※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 
 
 
 
   ~ ホワット ア ワンダフル ワールド ~

     ♯.10 「 薔薇水晶 」 -there is no rose without a thorn-




『俺は人形を辞めるぞォー! くんくんーッ!!』
テレビからシュールな叫び声が聞こえる。

最近はこうやって真紅と二人、テレビを眺めながら紅茶を飲むのが日課になっていた。

「この人形劇、子供向けって思ってたけど… 結構な人間ドラマねぇ 」
水銀燈がテレビに視線を向けたまま、机に肘をついて呟く。
「ええ… なかなかリアルだわ… 」
食い入るように画面を見つめ、真紅も答える。

『来週もよろし くんくん!』
30分の放送時間も終わり、テレビが次の番組を映し出す。

水銀燈はリモコン片手に煎餅を齧り、チャンネルをワイドショーに変えた。

そんな水銀燈の様子に、真紅が呆れ気味にため息をつく。
「全く、うら若き乙女が二人して、何って生活を送っているの… 」
そうぼやく真紅も、しっかり煎餅を齧っているが。

そんな風に、二人でのんびりと過ごす。
きっと、こんな何でもない日常が、後から懐かしく思えるのだろう。
そんな事をぼんやりと考える。


暫くして ― リビングの外から電話の音が聞こえる。

「しんくぅ… 」
水銀燈が甘ったるい声を出す。
「あなたの家なんだし、あなたに用なのだわ 」
真紅は軽く一蹴する。
「でもぉ、どーせ通販とかに決まってるわぁ 」
そこまで言い、机の上にだらしなく広がる。
「ねぇ… おねがぁい… 」
「全く、仕方ないわね 」
そう言い、真紅はのっそり立ち上がる。

まだ鳴り続けている電話を、真紅が取る。
「もしもし? 」
『もしもし、真紅? 私、柏葉よ。翠星石に連絡先を聞いて…。
実は ――― 』

電話を切り、リビングに戻ると、水銀燈がさっきの姿勢のまま、青竹を踏んでいた。

「巴からだったわ 」
そう告げると、水銀燈の動きがピタリと止まり、首だけがくるりとこっちを向いた。
「雛苺が帰って来たそうよ。
ローザミスティカは奪われたそうだけど… 幸い、大きな怪我は無いそうだわ 」
それを聞いた水銀燈は、再び足を動かしながら言った。
「それは何よりねぇ。 ひとまずは、安心したわぁ… 」
一見そっけない答えに見えるが、それでも真紅には、水銀燈が心から安心したのが分かった。


紅茶と煎餅という、風変わりなティータイムを再開する。

しかしそれも、来客を告げるチャイムの音にまたしても遮られた。

「しんくぅ… 」
水銀燈が甘えた声を出す。
「これはデジャヴかしら? 今度こそ、あなたの番なのだわ 」
真紅は軽く一蹴する。
「 … 」
「 … 」
どちらも動かない。
「いじわるぅ… 」
そう呟き、水銀燈がのっそり立ち上がった。


「はぁい? 」
ドアを開ける。
するとそこには、一人の少女が立っていた。
「何かしらぁ? 」
そう言い、少女を見る。
薄紫色の髪。
左目の眼帯。
(どこかで、聞いたような…)

不意に少女がその手を水銀燈に差し向けた。


―――――


真紅が相変わらずテレビを眺めながら紅茶を楽しんでいると ― 
何やら玄関の方が騒がしい。
(やれやれだわ…。人のティータイムを何だと思ってるの… )
そう考えた矢先 ――

「真紅ぅ! 」
叫びながら水銀燈が駆け込んできた。
「ちょっと、騒が ―― 」
悪態の一つもつこうとした瞬間、轟音が響いた。

水晶の柱が何本も地面から伸び、家を破壊しながら迫って来る。

「何事!? 」
そんな真紅の叫びを無視して、水銀燈は真紅を小脇に抱える。
そして、そのまま窓を開けると翼を広げてそこから飛び出した。

飛ぶ水銀燈に抱えられたままの真紅が振り返ると ――

無数の水晶の柱が家を押しつぶしていた。


―――――


「ちょっと水銀燈! 一体何事!? 」
水銀燈の腕の中で、真紅は改めて尋ねた。
「私にだって、分からないわよぉ… 金糸雀が言ってた、薔薇水晶、だっけ?
その子が突然やって来て … 」
遥か後ろに過ぎ去った、今は無き家の方向を振り返る。
「私の家に、何って事してくるるのよぉ…。
今度会ったら、くびり殺してあげるわぁ… 」

「危ない! 」
真紅の突然の叫びに、空中で止まる。
すると、目の前を水晶の飛礫が横切った。
「このままでは、狙い打ちにされてしまうのだわ…
どこか見晴らしの良い所に逃げましょう 」
飛び交う飛礫を避けながら、真紅の指示に従い、海辺を目指す。


―――――


断崖を背に、作戦を練る。

「ここなら背後を取られる心配もないし、狙撃も出来ないと思う。
それにいざとなれば、海に向かって飛んでいけば、当座は凌げるのだわ 」
「とりあえず、何がしたいのかは聞いておきたいわねぇ… 」
水銀燈がそう言い、視線を向けた先には、薔薇水晶がこちらに歩いてくる姿があった。
「話が通じれば、だけどね 」

「地面をえっちらおっちら歩いて来た割には、随分と早いわねぇ? 」
「 … … 」
水銀燈を無視して、薔薇水晶は近づいてくる。
「あなた、何故こんな事をするの!? 」
真紅がそう叫んだ瞬間、薔薇水晶の足がピタリと止まった。

「 … 全ては … お父様の為 … 
そして… あなたは許せない… 」
金色の瞳を、鋭く真紅に差し向けた。

「あなた、あの子に何したのぉ? 」
緊張した顔にニヤリとした笑い顔を浮かべ、水銀燈が小声で聞いてきた。
「知らないのだわ。第一、会った事も無いのに… 」
「本当にぃ? 人には言えないような事したんじゃないのぉ? 」
薔薇水晶に視線を向けたまま、水銀燈が囁く。
「ふざけないで 」
短くそう言い、水銀燈を黙らせる。

薔薇水晶が、数メートルの距離まで迫ってきた。

薔薇水晶が立ち止まり、何かを握り締める。
すると ―― 
指の間から眩い光が漏れ広がり ―― 

真紅の声が、わずかに震える。
「ローザ…ミスティカ… 」

指を広げた薔薇水晶の手には、3つの赤い石が輝いていた。

空気が静かに震えだす。
立っているだけで息切れを起こしそうな緊張感が広がる。

薔薇水晶がその手を地面に向けると ――
大地から水晶で出来た剣が、植物のように生えてきた。

「水銀燈、あなたは… 援護して… 」
真紅はそう呟くと同時に、一足飛びに薔薇水晶に躍りかかった。


駆け寄った真紅目掛けて、薔薇水晶が剣を横に薙ぎ払った。
しかし真紅は身を屈め、そのままの姿勢で水面蹴りを薔薇水晶に見舞った。

突然足元を掬われ、薔薇水晶がバランスを崩す。
そこを目掛けて水銀燈の羽根が弾丸のように迫る。
それを剣で受け止める ――
突然、脇腹に激痛が走る。
見ると ――
真紅の拳が腹にめり込んでいた。

薔薇水晶が苦しそうに呻き、数歩ヨロヨロと後退る。
「止めよぉ! 」
水銀燈が多量の羽根を薔薇水晶に向け飛ばした。

その時、薔薇水晶の持つ赤い石が、再びボゥッと光った。
当の本人以外、誰もそれに気付かなかった。

間違いなく薔薇水晶を捉えていたハズの羽根は、全て地面に突き刺さっている。
さっきまで、薔薇水晶が立っていた位置に。

「消え…ちゃったぁ…? 」
呆気にとられていると ―― 
「水銀燈! 」
真紅がそう叫び、突然駆け寄ってきた。
そして、その拳をこちらに向けて伸ばし ―― 

水銀燈の首目掛けて振り下ろされた水晶の剣の腹を殴り、すんでの所でその軌道を変えた。

「あ…ありがとう… 真紅… 」
「お礼を言うのは、まだなのだわ 」
そう言い、真紅が振り返る。

いつの間にだろう。始めに対峙したのと同じ位置に薔薇水晶が立っていた。

「 … 残念 … 。 あなたにも、何分の一かでも… 私と同じ気持ちをさせたかったけど … 」
薔薇水晶がそう言い、無用心に歩み寄ってくる。

「真紅ぅ、本当に心当たり無いのぉ… 」
少し強張った顔で水銀燈が尋ねる。
「… 残念ながら、ね 」
そう言うと真紅は再び薔薇水晶に飛び掛った。


薔薇水晶が剣を横に薙ぎ払う。
しかしその速度は、先程とは比べ物にならない。
真紅は身を一歩引き、かろうじてその斬撃をかわす。
斬られた金色の髪が数本、風に舞う。

水銀燈が弾丸のように羽根を飛ばす。
しかしそれも、薔薇水晶が片手を上げると、飛んできた水晶の飛礫に叩き落されてしまった。

薔薇水晶の注意が羽根に移った一瞬、真紅が間合いを詰める。

そして、脇腹へのフェイントから上段に、三日月蹴りをいれる。
薔薇水晶は剣の腹でそれを受けるも、その勢いに押され少しよろめく。
だが、それを意に介さないかのように、そのまま剣を振り下ろす。
真紅は半身になってそれを避け ――

「ちょっとちょっとぉ… 」
あまりに二人が接近している為、羽根での援護が出来ない水銀燈が、誰にでもなく言った。
―― たしかに、剣の攻撃は一度でも入ったら致命傷だ。
刀と違い峰打ちなんて存在しないし、そもそも薔薇水晶も本気で斬る気だ。
でも ――

どんなにローザミスティカの力で身体能力が上がっていようとも … 
場数の違いが、そして戦いのセンスが、薔薇水晶を追い詰めだした。

真紅の足刀蹴りを辛うじて受け止めた薔薇水晶が、たまらず後ろに跳んだ。

(ちゃーんす! )
そう思った水銀燈が翼を広げるのと、薔薇水晶が水銀燈に手を差し向けたのは、全く同時だった。

黒い羽根を蹴散らしながら、地面から何本もの水晶の柱が水銀燈に向け迫る。
あまりの異様に、足がすくむ。
― 避けられない ―
そう思い、目を固く瞑る。
その刹那、目の前に赤い影が飛び込んだ気がした。

― 何とも…無い…? ―
そう理解した時、安心よりも疑問が先に出た。
しかしその疑問も… 目を開けるとすぐに解けた。

目の前には誰かを庇うような形で ――

水晶に閉じ込められた真紅が居た。


―――――

無表情な瞳の奥で、薔薇水晶は意外な展開にほくそ笑んだ。

思わぬ強敵だった。
ローザミスティカの力3つ分をフルに使っても、難しい相手だった。
しかし ――
今やその相手は、自分から射線上に飛び出し、完全に動けないでいた。
(… 少し… 早い気もするけど… )
止めを刺す為、水晶もろとも貫かんと、剣を差し向ける。

―――――


「待ちなさい! 」
突然あがった声に、薔薇水晶は動きをピタリと止める。

声の方を見ると… 水銀燈が断崖絶壁に立っていた。
そしてその手には、ローザミスティカが…。

水銀燈は、手を海へと突き出す。

「このまま海に捨てちゃえば、探すのとっても大変よねぇ…  」
水銀燈が、ニヤリと笑う。
―― 確信は無い。
―― それでも、このような事態になる心当たりは、これしかない。

「 … … 」
薔薇水晶が、ゆっくり剣を投げ捨てた。

(ビンゴォ… )
いつかの雪華綺晶といい、目の前の薔薇水晶といい ――
どうやら片目を隠した連中は、どうしてもこのローザミスティカが欲しいらしい。
そうと分かれば、手の打ちようもある。

「とりあえず、そうねぇ。真紅を出してやってくれなぁい? 」
相手の顔色から ―かなりのポーカーフェイスではあったが― 主導権を得たと確信した水銀燈が
猫なで声でそう告げる。
「 … … 」
薔薇水晶は暫く無言で立っていたが …
やがて手を少し動かすと、真紅を包んでいた水晶が砕け散った。

真紅がドサリと、その場に倒れる。

すぐにでも駆け寄りたいが、今はまだその時ではない。
剣で止めを刺そうとした。という事は、死んだわけではない。
自分にそう言い聞かせ、かろうじてその場に踏みとどまる。

しかし ――

薔薇水晶は水銀燈の注目が真紅に移った瞬間を見逃さなかった。

人間とは思えない速度で、水銀燈目掛けて駆け寄る。

(こいつ、後ろは崖だってのに ―― 止まる事を考えてない!? だったら… )
水銀燈が手を開き ―― ローザミスティカが重力に従い、落下する。
薔薇水晶が地面を蹴り、跳ぶ。

しかし赤い宝石は、空中で跳ねたかと思うと、そのまま宙に留まった。
よく見ると ― 
ローザミスティカの端に、細いチェーン。そしてその先は、水銀燈の指に …

「おばかさぁん… 」
崖から飛び出さん勢いで跳ぶ薔薇水晶に、水銀燈がニヤリと言う。
しかし …
薔薇水晶は水銀燈に向けて、真似をするかのように、ニヤリと笑った。
突然、地面から水晶の柱が生える。

そして、薔薇水晶はそれを蹴り、空中で方向を変えてみせた。

体当たりされるような形で、水銀燈と薔薇水晶がもつれながら断崖から落ちた。

「心中なんてごめんよぉ! 離れなさい! 」
空中で薔薇水晶を突き飛ばす。

しかしその拍子に、ローザミスティカの鎖が切れ、落下する。
「あぁ! 」
「…!! 」
二人同時に手を伸ばすが、その指が何かを掴む事は無かった。

(私の…ローザミスティカ…! )
二人して、同じ事を考えた。

突然、薔薇水晶は水銀燈を空中で蹴り、その勢いを利用して落下速度を上げる。

そして、高速で落下しながらも、空中でローザミスティカを掴むと ――
そのまま自身を水晶で包み、波間に消えていった。


水銀燈は ―― 
(生身でこの高さじゃあ、流石に助からないわねぇ… )
ローザミスティカを奪われ、もう足を動かす事も出来ない。

ずっと飽き飽きしてた人生。
それでも、いざ死ぬとなると ―― どうしようも無く、悲しくなった。
今までの人生を振り返る。
欠陥品として生まれ ―― 楽しい思い出など、無かった。
ふと、真紅の姿が目に浮かぶ。
こんな時だというのに、笑みがこぼれる。
「ふふ… なぁんだ。いい思い出もあるじゃなぁい… 」

「思い出にひたるのは後にして頂戴 」
突然聞こえた声にハッとする。
「真紅ぅ!! 」
幻覚ではない。
見ると、真紅がもの凄い勢いでこちらに落ちてきている。

「上から見ていたのだわ。
私はローザミスティカを二つ持っているから、私につかまれば、きっとあなたは飛べるのだわ。 多分 」
そう言いながら真紅が手を伸ばす。
「多分、ってなによぉ… そんなので、あなたまで落ちてきたのぉ…
本当におばかさんなんだからぁ… 」
うっすら涙を浮かべながら、水銀燈も手を伸ばす。


海面に赤い光が反射し ――

何かが羽ばたく音が聞こえた。
 
 
 
 
 
                        ♯.10 END
 
 

|