~ ホワット ア ワンダフル ワールド ~

     ♯.8 「 雛苺 」 -catch at a straw-berry-





(こは何処だろう? )
記憶を手繰る …
突然やってきた少女。応戦する巴。そして ―― 
私を盾にする少女。巴の動きが止まる。
最後に見たのは、肩を押さえてうずくまる巴の姿。

(ここは何処?) 
周囲は薄暗くて、よく見えない。
不安になり、助けを呼ぶように呟く。

「トモエ … 」
心許なく呟いた言葉は、周囲の闇に溶けるように反響も無く消え入った。

部屋の隅にうずくまった少女―雛苺― は、愛用の人形を胸に抱えて身を硬くした。
(きっと…トモエもとっても心配してるの…)
そう思い、人形をギュッと抱きしめる。

(― 雛苺。私、ぬいぐるみを作ってみたの ― )
そう言い、巴が渡してくれた人形。

おせじにも可愛いとは言えない、シュールな犬のぬいぐるみ。
でもそれは、雛苺にとって何より大切な宝物だった。

(― このコと一緒に遊んであげてね ― )
そう言いながら巴は髪をとかしてくれた。

それ以来、遊びに行く時も、眠る時も、常に一緒だった人形。
そして …

謎の少女と戦う巴を助けようと飛び出した時も… 
力及ばずさらわれ、この部屋に放り込まれた時も… 
どんな時も一緒に居た、巴がくれた人形。

「トモエ … お家に帰りたい… 」
再び呟き、寂しさを紛らわす為、人形に強く抱きつく。

涙を堪える為に固く目を瞑り、人形に顔を埋める。
すると ― 不思議と巴に抱かれているような温かさを感じた。
置かれた状況も忘れ、ついつい顔が緩む。

「ふぇ…? ホントーに… あったかいのー 」

そう気付き、抱きしめていた人形を見る。
と― そこには巴の作った人形が、柔らかな温かさを放ちながら赤く輝いていた。


―――――


突然の轟音に、ベッドで眠っていた雪華綺晶は静かに目を開けた。

「今のは…? 」
そう呟き、ベッドから身を起こした。

用心深く部屋の扉を空け、廊下に首を出す。
そして、慎重に音がした方向に足を進める。

「そんな… これは… 一体、どうやって… 」

連れ去ったはずの雛苺を閉じ込めていた部屋の分厚いドアが …
内側から、何か大きな力で、叩き壊されていた。


―――――


薄暗く、どこまでも長い廊下を雛苺は走っていた。
時々、心配そうに後ろを振り返る。

「広いお家なの… でも、ヒナはもう子供じゃないから、迷子になんてならないの…! 」
自分自身に言い聞かせるように呟き、再び走り出す。

すると ―
目の前に広がる長い廊下。その闇の中から ―― コツコツという足音が聞こえてきた。

(!!)
心臓を鷲掴みにされたような恐怖が全身を駆ける。

周囲を見渡し、一番近くに在ったドアを開け、その中に飛び込む。
部屋の中を見渡し、手近な物の影に身を潜める。
廊下の足音はどんどん近づいてくる。

足音が、部屋の前で止まった。
(お願い― そのまま通り過ぎて― )
息を殺して、そう祈る。

部屋のドアが、軋みながら開く音が響く。
目を瞑り、人形を強く抱きしめる。
(お願い― )
自分の鼓動が、やけにうるさく感じる。
冷や汗が背中を伝うのがはっきり分かる。
今にも闇の中から白い手が掴みかかってきそうな恐怖。



ドアが閉まる音が響き ――
足音が遠ざかっていった。
自分が呼吸をしてなかった事に気付き、ひとまずの安心と共に息を吸い込んだ。

慎重に周囲に注意を配りながら、部屋の扉を開ける。
扉の軋む音が不用意に響く。
とっさに首をすぼめ ― 耳を凝らす。

(… 聞こえてないみたいなの)
さっと廊下に出て ― 足音を殺して再び走り出す。

息を殺し、物陰に身を潜めながら、出口を探して進む。
立ち止まり、足音がしないか聞き耳を立てる。

そうして進むうち …
一際大きな扉が見えた。

(きっと、あれが出口なの… でも… )
まだ油断は出来ない。
そう思い、周囲の様子を探る。

扉まで、廊下が数メートル。
その間に身を隠せる物は、何も無い。
(いける! )
そう思ったとき、背後から足音が迫ってきた。
たまらず走り出す。

あと5メートル…。
こちらに気付き、足音が早くなる。

あと3メートル…。
(大丈夫… まだ足音は遠い…! )

あと1メートル…。
飛びつくようにドアノブを捻り、そのまま扉を体当たりでこじ開ける――。

「開かない!?どうしてなのー!? 」

ドアノブをがむしゃらに回し、扉を拳でドンドンと叩く。
しかし、扉は全く開かなかった。

気が付けば、足音が止まっている。
恐る恐る振り向くと ― 雪華綺晶が立っていた。

「その扉の鍵は … ここですわ 」
そう言い鍵を見せながら、楽しそうに狂気の笑みを浮かべた。

「さあ… 大人しくしてれば、痛い目に会わずにすみますわ… 」
そう言い、雛苺に足を進める。

(この声、聞き覚えがある)
そう思い、記憶を探る ―― いや、すぐに思い出せた。
忘れる訳が無い。

雛苺は精一杯に大きな声を張り上げる。
「嘘なの! あなたはトモエにいっぱい酷い事したの!悪い人なの! 」

雛苺の言葉を無視して、雪華綺晶は歩き続ける。

「嫌い! あなたなんて大嫌い! ペシャンコになっちゃえー! 」

雛苺がそう叫んだ瞬間、胸に抱きかかえていた人形が赤く光り ――
2メートル程の巨大な人形へと変身した。

「まさか ― そんな所にあっただなんて…
ばらしーちゃんじゃあるまいし、気が付きませんでしたわ 」
雪華綺晶は、尚も笑いながら歩み寄ってくる。

不用意に近づく雪華綺晶に、巨大な人形は手をハンマーさながらに振り下ろした。
雪華綺晶は後ろに飛びそれを避けたものの、床板が大きくえぐれる。

雪華綺晶は巨大な人形と、えぐれた床を一瞥し ――
「うふふ… 貴女の中には、怒りと憎しみがグルグル ― グルグルと渦巻いている… 」
そう言うと、まるで踊るようにクルクルとその場で回り始めた。

「ヒナは、お家に帰るのー! 」

雛苺がそう叫ぶと、人形は再び雪華綺晶目掛けて手を振り下ろす。
しかし雪華綺晶は舞うようにそれを避ける。

「お人形さん! あいとー! あいとー!なの! 」
「うふふ… 」

雛苺の激に呼応するかのように人形の動きは力強くなる。
が、それは踊るような仕草の前に、宙を斬るばかりであった。

しかし ――
そんな事を続けている内に、雪華綺晶の背中がドンっと壁にぶつかる。

「追い詰めたの! お人形さん! ペシャンコにしてやるのー!! 」
雛苺の叫びと共に、人形が巨大な手を振り下ろした。



「うふふ… 」
しかし… そこから聞こえてきたのは断末魔の叫びではなく、笑い声だった…。

「そんな… どうして…? 」
雛苺は、信じられないといった表情で人形を見つめる。

しかしよく見ると… いつの間にだろう…
周囲から無数の茨のワイヤーが伸び、それが巨大な人形を絡め捕っていた。

「さっきの踊りは… これを仕掛ける為のカモフラージュだったのね… 」
「うふふふ… 」
雛苺の問いかけに雪華綺晶は人形の影から、狂気の笑みを返した。

その笑顔に雛苺は ― 底知れない恐怖を感じた。

しかし ― 
拳を強く握り締める。
「あなたなんかに… 絶対に負けないんだからッ! 
お人形さん! もっと大きくなぁれ!! 」

一層大きな叫びに応えるかのように、人形はさらに巨大になり―
茨のワイヤーをブチブチと千切り、再び手を振り下ろした。

「!! これは…! 」

かろうじて人形の手を掻い潜る雪華綺晶。
その時 ― 不意に頭の中に声が響いた。

(… … きらきー)
「なぁに、ばらしーちゃん 」
表情一つ変えずに答える。

(… 流石に、これにはビックリ… )
「そうね。 もし良かったら、力を貸してもらえるかしら? 」
(うん、いいよ。 大事なきらきーの為… )

次の瞬間 ―
巨大な手が雪華綺晶をなぎ払い、その体を壁に叩き付けた。

壁が大きく陥没し、雪華綺晶がぐったりと倒れこむ。

そして、雛苺が巨大な人形を連れて近づいて来た。

「あなたは、トモエをいっぱい傷つけたの…
今のはトモエがあなたを叩いたと思えなの 」
そう言うや否や、かろうじて身を起こした雪華綺晶にもう一度、人形の手をぶつける。
「そしてこれもトモエの分なの! 」

再び壁に叩きつけられ、倒れる直前の雪華綺晶にさらに人形の手を向け殴る。
殴り続ける。
何度も殴り、その度に雪華綺晶の体が壁に打ち付けられた。

「そしてその次もトモエの分なの!
その次の次も! 次の次の次も! 次の次の次の…次も! トモエの分なの!!」
怒りの感情にまかせ、殴り続けた。



暫くして…
雛苺は、床に倒れた雪華綺晶を見下ろしていた。
生きているのか、死んでしまったのか ― その体はピクリとも動かない。

いつの間にか元のサイズに戻り、動かなくなった人形を広い上げる。
その時、背後から声が聞こえた ―― 

「うふふ… 」

(まさか!)
そう思い、振り返ろうとした瞬間 ――
茨のワイヤーが周囲から伸び、雛苺の手足を絡め捕った。

「うふふふ… 」

背後から聞こえる声に耳を疑う。
(そんな… 確かに今、やっつけたハズなの!)
そう思い、足元に倒れているはずの雪華綺晶に目を移す――
(そんな! トモエ!? )
足元に倒れる最愛の人物に、体中の血が凍る。

一体、何が起こったのか。一体、私は何をしてしまったのか。
目の前が真っ白になる。

「うふふ… どんな気分かしら? 」

その声にハッとし足元を再び見ると ―
そこには砕けた鏡が散っているだけだった。

「聞き分けの無い駄々っ子には、お仕置きしなくっちゃあねぇ… 」

雪華綺晶の白い手が、ゆっくり雛苺の首にまわる。
そして… 徐々に… ゆっくり締め上げていく。
(トモ…エ…)
意識に靄がかかるように、視界が閉じていく。

その時、雪華綺晶の頭の中に再び声が響いた。

(… きらきー… その子は… 関係無い… それに、もう戦えない… だから… )
「ばらしーちゃんがそう言うなら 」
雪華綺晶はニヤリと笑いながら、そう答えた。

雪華綺晶は伸ばしていた手を、緩めた。
雛苺が咳き込みながら、ヒューヒューと呼吸をしながら倒れる。

雪華綺晶は暫くそれを眺めた後、落ちていた人形を広い、乱暴にそれを引き裂いた。
そして、その中から赤い宝石を抉り出すと、用の無くなった人形をゴミのように床に投げた。

「どこへなりと、お行きなさい… 」
そう言い、扉の鍵を興味なさげに雛苺の前に捨てる。
そして…
まるでそこには誰も居ないかのように、背を向け廊下を戻って行った。

何故、自分が助かったのか分からない。それでも…
まだ首に残る生暖かさから、雛苺は生きている実感を得た。

雛苺は喉を押さえ咳き込みながら ―
コツコツと闇に消える足音の主を見送った。

足音が消えると、そこには凍るような静けさだけが残った。
 
 
 

 
 
                       ♯.8 END
 

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最終更新:2007年12月23日 10:29