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薔薇乙女家族番外編 その一○
~時計塔屋敷~

おもちゃ箱をひっくり返した様な、倒錯した部屋のど真ん中にしては似つかわしくない静寂という名のBGM。それは肩にどっしりとのしかかってきて重荷となっている。空気自体が重たくなっているのを肌で感じられる。
筋肉が圧力を増してきた空気に押し潰されそうになる。全身の筋肉が無理矢理縮め込まれそうだった。物理的な問題だったら体全体がギシギシと悲鳴をあげるところだ。
「お父様…これからは一緒でしょ?そうでしょう?」
雪華綺晶…彼女は水銀燈の生んだ三つ子の一人…三女だ。僕の一瞬の、気の過ちで水銀燈に身ごもらせて命を受けた、悪魔の子供。
悪魔の子供は母体を糧に永遠を生きる。母体は勿論、水銀燈の事だ。水銀燈は悪魔を召還する異界の門という子宮を極稀に有する事があるという家系であり、彼女はたまたまその邪なる血筋を身に受けた存在だった。
彼女は出産と同時に娘達の糧となってしまった。三人の娘達から毎日毎日命を吸われ続けた彼女も最初は頑張ってよく持ちこたえた。だが命は有限であるという現実が彼女に突きつけられた。
日記によると彼女は親族と話し合いを重ねた末に一つの結論を出している。それがローザミスティカと呼ばれるアイテムを使った邪教の儀式。肉体と命を捨てて「永遠の命」を得るという天地の自然に逆らう儀式を行う事。
そして、その為に時を完全に凍らせた。 

この黒の霧はこの屋敷だけに止まらないだろう。屋敷という内部の闇を隠すカモフラージュを破って外気をも汚染していくに違いない。
そうなったのは誰のせいか。悪魔の三つ子か。僕が過ちを犯す際に、故意にコンドームに穴を空けたらしい水銀燈か。
違う。僕のせいだ。僕が彼女を抱いたから彼女は悪魔の三つ子を産んでしまったし、命を吸い続けられる羽目になった。命を捨ててまで永遠の時間を手にする儀式にまで手を染めた。
僕の罪は…水銀燈を抱いて身ごもらせてしまった事。悪魔の子供をこの世に呼び覚ましてしまった事。
僕の考えが正しいのなら、鍵は大時計にある。大時計を動かせば、止まった時間がまた動き出すのではないだろうか。そうすれば、屋敷の中の悪い夢は消えるかもしれない。
永遠の時間と永遠の命を、時を動かす事で止める。悪魔を時の中に閉じ込める。すなわちそれは…。
「…雪華綺晶。よく聞いて」
彼女の顔に手を添えた。
「僕は君達と暮らす事はできない。僕と君達は暮らす世界が違うんだ」 

彼女が一気に顔を悲痛に歪ませる。
「なんで…分からない…何を言って」
「僕には家族がいる。君達のお母さんである水銀燈と僕とはもう関係は無いんだ。そして関係を持つわけにはいかない」
雪華綺晶の悲鳴に近い、訴えにならない訴えを直ちに遮った。
「僕は…家に帰る。帰るべき家に帰る。ここは僕の家ではないんだ」
ガクガクと震える彼女の肩をがっしりと掴む。震えがまるで止まらないみたいだ、両手に感じられる。
「雪華綺晶、お前は母親と蒼星石と一瞬に暮らしていくんだ」
エゴとエゴのぶつけ合い。それだけが頭によぎった。
「…嫌」
彼女の声が低く転調した。周りがカタカタと音を立て始めている。
おもちゃだ。おもちゃがまた息を吹き返し始めて続々起き上がっている。やたらと殺気立っているのが分かる。
「嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!!」
雪華綺晶が爆発した様に喚き始めるとおもちゃが一斉に宙を舞い上がった。僕を威嚇する様に周りをぐるぐる回っている。
視線がばらけて集中ができない。たまらず彼女を突き飛ばして部屋から抜け出した。
「お父さまぁ!いかないでぇぇ!」
涙目で泣き叫ぶ子供…だなんて可愛げのあるものではない、目に殺気込めている。後を追って個室から出てきた。 

こうなるのはおよそ分かっていたのに、何故彼女の元に行ったりなんかしたのか。何故彼女と話をしたのか。
…僕の血を引いているからか?
霞がかかる頭のまま、僕は螺旋階段へと逃げ込んだ。幸い彼女は足が遅いから距離は大分離した。捕まりさえしなければ…。
…だが大時計にはどこから行けるんだ?ここに来るまで一方通行だったはず…。
迂闊だったと思い知る。時計塔の大時計へ続く道のりを把握していなかった。このままでは元来た道を辿るだけだ。
ガツン!
「あっ!?」
考えながら走っていたせいで足下が疎かになっていた。階段につまづいて体を大きく崩してしまった。
その時に胸元から一つの光の雫が落ちるのを見た。しまったと叫んだ時はもうそれは下まで落ちていた。真紅の指輪だ。
幸いさほど登ったわけでもないから、階段を飛び降りて一気に指輪のある箇所まで行って回収した。
指輪を胸ポケットにしっかり入れて、また階段に足を掛けた。
階段を駆け上がる。そのつもりだった。
視線が壁に注目する。そこには何か前にも感じた違和感があった。後から塗り直した様に微妙に色合いが違っているみたいだ。 

もしかしてと思ってそれに駆け寄って手に触れて確かめてみた。
案の定そこには隠された扉があった。あの梯子と同じで保護色になる様に壁に似せた塗料を塗りたくってある。
元来た道を逆走したってただ逃げでしかない。この先に進もう。
塗料がひび割れながらも扉は素直に開いてくれた。向こうは真っ直ぐな道が続いていて、何やら金属製であるらしい扉が見える。照明はあるにはあるが若干弱いせいでよく見えない。
だが足下くらいは確認できる。駆け出して長い廊下を突っ走っていく。岩を荒削りして作られたらしいこの空洞では今まで見る事が無かった金属製の壁と床だ。機械を感じさせる冷たさが漂う。
「…エレベーターか?」
廊下の果てに見えた扉はエレベーターだった。動くかどうかは分からないが開閉スイッチを押してみる。
「お父さまぁ…きらきしょうを置いてきぼりにしないでぇ…」
雪華綺晶の声だ。螺旋階段側の扉を開けてこちらを見据えている。
…開け!開かないのか!?
開閉スイッチを荒々しく連打する。
その甲斐あってか、エレベーターはようやく開いてくれた。慌てて駆け込んで閉める様にスイッチに頼み込むが、如何せん古いせいなのか反応が鈍い。
雪華綺晶がだんだん迫ってきている。ぽてぽてと駆け足でこちらを追いかけて来ている。
僕は小さい鉄箱の内面に背中を合わせた。 

ギギギ…。
耳障りな音が聞こえる。彼女の姿が、あるいは僕の視界が鉄の仕切りによってゆっくりと覆われた。ようやく接触が利いてくれたみたいだ。
操作スイッチには地下と一階、二階、三階行きのものがある。とりあえず時計塔登るのなら上に近い方が早いだろう。迷わず三階を押す。
体に僅かのGを感じる。とりあえず無事に動いてくれたみたいでホッとする。
…したのも束の間だった。
ガタン!
「うわ!?」
鉄箱がぐらりと揺れて止まったみたいだ。もう三階か?
だがエレベーターは現在二階を示している。扉がそのまま開いてしまった。
仕方ない。ここから歩いて行くか。携帯を出してまた照明代わりにしよう。
携帯のディスプレイには相変わらず十三時十分、圏外という表示が映っている。屋敷の霧に囲まれて携帯もさまよっている。
何時までもここで迷い続けてたまるか。必ず帰る。
改めて頭に決意し、エレベーターを降りると古びた廊下に出た。木製の床であちこちがやはり腐っている。また足を取られない様に避けて進む。
すると二つに別れる分岐点についた。だが構造的にはYの字ではなくTの字形だ。
左には窓があるだけで行き止まり。なら右に行くしかないか。
首をくるりと右に向けた。そして目が見開いたと同時に背筋が冷えた。 

誰かがいる…!
廊下に黒い人影がぼうっと立ってこちらを見ていた。
「何で…こんな所にいるのぉ…?」
間延びした、色気を感じさせる話し方…まさか…。
「す…水銀燈…」
最後の最後で見つかってしまった。最悪だ。
「…ジュン…こんな所にどうしているのぉ…?」
彼女の反応は予想通りのものだった。あれだけ僕に引っ付いて来ていた彼女が今では排他的な姿勢になっている。
「水銀燈…ここはどこらへんなんだ」
「あなたは知らなくて良い事よぉ…ジュン」
…反応からして大時計に近づけたらしい事は察する。
彼女がじりじりと距離を詰めて来ている。ぶつかり合いになるかと神経を集中させた。
「水銀燈…そこを通してくれ」
「…そういうわけにはいかないわぁ」
「娘達を探さないとならないんだ」
「あなたの娘達は蒼星石に雪華綺晶…どこの女のかも分からない小娘なんて認めないわぁ」
彼女が何かを手に持っている。その先が怪しく光った。
「僕の愛する娘達だ。妻である巴との間に出来た、僕の子供達だ。」
「私の間に出来た子供達はどうなるのぉ」
「…水銀燈。僕は彼女達を娘と認めるつもりはない」
何故か彼女は笑っている。 

「ジュン…」
照明が彼女の右手をゆらりと映した。
「水銀と………!!?」
彼女の手にある物が見えた瞬間体がフルに稼動したのを感じた。右手には注射器が握られていて、それが僕を刺そうと襲いかかって来たのだ。
手に持っていた携帯が床に落ちて下から照らされる。彼女がこちらを睨みつけながら僕と取っ組み合いになっているのがよく分かった。

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