安は下がる一方で、盗難や暴行など、様々な狼藉が蔓延中。
その状況を放っておくわけにはいかないが………まずは、と。
ジュンが別の提案―中央進出の為、北東の建寧を取る―をしようと言いだそうとした所で、
真紅がぽつりと呟いた。

「それもあるけど。――其処に、姉妹の誰かがいるらしいの………」

「………姉妹?お前みたいなのが、二人も三人もいるのか?」
「………『みたいなの』?」
脊椎反射の様に出た軽口に、ジュンは冷や汗を流す。
何故なら、紅の太守様がじと目で睨んでくるから。
(言い方をまずったな………)
頬に流れる嫌な冷汗と刺す様な視線を感じつつ、何か機嫌を戻す言葉を探る。
人の機嫌を気にした事などほとんどない少年にとって、それは難題であった。
ましてや、相手は此方以上に弁が立つ相手――気の利いた言葉で取り繕わないと。
「あぁ、いや――ぜ、全員が集まったら、大層強そうだよな!」
「考えた上で、それ?………貴方、女の子の扱い、下手ね」
「う、煩い!?――あ、いや、そうじゃなくて………っ」
一蹴され、見事なまでに狼狽するジュン。
あたふたと次の言葉を継ぎ足そうとするが、形として出ては来ず。
そんな彼の様子に、真紅は小さな溜息をつき、「いいわよ、別に」と彼の思索を断ち切らせる。
「――姉妹って言っても、容姿も性格も………それこそ、能力も全然違うわ。
ただ、同じ所で暮らしていた――それだけの関係」
口調は今までの様に、何所か冷めた感のある真紅だったが。
雰囲気や表情は、柔らかく、優しいモノになっていた。
未だ何事かを言い返そうとしていたジュンも、彼女の様子を察知して、静かに耳を傾ける。

「掴みどころのない薔薇水晶、優しい雛苺、凛とした蒼星石、可愛らしい翠星石、賑やかな金糸雀。
――そして、寂しがり屋の水銀燈」

姉妹を楽しそうに語る真紅は、何所にでもいる少女の様で。
彼女達との暮らしを思い出したのだろう。
その表情には、微笑みが浮かんでいた。
「でも………私達は、住んでいた所を散り散りになりつつ、離れるしかなかった。
だから、誰が何所にいるかも判らない――」
苦い思い出を語る彼女は、その記憶の為か、表情を一転させて曇らせる。
彼女の憂いを帯びた横顔を見つつ、しかし、ジュンは全く違った事を推測していた。
(やっぱり、出身が此処って訳じゃなかったんだな。
今までの物腰を考えると………中央付近………か。
――………人の事は、言えないけど)
様々な色を見せる少女の横顔を見ていたい、と言う不純な心を抑えつけ、彼の思考は続く。
(………こいつが此処まで言うんだ、ほんとに大事なんだろう。
だけど、情に流されてちゃ、戦なんかはできない。
それに………真紅には悪いけど、姉妹達がどうなってるかもわからないし)
彼は考える――姉妹達が全員生存している可能性は、極端に少ないだろう。
それ故、そんな僅かな可能性の為に軍を使うなんて論外だ、と。
――口を開き、伝えようとした所で。

「判らないけれど――探しだすわ。――絶対に………絶対に。
何にも変えられない、大切な………姉妹だもの」

いつもそうだ――ジュンは、会ってまだ数刻しか経っていない少女に、そう想う。
いつも、僕が何か言おうとすると、邪魔する………心を覗いたかの様な方法で。
彼は溜息をつき、両手を開いて肩まで上げる。

「はん、お甘い太守殿で。
………建寧を取られても知らないぞ?」
「――ありがと、軍士殿」

短く素気ない、数秒のやりとり。
お互いに足りない言葉は、想いで繋ぐ。
彼は照れ隠しの為に、言葉を隠した―「永昌に進んでいる間に」。
彼女は彼の配慮の為に、言葉を短くする―「貴方が反対なのは解っているけれど」。
彼と彼女は、互いに奇妙な相性の良さを感じずにはいられなかった。

それから暫くの間。
往来を歩く彼らに、実のある会話はなかった。
感じてしまった相性に、お互いが気恥しさを持ってしまい――
「空がきれいね」「曇りだぞ」
「お、小鳥」「鴉よ、あれ」
――等と、とんちきな会話が繰り広げられる。
気まずい雰囲気を持余しつつ歩く彼らを変えたのは――街の喧騒であった。

「おぅおぅ、てやんでぇべらぼうめぇっ」
「んだこら、やんのか、ぉおうっ」
市場のど真ん中で、壮年の男性と血気盛んな若者が大声で怒鳴り合っている。
両人とも、相当に沸騰しているのであろう――既に何を言っているのか、判別できない。
ジュンは顔を顰め、さっさと通り過ぎようと少しだけ早歩きになる。
だが、彼の連れは―彼女は彼以上に顰め面なのだが―動こうとしなかった。
「――放っておけよ。あんなの、わざわざお前が気にかける事もないだろ?」
「私は、此処の太守よ?」
「ごろつきなんて、屯所の衛士に任せとけよ。
………最近、此処の衛士は質もいいしさ」
それが誰の手によってか――素直に人を褒める事が出来ないジュンに、真紅はくすりと微笑む。
心中を察せられた彼は、顔を背け―さて、どうしようか、と考える。
この太守殿は、こうと決めたらなかなか聞かないぞ、と。
(簡単な護身術なら身につけてるけど………付け焼刃だしな。
………そもそも、やっぱり放っておくべきなんだよ―うん)―「なぁ、真紅――?」
言葉を発しようとした彼は、さっと真っ直ぐに伸ばされた彼女の腕に発言を抑えられた。
彼女の腕―指し示す先には、喧嘩の片割れの壮年男性。
疑問符を張り付けながら、ジュンは真紅に説明を求める為に、顔を向ける。

「彼はね。………我が街の衛士長兼歩兵隊隊長なの」

やっぱり兵士なんてごろつきと変わらないじゃないか!
天を仰ぎ、手のひらを額に乗せ、嘆く。
その隙に――真紅は、睨みあう男達に無遠慮に近づいて行った。

「――何を揉めているの、歩兵士長?」
「止めてくれるな娘さん、喧嘩と火事は………って、真紅嬢ちゃん!?」
「………嬢ちゃんは止めなさい、と言っているでしょう」

壮年の男性―歩兵士長は、己の失態を見咎められ、首を抓まれた猫の様に覇気が薄くなる。
その時、一人取り残されたジュンは、漸く視線を水平に戻し………真紅が、二人の男性に
割り込んでいる事に気がついた。

――あんの馬鹿野郎!

大声で怒鳴りそうになったのを、ぐっと堪える。
今ここで、自分まで冷静さを失ってはいけない。
若者―ジュンからすれば年上だが―は現在進行形で喚いているし、
歩兵士長と呼ばれた男性も、いつまた逆上するかわかったものじゃない。

「少しは落ち着いたと思ったのだけれど………また喧嘩なんかしているのね」
「いや、違うんだよ、嬢ちゃん。
こいつが嬢ちゃんの悪口を言ってたもんだから、つい――」
「あぁ!?俺がいつ、そのじゃりの悪口言ったよ!?
俺ぁ、此処の太守が小娘だって言っただけだろうがよ!」
「てめぇ、まだ言うか、こらぁ!」
「………いいから、二人とも落ち着きなさい!」

(まぁ実際、小娘だしな)
二人から三人に喧噪の輪が広がった様を見つつ、ジュンはじりじりと、その輪に近づく。
歩兵士長の様子を鑑みるに、彼は真紅を傷つける事はないだろう。
ならば、若者にだけ注意をし――隙があれば、真紅の手を掴み、連れ出せばいい。
自分の行動に半ば呆れつつ―なんで僕がこんな事を―、ジュンは隙を伺う。
しかし、その行為は水泡に帰した――驚愕すべき、二撃のお陰で。

「何度でも言ってやらぁ!小娘が俺らの上に胡坐をかいてるなんざ、信じられねぇってな!
文句があるなら、やってやらぁ!」
「餓鬼がわかった様な口を聞くんじゃねぇ!
嬢ちゃんは、てめぇみたいな餓鬼にゃ想像もできねぇ大望があんだよ!
嬢ちゃんが貧弱なのは乳だけ――って、あぁぁぁ!?」

「――落ち着きなさい、と言ったでしょう」

ジュンが、怜悧な声色がしたと知覚した瞬間――どさり、と二人の男が
糸の切れた人形の様に地に伏す。
彼は、真紅と男二人を凝視していた――(筈なのに………!)
見えなかった――真紅の動きが。
正確に言うならば、「どのような動作の下、男二人を瞬時に倒したのか」が知覚できなかった。
聞いた事はある、武人と呼ばれる人々ならば、瞬く間に敵を倒せると。
だが、それは「武器を持っている」「馬に乗っている」「一対一」など、様々な条件下の話である。
だと言うのに、彼女は、条件外の下、それをやってのけた。

「――全く。………どうしたの?」
「え、ぁ………どうしたのって、お前、今、どうやって………?」
「ちょっと、はしたないけど………お腹に拳を入れたのよ。
――武勇はあるつもりって言わなかった?」

そう言う問題じゃない!
叫びそうになったが、急に真紅に片手を掴まれ、彼は声が出せなくなってしまった。
彼女は彼の後ろに視線をやりながら、早口に言う。
「――衛士が漸く来たみたい。
面倒になりそうだから、さっさと離れるのだわ」
「いや、お前、太守――まぁ、いいけど」

――僕も面倒なのは嫌いだし。逆らうと怖そうだし。

口には出さず、彼女に引っ張られながら、駆ける。
自分の手を掴む、小さく白い手。
ひょっとすると、この手の主は、一騎当千の兵(つわもの)なのかもしれない。

(一人の武力で戦をするわけではないし、そう言う考え方は嫌いだ。
………だけど――)

だけど――胸が高鳴る。
その兵と、共に戦える事に。
自身の胸の高鳴りをそう解釈し、少年は少女と共に駆けた。

―――――――――――――《薔薇国志》 第一章 第二節 了

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