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 無理強いだったかもしれない。

 それでも彼女は選んでくれた。

 後悔なんて微塵も感じてなかった。


 ──hand in hand『暖かい手』


 朝を告げる電子音が耳に響いて煩わしい。思わず身を捩るほどの寒さだ。
 ゆっくりと瞼を持ち上げ、まだ薄暗い外を目線だけを動かして確認する。
 体温で温まった布団から出るのが勿体なくてもう一度、目を閉じたくなる衝動を消して体を持ち上げる。
 五時半を示す時計は未だ五月蝿く叫ぶ。まだはっきりしない意識でその口を塞いだ。
 ふと、隣を見れば電子音など屁でもない、と言う顔で穏やかに眠る妹──いや、もはや恋人と形容しなければいけないだろう存在。
 その恋人の朝ご飯と昼食用の弁当を作るために、ゆっくりと足をベッドから下ろし洗面所へ向かった。
「大丈夫、です…」
 鏡の中の自分へ言い聞かせるように呟いた。朝はやはり冷たい水で顔を洗うと気持ち良い。
 昨夜のことを忘れた訳ではない。忘れられる訳がない。
 まだ、唇と手に残る『恋人』の感触。安心するような温もりだった。


「うっし!」
 己の両頬を軽く叩くと気合いを入れて朝の準備に取りかかった。
 茶碗二つ分のご飯と弁当用のご飯をレンジに入れ、スイッチを入れる。その間に着替えるのだ。
 まずは長い髪を整える。これがまだなかなかの労働なのだ。
 だったら切れば良いと思うだろうが、それは嫌なのだ。何故かは分からないが。
 次に真っ白な長袖のセーラー服に手を通す。付け襟とタイを通して、紺のプリーツスカートを履き、紺のハイソックスに足を通す。
 それだけでは寒いのでキャラメル色のセーターを羽織る。セーラー服は冬に優しくない制服だ。
「ほら、起きるですよ!朝ですよ!」
「うーん…」
 寝汚い妹は嫌そうに後五分、と呟いて布団の奥深くに潜り込んで行く。
「さっさとするですっ!」
 力いっぱい振り絞ってかけ布団をめくりあげると、ようやく上半身を起こした。
「さっさと着替えて降りてくるです」
 振り向いて部屋を出ようとしたときに腕をくい、と引っ張られた。
「キスして?」
「は?」
 恋人はいたずらっ子の顔をしてにやにやと笑う。まるで私の反応を楽しんでいるようだ。


「しないと起きないからね」
 つーん、という書き文字でも添えられていそうなその表情に思わず吹き出してしまった。
「何がおかしいのさ」
「くくっ…何でもないです…っぷっ」
 止めようと意識するほどますます笑えてしまい、止まらない。
「本気だよ?」
「ひゃっ」
 ぐい、と腕を引かれ恋人の体を挟んでベッドに手をついてしまった。そうなると自然と妹の顔が間近にあるわけで。
 艶っぽく耳元で名前を呼ばれてしまい、寒い気温に負けないくらい体温が一気に上がったようだ。
「っ…!」
 気付いたら恋人の体を押し返してしまっていた。不思議そうに恋人は私の名を呼んだ。
「早くしないと、ご飯、冷めてしまい、ます…」
 何だろう。恋人の目が見られない。どくどくと心臓が朝の電子音に負けないくらい響く。
「……」
 恋人の表情は窺えなかったが、視線は痛いほど感じた。やがてごめんね、と呟いて腕が解放された。
 それでも私は目線を合わさずに早くするですよ、と言って部屋から飛び出すように駆け出た。
 扉を荒々しく閉めて一息つく。そしてそのまま重力に任せて座り込んだ。
「これが、普通なのです」
 と、自分に言い聞かせるように呟いた。そう『恋人』ならばこれが──。
 嫌ではない、嫌いじゃない、でもそれは『家族』として。妹が求めているのは私のものと違うもの。
 でもそれを告げてしまったら?確実に妹は妹でさえなくなってしまうのだ。
 スカートに皺がつく前に立ち上がり、スカートを手で払う。
 『家族』としては好きなのだ。『恋人』の好きとさして変わらないだろう。それに妹がずっと傍にいてくれるなら苦でもない。
 気合いを再び入れ直すと朝食のおかずと弁当を作るためにキッチンへ向かった。


 レンジからご飯を出し、弁当用のご飯は冷ます。そうしないと弁当箱に入れれないのだ。
 その間にてきぱきと昨夜作っておいたおかずを仕上げる。両親がいない環境ではもはや慣れた作業だ。
「おはよー」
 先ほど迫ってきたのが嘘のように寝惚けた様子の声がダイニングの扉を開いた。この家はダイニングキッチンなのだ。
「また、タイもしないで…」
 この妹はタイをしたがらない。以前、理由を尋ねたら似合わないから、とだけ言った。
 そんなことない、とどれほど説得してもとうとうしないままなのだ。最近では注意するのも面倒臭いので何も言わないのだ。
 間接的に言ってみたが、やはり動じない様子でふわーあ、など気の抜けた欠伸をしながら椅子に腰かける。
「女の子なら手で隠すです」
「いーじゃん、誰もいないんだし」
「私がいるです」
 ちょっと怒るフリをしながらご飯と味噌汁、焼き魚を目の前に置いてやる。
「…いーじゃん、恋人なんだし」
 ね、と笑顔でこちらを見る恋人にぎくりと心臓が鳴った。
「そ、そうですね」
 この時、私はどんな表情をしてたのだろうか。手早く料理を並べ、一度キッチンに隠れる。
 高鳴る心臓を落ち着けながらエプロンを外し、妹の向かい側に腰かける。
 すでに妹は朝食をつまみ始めていた。遅れないように私も箸に手を伸ばした。



「ハンカチ持ったですか?」
「うん」
「じゃ、行くです」
 木製の扉をぐっと力を入れて開ける。閉まると同時に妹が鍵をかけた。
「うー…今日もさみぃです」
 ぶる、と一回体を振るわせて両手を擦りながら息をはー、とかけてやる。気休め程度だが、やらないよりはずっと良い。
「体温低いもんね」
 と、言いながら私の手を取った妹は恋人の顔をしていた。
「暖かい?」
 比較的体温高めの恋人の手は悔しくも暖かくて離し難かった。
「このまま学校行こうか?」
 普段なら絶対受け入れない申し出に首を縦に振ってしまったのはおそらくこの寒さのせいだろう。
 端から見たからおかしな二人なのかもしれない。でもこの手はそれを凌ぐほど暖かくて。
 恋人になって良かったな、と初めて思えた。

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続く

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