翌日。
いよいよ退院許可が下りた。
昨日までは待ち遠しかったこの瞬間。
そして病院食からの解放!
とりあえず、自宅に居るねーちゃんと、翠星石んとこの家に連絡を入れた。
今すぐ退院できる、いや、したい…と。
昨日まとめた荷物を持って、付き添いの看護士の人と病室を出る。
ありがとう、さよなら…
ロビーで待つこと20分。
翠星石んとこのお母さんと翠星石、蒼星石、柏葉が迎えに来てくれた。
ガシッ!
蒼「ジュン君…良かった。元気になって」
蒼星石とがっちり握手。
パシッ!
巴「おめでと、桜田君。この時を待ってた」
柏葉とハイタッチ。
ムギュ-ッ!
翠「やっと退院ですねぇ~ジュン~♪」
翠星石と熱い抱擁…あ?
ちょっと待てwここはロビーだぞ…
不特定多数の人間が見てるぞ…w
翠「きゃっ」
我に帰ったかのごとく僕を突き放す翠星石。
自分から抱きついておいてそれはないだろw
でも僕だって恥ずかしい…
それから蒼星石や巴やお母さんの顔色を窺っていたが、
みんな笑っていた。
またか、といった感じで。
それを見た翠星石は口を尖らせた。
翠「このチビ人間がぁ~!」
ジ「何でいつも僕に当たるんだよw」
~~~~~
さて、入院費の支払いは…となったのだが、
日曜ということで病院の受付窓口にはシャッターが下りていた。
張り紙によれば入院費は明日窓口にてお支払い下さいとのこと。
ねーちゃんに迷惑かける事になるなぁ…
病院出発の時。
見送りの時に病院の正面玄関にお世話になった看護士の方々と担当医の人が並ぶ。
その中でも、とりわけ仲良くしてもらってた、ある看護士の人に「勉強頑張れよぉ~!!」
…と、力強い言葉とともに背中を叩かれ、
車の助手席に乗り込み、病院を後にした。
ジ「すみません…今回は迷惑をおかけして…」
母「いいのよ。ジュンくんの御両親が帰って来るまでは私がお母さんの代わりなんだから
おとうさんだって同じこと言うと思うわ」
そうやって笑顔で車を運転するお母さん。
僕って…周りから見れば恵まれてる環境に居るんだよな…。
ジ「そういや、みんな…明日は学校なんですよね」
しかし、現実は辛い。
母「そうよ。だからジュンくんも頑張らないとね」
ジ「そうですね…」
蒼「ジュン君のいない学校生活なんて…何か物足りないし…」
巴「面白みに欠けるし…」
そう言われるのは嬉しいんだけど…
翠「これから“あいつら”徹底的に叩き潰してやりますよぉ~ウヒヒ…」
母「イジメについてはこっちからも学校と相談してるから、心配することないわ。
いつでも復帰できるように勉強頑張りなさいよ」
ジ「はい…」
~~~~~
僕の家の前に着くと、
僕と翠星石、蒼星石、柏葉が降りた。
ジ「ありがとうございました…」
巴「ありがとうございました」
母「あぁ~いいのいいの。じゃ、一旦帰るわね」
そう言って、お母さんは帰っていった。
一旦帰るってことは、また来るんだろうか。
さて。
僕は早速玄関のドアノブに手を掛けた。
ガチャ…
ジ「…ん?」
パーン!パーン!
薔「退院おめでとー」
雪「退院おめでとー」
雛「ジュンが帰ってきたのー!」
金「まったく、待ちくたびれたわぁ」
出迎えたのはクラッカーと例の4人だった。
ジ「お、おぉ…」
──凄い。さながら一種のパーティのようだ。
いや、これは普通に僕の退院祝いのパーティが始まったという事なのか。
少し心が揺れ動かされた。
…あれ?でもまた今日もねーちゃんがいないな…
~~~~~
僕はねーちゃんがいない事を少し疑問に思いつつ、洗面所へ向かい
手を洗い、嗽をしてから2階へ上った。
退院後初めて自分の部屋に入る。
入ってすぐ、学ランが壁に掛かっているのが見えた。
そういや、ここで中学入学前に制服を見せ合いっこしたっけ──
ジ『(あいつら…まだかなぁ)』
巴『入るよ~』
ジ『こっちも着替え終わった』
巴『じゃ、入るね』
ガチャ…
巴『じゃ~ん』
ジ『へぇ~女子のブレザーってこんなもんなんだな』
巴『桜田君の学ラン姿…結構似合ってる』
ジ『えぇ?そうか?』
蒼『僕のは…どう…かな…』
ジ『おぉ!蒼星石もスカート似合うじゃん!』
蒼『えへへ…そう言ってもらえると、安心できるよ』
ジ『そういや、蒼星石がスカート穿くなんて幼稚園の制服以来だよな?』
蒼『うん。まぁ確かにそうだね』
ジ『…あれ?翠星石がいない?』
巴『まだドアの向こうから来てないみたい…』
ジ『何それw』
蒼『ほら、翠星石もこっち来なよ』
翠『いやぁです!恥ずかしいですぅ…』
ジ『?w』
翠『キャッ…こっち見るなです!』
ジ『お前恥ずかしがりすぎだろw』
翠『こんな丈の短いスカートなんて穿いてらんねーです!』
ジ『そんなの、丈が膝まであるし、別に短くもなんとも…』
巴『むしろ翠星石の理想のスカートの長さが長すぎると思うんだけど…』
ジ『まぁ翠星石がミニスカってのもどうかと思うし、
貫禄が出ないから好きじゃないなぁ──』
巴『それって完璧に自分の理想像じゃないw』
ジ『あっ…ごめんw』
蒼『w』
翠『…まぁ~たまにはお前の意見も参考になるですね』
ジ『なっ…何だと!?」
蒼『…w』
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蒼「──ジュン君、ジュン君!」
ジ「…あっ」
蒼星石の声でハッと我に戻った。
巴「学ラン眺めてぼーっとしてたでしょ?」
ジ「ん…まぁ。ちょっと思い出してた」
蒼「何をだい?」
ジ「入学前に制服姿を見せ合いっこした時のこと…」
翠「…あぁ、ありましたねえ…そんなこと」
巴「あの時、桜田君が持論を展開してたよね。今でも覚えてるよ。
好みの服装が分かっちゃったぁ~ってw」
ジ「その話は…!」
巴「そうだったよねぇ~?翠星石ぃ~」
翠「…なっ…なな…何でこっちに振ってくるですかっ!」
蒼「w」
僕の部屋に、また懐かしい空気が流れたようだった。
~~~~~
僕たち4人は1階に下りた。
みんなリビングに集まっている。僕はソファに座った。
久々の我が家。居心地は最高だ。
雛「うんしょ…えんしょ…」
雛苺がいつものように肩に登ろうとしているが、なかなか登れない。
まだ幼稚園に入る前だし、パワーも足りないよな…
──というわけで、僕は雛苺を持ち上げ、肩車をしてやった。
雛苺は嬉しそうに声を上げた。
雛「ジュンのぼりぃ~♪」
僕はここで絶対に翠星石が便乗してくると思って身構えた。
さぁ、いつでも来い!
──だが、どうもその気配がない。
振り向くと、翠星石は離れた所から僕を見つめているだけだった。
目が合えばそっぽを向く始末だった。
全くもって訳が判らなかった。
どうしてだ…
いや、病院での事もあるかもしれないが、
そっぽを向くこたぁないだろ?
ここは蒼星石に聞くべきか…
いや、翠星石が不審がって聞き耳を立てそうな気がする。
そうなれば後が厳しい…。
それじゃあ、水銀燈に聞くべきか…
あ。
ここでふと思い出した。
辺りを見回す。
…あれ?…やっぱり…
水銀燈がいない。
…さらに真紅もいない。
他は全員揃ってるはずだよな…?
ジ「なぁ、蒼星石。水銀燈と真紅は?」
やはりここで頼りになるのは蒼星石しかいない…
それに、別に翠星石の事じゃないし。
蒼「水銀燈はまだ寝てると思う。
昨日部活が一日中あったらしくて疲れてるんだって。
真紅は『水銀燈が起きた時に家に1人にさせたら嫌な予感がする』
って言って家にとどまってる」
あぁ…そういや…ねーちゃんも同じ部活だったな。
しかも…ねーちゃんはまだこの場所に居ない。
金「のりはジュンが来る直前に『ちょっと寝てくる』って言って自分の部屋に寝に行ったわ…」
横から金糸雀が言う。
金「『昨日の部活はしんどかった』って…」
蒼「それじゃあ昨日の水銀燈と一緒だ…」
…2人してお疲れなのか。
昨日はちょっと腹が立ってしまったけど、自分勝手過ぎたかなぁ…
~~~~~
夕方、ねーちゃんが起きてきた。
そしてちょうどその時、昨年親父たちが海外へ行く前に取り替えた
このインターホンのモニターを見た僕は、凍りついた。
何という事だろうか。
水銀燈と真紅、そしてそのお母さんが家に来た…までは良かったのだが、
向こうのお父さんまで家にきたのだ。
インターホンの画面外で待ってたのか…
幼稚園の頃からお互い知ってはいるのだけど、
何故か中学に上がってから、会うたびに緊張するようになってしまった僕にとって、
唐突に来訪されることは心臓にこたえた。
入れないわけにはいかないので、恐る恐るドアを開けた。
父「こんにちは」
ジ「こっ…こんにちは」
何でこんなに心臓がバクバクするのか…僕には分からない。
銀「あらぁ~そんな固くならなくてもいいのにぃ~」
水銀燈が冷やかしてくる。
どうやら元気を取り戻したようだ…w
紅「不思議な子…」
真紅が辛辣に言う。
悔しい…
銀「──で、のりは?」
ジ「ん~…今起きてきたみたい」
銀「今起きたですって??」
水銀燈は素っ頓狂な声を上げた。
ジ「あ、うん…まぁ」
銀「…そ、そう…」
少し動揺気味な水銀燈。
別にねーちゃんだって人間なんだから、
疲れたら寝るって普通じゃないかな…って思うんだけど…
~~~~~
晩飯は翠星石んとこのお母さんが作ってくれた。
今日はねーちゃんがお疲れだから…っていう意味なんだろうか。
でも水銀燈だって疲れてるだろうし…わざわざウチに来て晩飯を食うなんて、
何かもう色々と申し訳なく思えてくる。
母「別に気にしなくていいのよ。
ジュンくんにものりちゃんにも巴ちゃんにも、みんないつもお世話になってるんだし」
の「すみません…いつも御迷惑お掛けして…」
ジ「今日なんて、わざわざ僕の家で作っていただいて…」
巴「私も…ご馳走になってばかりで何も出来なくて…」
翠「そんなこと気にするなです。いつも通り食べやがれです」
蒼「それ、翠星石が言うところ?w」
ダイニングにどっと笑いが起きた。
翠星石が小さくなってる周りで、ねーちゃんも水銀燈もしっかり笑っていた。
真紅でさえ笑っている。
こんなに楽しい食卓が今、ここにある──
僕にとってこの“大家族”の一員であることは、ひとつの誇りだ。
もし、ここが今の学校と同じような状態だったならば、
僕は入院し続けることを選んだかもしれない。
でも、その選択肢は捨てた。
そして、確信を得た。
ここに、確かな僕の居場所が存在するんだと。