ウォーーーン!!
--疾走。
一台のクルマが、夜の帳を駆け抜ける。
そのサウンドは、聴衆一人一人の耳に焼き付けられ
そのシーンは、観衆一人一人の心に刻まれる。
誰もいないけど。
何所へ行こう?
そんなことはわからない。
ただ、嫌なことがあったからぶっ飛ばす。
それだけ。
-Mid(k)night 2nd-
「まだ踏めるわぁ・・・」
技術者が命を削って世に送り出したクルマを、一人の女が命を捨てる覚悟で駆る。
彼氏には、やめとけと言われた。
どうしてって?
事故るからって。
「いいじゃなぁい。好きなんだしぃ」
「いいけどさ・・・マジで事故とかは勘弁だよ」
「大丈夫よぉ」
彼は妙に運転がうまい。
理由はわかんないけど、横に乗ってて安心して寝られる運転だった。
そんな彼を横に乗っけて何度かドライブしたことがあったっけ。
「踏みすぎ」
「いいじゃなぁい、クルマ少ないし」
「ガソリン減るぞ?」
「うるさいわねぇ、見てなさぁい」
最初のドライブは納車当日。
行先は近所の海岸沿いの国道をひた走る。
行き先になってないけど、そんなこと気にしなかった。
--とりあえず・・・事故予備軍だな。
「そんなことないわぁ」
「あるって、マジで」
心配そうに私と、私の愛車を見る彼。
「いいクルマなんだからさ、大事に乗れよ」
「勿論よぉ」
でも、彼の予言は当たった。
最初の事故は、2ヶ月後。
まぁ、単独自損事故だけど。
「ミラーが・・・やられちゃったわぁ」
「程度が軽くてよかった」
「どこがよぉ!?」
「お前にけがとかがなくてよかったって話」
「あ・・・うん」
「これならそんなに高くつかないだろうし・・・ま、気を付けることだな」
「うん・・・ありがと」
なんか、彼の優しい部分を垣間見た気がする。
それでも私は走り続けたけど。
・・・行先は、峠道。
「ここなら踏めるわねぇ・・・」
私はドリフトとかはしない。
と言うか、FFだしね。
フロントの赤バッジは、F1譲り。
だから・・・
「誰にも負けるわけないわぁ・・今日は踏みたくってやるのよぉ・・・」
こんな感じで快調にぶっ飛ばしてた。
コーナーの立ち上がりも、いい感じ。
少しいじるだけで鬼のような鋭さを手に入れた。
はたから見れば恐怖の加速。けど今の私には、ちょうどいい。
そんな鬼のような鋭さに磨きを掛けるようなサウンドが、背後から近づく。
「誰ぇ?」
ミラーを見る。
そこまででかいクルマではない。
「私を煽るなんていい度胸じゃなぁい」
動物達や木々が眠る静寂を裂く、強烈なエギゾーストとスキールサウンド。
今まででは考えられないようなスピードでコーナーに突っ込んで行った。
逃げ切れる・・・そう思ったのは甘かった。
「なっ・・・!?」
おもっきしコーナーで詰められてた。
「上等よぉ・・・絶対逃げきってやるんだから」
チラッと見えたそのシルエット。
間違いない、彼と同じクルマ。
「あいつ・・・あんなうまかったっけ?」
ナンバーを見て水銀燈のクルマってわかったけど、あそこまで上達してるとは思わなかった。
でも・・・
「まだまだ甘いな」
あいつが僕に、勝てるわけがない。
「さて・・・もうちょっと遊んでみるか」
そんな悪戯心を、あいつは知らない。
もし必死になって逃げてるんなら、その姿は容易に想像できる。
「引っ張るだけの価値はありそうだしな・・・頼むぜ、F20C」
2LのNAで世界最強のエンジンは、甲高く乾いた音を奏でながら前方の車に追従していく。
追従していくぐらい、お手の物。
本領を発揮するのは、もう少しあとになりそうだ。
そう思うと、後ろからじっくりと彼女の走りを見る。
後ろを走ってるのが僕だなんて、多分気づいちゃいない。
もし、気づいてたらハザードぐらい焚くだろう。
「あるいは・・・そんな余裕もない、か」
悪戯心に本格的に火がついたようだった。
シフトダウンして、エンジンに鞭を入れる。今日の僕は、ちょっとSっ気が強いようだ。
「日頃のお返し・・・だなw」
「・・・ッ!?何であんなに速いのよぉ!」
後ろのクルマはぴったりくっついて離れない。どれだけ突っ込もうが、踏もうが、何しようが。
「ストレートでちょっとだけ開くわねぇ・・・ってことは・・・」
格下のクルマ相手と気づいた時は、情けなさと同時に絶対逃げきると言う闘志がわいてきた。
でもこれ、後で考えたら思い込みだったのよね。
この道はストレートはそんなに多くない。だから練習には最適だった。
自分では走り慣れてると思ったけど・・・
もう、喋ってる余裕もない。バックミラーをチラチラ見ると、やはりそこにいる。
ここまで来たら認めざるを得ない。
相手の方が、速いと。
それでも・・・
「投げるのは嫌よ・・・」
B18Cが叫ぶ--レッドゾーンぎりぎりまで引っ張ってもまだたりないと言わんばかりに。
それも、ただのB18Cじゃない。しっかりと手を入れてやった、最高の逸品。
ただでさえ速いクルマがさらに速くなった。それだけのこと。
そして、それ以上に速いクルマとドライバーが現れた。
「絶対・・・逃げきってやるわ・・」
ゴールは近い。
勝負をかけるならあと2か所ほどしか残っていない。
「やるしかないわねぇ」
タイヤに余裕もそんなに残っていない。とにかくやるしかなかった。
「何だよ何だよw急に突っ込みが冴えて来てやんの」
それも、恐ろしいほど。
正直ビビった。
さっきまでの安定感とは対照的に、どっかに吹っ飛んで行きそうなほどのブレーキング。
「・・・フロントタイヤ持つかな?」
悪戯心が過ぎた。--僕はここで冷静になる。
ヘタにあんな走り方されたんじゃ、タイヤが持たずにガードレールとフレンチキスになりかねない。
それに、こっちのタイヤも正直心もとない。
外から突っついたりして遊んでたら、リヤが微妙にズルってきた。
「そろそろやらないと不味いな・・・」
ゴールは近い。
仕掛けるのは・・・
「次だな」
このコースで一番長いストレート。
F20Cのパワーをフルに発揮して【横に並ぶ】、そしてコーナーの突っ込みで差を広げて逃げるだけ。
それだけのことのはずだった。
僕は彼女を見くびっていた。
ストレートで並びあとは、ブレーキング勝負。
一応、アウトから行けると踏んでた。
それが大きな間違いだった。
「並んできたわねぇ・・・ブレーキングなら負けないわぁ」
絶対に、負けたくはない。
ここまで来て引いたら真紅に笑われる。
土壇場に来て、私の中の何かが吹っ飛んだ。
ここまで来たら、行くしかないと。
先のコーナーは二重のガードレール。
堕ちたら死ぬ。
「行くわよ・・」
まだ、まだ。
まだ踏めない。
ここでブレーキは踏めない。
でも・・・
限界。
タイヤが悲鳴を上げ、スモークを吐く。
相手の車はアウトから突っ込んでく。--まだ踏んでない!?
「ウソでしょ・・・!?」
私ができることは、インを死守して鼻をねじ込まれないようにすることだけ。
それだけのこと。
「ッ!?」
アウトからレイトブレーキングで突っ込んで鼻っ面ねじこんで終了のはずだった。
それが・・・
「マジかよ・・・」
ねじ込む前に、インから刺されてしまった。
少しだけ見えた、不思議なライン。
「側溝か・・・」
ミゾ落とし。
「っていつあんな技覚えたんだよあいつは!?」
見事に決められた。
ここまでやられて黙ってるわけにもいかない。
「次で決めねーと・・・」
集中は最大限。
後は短いストレートで横に並んでインを刺す。
「行くぞ、水銀燈」
200ccの差がいかにデカいか、見せつける。
さっきのストレートで横に並ばれた。
と言うことはパワーはこっちより上。
今まで本気で遊ばれてたのかと思うと怒り心頭。
この短いストレートで、気づけば横にいる。--イン側に。
「だめねぇ・・・」
自分でこれ以上は危険と判断した。--後でその判断はほめられたけど。
フッとアクセルを緩め、進路を譲る。
「私のおばかさぁん・・・負けちゃった」
こんな相手なら、負けてもいい。そう心底そう思った。
相手のクルマのナンバーを見る。
そこに書かれていた数字は・・・・
「・・ジュンじゃなぁい」
なんで今まで気付かなかったんだろう。
まぁ、正直気づいてる余裕なんてなかったんだけど。
あわててハザード焚いてパッシングすると向こうはわかってたんだろうか?
もうハザード焚いてるし。
路肩に車を停めると、彼が先に降りてきた。
「何やってんだよw」
「それはこっちのセリフよぉ」
何だか笑けてきた。
彼氏とクルマでマジバトルとか・・・
真紅に話したら笑われそうね。
ジュンとは何故かドライな関係。
ホント、付き合ってんのかそうじゃないかもわかんないくらい。
「お前さ、あんな速かったっけ?最後の方とか結構やばかった」
「当然よぉ。私がすこぉし本気だしたらあんなもんよ」
「の割に外から突っついたあとの挙動怪しかったけどなw露骨にイラついてただろw」
「誰だってあんなことされたらイラつくわよぉ」
「ま、そーだな」
「ねぇ、タバコ切らしたからちょおだぁい?」
「嫌って言ったら?」
「ありがと」
「人の話聞けよw」
彼から無理やり奪う形でタバコをもらった。--吸いさしを。
「何でこう地味に恥ずかしいことやってくれるかな?」
「仕様よ、仕様」
「あぁそうかいw」
「最後の最後で踏まなかったのは正しい判断だったな」
「何が?」
「最後に僕がイン刺してただろ?そん時の話」
「あぁ・・・あれねぇ」
負けてもいい・・・なんて本人の前では絶対に言えない。
「それも仕様よ」
「いい仕様だな」
「98specだもの」
「それクルマの仕様ww」
「そろそろ帰るか」
「そうねぇ。あ、コンビニ寄っていい?」
「タバコ?」
「と、ヤクルトよぉ」
「了解」
その後もたまに、彼とマジバトルすることがあったけど、
私の全敗。
いつになったら勝てるのやら。
Fin.