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前回の事件から一週間が経ちました。
ご主人はあの時の報酬で僕に立派な家を買ってくれました。なんと二階建・回し車付きです。
…僕はピチカート。カナリアです。断じてハムスターじゃありません。

ところで、あの日から事務所の中が散らかってきています。原因はご主人が買い込んだ洋服です。
『変装は探偵の基本』だそうですが、報酬を使い果たすほど買い込むのも探偵の基本なんでしょうか? 

そんなある日。
事務所の電話が鳴り響きました。
「もしもし!金糸雀探偵事務所かしら!」
退屈していたご主人は物凄い速さで電話に出ました。
『もしもし!娘が!雛苺が!』
「お、落ち着いて!どちらさまかしら?」
『も、茂部です…猫探しでお世話になりました…』
あぁ、あの金持ちのおじさん……
「え!?お、お金なら返せないかしらぁ~!」
報酬を全部使い切ったのは知ってますが、なんだか切ない台詞を吐かないでくださいよ…
『お金…?そんなことより娘が誘拐されて…とにかく来てください!迎えの車がすぐに着きますので!』
外を見ると黒い車が事務所の前に停まるのが見えました。
なんという手回しの良さ。さすがは金持ちのやることは違いますね。

急な事だったのでドタバタしましたが、ご主人はすぐに準備をして迎えの車に乗り込み、茂部さんの家に到着しました。

茂部さんの家は高い塀に囲まれた、とても立派な家でした。


門をくぐると、茂部さんが直々に出迎えてくれました。
「警察には連絡したのかしら?」
「いえ、警察に連絡したら娘を殺すと‥‥」
「‥なら探偵に連絡するのもヤバいんじゃないかしら?」
ですよね、ご主人。
「!!どどど、どうしましょう!」
このおじさん、何か抜けてます。
ひとまず茂部さんを落ち着かせて、事件について話してもらいました。


事件発生は今から二時間前。学校から帰った雛苺は庭でベリーベルと遊んでいた。雛苺の悲鳴が聞こえメイドの柏葉巴が急行すると黒服の男が雛苺とベリーベルを抱えているのを目撃。
『警察に連絡したら殺す』と残し、塀を乗り越え逃げた。
柏葉巴は慌てて茂部氏に連絡、一時間後茂部氏が帰宅。その直後、犯人から五億円の身代金を要求する電話が入る。
引き渡しは今夜9時。あと3時間後。
不安な茂部氏は数日前のことを思い出し金糸雀に連絡した。

「身代金は用意させました」
五億なんて大金を短時間で掻き集めるなんて茂部氏の財力は底知らずですね、ホント。
どうやらどこかの社長らしいですけど。


「犯人はここを乗り越えて逃げたかしら?」
ご主人は唯一の目撃者・柏葉さんに事件発生時の話を聞いています。
「はい。雛苺お嬢様とベリーベルを抱えて塀を乗り越えていきました」
「‥‥犯人の身体的な特徴は分かるかしら?それと、他の使用人は屋敷にいたのかしら?」
「特徴という特徴のない…男性だったかと…
使用人は私の他には運転手の新川さんだけです」
「あなた一人でこの屋敷の家事全般を?」
「まぁ‥一応」
ご主人に彼女の爪の垢を煎じて飲ましてやりたいですね。最近は部屋中散らかし放題ですから。
「ちなみに新川さんはそのときどこにいたか分かるかしら?」
「…旦那さまをお迎えに会社へ向かっていたはずです。いつも雛苺お嬢様をお迎えしたあとそうしておりますので」
「‥‥そう。分かったかしら。ありがとう」

柏葉さんへの聞き込みのあと、ご主人は塀の周りを徘徊し始めました。塀を見上げながら、ご主人は僕に話し掛けます。
「ねぇピチカート。あの子…雛苺ちゃんは確かに小さかったけれど、子供と猫を抱えてこの高さの壁を乗り越えるなんて出来るのかしら?」
そうですね…少なくとも僕には無理です。
そもそも人を抱えて飛べるような鳥じゃないです。
しばらくおでこをぺちぺち叩いて何か考えていたご主人でしたが、おでこを一際強く叩くと言いました。
「……うん。この事件の犯人がわかったかしら」
‥‥‥え?
犯人がわかった、ってどういうことでしょう?犯人は誘拐犯…分かり切ってることです。
当然ながら僕の疑問に答えてくれるはずもなく、ご主人は茂部氏や家の人たちを呼びに向かいました。 

「今回の誘拐事件の真相が分かったかしら」
「それは‥どういう?」
ご主人の言葉に、うつむいていた茂部氏は顔を上げました。
「まず、この事件にはおかしな点があるかしら」
「おかしな点‥ですか?」
こくり、とうなづき、ご主人は話し始めました。
「『雛苺ちゃんとベリーベルを抱え、塀を乗り越えて逃走した』という点のことかしら。
この塀を“荷物”を持って越えるなんて不可能に近いかしら。動くうえに二つもあったらなおのこと。
本当に犯人は塀を乗り越えて逃げたのかしら?」
ご主人はそこで一呼吸つきました。
「ねぇ‥柏葉さん?あなたの証言は矛盾している。どういうことか説明してもらえるかしら?」
「う…」
柏葉さんは明らかに動揺していました。
「…犯人はあなたね?」
「……」
俯いて黙ってしまったところをみると、本当に彼女が犯人のようです。
「…柏葉!」
そんな彼女に茂部さんが掴み掛かろうとしましたが、新川さんが抑えました。
完全に頭に血が上ってるのか、意味の分からない罵声を吐き続けています。
それを気にも止めず…気にすべきだと思いますけど…ご主人が柏葉さんに問い掛けました。
「…なぜこんなことをしたのかしら?」
「っ…」
やはり彼女は黙秘を続け‥いや、言おうとした言葉を飲み込んだ感じでした。
「‥金糸雀様。脅迫電話の件はどうなるのでございますか?」
新川さんがついに喋りました。
彼の言うとおり、茂部さんが受話器越しに聞いた犯人の声は男性のものだったはずです。
さらに、脅迫電話があったとき柏葉さんは茂部さんの近くにいたはずですから、犯人が彼女のはずがありません‥ 

‥やっちまいましたね…間違いを認めましょう、ご主人?
大丈夫、僕はこれからもあなたに付いていきますから‥
「新川さん、あなたも共犯よね?」
なんてこと言いだすんですか!どこぞの無能髭探偵もビックリだ!
謝れ!新川さんに謝れ!
「…!!‥なぜ分かったんです?」
…とても潔いです、新川さん。
てゆーか二人の使用人が犯人ですか。茂部さんが不憫すぎて‥涙が出てきますよ。
茂部さんといえば…やはりショックが大きかったのか、茫然としていました。
「事件の真相が分かったと言ったはずかしら」
二人の使用人による誘拐事件。これが真相ですか‥なんとも苦々しい事件でし
「ふぅ…まったくとんだ茶番かしら」
ちょっとご主人!人がきれいにまとめようとしてたのに!
オマエは鳥だろ…ってやかましい!
「雛苺ちゃん、お父さまをこんな方法で心配させるのは感心しないかしら」
ん?ご主人、今なんと?
「もう十分じゃないかしら?出てくるかしら」 

「うゆ…」
背後の床が持ち上がり、雛苺が現れました……
…地下シェルター‥なんでそんなもんが…

「ひ、雛苺ぉ!」
茂部さんが雛苺を抱き締めました。鼻水を撒き散らしながらでなければ感動的だったんですが…
…すいません、正直茂部さんキモイです。
「お父さま、ごめんなさいなの‥全部、ヒナが悪いの…」
だから使用人二人を責めないで、と彼女は言いました。
そんなことより、僕には今の状況が理解できないんですが‥
「雛苺ちゃん。真相はあなたの口から話してほしいかしら」
誰でもいいから早く僕に状況を説明してください。
ご主人に促され、彼女はゆっくり話し始めました。 

「…あのね。ヒナは、ベリーベルのことが大好きだけど、お父さまのことはもっともっと大好きなの。
ベリーベルがいなくなったとき、ヒナはとても悲しかったのよ?
そのときお父さまは、必死でベリーベルを探してくれたの。ヒナは嬉しかったわ。だけど、淋しかったの。
お父さまはいつもお仕事が忙しいのに、あのときはお仕事を休んでベリーベルを探していたから。
それで、ヒナがいなくなったらお父さまはヒナのために一生懸命になってくれるのか試したかったの。

全部、ヒナが悪いの。トゥモエも新川も、ヒナのお手伝いをしてくれただけなの。
お父さま、心配してくれてありがとう。心配させてごめんなさい。 

話がおわると、茂部さんが鼻を啜る音だけが響いていました。
その沈黙を破り、最初に口を開いたのはご主人でした。
「茂部さん、あなたは前に言ってたかしら。『雛苺は自分よりベリーベルが大切なんだ』って」
「…確かに、そんなことを言いました‥
しかし、私は思い違いをしていたようですね」
茂部さんは雛苺をもう一度抱き締めました。
「雛苺も私も、互いに互いを一番に想っていたのに、すれ違っていたんですね」
娘の心に気付けないなんてダメ親ですよ、と茂部さんは苦笑していました。 

人騒がせな偽誘拐事件を解決したご主人と僕は事務所へと送ってもらいました。
茂部さんからは今回の報酬に身代金として用意していた札束の山を渡されそうになりましたが、
ご主人は『誘拐された娘なんていなかった。それだけで十分かしら』となにやら痺れる台詞で断りました。


いや、一円も貰わなかったワケじゃないですけど。


あのあと茂部さんは、これからは雛苺と過ごす時間を大切にすることを約束し、
しかし人様に迷惑をかけたということで雛苺には一週間うにゅー?抜きという罰を与えた様子でした。
使用人二人へも罰は与えられました。
『一週間の有給』という罰が。

要するに一週間親子水入らずで過ごさせろ、ということでしょうかね。
ともあれ、めでたしめでたしです。 

「久しぶりに本気を出したら疲れたかしら」
事務所に入るなり、ご主人はソファに倒れこみました。
「家族、か‥」ポツリとつぶやき天井を見つめたご主人は何やら遠い目です。
家族のことを考えているのでしょうか?
「みっちゃん…元気かしら‥」
初めて聞く名前でした。むしろご主人の家族の名前を聞いたことが今まで無いんですけど。
「…ZZZ‥」
気付くと、ご主人は眠っていました。ホントに疲れたんですね。
こんなところで寝たら風邪ひきますよ、とは思いますが僕にはご主人をベッドに運ぶことはおろか毛布をかけてあげることもできません。
だから僕は、ご主人の心地よい眠りのために謳うことにしました。
それが、僕にできる精一杯ですから。

おやすみなさい、ご主人。 


翌朝。突然の来客に僕は目を覚ましました。
「うぅ~ん‥今開けますかしらぁ…」
寝呆け眼でご主人は事務所の扉を開け…
「きゃあッ!」
扉が開くと、何やら白い影が飛び込んできました。
その影は僕に向かって一直線に飛び掛かってきます。
本能的に命の危険を感じた僕はとっさに天井の蛍光灯へ飛び上がりました。
間一髪、さっきまで僕がいた空間に白い影はその鋭い爪を振るってました。
その姿は二度と忘れません。忘れられません。ヤツでした。
「こらー!勝手に入っちゃめっなのよ、ベリーベル!」
「ちょ、ちょっと雛苺ちゃん!あなたどうしてこんなところにいるかしら!」
僕と同じ疑問をご主人も抱いていたみたいです。
「ヒナ、家出してきたの!!」
ベリーベルを捕まえた彼女は向日葵のような笑顔でそう言いました。 

ひとまず僕とベリーベルを隔離してもらい、そのあと事情を聞きました。
どうやら僕らが帰ったあと、いきなり親子喧嘩が始まったみたいでした。
「お父さまったら『最近は仕事を休みすぎだから親子水入らずは来年だ』なんて言ったのよ!信じられないの!」
いくら社長だからって、いやむしろ社長だからこそ、そう何度も何度も休みは取れないでしょうよ。
「だからヒナ、言ってやったの!『じゃあ来年まで探偵さんのところでお世話になるの!』ってね」
飛躍しすぎですよね。おかしいですよね。もっとこう、『“お父さまのバカー!”雛苺は家を飛び出した』的な展開が正しいと思うんですけど。
「そしたらお父さま、『あの探偵さんのところなら安心だ』って許してくれたの!」
もはや家出じゃないですね、それは。公認されてるじゃないですか。
「あ、いや、急に言われても困るのかしら…」
ご主人、もっと言ってやってください!
彼女の居候が決定すると僕の危険が危ないです!
「ヒナは探偵になりたいの。昨日の探偵さんは、すごくかっこよかったの。だから、よろしくお願いしますなの」
あ、これはマズイ。
「カナが…かっこよかった…?」
はぁ…ご主人、おだてに弱すぎです。
「まぁ…そこまでいうなら‥」
もう、カゴから出れないなぁ‥‥せめてベリーベルだけでも実家に帰してくれないかなぁ…
わーい、とご主人に抱きつく雛苺を見ながら、僕はそんなことを思いました。


……辞世の句でも、用意しておきましょうか‥

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