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薔薇乙女家族 その四

机の上に置かれたノートが風によって開かれる。まるで誰かの目に届くのを願っているかのように。
そのノートの中身が風に乗って、その「思い出」を紡ぎ出し始めた。
-----この時期になると思い出す。昔々の、まだ僕が少年だった時の話。
僕と水銀燈は、幼稚園を卒園したと同時に離れ離れとなった。各地域に指定される学区の違いによって。
もう彼女と会えないと思うと寂しさを感じたが、不思議と涙は出てこない。卒園式の日でもみんな今まで通りの様子であったのを見ると、この時期はまだ感情がそこまでは発達していないという事なのだろうか。
大好きな女の子との別れは、実に味気ないものだったと記憶している。別に何をしたというわけでもない。毎日がそうだった様に、ただ二人で話を楽しく交わす程度だった気がする。運命のかけらも感じない別れだった。
小学生になった。
小学校には色々なやつがいたが、その中で不思議と仲が良くなった女の子がいた。柏葉巴…もう今では名を聞くこともないが、彼女とはよく話をしていた。下校の際も一緒だった。休み時間も勿論の事。巴とは何かと付き合いがあった。
小学校生活の三年目…四年目だったか。家庭科の授業で裁縫をする様になった。僕は元から服を作るという事を夢として持っていたが、それはここら辺りになって表に出す事はなくなっていた。その理由を言い表すとしたならば、「恥ずかしい」というのが適当だろう。

「裁縫は女がやる事で、男が趣味でやるもんじゃない」
この認識は、およそこの辺りの年頃の男女に見られる性質が根を成しているのだと思う。男子は男子で仲良くし合い、女子は女子で輪を作り上げ、異性同士が仲良くするのが珍しいというものだ。
それどころか異性同士で対立し合い、「男の尊厳、女の人権」のやり合いをするのも珍しくない。
男子と女子が少しでも仲良さそうな様子を見せると、男子辺りがよく冷やかしたりしてくる事も多々あった。僕と巴も幾分か突っつかれて多少ギクシャクした事もあった。
そんな背景があるから、裁縫はあまり前面には出さない様にしていた。しかし、後にマスターにも認められる程の腕があった僕は課題を高得点でクリアしていったという事もあり、図らずも裁縫を得意とするイメージを宣伝する事になってしまった。
巴も裁縫の腕を高く評価してくれた。しかし心情はと言えば、嬉しくもあったが恥ずかしさが勝るという状態だった。
しかし、やはり周囲は「女みたいな奴だな」と冷やかしてきた。だが、この頃はまだ…後の事を考えれば…たいした問題でもなかった。
数年後の事件が己を襲うという自覚をする事もなかった。知る由も無かった。それだけ平凡な時間を歩んできた。
あるいはここいらで、「まったりとした道を歩んでこれたがそろそろデカい壁にぶち当たるな」と頭の片隅にでも置いておけば、また違ったかもしれない。しかし悲しいかな、僕はそのような大人の考えを持つほど成長してはいなかったのだ。 

危機意識を持つ事もなく、僕は中学生になった。
そして…そう、その時にきれいな銀髪を見たのだ。既視感を感じる綺麗な髪だったのだがこの時はその既視感の正体を掴めないままだった。今考えてみれば、男の持ち合わせているロマンチシズムが妨害をしていたのだろうと思う。
彼女は水銀燈だ。ゆうに六年ぶりの再会だったが彼女の事はよく覚えている。忘れるわけがない。それにも関わらず、だ。
彼女はすっかり変わっていた。あの優しい女の子だったのが、一転して冷たい刃になっていた。触ると怪我をしそうな鋭利な刃だ。「願望」と現実のこのギャップが彼女を彼女と認めさせなかったのだろう。
事実、僕と彼女は廊下ですれ違っても挨拶一つもしなかった。全く無干渉、かつ無関心だった。近寄り難いという空気もあったのは否定しない。
近寄り難い空気…言ってしまうと、彼女は学校内の生徒を学年問わずに舎弟…いや、弟分なんて目では見ていなかったな。まるで奴隷のようにあしらっていた…にしていたのだ。数は百人前後いたはずだ。
その人数を以て、彼女達は「水麗・白銀組(すいれい・しろがねぐみ。水銀党と陰では言われていた)」を結成した。
「水銀党」は(言うまでもないだろうが)結成して間もなく、不良集団の烙印を押される事になる。とにかく教師達に徹底反抗する為のような集団だったからだ。
「組長」であった彼女曰わく、
「反抗の為の反抗じゃないわぁ。先公共には、私がいる内はいい気になるなとどうしても訴えかけたかったのよぉ」
との事であった。 

彼女はその銀髪と、赤い瞳という特徴が仇になり、小学校の時でも苛められていたらしい。教師はそれを見てみぬ振りをした…方がまだマシだったろう。彼女からして見れば、教師も敵であった。無神経な教師の発言は彼女を完全に四面楚歌という地獄に落としたのだ。
「水銀党」結成の一番の要因が、かの様な話であった。しかし、これは後に知った事で、当時は全く知らなかった…というよりも、知れるはずもなかったのであった。
最初の一年間も後半にさしかかるかという頃だ。僕は相変わらず彼女を「彼女」と認めはしなかったものの、その容姿の美しさを充分に認めていた。
僕は何気なくノートを出した。シャープペンシルを手に取り、サササッと簡単にイメージイラストを描いた。水銀燈を紙の上でドレスに着せ替えたのだ。それは本当に何気ない行動であったはずなのだ。
しかし、中学一年生の一学期という時期は、まだ小学生に見られた性質からの脱却ができていない事がほとんどだという事を僕は身を以て知る事になる。
その時は移動教室だった。僕はその時にノートをキチンと机の中に入れておくべきであったのだ。ただ表紙を閉じるだけではなくて。人目につかない所にしまい込んでおくべきだったのだ。
授業を終えて、トイレに行って教室に帰ってきた時の事だった。みんなが視線を一斉にこちらに向けてきたので一瞬は何事かと思った。ふと自分の机を見ると、あのノートが開いていた。嫌な予感がした。
こういう時の予感は皮肉な程よく当たる。あのページだけが破られていた。 

耳に神経が集中する。聞きたくないのに、耳を塞ぎたいのに。
桜田君ってあんな趣味があるのね…。
心臓がドクンと震える。
いつも女の子をこんな目で見ているのかな…。
気持ち悪い奴だな…。
これ、あの水銀燈って奴に似てないか?
奴の?まるでストーカーみたいだな…。
…その瞬間、僕の世界が幾つもの槍に貫かれ、瞬く間に崩壊したのを感じた…。
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あれから、僕は自宅に引きこもるようになってしまった。
姉が僕に毎日毎日外へ出る様に優しく促してくるが、僕はそれを突っぱねていた。それでも姉はめげる事なく、また僕に声を掛けてくる。
あの時の、姉の本棚には引きこもりに関する本がたくさんあったと思った。僕の為にはどうすれば良いかを毎日勉強している姉の姿が目に浮かび、目頭が熱くなる。
人の面倒を見るというのは容易な事ではない。例えば自分の愛する者が寝たきりの状態になった時、最初は「愛」一つあればなんとか看護を続けられるらしいが、それも三ヶ月を過ぎた頃になると疲れが祟ってきて、その人の首を絞めたくなってくるのだそうだ。
引きこもりなんかもそうだろう。最初の内は説得しようと試みて、失敗してもまた試みるといったペースを続けられるが、だんだんと諦めてきてしまい、取り返しがつかなくなってきてしまうというケースも珍しくはないはずだ。
だが、姉は決して諦めなかった。常に僕を心配し、愛を以て接してくれた。この頃にはもう両親は外国へと行ってしまっていて、頼れるのは自分一人という極限の状態にも関わらず、決してへこたれなかった。姉はとにかく強い人だった。同じ姉弟なのにこの違いは何だろうか。

「ジュン君、今日ははなまるハンバーグよ~」
…姉の声が今でも聞こえてくる。姉の料理もとにかく美味かったと記憶している。
………そう言えば最近、姉さんに会ってないな…。今度、娘達と水銀燈も連れて会いに行こう。あの時からさらに大きくなった娘達…姉から見れば姪か?…を見て、何て言うかな…。
…話が逸れたな。
そんなこんなで自宅に引きこもってから何ヶ月と経った。その内に担任も自宅に来てくれたみたいだが、僕は会おうとしなかった。どんな面を下げて会えというのだ。
しかしあんまりしつこいので数える程度には顔を見せた事がある。その時の、担任のおっかなびっくりとした顔が忘れられない。本人の前では一番見せてはならない顔だと本人もきっと自覚していただろうが、そこは教職歴の浅さが災いしたのかもしれない。
…実は巴も顔を見せに来てくれたが、結局彼女を一度も迎えた事はなかった。彼女には一番見られたくなかった。彼女の視線、何を考えているのか、今の僕を見て何と言い出すか…全てが怖かった。…今思えば、ここら辺から彼女とは疎遠になってきたのかもしれない…。
ある肌寒い日の事。突然、「事件」が起きた。
「ジュン君、お友達が来たみたいなんだけど…」
姉の声がドア越しに聞こえた。語尾が尻切れトンボなのと、「お友達」という単語がここで来た事にまず頭を捻った。一体誰だと問うと、「分からないけど…長い銀髪の子よ~」という返答。
銀髪の子と聞いて、心当たりが無いはずがない。彼女だ。 

心臓が荒ぶるのを身体で感じながらも、僕は彼女にお引き取り願うように姉に頼んだ。
彼女が来るなんて夢想だにしてなかった。僕が紙の上でイメージを紡いだ彼女が、一体どうして自宅に来るんだと、その日は頭がぐるぐると回って一気に気分を悪くした。
事件はその深夜に起こった。
コン…コン…
最初は何の音かと思った。痛む頭を持ち上げて見回す。
コン…コン…コン…
窓から聞こえる…と言うよりも、窓自体が音を立てていた。
…ここは二階のはずなのだが…。
また心臓が震えだす。全く、最近心臓に悪い事ばかりじゃないかと思いつつも、そっとカーテンを開ける。
…何もなかった。
拍子抜けした僕はふと下を見た。その時の僕はきっと大きく目を見開いて、さぞ滑稽な顔になっていただろう。
何せそこには、夕方辺りに家に来た彼女…水銀燈がこちらを見上げ、ニッコリと笑っていたのだから。


薔薇乙女家族その四之二に続く。

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