~ ホワット ア ワンダフル ワールド ~
♯.13 「 素晴しきこの世界 」 - Made in Heaven -
「反対ですぅ! そんなの危険すぎます!
もうすぐで揚陸艇が来ますから、それに乗って逃げるです! 」
膝の辺りまで遠浅の海につかりながら、翠星石が声を上げた。
蒼星石が落ち着いた顔で答える。
「それじゃあ駄目なんだよ。 逃げたってきりが無い。それに…
ローザミスティカを集めさせるのは、絶対に阻止しなくっちゃあならないんだ… 」
翠星石と蒼星石は、暫く無言で見詰め合った。
たがて、翠星石がため息をつく。
「全く… 昔っから蒼星石は、こうと決めたら譲らないガンコ者ですぅ~。
しゃーねーから、私も手伝ってやるですぅ 」
そう言い、少し笑ってみせた。
「ありがとう、翠星石… 」
「なーにが『ありがとう』ですか。
私がいないと成立しない作戦練っといて… 」
蒼星石も、少し笑ってみせる。
「そうだね…。 頼りにしてるよ、翠星石 」
―――――
海辺を目指して走りながら、薔薇水晶が呟く。
「 … … きらきー… 」
(なあに?ばらしーちゃん? )
「… さっきの… おデコの女の子… 」
(大丈夫ですわ。ローザミスティカを全て集めれば、皆生き返る…
あの子もきっと、むしろ感謝してくれますわ )
「 … … 」
(ふふふ… )
暫く走ると ――― 見えてきた。
ローザミスティカは、残り3つ…。
薔薇水晶は走る足に、より力を込める。
―――――
「来たようね… 」
真紅が呟く。
金糸雀の設計した揚陸艇、ピチカート5が真紅達の近くに停泊した。
「水銀燈、あなたは万が一の時のために、操作方法を調べといて頂戴 」
真紅はそう言い、水銀燈を揚陸艇に押し上げた。
万が一の時、って…?
喉まで出掛かったその言葉を飲み込み、水銀燈は無言で頷く。
そして足を引きずりながら、船の中を調べだした。
「こっちも来たみたいだよ… 」
蒼星石が、そう告げる。
浜辺から… 薔薇水晶がもの凄いスピードで近づいてくる。
その速度は… 最早、人間というより、豹やチーターに近かった。
しかしそれの速度も、海に入ると足を海水に取られ、ガクンと落ちた。
先程に比べると随分マシになったとはいえ…
その速度は依然、真紅達が平地を走るそれより、ずっと速い。
薔薇水晶… かつて無い脅威が、徐々に近づいてくる…。
蒼星石が、唐突に叫んだ。
「真紅! 翠星石! 彼女に三位一体攻撃を仕掛ける!! 」
「ええ!! 」
「はいですぅ!! 」
翠星石がポケットから植物の種を出し、如雨露で水をかける。
すると種から巨大な蔓が伸び、巨大な柱のように薔薇水晶に迫る。
薔薇水晶がそれを横に避けた瞬間、蒼星石が鋏の留め金を外し、片刃の剣にする。
その片方を捨てると、残ったもう一本を両手で持ち走る。
(早い! でも、これなら! )
翠星石の蔓を壁に見立て、挟みこむように切りかかる。
蒼星石の作戦は、こうだ。
―― すると彼女は絶対に、上に跳ぶ。空にしか逃げ場はないからね。
そこを… 真紅が仕留める。
海面では、いつかみたいなトリッキーな避け方は出来ないはずだからね… ――
蒼星石の作戦通り、薔薇水晶は上空に逃げた。
しかし…
(高すぎる!? )
人間とは思えないような跳躍力。
落ちてくるのを待っていては、奇襲の意味が無くなってしまう…。
真紅は意を決して飛び上がる ――
「わ…私を踏み台にしやがったですぅ~!? 」
翠星石の頭を踏みつけ、真紅はそこからさらに高く飛び上がった!
薔薇水晶の顔に、驚愕の表情が浮かんでいる。
予想外の奇襲の効果であろうか…?
しかし真紅は、そのまま薔薇水晶に全力で固めた拳をぶつけた。
薔薇水晶の胸に、真紅の拳が突き刺さる。
そして…
まるで水晶が砕けるように、薔薇水晶は粉々に砕け散る ――
…
人間が…粉々に?
「 … きら…きー…? 何…で…? 」
薔薇水晶はその一言を残して、光の粒に ―――
何が起こったのか ――
誰も理解できない。
パラパラと振り注ぐ、薔薇水晶の破片を、呆然と見つめる。
その時… 声が聞こえた…。
「ふふふ… 」
全員、その方向を見る。
「ごめんね、ばらしーちゃん。
でも、ちゃんと生き返らせてあげますわ… 」
伸びた蔓の影から、薄いピンクの髪の少女が姿を現す。
「この私が… 至高の存在となった『新しい世界』で、ね… 」
雪華綺晶が、妖しい笑みを浮かべて立っていた。
「ふふふふ… 」
雪華綺晶は、今まで会ったどの時よりも禍々しい気配を漂わせている。
そして… 真紅を見つめて言った。
「ローザミスティカは… 全ての可能性を支配できる。
夢… 希望… そして… 宇宙を創り直す事も…。
私の創る新しい世界で、生き返らせてあげるから… 安心なさい… ふふふ… 」
真紅は、心底震えた。
これは――人間の心の闇なんてものじゃあない… 狂気そのものだ…。
勇気を奮い起こす。
だからこそ――負けるわけにはいかない…。
…
雪華綺晶が突然、手を前に突き出す。
「ッ!? 」
蒼星石が片刃の鋏を盾にして、咄嗟に身を固める。
雪華綺晶は、文字通り、目にも留まらぬ速さで蒼星石に詰め寄ると ――
鋏を握る蒼星石の手を力任せに掴み ――― ……
「うわぁぁぁあああああああ!!! 」
蒼星石の叫びが響く。
雪華綺晶は力任せに蒼星石の手を掴むと、蒼星石の握った鋏を――
翠星石の胸に深く突き刺してた。
「そう…せ…? ―― 」
翠星石の手が、力なく落ちる。
蒼星石の握った鋏が、双子の姉の胸を貫いている。
最愛の人の血が、海面に広がる。
「ふふふ… 遺言くらい聞きたかったかしら?
でも、すぐに生き返らせますから、心配はいりませんわ… ふふふ… 」
雪華綺晶は、狂気の笑みを浮かべる。
「何故!!翠星石を!!よくも翠星石をぉぉおお!! 」
蒼星石の叫び。
聞く者まで、魂を抉られそうな咆哮。
蒼星石が翠星石の体から鋏を引き抜く。
そして、もの言わぬ翠星石の体を片手に抱き…
振り向きざまに雪華綺晶に切りかかる。
しかし ――
その鋏は、雪華綺晶の前でボキンと鈍い音を立てて、叩き折られ ――
鋏の先端がヒュンヒュンと音を立て海に落ち ――
蒼星石の胸に、雪華綺晶の手刀が突き刺さった。
「 ごめん…よ… すい…せ… ―― 」
蒼星石の涙が線のように、こぼれる。
雪華綺晶がそのまま、何かを握りつぶす嫌な音がする…。
蒼星石の体が、ビクンと跳ねる。
蒼星石が翠星石と重なり合うように、倒れた。
…
真紅と水銀燈は ―― 全く動けないでいた。
雪華綺晶の動きについていけず、ただ呆然と目を見張っていた。
「水銀燈!! 」
真紅の声に、水銀燈はハッとする。
揚陸艇に真紅が飛び乗ってきた。
「出して! 」
真紅がそう言うより早く、水銀燈が舵を切った。
流石、天才を自称するだけあって、金糸雀の設計した揚陸艇は速かった。
見る見るうちに、陸が遠ざかる。
真紅と水銀燈は、無言で浜辺を見ていた。
言葉が見つからなかった。
悲しみとも、絶望ともつかぬ沈黙だけが、横たわっていた。
暫く、船を走らせる。
水銀燈は、ふと真紅の顔を見た。
その顔が見る見るうちに、青ざめていく…
(… まさか!)
真紅の視線の先をたどると…
海面を歩くように進む雪華綺晶が見えた ――
それは ―― 歩いているようにしか見えないが、それでも、どんどん船との距離を縮めてきた。
その人影は、まるで心に恐怖が這い寄るかのように、じわじわと近づいてくる。
真紅はその様子を暫く眺めていたが…
拳を強く握ると、水銀燈に近づいた。
そして ――
その拳で、船を操作する舵を叩き壊した。
「これで、この船はもう直進しかできないのだわ…。
そして… 雪華綺晶は、ローザミスティカを追って来る。
たとえ…万が一、今逃げ切ったとしても… きっと、どこまでもやって来るでしょうね。
ここで… 決着を付けてくるのだわ… 」
そして真紅が振り返る。
「水銀燈… 本当は、あなたに普通の女の子として幸せになって欲しかった…
普通の女の子として… 友達になりたかった… 」
逆光で、真紅の表情は見えない。
真紅が、ふわりと船から飛び降りる。
水銀燈が咄嗟に手を伸ばす。
水銀燈は思う。
―― あの時… 崖から落ちたとき、私はローザミスティカを掴めなかった…
いつ死んでもいい…そう言いながらも、無意識に死を恐れて、手を伸ばせなかったのじゃあないのか…
あの時、私の手が届いていれば… 雪華綺晶はこんなに強くなれなかった…
翠星石も蒼星石も…誰も死ななかったのかもしれない… ――
水銀燈は思う。
―― もう… 誰かを失いたくない…!
それは… きっと、死ぬのより悲しく辛い事だから…
私は… あの時、真紅の手を掴めた…!
もう、恐れない…!
もう一度… 真紅の手を… ――――
「さようなら… 水銀燈… 」
水銀燈の伸ばした手は ―― 真紅を掴む事は無かった ――。
「真紅ぅぅぅぅうう!! 」
叫ぶ。
親友の名を。
二度と届かない手を伸ばしながら…
「水銀燈… あなただけでも … 生きて!! 」
真紅は最後に振り返り、そう呟いた。
そして…正面を見据え、構える。
「来なさい! 雪華綺晶!! 」
―――――
「真紅ぅぅぅううう!! 」
届く事は、決して無い。
それでも水銀燈は必死に手を伸ばした。
そして ―――
その指の隙間から ――
真っ赤な薔薇を散らせたかのように舞う鮮血と ――
千切れ飛ぶ真紅の右腕が見えた ―――
―――――
真紅と出会ってから、水銀燈は『絶望』を信じなくなった。
どんな所にも、必ず『希望』はある。
そう信じさせてくれた真紅。
その真紅は… もう居ない…。
暫く、船の上で嗚咽をもらし続けた。
その時 ――
不意に視界が光に包まれた ――
「な…何 ――― 」
そのまま、意識が遠のくのがわかった…。
―――――
気が付くと ―――
見知らぬ、水晶の城の中に、一人で倒れていた。
「ここは…? 」
水晶から透けて見えるのは全て、光一つ無い闇だけだった。
「ここは、新たな宇宙の… 私の世界の始まりの場所 」
声に振り返る。
そこには… どういう原理であろうか。雪華綺晶が宙に浮いている。
そしてその手には ―――
拳程の大きさの、ローザミスティカが輝いていた。
「貴女は、私の世界にふさわしくありません…。
古い世界の遺恨は… ここで全て断ち切らせていただきますわ… 」
雪華綺晶が、ニヤリと見下ろしてきた。
水銀燈は、動かない足を引きずり、後ろに逃げようとする…
その時、手に何かが当たった。
それは… 蒼星石が捨てた鋏のもう片方だった。
せめてもの護身に… そう言い、真紅が拾ってきたのを貰ったものだった。
足は動かない。立つ事も出来ない。
それでも… 鋏を拾い上げ、構える。
「あら? ふふふ… そんなもので抵抗するおつもりですか? 」
雪華綺晶が笑う。
無視して、言う。
「あなたこそ… そんな可愛い顔して、性根は腐ってるわねぇ。
もうちょっと性格に合った、ブサイクに生まれるべきだったんじゃなぁい? 」
雪華綺晶の瞳に、チラッと怒りの色が浮かぶ。
「あらぁ? 怒った顔はブサイクねぇ。
あなたの性格みたいで、とぉっても似合ってるわぁ 」
「貴女は… 生き返らせてもあげませんわ…! 」
そう言い、雪華綺晶が飛び掛ってきた。
速い…!
動きが全く見えない…
そして雪華綺晶が、全てのスピードを乗せた一撃を放つ ―――
鈍い音が、水晶の城に響いた。
雪華綺晶の手刀は… 誰にも見切れなかったその一撃は…
水銀燈の持つ、蒼星石の鋏で防がれていた。
水銀燈が言う。
「… 挑発に乗って、見事に『顔』を… 『首を刎ね』にきてくれたわねぇ…
お馬鹿さぁん 」
しかし、雪華綺晶は力に物を言わせ、そのまま手をなぎ払う。
水銀燈は吹き飛ばされ…
鋏は衝撃で粉々に砕け散った…。
水銀燈は、倒れたまま、それでもニヤリとした。
「ふふっ… たった『一回』…それだけ防げれば、十分だったのよぉ…。
だって… あなたのローザミスティカ… とぉっても大きいものねぇ…
… 今のでも… 私にも沢山の力が流れ込んできたわぁ… 」
そう言うと、キッと瞳に力を込め、水銀燈はその背中から翼を広げた。
少しも力の浪費はできない。地面からは、起き上がらない。
そして ―――
「そして ――― ッ! 」
全ての力を注ぎ、翼をどんどん巨大にする。
「フルパワーよぉ!! 」
左右の翼はますます膨れ上がり ――
その姿を、巨大なドラゴンへと変えた ――!!
「雪華綺晶ぉぉ!! 」
水銀燈がそう叫ぶと同時に、ドラゴンが青い炎を吐いた。
雪華綺晶はそれをヒラリと避ける。
そして、水銀燈目指して宙を翔ける。
ローザミスティカの影響だろうか ――
雪華綺晶の動きが見える。
しかし ――
指の隙間から水が零れるように、力が失われていくのも分かる。
(それでも… 私はッ!! )
ドラゴンを雪華綺晶目掛けて差し向ける。
しかし――
雪華綺晶はそのドラゴンを目の前でピタリと止めると…
その巨大な顎を、素手でミリミリと引き裂いた ――!
「ッ!! 」
水銀燈の背中に激痛が走る。
でも… 痛みにへこたれてる暇は無い。
「まだまだぁ!! 」
残ったもう一匹のドラゴンに全ての力を注ぐ。
翠星石の笑顔を…
蒼星石の涙を…
そして…
真紅…
「私は… あなたを… 絶対に許さないッ!!」
ドラゴンはさらに巨大になり ―――
その全身に青い炎とともらせた。
燃えるドラゴンを、自分ごと、雪華綺晶を囲むように展開させる。
そして、徐々にその輪を狭めていく。
雪華綺晶は自分を囲む炎をぐるりと見渡す。
「なあに? 心中でもするつもり? 」
そしてニヤリと笑い、両手を広げた。
すると… 見えない壁に遮られ、ドラゴンが動きを止める…。
雪華綺晶がさらに高く浮き上がり、水銀燈を見下ろす。
しかし…
水銀燈はここにきてもまだ、水銀燈の目から希望の光は失われない。
「そぉよねぇ…
やっぱり、真の支配者ってのは、そうやって高い所から見下してくるものよねぇ… 」
「今頃、力の差が理解できまして? 」
雪華綺晶が得意げに顔を歪める。
「泣いて謝れば、せめて菌類にでも生まれ変わらせてあげますわよ…? 」
「お馬鹿さんと煙って、高い所が好きよねぇ… 」
雪華綺晶の表情が能面のように硬くなる。
そして、さらに高く浮かび ――
「消えなさい ―― 」
その手を水銀燈に向けた。
その時 ―― 雪華綺晶の視界が不意に揺れる。
(!? )
何が起こったのか理解できないまま、それでも後ろに滑るように回避する。
足元では… 相変わらず水銀燈もそのドラゴンも、動けないままでいる。
では何故 ――!?
しかし… よく見ると、ドラゴンは静止したまま、それでも静かに青い炎を灯らせている ――
水銀燈がこちらを見上げてる。
「火事で人が死ぬのって、焼死より中毒死の方が多いんですってねぇ…
知らなかった…? 『火事のときは、身を低くしなさぁい』って… 」
「このッ…!! 」
雪華綺晶が水銀燈に止めを刺すために手を伸ばす ――
しかし、その瞬間、意識が遠のき ――
そのまま力無く地面に墜落した。
床に這い蹲りながら、それでも必死に起き上がろうとする ――
いつの間にか、水銀燈が近くに這い寄ってきてるのに気が付く。
そして… ドラゴンの顎が、ゆっくり雪華綺晶の頭を咥える。
「ま…待ちなさい…! そう!真紅も、皆生き返らせてさしあげますわ! 貴女の足も…! 」
「ごめんなさいねぇ… あなたの創る偽者には、これっぽっちも興味が湧かないのよぉ…。
私が好きだった真紅は… 誰にも創る事なんて… 出来ない… 」
ドラゴンがゆっくり顎を閉じ始める。
ミシミシと音が聞こえる。
「私は… 苦しみも悲しみも無い世界を…! 」
「まだ分からないの?
辛くても悲しくっても… だからこそ、希望が輝くんじゃない…
人間はねぇ… そうやって… 成長するものなのよぉ…? 」
それを私に教えてくれたのは、かけがえの無い親友。
いつしか… 喋りながら涙を流している。
「止めなさい!私は ―――!! 」
雪華綺晶が手を伸ばすより早く―――
ドラゴンはその顎を完全に閉じた―――
グシャっと、果物を砕いたような音がした。
そして… その後には、静寂だけが残った。
「そう… ローザミスティカなんて無くったって…
希望さえ失わなければ… 私は強く生きていける… そうよねぇ… 真紅… 」
主の居なくなった水晶の城で、水銀燈はポツリと呟いた。
そして… 動かなくなった雪華綺晶の体から…
ローザミスティカが静かに浮かび上がった。
ローザミスティカ…
全てを可能にする力…
これさえあれば… 真紅も… 皆も…
それに… 私の足も…
知らずの内に、手を伸ばしている自分に気が付き、水銀燈は苦笑いをした。
そして ―――
「ふふ… つまんなぁい… 」
そう呟くと、ローザミスティカを指で軽く弾いた。
「また… 会えるかな… ねぇ… 真紅…… 」
――― 光が広がった。 ―――
―※―※―※―※―
水銀燈は、自宅のベッドで目を覚ました。
何か…大事な事を忘れてるような…
ひどく…長い夢を見てたような…
さっぱり思い出せない。
とにかく、最悪な目覚めだった。
うんざりした顔をしながら、車椅子を器用に使い、朝刊を取りにいく。
今日の記事は…
『朝から超絶健康! 巨大乳酸菌入りヤクルト新発売!』
「コレは…買いねぇ… 」
『無血でテロを鎮圧 ―新型音響兵器― 』
「ふぅーん… 随分なものじゃなぁい… 」
『新型エネルギー炉の開発者らにノーベル賞』
「この名前… 何って読むのかしら…? 木に鬼…? キキ…? ボッ… まぁ、いいわぁ 」
バサバサと新聞をたたむ。
ふと窓を見ると… 今日は天気がいい。
「ちょっと散歩にいってくるわねぇ 」
家族にそう言い、表に出る。
暖かな木漏れ日を追って、公園に辿り着いた。
吹く風が少し冷たいが… それが逆に、心地よい。
のんびりと風にゆれる枝葉を眺めながら、車椅子で進む。
と、上ばかり見ていたせいで、木の根っこに引っかかり、躓いてしまう。
「ちょっとぉ… 何なのよぉ… 」
自分の不注意を棚に上げて、そうぼやく。
すると…
「あなた、大丈夫!? 」
金髪の少女が、そう叫びながら駆け寄ってきた。
「ええ… ちょっと躓いただけよぉ…? 」
水銀燈は笑顔でそう答える。
「気を付けるのだわ… ほら、手を貸してあげる。つかまって 」
少女が手を差し延べてくる。
「ありがとう… 」
そう言い、少女の手を握った瞬間 ―――
何故か、不意に涙が零れた。
どこも痛くないのに、涙が止まらない。
自分でも突然の事に驚くが ――
少女の方が、もっと驚いていた。
「やっぱり、どこか怪我したんじゃあ…
あぁ…大変! どうしましょう…! 」
あまりの慌てっぷりに、水銀燈は思わず吹き出してしまった。
涙を拭き、再び少女に手を貸してもらい、車椅子に乗る。
何故だろう… 不思議と、とても温かい気持ちになる――。
水銀燈は初めて出会ったこの少女に、礼を言う――。
涙と逆光で少女の顔が霞む―――。
「ありがとう、『真紅』―――――― 」
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end